おそるべし官府菜（宮廷料理）香港バージョン＠中環安蘭街 : Lai Bun Fu

今香港の中環(セントラル)エリアは高級な新しい中華料理店の開店が相次いでおります。その中でも最近とくに注目を浴びているのがこちらです。

こちらのシェフ鐘建良師傅は、香港特首の公邸（禮賓府）のコック長を長年務め、サッチャー、ブッシュ、習近平、ユドヨノ（インドネシア大統領）などの大物政治家たちの食欲を満たしてきたそうです。で、そういう偉いシェフが満を持して新しい店を出したということで話題になっております。

てな話を聞いて最初の私の反応は、へえ、さよか。


これは香港で私が受けてきた教育が影響しています。粤菜は中華料理の本流ですが、政治的にいえば華南は中国の辺境、首都となった例も一度たりとない。完全なる傍流、外野です。そういう中で、広東人あるいは香港人は、いわゆる宮廷料理（官府菜）には強い心理的抵抗を持っているのです。子供の頃の私と地元民の会話。

「北京料理食ったことあるか？」　　はい、まあ、何度か。
「まずかったやろ」　え、いや、まあそこそこおいしかっ・・
「なんでまずいかわかるか。ああいうのは全部皇帝陛下が、部下とか最近侵略した地方の領主とかを呼んで、ごちそうするためにあるのや」　はあ・・
「でな、皇帝陛下は聞くわけや『どや、おいしいか？』ってな。」　はい・・
「聞かれた側は、首をはねられたくないから、まさかまずかったですとはいえんわな。『陛下、信じられんくらいうまかったです！』と答えるしかないやろ」　　まあ、たしかに・・・
「そういう環境でええ料理人が育つわけないわな」　・・・なるほど。

まあ、満漢全席とはいいませんが、北京菜にそういう色彩が皆無とは言えないでしょう。

こちらの料理は廣東料理ですが、香港の人はそういうのに容易には食いつかない、という歴史的背景はあると思います。

でも、そこは現実的な香港人、うまいものはうまい。私淑するＫＣ師匠がこちらで盛大なる宴席を持たれた話を聞いて、やはりこれは一度訪問するべえ、と単純に思った次第。
http://gourmetkc.blogspot.hk/2015/11/blog-post_25.html

で、ホテルを通じて午後1時に2名で予約済み。初めてのお店なので早めに地下鉄で行きましたが、その車内で、有名な民主派の重鎮、李卓人（新界西區選出）さんがいらっしゃいました。さすがに皆の注目を浴びていましたね。そういや、この前Ｍott32に行く途中で同じく民主派の長毛さんに出くわしたけど、まあ彼は過激なだけであまり頼りにはなりません。その点李さんはたいへん信頼できる方、どうか香港の将来のためにこれからも頑張ってほしいなあ。でも、東京の地下鉄に乗っても国会議員に遭う事なんかまずないけれど、そこは狭い香港、渋滞のひどい香港、そういうことは時々あるのです。

さて、意外にわかりやすいところにあって、無事入店。
ランチコース一人550HK$などもありますがここはやはりアラカルトで。

熟考のうえの私の選択は、

鵝肝蝦多士　88×２
師傳五味炸子鷄　半隻　278
胡椒鹽斑頭腩　198
素千層浸時梳　　轉津白　138

まず最初にフォアグラ入りのエビトースト。蝦の頭が添えられていました。いきなりおつむをがつんとやられた感覚。深い味わいに感じ入ります。

ニワトリのパリパリ揚げ。主役は五種類のソース。王道のレモンソースに加えて、紅莓醬(クランベリー）、洛神花醬（バラの花のソース）、南乳（発酵した麹豆腐の醤）そして淮鹽（海藻の塩）。
とくに連れは南乳がはじめてだそうで、これに心を奪われております。

あとで調べますと、5種類のソースは季節などで変わるそうで、マスタードや生姜なども出てくるのだとか。でも今日のは最強の布陣でしたね。

いったい今まで何羽の鶏をこの料理でいただいてきたのか数えたこともありませんが、その最高の出来栄えの一つ。皮がぱりっとしているのはあたりまえ、しっとりした肉質、ゼラチンの味わい、とくに尻尾の部分の一切れは脳天直撃もの。

連れのリクエストで頼んだガルーパのフライ。これも少し食べにくいが、シンプルな塩味で実に美味。とくに皮の部分がたいへんよろしい。
白菜と湯葉揚げ、きわめて上品な味付け。一見ただのお揚げのようで、しわば豆腐のミルフィーユになっています。クコの実がいいアクセント。

ランチコースでは味わえないであろう、こちらの得意料理を含めた昼食をいただいて、料金はチップ含め二人で1000HK$。食材でかわっているのは、フォアグラくらい。いわゆる山海の珍味を並べる北京流の宮廷料理ではありません。これまで地位の高い賓客をもてなすために磨いてきた腕をこんどは市民のためにふるいたい、という気概が確かに感じられる、そんな料理、でございました。

値段としてはちょっと贅沢なランチですが、ただそれだけではない深い満足感とともにお店を後にしました。

サービスは今日比較的すいていたためか男性2名だけ、いずれも的確な動き、そして深い知識を持った方々でした。


South China Morning Post （南華早報）Restaurant Reviewsにも取り上げられていました。
http://www.scmp.com/magazines/48hrs/article/1772943/food-review-lai-bun-fu
CXの香港ガイド（内容充実！）にも載っています。
http://www.cathaypacific.co.jp/hongkong/food/detail/id/1092/
日本人観光客向けサイトにも記事がありました。
http://www.hongkongnavi.com/food/756/


『香港マカオの歩き方　2016－2017』　「香港最旬ニュース・話題のニューオープンレストラン」　ダイヤモンド社　13頁
『家庭画報 2016年12月号』「香港：エレガントな美食の新潮流」　世界文化社 112-113頁


トイレ　男女別洋式　身障者用個室もあり。