『 香港慕情 』「 川龍村に佇つ男 」 : 端記茶樓

「やっと辿り着いたな … 」

朝靄に包まれた川龍村を坂の上より見下ろし、初老の男は感慨深げに独り言つ。

「ハァハァ、まだ着かないっスか〜？」

背後より、青息吐息のオヤジ2号の声が掛かる。

「ほら見ろよ、あの建物だよ。」

初老の男が指差す先には、なにやら曰わくありげな古い建物が忽然と姿を現している。

「オォ〜アレっスか〜！メチャ渋いじゃないですか〜！飲茶早く行きましょうよ〜！僕はお腹空いてペコペコです〜！」

「オマエ体調悪いんじゃなかった？」

「ナニ言ってんですか〜ソレとコレとは別っス〜！」

言うより早く、オヤジ2号は病み上がりの身体に鞭打って、『端記茶樓 』に向かう階段を駆け下りて行った 。
大丈夫かアイツ …


イェ〜イ！香港来てるし50オヤジ。
毎年恒例のオヤジ旅。
今回は50オヤジの大好きな香港だぜ！
思い起こせばウン十年前、新婚旅行で行った初めての海外が香港だった。
以来香港に嵌った50オヤジ、今回で11回目の訪問だ。
んでも、最後に行ったの約20年前だから、街中は大分変わっているんだろうけど、今回は行ったことない
下町や田舎を周るつもり。
中でも一番来たかったのがココ川龍村『端記茶樓 』だぜ！
何年か前にNHKの番組見て虜になってしまったトコロ。
山間での飲茶料理が地元客に大人気な店。
今回、朝4時到着の便だったから、朝一番にやって来たよ。

MTRの荃灣駅を出て、分かりづらいバス停からミニバスに乗り山道を約20分。
更に坂を上って、やっと川龍村に到着だ。
山間に佇む川龍村は香港じゃないみたい。
中環や尖沙咀の喧騒と比べるとココは別世界だな。
先を行くオヤジ1〜2号に続いて階段を下りて暫く歩けば、目前に『端記茶樓 』が現れた。

年期の入った佇まいは、古い香港映画に出てきそう。
なんか、只者じゃない雰囲気出しまくりマクレガーじゃねーか！
んで、中に入るとコレまたレトロな内装がイイカンジ〜。
入口入れば厨房剥き出しで、蒸篭に入った点心がズラリと並ぶ。
盛大に湯気をシューシューいわしてまんがな〜。
事前にネットで下調べ万全の50オヤジは、勝手知ったる店内を突っ切り、二階目指して突き進む。
狭い階段を上れば、お目当てのテラス席だ。
オォ〜早朝にも拘らず既に先客で埋まってたけど、奥のテーブルが空いていた。
テラス席からは、目前のクレソン畑が広がる田園風景が一望できる。
オープンエアーが気持ちイイ〜。

「なんですかココは〜？いい感じじゃないですか〜？」

オヤジ1〜2号も喜んでるぜ。
綺麗さや高級感とは程遠い環境だけど、こういうRusticな雰囲気の中で頂く飲茶なんて、ちょっと贅沢だと思いません？

席を確保したら、いよいよ飲茶を取りに行くぜ。
ココは全てセルフサービス。
一階の厨房に降りて、蒸篭の中身を確認だ。
お〜と、その前に 忘れちゃならないのが茶のセレクトと洗杯だぜ。
給湯室に行き、食器や茶器をシャボシャボお湯で洗うんだけど、手先不器用な50オヤジを見かねて、地元客のオバチャンが

（何やってんの！こうするのよー！）

てなカンジで洗ってくれた …
オバチャンありがとうございます〜。
洗杯がすんだら、お茶を選ぶよ。
普洱・香片・寿眉・水仙の中から、今回は普洱茶をセレクト。
お次は点心だ。
セルフだから、勝手に蒸篭の蓋を開けて中身を確認しなきゃならない。
色々盛り沢山で迷っちまうぜ〜！
着いて来たオヤジ1号と一緒に旨そうなヤツを数点見繕ったぜ。
オイオイ、ビールだビール！
肝心なヤツ忘れてたぜ。
店のオバチャンにお願いしたよ。
ホントは香港のロコビール《藍妹》を呑みたかったんだけど、生憎品切れだもんで《San Miguel》にした。
早速オヤジ三人で香港旅行を祝い乾杯だ！
テーブルに並んだ点心を前に、オヤジ共のRustic飲茶がスタートしたぜ！
クゥ〜ッ！早朝ビールウメ〜ッ！
点心も素朴な味わいの中にもキラリと光るワザがあり、コレも只者じゃないな〜。
レトロなオープンテラスで、早朝の田園風景を眺めながら旨い飲茶って最高じゃん！
んで、先程から小鳥のさえずりが聞こえるんだけど、一段上がったテラス席では、近所の小鳥愛好家のオッチャン達が、
鳥籠に入った小鳥を連れてきてる。
オラが自慢の小鳥をあーでもない、こーでもないって大盛り上り。
香港を含めた中国系の人達の小鳥道楽って有名だけど、初めて現場を見たぜ。
この店は小鳥道楽のオッチャン達の集会所でもあるらしい。
なんか毎朝集まっているみたいよ。
さえずりとオッチャン達の声がうるさいくらいだけど、コレも異国情緒と捉えれば中々面白いぜ。
なんてコト思ってる間に点心初回ロッド終了だ。

オォ〜シ！2回目のセレクトだ。
ほんでもって点心選んだら、またもや肝心なヤツ忘れてた。
ココは、目前に広がるクレソン畑の《クレソン炒め》が名物だったぜ。
早速、厨房のオバチャンにお願いしたら、簡単な注文が中々通じない。
地元客相手の店だから、英語なんてほぼ理解されない。
しからば、コッチも最終兵器の登場だぜ〜！

行け！オヤジ2号よ！オマエの隠れた才能を見せる時だ！
病み上がりオヤジ2号は、駅前留学の甲斐あって英語・中国語が堪能だ。
海外行くときゃ、何かと頼りになる。

「◎◯▲◼️▽✖️〜？」

イイぞ！オヤジ2号！その調子だ！って思ったら、

「すみません〜僕の話せるの北京語だから、香港は広東語で通じないっス … 」

そ、そうか …
そう云や、同じ中国語でも北京語と広東語って、日本語と韓国語ぐらいの違いがあると聞いたよーな、聞かなかったよーな…
チョイ途方に暮れたオヤジ共だけど、確かネットに《クレソン炒め》の写真UPされてたよな？
しからば、スマホ画像でオバチャンどうよ？
オッ？やっとオバチャン分かってくれたみたい。
だけども、腕で✖️マーク⁈
どうやら、既に売り切れたみたい …
哎呀〜！
まだ早朝なのに売り切れかよ〜？
しまった、最初に注文すればよかった …
悔やんでも売り切れなら仕方ない。
可哀想がったオバチャンは（ 塌菜ならあるわよ？）的なコト言ってくれた。
んじゃソレお願いしま〜す。

んで、塌菜その他を前にして、第2ラウンドの始まりだぜ！
ビール呑み干したから、今度は普洱茶をズルズル呑みーの点心をパクつくオヤジ共。
どの点心も、やっぱウマイ！
この味わいは、日本じゃ中々無いだろうな。

だんだん腹も膨れて来たから、そろそろ買単だ。
だいたい一人日本円で12〜300円ほど。
最近の香港の物価知らないから、高いか安いかわからんな。
結構呑み喰いしたし、ウマかったから妥当かな？
『端記茶樓 』を出て、目前のクレソン畑を散策するコトにした。
クレソン畑の先には、ちょっとしたハイキングコースもあるみたい。
駐車場の先、階段を下りるとクレソン畑が広がっている。
こんなにクレソンあるんだったら、《クレソン炒め》もっと作れよ〜！
今度来る時ゃ、開店と同時に注文だな。
広いクレソン畑を回遊して、ハイキングコースの入口に辿り着いた。
フッと後ろを見れば、オヤジ2号がいない？
何処行ったんだアイツ？って探せば、遥か後方のクレソン畑の入口で座り込んでいるオヤジ2号を発見。

「 オイ、大丈夫か？」

「ちょっとキツイっス〜！」

いつも旅先で何かやらかすオヤジ2号。
昔行ったNYではステーキ喰い過ぎて痛風になるし、神戸では年甲斐も無くスキップして足首捻挫するし、
《 間が悪い男 》として仲間内では有名だ …
昨夜、待合せの羽田空港にマスク姿で現れたオヤジ2号。

「 インフルエンザになっちゃいました〜！ 」

「オイ、香港行けるんか？」

「大丈夫です〜。もう治りました〜」

って、言ってたけど大丈夫じゃなかったみたい …
クレソン畑の入口で蹲るオヤジ2号は辛そうだ。

「オヤジ2号よ、キツイんだったら先にホテル行って、今日一日ゆっくり休めよ。」

「スミマセン、そうさせて頂きます … 」

「薬飲んで寝た方がいいよ。途中の尖沙咀まで一緒に行こうか。」

青息吐息のオヤジ2号を伴い、帰りのバス停までの坂を登るオヤジ共。
楽しい筈の香港旅行だけど、早くも暗雲が立ち込めて来たぜ …

それにしてもオヤジ2号よ、オマエはホントに《 間が悪い男 》だな〜。