酔狂老人卍さんのマイ★ベストレストラン 2009

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『此世をハ と里(り)や お暇尓(に) せん古(こ)う能(の) 煙りと供尓(に) 者(は)ひ 左樣なら』 (十返舎一九)

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酔狂老人卍 (70代以上・男性) 認証済

マイ★ベストレストラン

レビュアーの皆様一人ひとりが対象期間に訪れ心に残ったレストランを、
1位から10位までランキング付けした「マイ★ベストレストラン」を公開中!

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『寿し処 寿々』は、鱚の昆布締めと茹で上げ蝦蛄(しやこ)を除き、他店に比べて特に秀(ひい)でたものはなし。
店の設(しつら)へも高級感に乏しく、『鮨さいとう』などの人氣店に比べ聊(いさゝ)か見劣り。
しかり、粒が立ちながらも滑らかさを保つた舎利は口に心地よく、晝(ひる)なれば豫約も要らず、居心地よく、値も廉(やす)い。
溜池山王驛十番出口から僅(わづ)かに一分と云ふ至便さ。
客あしらひにあたる給仕孃「あ●●ちやん」の可憐さ、藤居親方や二番手職人小笠原さんの人柄など、 綜合的に見て最も好きな鮨屋。

『ア・コテ パティスリー』は中に二人入れば一杯になる猫の額ほどの狹き菓子屋。
最近でこそ奧さんが手傳ふやうになつたものゝ、口下手で無愛想極まりなき四十がらみのおつさんが、獨り菓子を燒き、店を守る。
その愛想のなさと味の良さの食ひ違ひが新鮮。

『八幡屋』は耳遠き姥(うば)獨りで守る昔ながらの街場中華。
生まれたところからも近く、いづれ消え去る儚(はかな)さが何とも憐れを誘ふ。

鰻『大和田』は、味より何より、あの若者犇(ひしめ)く澁谷、それもかの花街圓山町で、喧騒を逃(のが)れるやうにひつそり佇むところが何ともよい風情。
名にし負ふ人氣店、飯倉『野田岩』、小塚原『尾花』の賑(にぎ)はひとは著しき對照をなす。

マイ★ベストレストラン

1位

寿し処 寿々 (溜池山王、赤坂、国会議事堂前 / 寿司)

1回

  • 夜の点数: -

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 昼の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス 3.6
    • | 雰囲気 3.6
    • | CP 4.2
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥8,000~¥9,999

2010/06訪問 2015/10/16

月盈(み)てば 『壽々』にものこそ 忘れけれ わが身一つの 夏とはいへども

【2015-10-16追記】:
久方(ひさかた)ぶりの『壽々』。
數日前(いくにちかまへ)、たまさか、僥倖(ありがたきこと)ありて『さいとう』に。
十年前(とゝせまへ)の零細(ほそぼそ)とした商賣(あきなひ)とは異(こと)なり、
今(いま)や、飛(と)ぶ鳥(とり)墜(お)とす威勢(いくほひ)

價格(ね)と素材(そざい)を抑制(おさ)へつ、
技藝(わざ)を練磨(みが)き、樣式美(やうしきび)を追求(おひもとむ)。
"(いはし)"、"金目(きんめ)"に代表(あらは)さるゝごとく、
驚(おどろ)くべき進化(すゝみかた)・洗煉度(とぎすまされやう)

小僧(こざう)の躾(しつけ)にも瞠目(めをみはる)。
木曾檜(きそひのき)の櫃臺(かうんた)には丹念(ねんごろ)に手入(てい)れ。
日々(ひゞ)糠(ぬか)磨(みが)きを怠(おこた)らず
宛然(あたかも)、僞漆(にす)でも塗(ぬ)りたるがごとし。

その鹽梅(あんばい)はと瞻(み)るに、
沙糖(さたう)を避(さ)け、酢(す)を押(お)さへ
比較(くらぶれば)、鹽(しほ)を效(き)かす割烹調理法(やりかた)。
とは云へ、かつての『すゞ木』、『二葉鮨』の鹹(しほからさ)には及(およ)ばず。

干瓢卷(かんぺう)は(む)つに切(き)る。
鮨種(すしだね)を薄(うす)く廣(ひろ)く切附(きりつ)け
長時間(ながらく)俎(まないた)にうち遣(や)り
室温(へやのあたゝかさ)に馴染(なじ)ます

これを舎利(しやり)に卷附(まきつ)け
尤(いと)柔(やは)らかに握(にぎ)る
口中(くち)に抛(はう)り込(こ)まんとするや、
鮨種(すしだね)と舎利(しやり)が分離(わか)るゝこと幾度(いくたび)

方(かた)や、當家(こちら)『壽々』。
往古(そのかみ)より半點(いさゝか)價格(ね)は上(あ)がるも、
晝飧(ひるめし)に限(かぎ)るなら、
素材(そざい)の佳(よ)さに比(くら)べ頗(すこぶ)る廉價(やすめ)

晩飧(ばんめし)ともなると、
鮭兒(けいじ)、唐墨(からすみ)、(むなぎ)と、
至高(このうへなき)素材(そざい)を揃(そろ)へて商賣(あきなひ)。
(むなぎ)は宍道湖(しんじこ)、鯔子(ぼらこ)は『うを徳』の倍額(ばい)。

僞漆(にす)塗(ぬ)りの櫃臺(かうんた)、
緩慢(ゆる)き躾(しつけ)の小僧(こざう)・給仕(きふじ)と、
さいとう』に見劣(みおと)り。
注力(ちからをそゝぐ)は、あくまでも素材(そざい)と技藝(わざ)。

纔(わづ)かながらも沙糖(さたう)を用(つか)ひ、
鹽(しほ)を押(お)さへ、酢(す)を效(き)かす
寔(まこと)、『さいとう』とは眞逆(さかしま)の流儀(やりかた)。
醋(す)は、『久兵衞』、『さいとう』と同(おな)じく白醋(しろず)。

海苔卷(のりまき)は古式(こしき)に則(のつと)り(よ)つに切(き)る。
切附(きりつけ)、握(にぎ)りの姿形(すがたかたち)も傳統的(むかしながら)。
鮨種(すしだね)と舎利(しやり)の馴染(なじみ)はよく
途中(とちゆう)で崩潰(ばら)くる實例(ためし)皆無(なし)

これほどまでに對照的(ことなるやりかた)ながら、
ともに久兵衞』の流域(ながれ)から出(いづ)ることあらで、
釋迦(しやか)の掌(たなぞこ)に蠢(うごめ)く
實(げ)に惜(を)しむべきことなりと覚(おぼ)ゆ。

(わん)は陳腐(ありきたり)の未醤汁(みそしる)。
やはり、かつての『喜久好』、『うを徳』のごとき潮汁(うしほじる)に限(かぎ)る。
この日(ひ)、一ツ木通(ひとつぎどほり)にて邂逅(たまさかのであひ)。
引退(しりぞ)きし『喜久好清水喜久男親方(しみづきくをおやかた)その人(ひと)。

如何(いか)に高價(ねのたか)き魚(うを)を用(つか)ふと云へど、
(わん)・(さかな)に限(かぎ)るなら、『うを徳』に止(とゞ)めを刺(さ)し、
鮓(すし)の歴史(れきし)に殘(のこ)る"革命性(かくめいせい)"なら、
初音鮨』の右(めて)に出(いづ)る者(もの)なし。

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【照相機】:旭光學賓得士K-三數碼單鏡反光照相機
【鏡頭】 :smc 賓得(Pentax)A 2.0/35 @F2.4

【2013-07-26追記】:
三年(みとせ)ぶりの『壽々』。
長(なが)らく預(あづ)け物(もの)をその儘(まゝ)打(う)ち遣(や)りしかど、
意(こゝろ)を決(き)め、漸(やうや)う、この日(ひ)當家(こちら)に、、。
親方(おやかた)と僕(やつかれ)のほかは見習(みなら)ひ一人(ひとり)。

最初(いやさき)に"眞子鰈(まこがれひ)"。
三日前の"星鰈(ほしがれひ)"に勝(まさ)るとも劣(おと)らぬ旨(うま)さに唖然(あぜん)。
むッ、む、む、む、むゥゥゥ、、、。
辭(ことば)を失(うしな)ひ、唸(うな)る事(こと)霎時(しばし)。

當家(こちら)の招牌(かんばん)、"蝦蛄(しやこ)"に、"白鱚(きす)昆布(こぶ)〆"。
三年前(みとせまへ)に寸毫(つゆ)ぞ變(か)はらぬこの美味(うま)さ。
能登(のと)の蝦蛄(しやこ)は金澤(かなざは)の地(ち)にて口にせしばかりなれど、
茹(ゆ)でばなを供(いだ)す當家(こちら)に軍配(ぐんばい)。

言(い)はずもがなの"白鱚(しろぎす)"。
これまた往古(そのかみ)のと聊(いさゝ)かの變化(かはり)もなし。
名(な)にし負(お)ふ鮓店(すしや)も顏色(がんしよく)を失ふ"小柱(こばしら)"。
崩(くづ)るゝ兆(きざし)なき"利尻(りしり)の鹽水海膽(えんすいうに)"またしかり。

舎利(しやり)も山葵(わさび)も申(まう)し分(ぶん)なく、
握(にぎ)りの技藝(わざ)は圓熟(ゑんじゆく)の境(きやう)。
晝(ひる)、よき素材(すしだね)を用(つか)ひ、この價格(ね)で供(いだ)すは、
東(ひがし)の『橋口』に、西(にし)の『壽々』が雙璧(さうへき)。

背筋(せすぢ)伸ばして啖(くら)ふ『しみづ』、襟を正(たゞ)す『橋口』と異(ことな)り、
當家(こちら)、やゝもすると、凡庸(つきなみ)にすら見えかねぬ優しき味(あぢはひ)
他店(よそ)には見向きもせず、己(おのれ)の流儀(やりかた)を貫(つらぬ)くのみ」、と、
聊(いさゝ)かも信念(しんねん)を曲(ま)げぬは天晴(あッぱれ)

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【照相機】:東京通信工業、索尼(そに) RX1R 小型數碼照相機(こんぱくとでじたるかめら)
/w Carl Zeiss Sonnar T* 2.0/35 @F2.2 (By Sony)

【2010-06-05追記】:
新(あら)たなる女給仕(をんなきふじ)でも拜(をが)まんと手土産(てみやげ)携(たづさ)へ、
眞子鰈(まこがれひ)、眞鯛(たひ)、白鱚(きす)、小鰭(こはだ)、春子(かすご)、眞鯵(あぢ)、
鮪(しび)赤身(あかみ)、鮪(しび)赤身(あかみ)に近き脂身(あぶらみ)、鮑(あはび)、
蝦蛄(しやこ)、海膽(うに)、穴子(あなご)、鶏卵(たまご)燒(や)き、を戴(いたゞ)く。

やはり、白鱚(きす)の昆布締(こぶじ)めと蝦蛄(しやこ)の旨さは格別(かくべつ)。
ほかでは房州(ばうしう)の蒸(む)し(あはび)。
この日(ひ)、二番手(にばんて)職人(しよくにん)小笠原(おがさはら)さんが元々(もともと)
築地(つきぢ)「喜樂鮨」の出身(で)なるを知(し)る。

【2010-04-21追記】:
あ●●ちャんの顏(かほ)でも伏拜(ふしをが)まんと思(おも)へど姿(すがた)はなし。
彼女(かのじよ)に替(か)はりて新(あらた)に加(くは)ゝらんとするは廿(はたち)前の二人。
この日の白眉(はくび)は星鰈(ほしがれひ)とその縁側(えんがは)。
鮪(しび)に「(きは)め書(が)き」のごときものあるを初(はじ)めて知(し)る。

星鰈(ほしがれひ)、星鰈縁側(えんがは)、眞鯛(まだひ)、縞鯵(しまあぢ)、鱚(きす)、
眞鯵(まあぢ)、小鰭(こはだ)、蒸(む)し鮑(あはび)、蛤(はまぐり)、車蝦(くるまえび)、
鮪(しび)赤味(あかみ)、鮪(しび)赤味に近き脂身(あぶらみ)、穴子(あなご)二(ふた)つ、
鶏卵(たまご)燒(や)き、六千八百圓、酒(さけ)一千五百圓、合(あ)はせて八千三百圓也。

【2010-01-25追記、冩眞追加】:
今季掉尾(たうび)を飾るに相應(ふさは)しき鮪(しび)ありと小耳(こみゝ)に挾(はさ)む。
八百匁と大きめな眞鯛(まだひ)は柄(がら)に似合(には)ゝずなかなかに佳味(よきあぢ)。
時季(じき)に外(はづ)れた眞鯵(まあぢ)、穴子(あなご)も然(しか)り。
とは云へ、この日(ひ)の白眉(はくび)は鮃(ひらめ)の縁側(えんがは)。

【2009-11-14追記、評價修正】:
久々(ひさびさ)暖簾(のれん)を潛(くゞ)りて大(おほ)いに寛(くつろ)ぐ。
給仕係(きふじがゝり)はあ●●ちャんなる齢(よはひ)十八(とあまりやつ)の少女(をとめ)。
物腰(ものごし)・立ち居(ゐ)振る舞ひの美しさは今時(いまどき)珍(めづら)しきほど。
鮨(すし)の出來(でき)は常(つね)とつゆ異(つゆ)なるところなし。

【2008-10-31追記】:
永きに亙(わた)り御世話になり申した。
鮨種は良く、名のある店に比べ聊かも遜色なし。舎利、舌に滑らかにして、齒応(ごた)へ、鹽(しほ)加減ともに絶妙。素材を生かす技も確か。奢(おご)ることなく、日々、研鑽・精進を怠らぬ。最寄の驛より僅(わづ)か一分。値も安く、客で混むは極(きは)めて稀(まれ)。かくて綜合評價を四點五に。

【2008-06-28追記】:
この日、身内の者を連れ晝(ひる)めしに。眞子鰈、鱚昆布〆、鮪(しび)大トロ、鰹、蝦蛄、鯵、小鰭、海膽、穴子、玉子燒き、海苔卷き(干瓢)、で、値四千圓也。三千圓のものでもなかなかの味と覺(おぼ)えしに、それを上囘る出來。この日も舎利は、硬さ・鹽加減、ともにわが好むところと寸毫(つゆ)違(たが)ふところなし。

鮪(しび)は蝦夷地で漁(いさ)りしものと云ふ。蝦蛄は北陸産を茹で上げたものにて、その身、厚く柔らかく味も濃い。さきごろ口にした瀬戸内の水蝦蛄とも異なる味はひ。未醤の旨味も堪能出來、この日の白眉。來週には、小鰭の新子、六十貫目に及ぶ鮪(しび)も出るとか。紛(まが)ふ方なき穴場晝(ひる)めし處(どころ)。

【2008-06-14上方修正】:
五月(さつき)晴れのこの日、「茹で上げの蝦蛄」の噂(うわさ)に惹(ひ)かれ、溜池山王驛(ステンショ)で降りる。十番出口より僅(わづ)か一分。客は居らず、鮨話に花を咲かせつゝ、氣の向く儘(まゝ)に、眞子鰈、鱚昆布〆、小鰭、鯵、鰹、蒸し鮑、鮪(しび)赤身、鮪中トロ、穴子、水蝦蛄、玉子燒き。合はせて値五千圓也。

眞子鰈、鱚昆布〆、小鰭は常(つね)と大きく異なるところなし。この日の鯵は淡路の産。微(かす)かに甘味乏しと感ずるは舌の惡戲(いたづら)か。鮨屋で鮑と云へば房州大原は目高(まだか)鮑に止めを刺す。この日の鮑は相州城ヶ島で漁(すなど)られしもの。その姿、目高(まだか)鮑とは異なり、俄(には)かに心ときめく。

切り附けたる鮑を舎利と合はせ鮨に拵(こしら)へ煮切りを引く。一度(ひとたび)口に抛(はふ)り込むや、舌に踊り、纏(まと)はりつゝ喉(のみど)の奧に。その味はひ、房州大原を二十(はたち)過ぎの艷(なまめ)かしき女(をみな)とするなら、相州城ヶ島は二十(はたち)前の初々(うひうひ)しき少女(をとめ)を思はす。

江戸前の穴子は今が時季。煮詰め鹽(しほ)に負けず、鹽(しほ)煮詰めに劣らず、わが舌を悦(よろこ)ばしむ。この日の白眉は瀬戸内で漁(いさ)りし水蝦蛄と稱(とな)ふる蝦蛄。生憎、出羽三陸、北陸の蝦蛄はなく、水蝦蛄のみ。嘗(かつ)て瀬戸内の蝦蛄を喰らひしに、味、蝦と異なるところなく、小柴なほ齒牙にもかけぬ代物。

確かにこの日味はひしは、紛(まが)ふ方なきあの日の蝦蛄。その味、その姿、かの蝦蛄とつゆ異なるところなく、わが袖(そで)を濡らす。主(あるじ)、心なしか誇(ほこ)らしげに、「蝦蛄と水蝦蛄を活かしながら、ともに鮨に拵(こしら)ふるは、東都廣しと云へど、手前どもと、青山の●●ばかりでござる」と呟(つぶや)く。

この日改めて舎利の出來榮えを確かむるに、わが好みと寸毫(すこしも)違(たが)ふところなく、種(たね)もまた名のある店に劣らじ。鮨を漬ける手附きに聊(いさゝ)かの淀(よど)みもなく、客あしらひもまた一つとして落ち度の類(たぐひ)なし。「甘すぎ」の謗(そし)りを免(まぬか)れずと云へど、評價を上に改(あらた)む。

【2008-04-19追記】:
野田岩で鰻めし喰らひ、腹ごなしに溜池までふらつくに、商(あきな)ひのけはひありて久方ぶりに暖簾を潛(くゞ)る。お好みで眞子鰈、眞鯛、鱚昆布〆、鰹、小鰭、眞鯵、鮑、穴子、玉子燒き。やはりこの時季なれば鯛は一際(きは)。鱚昆布〆は先頃鮨おちあいで戴いた鮃の昆布〆とは異なり瑞々(みづみづ)しさを保つ。

鯛は銀座でも値(ね)の張ることで名高き店と分かちたるものとか。小鰭の酢は控へめでほどよき鹽(しほ)。鯵は仄(ほの)かなる甘み、鮑にはふくよかなる味はひを伴ふ。舎利は前と同じく僅(わづ)かながら冷たいものゝ粒が立つ。押し出しが弱く同じ門下の親方に比べ耳目奪(うば)はざるは、實(げ)に憐(あは)れを誘(さそ)ふ。

【2008-01-29記、拔粹】:
海膽・イクラを外して光物や煮物にして貰(もら)ふことにして、試(こゝろ)みに三千圓の鮨を頼む。喜久好「竹」(三千百五十圓也)との味比べの意もあり、この度(たび)はこれほどに。親方、やにはに黒漆塗りの漬け臺を布巾で拭(ぬぐ)ひ、隅に生姜を盛る。しかる後(のち)、厚みのある俎板(まないた)に鮨種を揃へる。

俎板(まないた)の上に置かれしは、反(そ)りのある柳刃。ぬばたまの黒き光を放つその姿、紛(まが)ふ方なき本燒き。人斬り疱丁のごとき妖(あや)しさにて、まさに、拔けば珠(たま)散る氷の刄(やいば)。一閃、鮪の柵は、中トロ二切れと赤身の一切れに。更に、鮃、細魚(さより)も鮮やかな疱丁捌(さば)きで切り附く。

晒(さら)し首のごとくその儘(まゝ)暫(しばら)く俎板にうち遣(や)るは、ほどよき暖かさにせんがためか。親方、徐(おもむろ)に櫃(ひつ)より舎利を掴(つか)みて舎利玉となし、これをネタに合はせて鮨と爲(な)す。左手親指の押さへも利(き)ゝ、若手にしてはまともな手捌(さば)き。姿形(すがたかたち)また惡(あ)しからず。

  • 眞鯛(まだひ)
  • 鰤(ぶり)
  • 墨烏賊(すみいか)

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2位

ア コテ パティスリー (白金台、高輪台、白金高輪 / 洋菓子、ケーキ、チョコレート)

1回

  • 昼の点数: 4.5

    • [ 料理・味 4.5
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥1,000~¥1,999

2015/12訪問 2015/12/24

今里は コテの燒き菓子 まさりける 見た目も味(あぢ)も カヌレ*)と思へば

【2009-11-20追記】:
恐る恐る訊(たづ)ぬれば、かの姥(おみな)、睨(にら)むところに違(たが)はず、こちらの女將(おかみ)。
その面(おもて)、その短(みじか)き髮(かみ)、戲作者(げさくしや)吉永みち子に瓜二(うりふた)つ。
偏屈(へんくつ)なる主(あるじ)獨(ひと)りで守(まも)る店(みせ)に少(すこ)しばかりの和(やは)らぎ。
この日は先客(せんきやく)二個(ふたり)。

猫の額(ひたひ)ほどの狹(せま)さなれば、二人(ふたり)で錐(きり)立つる隙間(すきま)だになし。
詮方(しかた)がなく、暫(しば)し外(そと)で待(ま)つ。
初(はじ)めてらしき老女(おみな)、恐々(こはごは)「甘(あま)くないものは?」と訊(たづ)ぬるに、
主(あるじ)、「一(ひと)つとして甘(あま)からざるはござりませぬ」と鰾膠(にべ)もなし。

【2009-11-07追記】:
この日は、午(むま)の刻(こく)過(す)ぎと云ふに「チュイル・オ・ココ」は賣(う)れ切(き)れ。
已(や)む事(こと)を得(え)ずして、「ボルカン」、「ラング・ド・シャ(猫の舌)」を求(もと)む。
店には、いつもの主(あるじ)に加(くは)へ、四十(よそぢ)餘(あまり)の姥(おみな)の姿(すがた)も。
ともに、その旨(うま)さ筆舌(ひつぜつ)に盡(つ)くし難(がた)し。

【2009-10-04追記】:
その後(のち)幾度(いくたび)か訪(たづ)ぬれど休み二度(ふたゝび)、ブリオシユのみ一度(ひとたび)。
四度(よたび)目にさまざまな燒き菓子(ぐわし)に巡(めぐ)り會ふも、さる方への貢物(みつぎもの)に。
この日、九段下から神保町に出て三田線に乘るや、俄(には)かに白金臺まで通ずと閃(ひらめ)く。
此度(こたび)、初(はじ)めて自(みづか)らのために求(もと)めしは次(つぎ)のとほり。

アマンディーヌ(カシスのジャムとアーモンドクリームの燒きタルト)零點三二みなほん、
無花果のタルト零點四二、ガトーマロン零點三七、サブレ・カフェノワ零點六三みなほん。
生憎(あいにく)この日は某(それがし)が最(もつと)も好(この)む「チュイル・オ・ココ」はなし。
悦(よろこ)び勇(いさ)みて持ち歸(かへ)り、心躍(こゝろをど)らせ開(あ)くるは紙の袋(ふくろ)。

先(ま)づは、サブレ・カフェノワを一(ひとつ)つ二(ふた)つ。
紛(まが)ふ方(かた)なき珈琲(コオヒイ)の味(あぢ)と香(かをり)。
確(たし)かにアマンディーヌには扁桃(へんたう)、ガトーマロンには栗(くり)の味(あぢ)。
以爲(おもへらくは)、やはりタルトの類(たぐひ)よりクツキイの類(たぐひ)がこちらの白眉(はくび)。

無花果(いちじく)のタルトを前(まへ)に歎(なげ)き悲(かな)しむは我(わ)が愚(おろ)かさ。
某(それがし)、そもそもこれを市場(いちば)で贖(あがな)ひたる例(ためし)たゞの一度(ひとたび)もなし。
何者(なんとなれば)、未(いま)だ熟(う)れざる儘(まゝ)に穫(と)りて市場(いちば)に送ればなり。
加(くは)ふるに、赤き無花果(いちじく)は白や黒に比(くら)べ劣(おと)ること著(いちじる)し。

赤き無花果(いちじく)は徒(いたづら)に大(おほ)きなばかりで味(あぢ)よろしからず。
白や黒の無花果(いちゞく)の熟(う)れた桃(もゝ)にも引けをとらざるを知るは蟲(むし)ばかり。
蟻(あり)、噛(か)み切(き)り蟲(むし)、能(よ)くその甘(あま)きを知る。
白き無花果(いちじく)は波斯(ハルシヤ)、黒き無花果(いちじく)は佛蘭西(フランス)が名高(なだか)し。

【2009-04-26記】:
一日(あるひ)、柄(がら)にもなく白金(しろかね)に出向(でむ)きての晝(ひる)めし。
生憎(あいにく)の曇(くも)り空(ぞら)ながらも、暑(あつ)からず寒からざれば、青物横丁から歩(ある)く。
舊(もとの)東海道を辿(たど)りて、八つ山橋に至(いた)り、御殿山(ごてんやま)から高繩(たかなは)に。
二本榎(にほんえのき)なる火消(ひけ)し屯所(とんしよ)の火の見櫓(やぐら)**)を弓手(ゆんで)に。

切支丹寺(きりしたんでら)のごとき明治學院脇(わき)を過(す)ぐるや何(にな)やら胸騒(むなさは)ぎ。
馴染(なじ)みの髮結(かみゆ)ひ床(どこ)、呼(よ)べど應(こた)へず探(さが)せど見えず。
床屋(とこや)は何處(いづこ)、床屋(とこや)は居(ゐ)ずや?***)
そこには見慣(な)れぬ菓子屋(くわしや)建(た)ちて商(あきな)ひの氣配(けはひ)を漂(たゞ)よはす。

窓(まど)に貼(は)り紙ありてオーボン・ヴュータンに奉公(ほうこう)せし後(のち)佛蘭西(ふらんす)渡りと。
オーボン・ヴュータンなれば過(あやま)つことあらじ」とばかりに勇(いさ)みて扉(とびら)を開く。
中いと狹(せま)く、主(あるじ)、俯(うつぶ)きて只管(ひたすら)生業(なりはひ)に精(せい)を出す。
「麪麭(パン)の類(たぐひ)は」と訊(たづ)ぬるに、「うちは菓子(くわし)屋でござれば」とにべもなし。

つぶさに棚(たな)と云ふ棚(たな)檢(あらた)むれど生菓子(なまぐわし)の類(たぐひ)見當(あ)たらず。
敢(あ)へて「生菓子(なまぐわし)は?」と問(と)はゞ「ござりませぬ」とけんもほろゝ。
菓子(くわし)屋と云ふにうら若き女(をなご)の陰(かげ)も形(かたち)もなく頗(すこぶ)る侘(わび)しげ。
此處(こゝ)に至(いた)りて寧(むし)ろその腕(うで)確(たし)かなるを覺(さと)る。

古(いにしへ)の賢人(かしこびと)曰(のたまは)く、「巧言令色は仁(じん)鮮(すく)なし」と。
鮨(すし)職人にして徒(いたづら)に口數(くちかず)多(おほ)きは腕(うで)の立たざる證(あかし)。
鮨(すし)、天麩羅(てんぷら)、菓子(くわし)、どれも、よき職人は無駄口(むだぐち)を嫌(きら)ふ。
その顏(かんばせ)、浮名(うきな)を流(なが)す色男(いろをとこ)とは聊(いさゝ)か異(こと)なる。

試(こゝろ)みに燒き菓子(ぐわし)二袋(ふたふくろ)を求め待ち合はせの料理茶屋(れうりぢやや)に。
嘗(かつ)てこの邊(あた)りは芝白金今里町なりしが、もはやその俤(おもかげ)をとゞむるものなし。
日吉坂(ひよしざか)上(のぼ)りて八芳園を左に折れ目黒通りから外苑西通りに。
菓子(くわし)を芦屋(あしや)の姫(ひめ)と二つに分(わ)かち、その半(なか)ばを持ち歸(かへ)る。

熟々(つらつら)その姿(すがた)を眺(なが)むるに、口にするまでもなく旨(うま)きこと明(あき)らか。
女(をんな)の薄衣(うすぎぬ剥(は)ぐ心地(こゝち)、うち震(ふる)へる手で包(つゝみ)を解(ほど)く。
忽(たちま)ち芳(かぐは)しき香(かをり)漂(たゞよ)ひて、もはや手附けざるは體(からだ)に障(さは)る。
たまりかね、むんずとばかりに首根(くびね)つ子(こ)捕(つか)まへ口に中へと抛(はう)り込(こ)む。

一齧(ひとかじ)りるすに、菓子(くはし)齒(は)に抗(あらが)ふ術(すべ)を知らず脆(もろ)くも崩(くづ)る。
牛酪(バタ)と互(たが)ひに混(ま)じりあひて鼻腔(はな)を穿(うが)つは椰子實(コヽナツ)が香(か)。
袋(ふくろ)瞬(またゝ)く間(ま)と空(から)となり、一缺片(ひとかけら)まで貪(むさぼ)り盡(つ)くす。
名高き燒き菓子(ぐわし)につゆ劣(おと)るところなく、紛(まが)ふ方(かた)なき佳品(よきしな)。

先(さき)の評(ひやう)に違(たが)はず、店(みせ)狹(せま)きこと猫(ねこ)の額(ひたひ)かと疑ふ。
やむごとのなき姥(うば)扉(とびら)より中に入(い)らんとするに、通(とほ)る隙間(すきま)だになし。
某(それがし)入り口近く仁王立(にわうだ)ちしたれば、路(みち)粗方(あらかた)塞(ふさ)がればなり。
臺(だい)にへばり附(つ)き、後(うしろ)を空(あ)けて、漸(やうや)う姥(うば)を遣(や)り過(す)ごす。

------------------------------
*)カヌレはござらぬはず。

**)http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&lr=&ie=UTF-8&q=%E9%AB%98%E8%BC%AA%E3%80%80%E4%BA%8C%E6%9C%AC%E6%A6%8E%E3%80%80%E6%B6%88%E9%98%B2%E7%BD%B2&fb=1&split=1&gl=jp&cid=2029510302660510986&li=lmd&z=14&t=m

***)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E6%AD%A6%E5%A4%AB

  • ラング・ド・シャ(猫の舌)
  • パウンドケエキ(二)
  • パウンドケエキ(斷面圖)

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3位

八幡屋 (立会川、大井町、西大井 / ラーメン)

1回

  • 昼の点数: 4.5

    • [ 料理・味 3.0
    • | サービス -
    • | 雰囲気 4.5
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ~¥999

2009/10訪問 2009/10/31

耳遠き 姥(うば)の作れる 拉麪は 八幡(やはた)八幡(はちまん) 大分得(だいぶとく)なり

※肖像を含め撮影了承濟み(←告(つ)げ口(ぐち)する鼠輩(そはい・ねずみのともがら)あり)

【2009-10-30追記】:
郵便局に出向(でむ)くつひでありて、久々(ひさびさ)こちらに。
時(とき)は午(むま)の刻(こく)より四半時前(しはんときまへ)。
暖簾(のれん)秋風(あきかぜ)にはためくも、姥(うば)は奧の坐敷(ざしき)。
頻(しき)りに新聞(しんぶん)ちらしを指(ゆび)で弄(まさぐ)り、つゆぞ氣附(きづ)く氣配(けはひ)なし。

幾度(いくたび)か大音聲(だいおんじやう)にて呼(よ)ばゝれど、なかば諦(あきら)めの心地(こゝち)。
裏(うら)に廻(まは)りて聲(こゑ)を限(かぎ)りと喚(をめ)き叫(さけ)べど、同(おな)じこと。
かくなる上はと覺悟を決め席(せき)に戻(もど)るや、驚(おどろ)く勿(なか)れ姥(うば)は厠(かはや)。
その儘(まゝ)待(ま)つ事(こと)暫(しば)し、漸(やうや)うこちらに氣附(きづ)く。

時(とき)に午(むま)の刻(こく)より僅(わづ)か十分前(まへ)。
「雲呑麪」六百圓を頼(たの)み、常(つね)に倣(なら)ひて四方山話(よもやまばなし)。
八百屋(やをや)までもが店仕舞(みせじま)ひし、田舎(ゐなか)と變わらぬと歎(なげ)くこと頻(しき)り。
げに、肉屋(にくや)、風呂屋(ふろや)、蕎麥屋(そばや)、雜貨屋(ざつかや)と跡形(あとかた)もなし。

【2009-02-28記】:
去年(こぞ)も暮(くれ)、猫又(ねこまた)の招きにあひて撈麪(らうめん)喰(く)らひに二葉町詣(まう)で。
その歸(かへ)り、生(む)まれ育ちたる武州荏原郡大井村をそゞろ歩く。
壽湯(風呂)、戸越庵(蕎麥)などの目印(めじるし)は粗方(あらかた)失(う)せ浦島太郎が心地(こゝち)。
作守稻荷も御本尊こそ變(か)はらねど、祠(ほこら)の扉(とびら)ばかりか鳥居(とりゐ)まで新(あらた)。

稻荷より松林(大工・鳶)に向かふも邊(あた)りの長屋(ながや)を含(ふく)め跡形(あとかた)だになし。
あの頃(ころ)は三輪車の運轉桿は棹(さを)のごときものなるに松田は四輪車のごとき圓(まろ)き形。
車の色(いろ)瑠璃紺(るりこん) にて能(よ)く五百貫(くわん)餘(あまり)の荷(に)を運ぶ。
この車も、四疉半の長屋に住まふ友も、隣(となり)の金持ちも今となりては全(すべ)てが幻(まぼろし)。

道なりになだらかなる坂を下(くだ)るや八幡屋なる看板某(それがし)が眼(まなこ)を射拔(いぬ)く。
四十年(よそとせ)・五十年(いつとせ)前の憶(おぼ)えを手繰(たぐ)れど朧(おぼろ)に霞(かす)むばかり。
既(すで)に腹も充(み)ち足(た)り、訝(いぶか)りつゝ踵(きびす)を返す。
その儘(まゝ)に打ち遣(や)りしに、八幡屋の評ありて、この日堪(たま)らず青物横丁より足を延(の)ばす。

作守稻荷(さくもりいなり)に參(まゐ)りて海内(かいだい)安(やす)らかなるを祈(いの)る。
猫又(ねこまた)には仇(かたき)と狙(ねら)ふ叉燒麪が素(そ)ッ首(くび)討(う)ち取らんことを誓(ちか)ふ。
「己(おのれ)その首よこせ」とばかりに勇(いさ)み立ち八幡屋の前にて武者震(ぶる)ひし扉(とびら)を開く。
「御免下され」と大音聲(だいおんじやう)にて呼ばゝりければ姥(うば)一人罷(まか)り出(い)づ。

商(あきな)ひの氣配(けはひ)はあれど片附けものに手を取られ暫(しば)しその場に立ち竦(すく)む。
姥(うば)とはこちらの主(あるじ)にて、健氣(けなげ)にも女手(をんなで)一つでこの店を守る。
姥(うば)、噂(うはさ)に違(たが)はず耳遠く、雷(いかづち)のごとき聲(こゑ)にて話すほかはなし。
叉燒麪頼むに先立ち、店の由緒來歴(ゆひしよらいれき)など四方山話(よもやまばなし)に花が咲く。

姥(うば)、大正十二癸亥(みづのとゐ)年常州に生(む)まれ、武州荏原郡大井村濱川の地に嫁(とつ)ぐ。
寡(やもめ)となり先の戰(いくさ)で燒け出され、後(のち)、中華(もろこし)そばを生業(なりはひ)とす。
その後(のち)貰(もら)ひ火にてこの地に移り、重ねたる月日既(すで)に五十年(いそとせ)餘(あまり)。
子は巣立ち後(あと)を繼(つ)がんとする者なし。

長らく手習(てなら)ひに勵(はげ)み壁の斷(ことは)り書きの類(たぐひ)は全(すべ)てその手になる。
「この道より我を生かす道なしこの道を歩く」  (武者小路實篤)
「耳が遠いので失禮の事があるかもしれません。ご容赦願ひま須(す)。店主」 
「現金仕入れですので掛け賣りご容謝ふしてお願ひ致しま須(す)。」

店の看板すら自(みづか)ら梯子(はしご)を掛(か)け油漆(ペンキ)塗(ぬ)りたるものと云ふ。
某(それがし)も稚(いとけな)き頃(ころ)裏の西光寺(眞宗本願寺派)にて手習(てなら)ひに勤(いそ)しむ。
その旨(むね)を傳(つた)ふるに、姥(うば)もまたこの寺を能(よ)く知りたまふと覺(さと)る。
頃合(ころあ)ひ見計(みはか)らひて「叉燒麪」頼まんとするに、「叉燒雲呑麪」も同じ値(ね)なるを知る。

こゝにおいて初めの志(こゝろざし)はもろくも碎(くだ)け散り「叉燒雲呑麪」値(あたひ)零點八みなほんに。
姥(うば)、なにやら麪條(めん)を茹(ゆ)で叉燒(やきぶた)幾枚(いくまい)かを切り揃(そろ)へる。
その間(あひだ)も話にうち興(きやう)ぜんとすれど耳遠きに阻(はゞ)まれ思(おも)ひの儘(まゝ)にならず。
目の前の「王灌入れ」とある器(うつは)の中を檢(あらた)むれば「王冠入れ」のことなりと覺(さと)る。

ほどなくして來(き)たりし「叉燒雲呑麪」、匙(さじ)はなく擦(す)り切れかけた雷紋の器(うつは)一つ。
これ古(いにしへ)の拉麪丼(どんぶり)とつゆ異(こと)なるところなく、思はず袖(そで)を濡(ぬ)らす。
叉燒は猫又(ねこまた)の御告(おつ)げどほり瑞々(みづみづ)しく銜(くは)ふるや脂滴(あぶらしたゝ)る。
雲呑(わんたん)は本朝拉麪屋のものとすれば具の味ありて、なかなかの出來榮(ば)え。

叉燒(やきぶた)に脂(あぶら)目立ち、醤油だれや汁(しる)にまで少なからざる脂(あぶら)漂(たゞよ)ふ。
脂(あぶら)か、はたまた白き粉の所爲(せゐ)か詳(つまび)らかならざれど思ひのほかに強き味(あぢ)。
やがて、叉燒(やきぶた)、雲呑(わんたん)、麪條(めん)、汁(しる)、悉(ことごと)く胃袋(いぶくろ)に。
喰(く)ひ初めに土方(どかた)四人(よたり)、喰(く)ひ終はりにはやむごとなき姥(うば)暖簾を潛(くゞ)る。

やむごとなき姥(うば)、某(それがし)に聲(こゑ)を掛(か)け、某(それがし)もまたこれに應(こた)ふ。
姥(うば)、この店の常連と思(おぼ)しく、主(あるじ)にこれより目黒不動に詣(まう)でむことを語(かた)る。
姥(うば)と姥(うば)、主(あるじ)の耳遠しと云へど、互(たが)ひに心(こゝろ)を以(も)て心に傳(つた)ふ。
春の陽(ひ)のごときその遣(や)り取りに滲(ひた)り、名殘(なごり)を惜(を)しみつゝ暇(いとま)乞(ご)ひ。

店を出て一度(ひとたび)二度(ふたゝび)と首(くび)うち振(ふ)り返(かへ)りつゝ西光寺に參(まゐ)る。
この寺こそ何を隱(かく)さう、某(それがし)が學(まな)びし手習(てなら)ひ塾。
花祭りの山車(だし)、甘茶の香(かを)り、その悉(ことごと)くが西方淨土(さいはうじやうど)に連なる。
某(それがし)が西方淨土(さいはうじやうど)とは畢竟(つまるところ)古(いにしへ)の西光寺にほかならず。

庭なる句碑に「暮(くれ)まつて ちにさく花の にほひかな」とありその句の主(ぬし)に思ひを馳(は)す。
口惜(くちを)しきかな、本堂は混凝土(コンクリト)造りとなり、嘗(かつ)ての俤(おもかげ)を留(とゞ)めず。
たゞ寺の裏に立つ大きな木ばかりは昔と變(か)はらぬ姿(すがた)をこの地に殘(のこ)す。
後ろ髮(がみ)引かるゝ思ひで寺を後(あと)にし立會川(たちあひがは)に向かふ。

  • 微笑(ほゝえ)む
  • 女主(をんなあるじ)(二)
  • はにかむ

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4位

大和田 (神泉、渋谷、駒場東大前 / うなぎ)

1回

  • 昼の点数: 4.5

    • [ 料理・味 3.0
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 4.5
    • | CP 4.5
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥4,000~¥4,999

2009/10訪問 2015/07/21

この鰻(むなぎ) 澁谷の裏(うら)の 大和田に 燒くや備長(びんちやう) 身も焦がしつゝ

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※撮影許可濟み
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【2009-10-22追記、評價修正】:
澁谷の兩替商(りやうがへしやう)に用があり、終(をは)りてみれば晝(ひる)には聊(いさゝ)か間。
さらばと、VIRONに向かひ、麪麭(ぱん)の類(たぐひ)を澤山(しこたま)買込(かひこ)む。
五年前(いつとせまへ)は、VIRONで洋菓子(やうぐわし)買(か)ひて廓遊(くるわあそ)び。
待つ間(あひだ)、こちら大和田で腹拵(はらごしら)へせしも今(いま)は昔(むかし)。

あれから伯父二人、伯母一人、そして姉までもが身罷(みまか)り、僕(やつがれ)が天窓(あたま)も白。
此度(こたび)は廓(くるわ)に忍(しの)ぶつもりなく、狙(ねら)ふ得物(えもの)はたゞ一つ。
午の刻は四半時(しはんとき)前なるに、生憎(あやにく)暖簾(のれん)かゝらず。
已(や)むことを得ずして徘徊(うろつ)くその先(さき)、道玄坂から圓山町界隈(あたり)。

勿驚(おどろくなかれ)、かの「道頓堀劇場」なる見世物小屋(みせものごや)に官憲(おかみ)の手。*)
嘗(かつ)て軒(のき)を連(つら)ね甍(いらか)を爭(あらそ)ひし廓(くるわ)にも翳(かげ)り。
否(いな)、見る影(かげ)もなく衰(おとろ)へ、往時(いにしへ)と比(くら)ぶるまでもなし。
午(むま)の刻、漸(やうや)う辿(たど)り着く先、こちら鰻(むなぎ)の大和田

暖簾(のれん)潛(くゞ)りて「御免(ごめん)くだされ」と叫ぶも女將(おかみ)は目の前。
誘(いざな)はるゝ儘(まゝ)に二樓(うへ)に上がりて、小さな坐敷(ざしき)に。
疉・襖(ふすま)を換へ、あちらこちらの綻(ほころ)びを繕(つくろ)ふぞめでたし。
前は品書(しなが)きすらもあらざるに、此度(こだみ)手渡(てわた)されしそれなりの品書。

煮凝(にこゞ)り、鰻(う)ざく、鰻卷(うま)きすら置かぬ潔(いさぎよ)さは前の儘。
値(ね)の違(たが)ひを訊(たづ)ぬるに、大(おほ)きなる差(さ)は見當(あ)たらず。
さらば、「鰻重(二みなほん)」、「肝吸ひ(零點一みなほん)」、「酒(零點八みなほん)」に。
後の支拂(しは)ひは、合はせて値(あたひ)三點二みなほんと、前に比べ割安(わりやす)。

「酒菜(さかな)は如何(いかゞ)いたします」との問(とひ)に、それも貰(もら)ふ。
「甘蝦(あまえび)の鹽辛(しほから)」とのことにて、これを肴に晝酒(ひるざけ)。
酒菜(さかな)は麹(かうじ)が效(き)ゝ旨味(うまみ)に富むも、聊(いさゝ)か鹹(から)め。
酒(さけ)は不味(まづ)きことこの上もなく、開きたる口に閉(し)まる暇(いとま)なし。

二樓(うへ)には僕(やつがれ)のほかは仔狗(いぬころ)一匹をらず、いとも長閑(のどか)。
かくて恣(ほしいまゝ)に、あちらを冩眞撮影(ぱちり)こちらを冩眞撮影(ぱちり)。
隣の部屋、階(きざはし)、厠(かはや)と、その狼藉(らうぜき)とゞまるところを知らず。
そのさま林家某(なにがし)、際物(きはもの)瓦版屋(かはらばんや)に同じ。

待つことおよそ小半時(こはんとき、三十分)、運ばれ來(きた)りし鰻の一品(しな)。
器(うつは)もベエクライトながらやゝ綺麗になり、箸も杉(すぎ)の天削(てんそ)げに。
蓋(ふた)を去るや、俄(には)かに立ち昇(のぼ)る湯氣(ゆげ)の幾筋(いくすぢ)。
馥郁たる香(かをり)、四方(よも)に漂(たゞよ)ひ、邊(あた)りを覆(おほ)ふ。

焦げ目均(ひと)しく附きて、その姿(すがた)、名にし負ふ店の鰻(むなぎ)と異なる。
箸(はし)を入るゝに、ほどよく蒸(む)しが效(き)ゝて脆(もろ)くも崩(くづ)る。
タレの甘(あま)さは目くぢら立つるほどのこともなし。
飯(いひ)も佳く、小骨も口に觸(さは)らねば、瞬(またゝ)く間にこれを平(たひ)らぐ。

大戰後(おほいくさのゝち)と云ふ建物は、頗(すこぶ)る懐かしき佇(たゝづ)まひ。
神田川てん茂二葉鮨など、今に殘(のこ)るは指(ゆび)を折(を)りて數(かぞ)ふるほど。
名高(なだか)き、小塚原尾花、飯倉野田岩石ばし、調布鈴木は逢引(あひゞ)きに向かず。
それに向く明神下神田川は鄙(ひな)びたる割(わり)に値も高く、重箱は鰻屋と認(みと)めがたし。

【2005-10-16登録】:
昨夏道玄坂界隈を彷徨(さまよ)つた折、見るからに風雪を重ね鄙(ひな)びた一軒屋が目に入った。圓山町の舊花街(きうくわぐわい)にひつそり佇(たゝづ)む小體な店。看板には大和田とある。あの、あちこちにある店なのか?。と云ふことで躊躇(ためら)ひ、一旦は通り過ぎたものゝどうにもかうにも氣になつて仕方がない。

で、日を置かず再訪。四時半頃着(つ)くや玄關を修繕の最中(さなか)で營業してゐるか否かも不明。一旦前を過ぎかけるも仄(ほの)かな鰻の香りが鼻腔を擽(くすぐ)る。踵(きびす)を返し中に入ると、どうやら商(あきな)つてゐる氣配。主(あるじ)に「時間掛かりますよ」と念を押され階(きざはし)を昇る。

二階には何部屋かあるものゝ一番小さな六疊間に案内される。中央には塗りの卓、壁には五言律詩の掛け軸。透かし彫りの欄干はそこそこ手間暇掛かつてゐるものゝ疊は大分黄ばんでゐる。柱材などは高級品にあらず、一流料亭や一流鮨屋・天麩羅屋の凜(りん)とした雰圍氣に缺(か)ける。

紙に書かれた品書きの類(たぐひ)は一切無く、出來るのは「鰻重」のみとの由。鰻ざくも鰻卷きも無い。主(あるじ)言ひけるに、あるのは辛うじて肝吸ひだけだとのこと。酒は麒麟麥酒ラガアと日本酒(銘柄失念)のみ。あるいは潔いと云ふべきか..。最早詮方なし。此處(こゝ)に至りては已むことを得ずして、

 ・一番安い鰻重、値二千圓也+肝吸ひ、値百円圓也。

を賴み、鰻が燒き上る迄麥酒と枝豆で凌(しの)ぐ。この枝豆、色止め適切にして鹽(しほ)加減良好。但し、やゝ柔らかくなり過ぎ。そこらの飮み屋とは異なり茹で置きではなく注文を請けてから茹でるらしく枝豆・麥酒が出る迄五分を要した。「スロオフウド」流行(はらり)の昨今とは云へ、此處迄徹底すると感銘すら覺える。

因みにこの日客は自分一人。草書體で書かれた掛け軸の五言律詩を眺(なが)めつゝ、佳き鹽梅の枝豆を肴に麥酒で喉を潤す。すると心地良い醉ひが、ゆるりゆるりと全身を包み始める。待つことおよそ三十分。枝豆が無くなり麥酒を九割方片付けたところで階段を昇る足音が..。直後、障子の向かうに人影。

おゝ、絶妙なる頃合ではないか。やはり鰻屋はかうでなくちや。某百貨店内特別食堂野田岩なんか注文して十分で出て來る。鰻ざく・鰻卷きを突(つゝ)きながら呑み出したと途端に蒲燒ぢや、落ち着いて呑み喰ひも出來やしない。囘轉を良くしたいのは判るが、鰻屋つて待つのも味の内。この點大和田は素晴らしい。

ベエクライト樹脂製重箱に、蓋付きベエクライト樹脂製吸ひ物椀。街場中華の如き赤い淵付箸袋に木製箸。どう見ても高級鰻店にては御座らぬ。山椒は町醫者の藥包の如き紙包にて供される。うむうむ、なかなか面白いではないか。蓋を開(あ)けるや思ひの他香りは薄い。身はそこそこ柔らかながら小ぶりで厚みに缺(か)ける。

脂の乘りは養殖物として少な目。タレはやや甘口ながらもスツキリした印象。しかも不思議な酸味と香り。山椒の風味とも相俟(あひま)り馴染んだ平均的な鰻のタレとは聊(いさゝ)か異なる印象を受ける。良く云へば、注ぎ足し注ぎ足しで熟成された祕傳のタレ、惡く云へば、寂(さび)れた鰻店のタレ。

御飯は硬過ぎず柔らか過ぎず丁度良い具合。そもそも、鮨と云ひ、鰻丼と云ひ、柔らか過ぎる御飯は全てを臺無しにしてひしまふ。「肝吸ひ」には白髮葱と春雨が入り、その鹽加減頗(すこぶ)る適切。香の物は、胡瓜糠漬け、野澤菜、人參糠漬け、それに、澤庵が付く。味は極普通ながらも糠漬けとはあり難い。

雰圍氣は既に述べた通り。半世紀を經過したと云ふ建物の一部屋を獨り占め出來る氣分はなかなか。高級料亭の凜とした雰圍氣には及ばないものゝ大變落ち着く。店全體、階段、部屋、どれをとつても半世紀の星霜を感じさせる。待ち時間を含めて「スロオフウドの鑑(かがみ)」とでも呼びたくなる。

客あしらひは並(なみ)。主(あるじ)は素つ氣なく客に媚びることをしない。お女將は高級店の女將とは聊(いさゝ)か異なる雰圍氣ながら丁寧。二千圓の鰻重と肝吸ひにビール一本で請求額、値四千圓也。枝豆がお通しとして有料になつてゐるにしても少々高目。恐らく「席料」として一千圓程取られてゐるやうな氣がする。

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*)http://u.tabelog.com/00001364/diarydtl/20912/

  • (説明なし)
  • 見送る女将(おかみ)
  • 屋號(やがう)入りの蓋(ふた)

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5位

寛八 本店 (仲御徒町、新御徒町、御徒町 / 寿司)

2回

  • 昼の点数: 4.2

    • [ 料理・味 3.6
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 4.0
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥4,000~¥4,999

2017/01訪問 2017/02/09

吹(ふ)く風(かぜ)に 靡(なび)き流(なが)され 徘徊(さまよ)へば こゝ『寛八』に あらまたフラリ

"ふらり"と寄(よ)れる鮨店(すしや):
今(いま)や、
風(かぜ)に搖(ゆ)らぐ蝋燭(らふそく)の火(ひ)
晨(あけがた)、陽光(ひのひかり)に照(て)らさるゝ霧(きり)に異(こと)ならず。

創業(あきなひをはじ)めて一年餘(ひとゝせあまり)の『鶴八 分店』すら、
已(すで)に晝(ひる)の商賣(あきなひ)を中止(や)め、
夜(よる)とて、ふらり立寄(たちよ)るは叶(かな)はぬ現況(ありさま)。
南無三寶(なむさん)!

尋常(つね)のごとく、
"特松(とくまつ)"、二千九百五十圓(にせんきふひやくごじふゑん)に、
"眞鰺(あぢ)"と"章魚(たこ)"を追加(くは)へ、
對價(あたひ)、四千五十圓也(よんせんごじふゑんなり)。

内容(うちわけ)は↓冩眞(ゑ)のごとし。
米酢(よねず)と想像(おぼ)しき白(しろ)き舎利(しやり)は、
纔(わづ)かに水氣(みづけ)が殘存(のこ)り、鹽(しほ)も醋(す)も控(ひか)へめ。
すなはち、現代(いま)を流行(ときめ)くそれとは半點(いさゝか)相違(ことなる)

往古(いにしへ)の流儀(やりかた)とは云へ、
街場鮓(まちばずし)とも、鄙鮓(ゐなかずし)とも異質(ことなる)。
鮓種(すしだね)・舎利(しやり)ともども
そこそこに洗煉(あかぬ)けし、啖(くら)ふに堪(た)へる水準(たかみ)

初音鮨』・『豬股』のごとき傾奇者(かぶきもの)とは、對極(おほいにことなる)。
陽(ひ)と陰(つき)、水(みづ)と油(あぶら)、海(うみ)と陸(くが)、
龍(りよう)と虎(とら)、太閤(たいかふ)と利休(りきう)、
一橋派(ひとつばしは)と南紀派(なんきは)、入齒(いれば)と砂場(すなば)。

鮓(すし)を漬(つ)くる職人(かた)は、近藤(こんどう)さん。
親方(おやかた)の右腕(みぎのかひな)として、幾十年(いくとゝせ)。
"(ひらめ)"を"シラメ"と發音(い)ふを耳(みゝ)にし、
無意識(しら)ず、口許(くちもと)が綻(ほころ)ぶ。

"鮪醤油漬(しびしやうゆづけ)"は、親方(おやかた)による噺附(はなしつき)。
曰(いは)く、
「冰箱(ひむろ)なき頃(ころ)よりの技法(やりかた)にて、、云々(うんぬん)」
その名調子(たくみなるかたりぐち)、寔(まこと)、心持(こゝち)よき限(かぎ)り

山薯蕷(いも)を不使用(つかは)で、芝蝦(しばえび)のみ
と説明(い)ふ"雞卵燒(かひごやき)":
芝蝦(しばえび)を寸々(ずたずた)に微塵(こまか)く切刻(きりきざ)み、
叮嚀(ねんごろ)に擂鉢(すりばち)以(も)て當(あ)たる。

"(やき)"は、「片面(かためん)十分(じつぷん)」。
薯蕷(いも)用(つか)ふや、フアフアとして齒應(はごた)へを喪失(うしなふ)
とは、近藤(こんどう)さんの辯(はなし)。
實(げ)にも!

"眞鰺(まあぢ)"には醋洗(すあらひ)を施(ほどこ)し、
"章魚(たこ)"は鍋(なべ)に密封(かたくとぢこ)め、
長時間(ながら)く燉之(これをにこむ
)。
「これ、臼齒(おくば)に頼哩(あらが)ふことのなき縁由(ことのよし)」とぞ。

疑義(うたがひ)もなく、
當家(こちら)、今(いま)や稀有(まれ)なる「"ふらり"と寄(よ)るゝ鮨店(すしや)」
老翁(おきな)兩個(ふたり)、赫奕(かくやく)として漬場(つけば)に立(た)つは、
一見(ひとめみる)に値(あたひ)する光景(けしき)。

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【照相機】:東京通信工業 索尼(Sony) α7 II 無反光鏡可換鏡頭照相機(みらーれす)
【鏡頭】 :高千穗光學 奧林巴斯(Olympus)瑞光(Zuiko)Auto-Macro 2/50 @F2~F2.8
      高千穗光學 奧林巴斯(Olympus)瑞光(Zuiko)Auto 2/21 @F8
【2015-10-06追記】:
大約(およそ)一年(ひとゝせ)ぶりの『寛八』。
十一時半(じふいちじはん)少(すこ)し前(まへ)、
已(すで)に暖簾(のれん)がかゝり、賈内(なか)に入(い)らんとするに、
東道(あるじ)、現(あら)はれ出(いで)、小人(それがし)を招(まね)く。

此度(こだみ)も"特松(とくまつ)"。
鮪(しび)、間八(かんぱち)、卷(まき)、赤貝(あかゞひ)、穴子(あなご)、
鰹(かつを)、鮭腹子(さけはらこ)、鶏卵燒(たまごやき)、鐵火卷(てつくわまき)。
追加(つひか)で、眞鯖(さば)に小鰭(こはだ)。

舎利(しやり)は纔(わづ)かながらも冷(つめ)たく
醋(す)・鹽(しほ)ともに穩(おだ)やか
粒(つぶ)が立(た)ち、しかも、舌(した)に滑(なめ)らか
鮓種(すしだね)との馴染(なじ)みも好(よ)く、なかなかの味(あぢはひ)

典型的(よくある)老舖鮓店(しにせすしや)。
人形町(にんぎやうちやう)『喜壽司』、銀座(ぎんざ)『ほかけ』、『新富壽し』、
鶴八』各店(かくてん)、神田(かんだ)『笹鮨』、そして當家(こちら)。
尖鋭(きはだち)たるところなしと云へど、實(げ)に、心和(こゝろなご)むものあり。

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【照相機】:旭光學賓得士K-三數碼單鏡反光照相機
【鏡頭】 :smc 賓得(Pentax)A 微距(Macro)2.8/50 @F2.8

【2009-09-06記】:
この頃鮨屋に流行(はや)るもの、幼稚(えうち)デジカメ不知恥(はぢしらず)、
俄(には)か鮨好(すしず)き戲(たは)け者、首を傾ぐる半可通(はんかつう)*)。
生魚(なまうを)寢かしに赤ワイン、入道天窗(にふだうあたま)に海葡萄(うみぶだう)、
お仕着せお任せ吟釀酒(ぎんじやうしゆ)、星に血眼(ちまなこ)へぼ職人(しよくにん)。


近會(ちかごろ)妄(みだ)りに値の張る「お任(まか)せ」ばかり出(だ)す者多し。
とは云へ、御繩(おなわ)戴くほどの贅澤鮓(ぜいたくずし)は江戸(えど)の昔から。**)
その雙璧(さうへき)は兩國與兵衞鮓に安宅砂子鮓(いさごずし、=松の鮓)。
この頃、屋臺店(やたいみせ)では握り一つ八文、玉子燒(たまごや)きに限り十六文。

江戸の前海(まへうみ)より魚や貝が姿(すがた)を消して久し。
かつては「場違(ばちが)ひ」と調弄(からか)はれた地のものすら、値あがるばかり。
拙(つたな)き者、佳き種(たね)を競ひ用(もち)ゐて百姓(たみ)を欺(あざむ)く。
されば、値は愈々(いよいよ)騰(あが)り、暖簾(のれん)下ろす者後(あと)を絶たず。

技(わざ)ありて値も廉(やす)く口に佳き鮓(すし)は、今や稀(まれ)。
晝(ひる)の溜池寿々、夜(よる)なればくま寿司など指を折りて數(かぞ)ふるほど。
親の因果(いんぐわ)が子に報ひ、音に聞く代澤小笹寿しは伺(うかゞ)ひたる例(ためし)なし。
新橋烏森稻荷新橋しみづにかつての俤(おもかげ)なく、青空もすこぶる難入(いりがたし)。

さるほどに、御徒町に寛八本店なる鮨屋あるを知れりしは暫(しばら)く前。
思へば、かつて不忍通りに寛八なる鮨屋(すしや)ありて氣にかゝりし儘(まゝ)。
已にこの店の姿なく、寛八本店との繋(つな)がりも不詳(つまびらかならず)。
ある日、停車場(ていしやば)で降り「多慶屋」を過(す)ぎて、迷ふことなくこちらに。

暖簾潛りて中を見遣(みや)れば仲睦(なかむつま)じき夫婦(めをと)三組(みくみ)。
漬け場は親方(おやかた)と二番手(にばんて)が守り、握るは專(もつぱ)ら親方。
親方、齢(よはひ)七十路(なゝそぢ)を越えながらも今猶矍鑠(かくしやく)。
品書き持ち來たりしは、同じく古稀(こき)過ぎと思(おぼ)しき翁(おきな)。

熟々(つらつら)品書き眺(なが)むれば、目の前には蔬菜(あをもの)の膾(なます)。
氣色ばみ、「お好みのつもりなればかくのごときものは波斯(ハルシヤ)***)」。
俄(には)かに青筋(あをすじ)立つるも、「蛙(かはづ)の面(つら)に尿(いばり)」。
慮(おもんばか)るとこありて、「特松握り」二點八みなほんに、足らざるを加ふることに。

「特松握り」は、鮪(しび)脂身、縞鯵、小柱(こばしら)、赤貝(あかゞひ)、
鰹(かつを)、卷き、穴子(あなご)、玉子燒(たまごや)き、卷物(まきもの)。
加ふるに、鮃、小鰭、鮑(あはび)、鮪(しび)醤油漬(しやうゆづ)け、鱚(きす)、
鯵、章魚、墨烏賊(すみいか)、握り十六(とあまりむつ)、酒一合、七點七五みなほん。

一通りの後、澤庵漬(たくあんづ)け胡麻塗しに花豆(はなまめ)など。
手づからと云ふ花豆は、小人(それがし)の嫌(きら)ふ韻松亭が勝る。
むしろ舌を卷きしは、寒天(かんてん)にて固めたる崩(くづ)れ豆(まめ)。
魚(うを)の切れ端すら妄(みだ)りに捨てず、酒菜(さかな)に遣(つか)ふとか。

舎利(しやり)は酢・鹽とも控へめながらも、粒が立ちて舌(した)に滑(なめ)らか。
ポイ舎利(しやり)****)を嫌ひ、その手捌きたるや、一つとして無駄(むだ)なし。
鮨の姿容(すがたかたち)を檢むれば、見事なる扇(あふぎ)の地紙(ぢがみ)。
惜(を)しむらくは、生姜(しやうが)の聊(いさゝ)か甘(あま)きこと。

廣く煮切りの引かれたる鮪(しび)の脂身(あぶらみ)はなかなかの味(あぢ)はひ。
このやり方、鮪(しび)はともかく、縞鯵(しまあぢ)には多(おほ)きに過(す)ぐ。
赤貝(あかゞひ)、鰹(かつを、卷(ま)きと、何れも名のある店(みせ)に劣(おと)る。
盛(さか)り過ぎたる穴子に眞鯵(まあぢ)・鮑(あはび)は今一つ。

鮑(あはび)は細やかなる庖丁(はうちやう)を波型(なみがた)に入れ、肝を上に。
口惜(くちを)しきかな、煮詰めの甘きは、持ち味を粗方(あらかた)損(そこ)なはん。
先に青空にて味はひし芳醇馥郁たる鮑(あはび)とは月(つき)と鼈(すつぽん)。
白鱚は、寿々の昆布〆を前に顏(かほ)の色を失(うしな)ふ。

玉子燒(たまごや)きは、青空などすきやばし次郎一門や寿司幸に遲れを取る。
穴子もまたすきやばし次郎一門(いちもん)・鶴八一門に遠く不及(およばず)。
鮪(しび)醤油漬けは喜久好に輪をかけて鹹(しほから)く顏顰むるばかり。
魂消(たまげ)しは、なかば無理強ひされたる蛸(たこ)の思ひもかけぬ旨(うま)さ。

小鰭(こはだ)は二枚漬(にまいづ)けの新子(しんこ)。
わざわざ背鰭(せびれ)を去り、二尾(にび)を四枚に重ぬるぞいと珍(めづら)し。
鹽・酢ともにほどよく、思はず鳴らすは雷(いかづち)のごとき舌鼓(したつゞみ)。
主(あるじ)、この背鰭(せびれ)もまた捨てずに煮附け、酒菜(さかな)にと鼻高々。

「生」と稱(とな)ふる鱚(きす)・鯵(あぢ)のさりげなき鹽(しほ)に瞠目。
時季(じき)に早き鮃(ひらめ)がなかなかで、前の日〆たと云ふもその身なほ活き活き。
無暗(むやみ)な酢橘(すだち)、鮑殺しの煮詰めなど、首傾(くびかし)ぐるものも。
とは云へ、この値でこれだけの鮨となれば、普段遣(づか)ひに十分(じゆうぶん)。

親方、近頃(ちかごろ)の若手の阿漕(あこぎ)さを憂(うれ)ひ歎(なげ)く。
花一輪を慈(いつく)しむと、青空高橋青空ばかりは襃(ほ)めそやすこと頻り。
歸(かへ)り際、親方、顏(かんばせ)綻(ほころ)ばせ、外まで見送(みおく)りに。
今をときめく鮨にはあらねど、鮨(すし)の良し惡しは味(あぢ)のみにあらず。

-------------------------------------------
*)小人(それがし)がこと。
***)要(い)らん、要(い)り申(まう)さぬ。
****)俗(ぞく)に言ふ「捨(す)て舎利(しやり)」をかく號(よびな)す。
   かく號(なづ)けしは言靈(ことだま)の巫女(みこ)みなほさま。

  • 亭主(あるじ)【撮影許可濟】
  • 車蝦(くるまえび)、巻(まき)
  • 鮪(しび)醤油漬(しやうゆづけ)

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6位

青空 (新橋、内幸町、銀座 / 寿司)

1回

  • 夜の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.5
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 3.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥15,000~¥19,999 -

2009/07訪問 2009/10/16

居丈高 夜鷹(よたか)はいたか それみたか 腹は空(す)いたか すしの青空(はるたか)

【2009-07-31追記、評價變更】:
暫(しばら)く前(まへ)とかや、卑彌呼(ひみこ)さま青空に御御脚(おみあし)運(はこ)びたまふ。
その喰(く)ひざまを訊(たづ)ぬるに、人(ひと)に外(はづ)れた夥(おびたゞ)しき數(かず)。
穴子(あなご)十六(とあまりむつ)、玉子燒(たまごや)きなどあはせて少なくとも三十七(みそあまりなゝつ)。
卑彌呼(ひみこ)さま好(この)みたまひし鮪(しび)脂身(あぶらみ)を除(のぞ)きても次(つぎ)のごとし。

穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、
玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、
穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、
玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、

穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、
玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、
穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、穴子(あなご)、
玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き、玉子燒(たまごや)き
(推定)

この日(ひ)の夕(ゆふ)べ、新橋停車場(ていしやば)に降(お)り立(た)つもまだ申(さる)の刻(こく)。
さらば、烏森に在(あ)りて畏(おそ)れ多(おほ)くも卑彌呼(ひみこ)さまの御聲(みこゑ)を伺(うかゞ)ふ。
戲(たはむ)れに青空の名(な)を出すも、呆(あき)れ鼻(はな)でせゝら笑(わら)ひたまふばかり。
某(それがし)、愈々(いよいよ)依怙地(いこぢ)になりて青空の暖簾(のれん)を潛(くゞ)る。

遍(あまね)く知(し)らる、
青空の席(せき)を取(と)ること、銀行(ぎんかう)の金藏(かねぐら)破(やぶ)るよりなほ難(かた)しと。
ところが思(おも)ひがけぬ「六時半までなれば」との答(こたへ)に俄(には)かに色(いろ)めきたつ。
鮨はま田鶴八くま寿司に續(つゞ)き、この日(ひ)も口開(くちあ)けで客(かく)の姿(すがた)なし。

先(ま)づは酒(さけ)を貰(もら)ひ、唐墨(からすみ)を酒菜(さかな)に舌(した)を洗(あら)ふ。
眞子鰈(まこがれひ)、星鰈(ほしがれひ)、星鰈(ほしがれひ)縁側(えんがは)、新子(しんこ)*二つ、
眞鯵(まあぢ)、蒸(む)し鮑(あはび)*二つ、蝦蛄(しやこ)、鮪(しび)赤身(あかみ)、
鮪(しび)中とろ、鮪(しび)脂身(あぶらみ)、鰹(かつを)、穴子(あなご)*四つ、玉子燒(たまごや)き*二つ。

酒(さけ)と酒菜(さかな)に握(にぎ)り鮨(すし)十九(とあまりこゝのつ)で値(あたひ)十九みなほん。
握(にぎ)り鮨(すし)一(ひと)つ當(あた)りおよそ零點九みなほんと前囘(ぜんくわい)竝(なみ)。
土地(とち)、設(しつら)へ、頭數(あたまかず)の差(さ)こそあれ、くま寿司の倍(ばい)に近(ちか)し。
とは云へ、一(ひと)つ當(あた)りおよそ一點五みなほんのすきやばし次郎より遙(はる)かに安(やす)め。

舎利(しやり)は粒(つぶ)が立(た)ち、舌觸(したざは)り滑(なめ)らかなるも酢(す)が際立(きはだ)つ。
「☆は前(まへ)の儘(まゝ)」と思(おも)ひしに、何時(いつ)しか酢(す)の馴染(なじ)むぞめでたし。
甘味(あまみ)を感(かん)ぜぬほど僅(わづ)かな糖(たう)を用(つか)ひ、口(くち)に爽(さは)やか。
小半時(こはんとき)を經(へ)て、舎利(しやり)鮨種(すしだね)と妙(たへ)なる調(しら)べを釀(かも)す。

中(なか)でも穴子(あなご)とこの舎利(しやり)との相性(あいしやう)は飛(と)び切(き)り。
ぽい舎利(しやり)*)を除(のぞ)かば、握(にぎ)りの技(わざ)も巧(たく)み。
「僅(わづ)かに沈(しづ)み、口(くち)にするやはらりと解(ほど)け」云々(うんぬん)は戲言(たはごと)。
以爲(おもへらくは)、粒(つぶ)が立(た)ち、舌觸(したざは)り滑(なめ)らかなるが何(なに)より。

この日の白眉(はくび)は、蒸(む)し鮑(あはび)、穴子(あなご)、玉子燒(たまごや)き。
鮨はま田鶴八くま寿司の鮑(あはび)より大(おほ)ぶりで柔(やは)らかく香(かをり)豐(ゆた)か。
穴子(あなご)は某(それがし)にはくどく感(かん)ずるほどのめくるめく脂(あぶら)乘(の)り。
かの卑彌呼(ひみこ)さま、なほ十六(とあまりむつ)を貪(むさぼ)りたまふも、さもありなん。

玉子燒(たまごや)きは常(つね)のごとく、カステイラの姿(すがた)にスフレの味(あぢ)はひを保(たも)つ。
その舌觸(したざは)りの滑(なめ)らかなること、すきやばし次郎鮨水谷をも凌(しの)ぐ。
とは云へ、寿司幸一門(いちもん)の玉子燒(たまごや)には顏(かほ)の色(いろ)を失(うしな)はん。
藁(わら)で燻(いぶ)したる鰹(かつを)もまた珠玉(しゆぎよく)の味(あぢ)はひ。

蝦蛄(しやこ)は頗(すこぶ)る身(み)厚(あつ)く、能登(のと)は七尾(なゝお)で漁(いさ)りしものとか。
何(なん)の故(ゆゑ)か豫(あらかじ)め茹(ゆ)で置(お)くは訝(いぶ)しき限(かぎ)り。
溜池寿々なれば車蝦(くるまえび)に倣(なら)ひて茹(ゆ)で上(あ)げを剥(む)きて握(にぎ)る。
「漬(つ)け込(こ)み」に比(くら)ぶれば味(あぢ)よしと云へど茹(ゆ)で上(あ)げに如(し)くはなし。

【2008-02-14記、拔粹】:
主(あるじ)の眼(まなこ)を見、その人の聲(こゑ)を聞かば、なかなかに肝(きも)座りたるけはひ。
漬け臺は檜の一枚板にて厚さおよそ一寸半。
かの小笹寿し鮨さいとうなどに比べ聊(いさゝ)かつたなし。

・鮃、魴鯡(はうばう)、小鰭、鯵、鯖、鮪赤身、鮪中トロ、蛤(はまぐり)、穴子、車蝦、海苔卷き(干瓢)、
 玉子燒き、酒(手取川)一合、値一萬一千圓也。

ぬばたまの黒き光を放つ刄(やいば)一閃(いっせん)、鮃は忽(たちま)ち眞二つ。
漁(いさ)りし海によりてか、時季か、切り附けか詳(つまび)らかならざれど、香(かをり)は今ひとつ。
身の活(い)きたるものに比べ齒應(ごた)へに乏(とも)し。
魴鯡(はうばう)は厚く切り附けたせゐか思ひのほか旨みを伴(ともな)ふ。

小鰭はやゝ厚みあるものを半身に作る。
口に抛(はふ)りこむや、鹽(しほ)はほどほどながら、酢際(きは)立ちてすきやばししみづを思はす。
千川すゞ木のごとく〆た鮨種の鹽(しほ)きつき店、二葉鮨のごとく舎利の鹽(しほ)きつき店、
すきやばし一門のごとく〆た鮨種と舎利の酢きつき店とさまざま。

蛤は鹿島灘朝鮮(てうせん)蛤か?。
漬け込み加減ほどよしとは云へ聊(いさゝ)か煮詰め薄し。
穴子は鮨さいとう鶴八一門のそれに劣る。煮詰めも薄く、今一つの出來榮え。

車蝦はすきやばしと同じ大車(おほぐるま)。
茹で上げ端(ばな)を冷まし芝蝦の朧(おぼろ)を挾み、尾を去らぬ儘(まゝ)二つに斷つ。
その味はひ、鮨さいとう小笹(銀座)に劣る。
およそ車蝦の味を決むるは大きさにあらず。

海苔は特別に拵(こしら)へさせた千葉(房州か總州か不詳)のアサクサ海苔と云ふ。
嘗(かつ)て大森から品川にかけては淺草海苔の名産地なれど、絶えて久し。
その味、おぼろげに憶えたりと云へど、この海苔の古(いにしへ)の味か否か定かならず。

玉子燒きは、芝蝦と山の芋を摺り込み、カステラのごとく厚燒きにしたもの。
肌理(きめ)いとも滑らかにて、くま寿司のそれと對照をなす。
思ふに、滑らかなることすきやばし鮨水谷をも凌(しの)ぐ。
この日の白眉(はくび)なれど、鱧(はも)でも摺り込めば更に味はひの深さを増さん。

鮨の姿容(すがたかたち)は親方にそれに似るも聊(いさゝ)か小ぶりで、細長き鮨水谷とも異なる。
横より眺(なが)むれば「扇(あふぎ)の地紙」。
左手親指と右手人差し指を利(き)かして前を押さへ横の面(つら)も殘りの指で綺麗に押さへ込む。
親方の眞似か、捨て舎利するは、ものゝ理(ことわり)に適(かな)わぬ惡(あ)しき倣(なら)ひ。

客あしらひは上々で、居心地のよさは一門の中で拔きん出てをり久兵衞一門に迫る。
主(あるじ)のほか、二番手らしき職人と小僧、更に、茶を運ぶ女二人。
握るは主(あるじ)一人。
この日、偶(たま)さか、名高き作曲家席に連(つら)なるも、主(あるじ)媚びへつらふことなし。

居心地と玉子燒きを除きすきやばしを超えるものはなく、今をときめく若手と較べて聊(いさゝ)か見劣り。
この日はおよそ一つ八・九百圓と、銀座で竝(なみ)。
鮨処しみづに嘗(かつ)ての値ごろ感乏(とも)しくくま寿司の安さばかりが際(きは)立つ。

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*)餘(あま)れる舎利(しやり)を千切(ちぎ)りて櫃(ひつ)に戻(もど)すを、みなほさまかく號(よびな)したまふ。
 「捨(す)て舎利(しやり)」に同じ。

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7位

ル・メッサージュ (弘明寺(横浜市営)、弘明寺(京急)、蒔田 / フレンチ)

1回

  • 昼の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス 3.5
    • | 雰囲気 3.5
    • | CP 3.5
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ¥3,000~¥3,999

2009/11訪問 2010/11/12

この邊(あた)り 何を喰ふても 氣に召(め)さず 口に合ふのは メッサージュばかり

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撮影掲載了承濟み
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【2009-11-16追記】:
九月に「佛蘭西産鴨肉のソテエ」、この日は再(ふたゝ)び「牛頬(ほゝ)肉赤葡萄酒(わいん)煮(に)」。
菜蔬(あをもの)の火の通(とほ)し方、肉の煮込(にこ)み加減(かげん)、悉(ことごと)く前(まへ)に同じ。
かゝる鄙(ひな)の地(ち)にありて、老(お)いたる夫婦(めをと)二個(ふたり)、のんびり商(あきな)ふ。
舎密(せいみ)實驗(じつけん)か手品(てじな)のごとき今の佛伊料理(れうり)とは縁遠(えんどほ)き店。

【2009-08-09登録】:
この地にまともな味(あぢ)求(もと)むるは、海月(くらげ)を探(さぐ)りて骨(ほね)を得るに似たり。
愚(おろ)かなること、恰(あたか)も、海(うみ)に潛(もぐ)りて茸(きのこ)を探(さぐ)るに等(ひと)し。
あるいは、山(やま)に登(のぼ)りて蛤(はまぐり)漁(すなど)るに異(こと)ならず。
倩(つらつら)この地(ち)のめしやを檢(あらた)むるに、東京(とうけい)に敵(かな)ふは稀(まれ)。

佛蘭西(フランス)料理(れうり)なれば上大岡京急百貨店内LePin(=ルパンバーラヴァン)、
伊太利(イタリ)料理(れうり)なれば伊太利庵厨房 四季の庭osteria crisantemoアラ・コンタディーナ
界隈(あたり)の洋食(やうしよく)で名高(なだ)きは津久志亭レストラン マコト(弘明寺)、
懐石(くわいせき)花里、拉麪一力、鮨寿司割烹 鹿島、何(いづ)れも取(と)るに足(た)らず。

思(おも)ふに、江戸(えど)のめし屋(や)に劣(おと)らぬは以下(いか)の店(みせ)に限(かぎ)る。
素(もと)の味(あぢ)に頼(たよ)らず優(やさ)しき味(あぢ)を求(もと)むる廣東名菜 福鼓樓
香(かをり)り高(たか)く、味(あぢ)はひ深(ふか)きインドカレーハウス サニー・タージ
そして、かの蒲田にも引(ひ)けを取(と)らぬ餃子(ぎやうざ)王家菜館

さらに粉物(こなもの)に擴(ひろ)ぐれば弘明寺のたこ燒き梅鉢流まみぃにお好み燒きいなちゃん
梅鉢流まみぃは一舟(ひとふね)五(いつ)ゝ入(い)りで零點二八みなほん、
いなちゃんは晝(ひる)なれば飮(の)み物(もの)附(つ)きで僅(わづ)か零點五みなほんの安(やす)さ。
さればこの日(ひ)はいなちゃんでと心(こゝろ)に固(かた)く誓(ちか)ひ、弘明寺詣(まう)で。

遠目(とほめ)に幟(のぼり)を檢(あらた)め、店(みせ)の前(まへ)に至(いた)りて愕然(がくぜん)。
「今日(けふ)明日(あす)夏休(なつやす)み」との貼(は)り紙(がみ)に濡(ぬ)らす兩(りやう)の袖(そで)。
邊(あた)りに店(みせ)はなく、破(やぶ)れかぶれ、まゝよとばかりにこちらの敷居(しきゐ)を跨(また)ぐ。
未(ひつじ)の刻(こく)も近(ちか)しと云ふに席(せき)なほ半(なか)ば埋(う)まりて賑(にぎ)やか。

女將(おかみ)、黒板(こくばん)持(も)ち來(き)たりてこの日(ひ)の獻立(こんだて)を告(つ)ぐ。
生憎(あやにく)、主菜(しゆさい)は「牛(うし)頬肉(ほゝにく)赤葡萄酒(あかぶだうしゆ)煮込(にこ)み」、
「鱸(すゞき)のポアレ」、「佛蘭西(ふらんす)鴨(かも)ソテ」と、頗(すこぶ)る月竝(つきな)み。
恰(あたか)も唐土(もろこし)より來(き)たりし麻婆豆腐(まあぼどうふ)、干燒蝦仁(えびちり)のごとし。

そのほかは、信州松本の有機(いうき)蔬菜(そさい)、薩州放(はな)し飼(が)ひ黒豚(くろぶた)など。
こゝは小手調(こてしら)べ、前菜(ぜんさい)から水菓子(みづがし)までの三みなほんの晝(ひる)めしに。
主菜(しゆさい)は件(くだん)の「牛(うし)頬肉(ほゝにく)赤葡萄酒(あかぶだうしゆ)煮込(にこ)み」。
グラス葡萄酒、前菜(ぜんさい)、茶碗(ちやわん)蒸(む)し、水菓子(みづがし)、麪麭(ぱん)附(つ)き。

前菜(ぜんさい)は、花甘藍(カリフラワ)の凝乳(クレム)和(あ)へ、アイスプラント、 胡瓜(きうり)酢漬け、
果物(フルウツ)蕃茄(トマト)、薩州放(はな)し飼(が)ひ黒豚(くろぶた)テリイヌ、などなど。
花甘藍(カリフラワ)の凝乳(クレム)和(あ)へはJ.ロブションの作(さく)として夙(つと)に名高(なだか)し。
匙(さじ)に掬(すく)ひて一口(ひとくち)含(ふく)むに、なかなかの味(あぢ)はひ。

次(つぎ)に運(はこ)ばれ來(き)たりしは「鵞鳥肝(フォアグラ)茶碗(ちやわん)蒸(む)し」。
油(あぶら)で肝(きも)煎(い)り附(つ)けたる後(のち)、マデラ酒(しゆ)でフランベし上(うへ)に。
強(つよ)き甘(あま)さを伴(ともな)ふ照(て)り燒(や)きのごとき確(たし)かな味(あぢ)と香(かをり)り。
思(おも)ふに、これ、好(この)みの分(わ)かるゝところならん。

主菜(しゆさい)の皿(さら)は暖(あたゝ)められ、附(つ)け合(あは)せは温(おん)蔬菜(そさい)。
すなはち、紅蘿蔔(にんじん)、蘿蔔(すゞしろ)、隱元(いんげん)、マッシュトポテト、これなり。
箸(はし)ほどの拍子木(ひやうしぎ)に切られ、能(よ)く鮮(あざ)やかなる彩(いろど)りを留(とゞ)む。
齒應(はごた)へもほどよく、皿毎(さらごと)に叮嚀(ねんごろ)に調理(こしら)へたるは明(あき)らか。

頬肉(ほゝにく)は童(わらべ)の拳(こぶし)ほどの大(おほ)きさでく元(もと)の姿(すがた)を留(とゞ)む。
菜刀(ナイフ)を入れるや、抗(あらが)ふこともせず二(ふた)つの塊(かたまり)に泣(な)き別(わか)れ。
その一(ひと)缺片(かけら)を頬張(ほゝば)るに、忽(たちま)ち解(ほど)けで喉(のみど)に消(き)ゆ。
鹽氣(しほけ)、甘味(あまみ)、酸味(さんみ)、どれもがほどよく、姿形(すがたかたち)も麗(うるは)し。

巷(ちまた)に溢(あふ)るゝありふれたる品(しな)なればこそ、その腕(うで)巧(たく)みなるを知(し)る。
普段(ふだん)遣(づか)ひの晝(ひる)めしなれば赤坂オステルリー・スズキをも凌(しの)ぐ出來(でき)。
オステルリー・スズキは幾(いく)つもの菓子(デセエル)に加(くは)へ茶菓子(プチフウル)まで。
こちらは食後(しよくご)に皿(さら)に盛(も)られたる二(ふた)つの菓子(デセエル)が附(つ)くのみ。

この日の菓子(デセエル)は燒(や)き布丁(プリン)に冷凍ヨウグルト果物(くだもの)添(そ)へ。
果物(くだもの)はキウイ、パイナップル、メロン、など時季(じき)のもの。
燒(や)き布丁(プリン)はバニラビインズが目立(めだ)ち、クレエム・ブルレとつゆ異(こと)なるところなし。
冷(つめ)たきものは冷たく、温(あたゝ)かきものは温かくと、基本(きほん)に違(たが)はず。

麪麭(パン)は自(みづか)ら拵(こしら)へた丸麪麭(まるパン)に加(くは)へ市販(しはん)の品(しな)も。
惜(を)しむらくはこの市場(いちば)で求(もと)めたる麪麭(パン)の味(あぢ)よろしからざること。
泡沫(うたかた)が痕(あと)は細(こま)やかで、手(て)に掴(つか)むや驚(おどろ)くべき輕(かる)さ。
皿(さら)に餘(あま)れる醤(ソオス)を拭(ぬぐ)ふためとは云へ、あまりに古臭(ふるくさ)き姿(すがた)。

餐巾(ナプキン)はなく、卓布(テエブルクロス)は二重(ふたへ)ながらも亞麻布(リンネル)にあらず。
粗末(そまつ)な紙(かみ)お絞(しぼ)りがあり、これにて手(て)を拭(ぬぐ)ひ清(きよ)む。
鍋(なべ)の類(たぐひ)は磨(みが)き込(こ)まれ、鏡(かゞみ)と見紛(みまが)ふ。
かゝるものゝ隅々(すみずみ)まで手入(てい)れ行き屆(とゞ)きたるは、味(あぢ)よきことの證(あかし)。

洋食(やうしやく)は、明治の頃(ころ)に生(む)まれ、本朝(ほんてう)に根附(ねづ)きて久(ひさ)し。
思(おも)ふに、何處(いづく)の店(みせ)にもある馴染(なじ)みの品(しな)もこれに似(に)たり。
民(たみ)の口(くち)に合(あ)ふものばかりが長(なが)らく品書(しなが)きに留(とゞ)まる。
件(くだん)の「牛(うし)頬肉(ほゝにく)赤葡萄酒(あかぶだうしゆ)煮込(にこ)み」もまた然(しか)り。

云はゞ、「平成(へいせい)の新(あら)たなる洋食(やうしよく)」とでも號(よびな)すべき代物(しろもの)。
さらば、こちら、家族(かぞく)ばかりで商(あきな)ふ街(まち)の叮嚀(ねんごろ)なる洋食屋(やうしよくや)。
邊(あた)りに根(ね)ざし、この邊(あた)りでは眩(まばゆ)きばかりに光(ひか)り輝(かゞ)やく。
わざわざ出向くには及(およ)ばねど、ルパンバーラヴァン津久志亭レストラン マコトより遥(はる)かに上。

  • 主(あるじ)
  • 赤葡萄酒(わいん)杯(ぐらす)
  • 【肉料理】、附け合せの蔬菜

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8位

天ぷら 元吉 (外苑前、表参道、乃木坂 / 天ぷら)

1回

  • 夜の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス 4.0
    • | 雰囲気 -
    • | CP -
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥10,000~¥14,999 -

2008/12訪問 2008/12/20

皆さんと 件(くだん)のところで 青山と 覗(のぞ)く店には ひとりもをらず

天麩羅なれば右に出る者なしと云ふ宗匠よりの誘(さそ)ひに目が眩(くら)む。
そのさま、またゝびに狂(くる)ふ猫、あるひは、女の太腿に通を失ふ粂(くめ)仙人に異ならず。
待ち合はせるでもなく、しからば今月今夜、件(くだん)のところで青山大膳。
雨に打たれつゝ外苑西通りをうろつくも海味日月譚邊(あた)りを右往左往。

漸(やうや)う辿(たど)り着きてみれば、待ち人(まちびと)來(き)たらず。
目の前には天種を容(い)れる凾(はこ)があり、數多(あまた)蔬菜の類(たぐひ)に目を奪(うば)はる。
金時紅蘿蔔(きんときにんじん)、嶋紅蘿蔔(しまにんじん)、阿蘭陀獨活(アスパラガス)、 紅芋、
菰(まこも)、蓮根、銀杏、鞘隱元、と、頗(すこぶ)る彩(いろど)り鮮やか。

世に蔬菜の品揃(しなぞろ)へを誇る店少なからずと云へど聊(いさゝ)かも引けを取らず。
麥酒(ビール)の小瓶を頼み、めじの刺身を辛味蘿蔔(からみだいこん)とともに摘(つま)む。
口に入れるや、めじとは思へぬ脂乘りに魂消(たまげ)、暫(しば)しの間(あひだ)言葉を失ふ。
蘿蔔(だいこん)の桂剥(かつらむ)きも見事。

惜しむらくは、聊(いさゝ)か口に冷たきこと。
近頃の鮨職人は氷室(ひむろ)より取り出(いだ)したる鮪(しび)を切り附け暫(しばら)く打ち遣(や)る。
程(ほど)なくして顏(かほ)うち揃(そろ)ひ待ちかねたる天麩羅に。
先づは常(つね)の倣(なら)ひで鞘卷きの脚から。

鞘卷き*二、鱚、椎茸、なんとか羊齒(しだ)、蕃茄(トマト)、鯊(はぜ)、蓮根、
紫芋、蜜芋、金時紅蘿蔔(きんときにんじん)、嶋紅蘿蔔(しまにんじん)、
阿蘭陀獨活(アスパラガス)、菰(まこも)、穴子、
掻き揚げ、御飯、香の物、縮緬山椒、赤出汁、水菓子として林檎天麩羅アイスクリム。

黄金(こがね)色の香ばしき脚に鹽(しほ)して一口、また一口と貪(むさぼ)る。
揚げ工合はほどよく、齒に暫(しば)し抗(あらが)ひて、やがて胃の腑へと収まる。
鞘卷き、鱚(きす)、鯊(はぜ)、穴子、と、海の幸(さち)の出來は他所(よそ)の名のあるところに同じ。
寧(むし)ろ驚くべきは、蔬菜の品揃(そろ)へとその味はひ。

なんとか羊齒(しだ)を口にするのは初めて。見るのはおろか名を聞くのすら初めて。
翠(みどり)鮮やかにして、青椒(ピーマン)ともアロエとも異なる味はひ。
蕃茄(トマト)を口に含むや、忽(たちま)ち崩(くづ)れ、汁氣ばかりが口に漂(たゞ)よふ。
常州産と云ふ蓮根は驚くばかりに肉厚。

金時紅蘿蔔(きんときにんじん)、嶋紅蘿蔔(しまにんじん)は縱眞一文字に斷(た)つ。
金時紅蘿蔔(きんときにんじん)の色、燃え盛る焔(ほむら)のごとし。
嶋紅蘿蔔(しまにんじん)は紅蘿蔔(にんじん)よりもなほ土の香(かをり)と味はひに富む。
世に三寸紅蘿蔔(さんずんにんじん)ばかり罷(まか)り通るは訝(いぶか)しき限り。

思ふに、煮崩れし難(にく)く、形が寸胴で、規格大量生産に向くためならん。
近頃、巷(ちまた)に青首蘿蔔(あおくびだいこん)ばかりがのさばるに同じ。
金時紅蘿蔔(きんときにんじん)は聊(いさゝ)か火が通り過ぎ、その持ち味を損(そこ)なふ。
さりながら、確かに根菜の類(たぐひ)は他所(よそ)になき味はひ。

阿蘭陀獨活(アスパラガス)は更に火の通り過ぎ。
主(あるじ)、食べる順に頓着(とんちやく)なく、たゞ「お好きな順に」と云ふばかり。
阿蘭陀獨活(アスパラガス)に限れば、いわ井すず航の後塵を拜す。
いわ井なれば餘熱を考へ、天紙に、穗先を上に交叉させて置く。

菰(まこも)も聊(いさゝ)か火の通り過ぎか。
およそ菰(まこも)扱ふに唐土(もろこし)の厨師(れうりにん)に如(し)くはなし。
掻き揚げは言はれるが儘(まゝ)、御飯と丼汁(どんつゆ)に滲(つ)けた掻き揚げを別に。
土鍋御飯は云ふに及ばず、香の物(蘿蔔、白菜、柴漬け)、縮緬山椒、赤出汁、何れも文句なし。

食後には林檎の天麩羅アイスクリム載せ。
肉桂風味爽(さは)やかなれど、天麩羅には生の果物もしくはソルベに勝(まさ)るものなし。
酒は持ち込みの白葡萄酒(ワイン)。
天麩羅と葡萄酒(ワイン)に精通した宗匠の眼鏡(めがね)に適(かな)ひたる代物(しろもの)。

なるほど、天麩羅は白葡萄酒(ワイン)に限る。
梅(むめ)には鶯(うぐひす)、唐獅子(からじゝ)には牡丹(ぼたん)。
天麩羅を麥酒で喰らふは恰(あたか)も梅(むめ)が枝(え)に烏(からす)止まらすに似たり。
この日の墺太利(オーストリ)産白葡萄酒(ワイン)、ふくよかなる香(かをり)能(よ)く揚げ物を引き立つる。

店の設(しつら)へは今一つ。カウンタは何とも怪しげで板場を木の枝が覆(おほ)ひ盡(つ)くす。
其處彼處(そこかしこ)に、昭和の場末キャバレのごとき如何(いかゞ)はしさが漂(たゞよ)ふ。
主(あるじ)は三十(みそぢ)過ぎの若者。
蔬菜への拘(こだは)りは生半可でなく、その眼精(まなこ)、豹のごとくに光り輝く。

油は頻繁(×はんざつ、○ひんぱん)に漉(こ)し、足りぬ分は油差しより新(あらた)しきを補(おぎな)ふ。
鍋はアルミニウムの大鍋で、鍋覆(おほ)ひ(フッド)はステインレス製の大きなもの。 (特注か?)
名のある店は銅(あかゞね)を好む。蓋(けだ)し、熱傳導率に優(すぐ)れ、見た目に華やかなればなり。
衣(ころも)を溶く器は分厚き燒き物。

衣は薄く、輕(かろ)やかで、舌觸(ざは)り・齒應(ごた)へに優(すぐ)る。
阿蘭陀獨活(アスパラガス)などへの火の通し方を工夫すれば、鬼に金棒。
鮨と同じく天麩羅も日進月歩。嘗(かつ)ての麒麟(きりん)も老いては駑馬(どば)に劣る。南無阿彌陀佛。
主(あるじ)、今一層の精進あらば東都随一の天麩羅職人とならん。

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9位

くま寿司 (蒲田、蓮沼 / 寿司)

1回

  • 夜の点数: 4.0

    • [ 料理・味 4.0
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    ¥6,000~¥7,999 -

2009/07訪問 2010/01/15

隈(くま)のなき 月と見紛(まが)ふ その天窓(あたま) 立ちて喰らふは 江戸のわざなり

【2009-07-29追記】:
一日(あるひ)、俄(には)かに思(おも)ひたち久(ひさ)しく脚(あしむ)向けざりし儘(まゝ)のこちらに。
商(あきな)ひ始(はじ)めより小半時(こはんとき)なれど、店(みせ)は遙(はる)か彼方(かなた)。
眦(まなじり)結(けつ)し、親(おや)の仇(かたき)とばかりに道(みち)を急(いそ)ぐ。
歡迎、次いで你好を弓手(ゆんで)にやり過(す)ごし、金春向(む)かひが目指(めざ)す仇(かたき)。

「御免(ごめん)くだされ」と云ふが早(はや)いか、扉(とびら)に手(て)をかけ主(あるじ)を睨(にら)む。
驚(おどろ)く勿(なか)れ、店(みせ)の中(なか)は僅(わづ)かに主(あるじ)獨(ひと)り。
圓(まろ)き椅子(いす)竝(なら)びて、嘗(かつ)ての烏森稻荷(からすもりいなり)しみづを思(おも)はす。
氷室(ひむろ)より酒(さけ)を取(と)り、腰(こし)を下(お)ろすは奥(おく)なる端(はじ)の席(せき)。

主(あるじ)、すかさず御絞(おしぼ)り、箸置(はしお)き、利休箸(りきうばし)を目(め)の前(まへ)に。
「一年(ひとゝせ)ぶりより久(ひさ)しき御出(おで)ましなるや」と訝(いぶか)しげに問(と)ふ。
「盛(さか)り場(ば)歩(ある)くも儘(まゝ)ならず、徒(いたづら)に月日(つきひ)を重(かさ)ねけり」。
声(こゑ)かゝるを待(ま)ちてか、主(あるじ)、茹(う)で卵(たまご)のごとき頭(かしら)をこちらに。

山葵(わさび)の皮(かは)を剥(む)き、銅(あかゞね)の卸金(おろしがね)にて輪(わ)を描(ゑが)く。
徐(おもむろ)に氷室(ひむろ)より鮪(しび)のさくを取(と)り出(いだ)し氷(こほり)の上(うへ)に。
電氣(エレキ)仕掛(じか)けの櫃(ひつ)より木(き)の櫃(ひつ)に移(うつ)されしは米(こめ)の飯(いひ)。
頃(ころ)やよし、先(ま)づは鮑(あはび)の肝(きも)を貰(もら)ひて酒(さけ)を煽(あふ)る。

さるほどに、いまや縱(ほしいまゝ)に好(この)みの鮨種(すしだね)貪(むさぼ)り盡(つ)くさんとす。
眞子鰈(まこがれひ)、新子(しんこ)、眞鯵(まあぢ)、平胡麻鯖(ひらごまさば)、
障泥(あふり)烏賊(いか)、 鮑(あはび)鹽蒸(しほむ)し、鮪(しび)脂赤身(あぶらあかみ)、
車蝦(くるまえび)、 穴子上身(あなごうわみ)、穴子下身(あなごしたみ)、玉子(たまご)燒(や)き。

その數(かず)、鮑(あはび)の肝(きも)を除(のぞ)きて十一(とあまりひとつ)で値(あたひ)七みなほん。
一(ひと)つ當(あた)り、およそ、零點五四みなほん乃至(ないし)零點五九みなほん。
去(いぬ)る年(とし)の二月に零點三五みなほん、三月に零點五みなほんと、鰻昇(むなぎのぼ)り。
その勢(いきほひ)止(とゞ)まるところを知(し)らず、已(すで)に嘗(かつ)てのしみづ竝(なみ)。

舎利(しやり)は糖(たう)を用(もち)ゐざれど、粒(つぶ)が立(た)ち舌(した)に滑(なめ)らか。
一度(ひとたび)口(くち)に抛(はふ)り込(こ)むや、自(おの)づと解(ほど)けて米(こめ)の粒(つぶ)に。
名殘(なご)を惜(を)しむかのごとく、米粒(こめつぶ)は暫(しば)し奧齒(おくば)に留(とゞ)まる。
鹽(しほ)と酢(す)は穩(おだ)やかにて、威張(ゐば)ることなく靜(しづ)かに喉(のみど)を過(す)ぐ。

およそ鮨(すし)の良(よ)し惡(あ)しの鍵(かぎ)を握(にぎ)るは舎利(しやり)の出來(でき)と云へり。
こちらのは名(な)にし負(お)ふ店(みせ)と比(くら)べて聊(いさゝ)かの遜色(そんしよく)もなし。
主(あるじ)の鮨(すし)漬(つ)くるさまを眺(なが)むるに、なかなかに巧(たく)みなる手捌(てさば)き。
弓手(ゆんで)拇(おやゆび)の押(お)さへこそ利(き)かねど、「ぽい舎利(しやり)*)」をせず。

眞子鰈(まこがれひ)は香(かをり)に富(と)み、平胡麻(ひらごま)は時季(じき)の眞鯖に迫(せま)る。
鹽(しほ)酢(す)ともにほどよく、薄(うす)く切(き)り附(つ)けたれば舌觸(したざは)り滑(なめ)らか。
眞鯵(まあぢ)は立(た)て鹽(しほ)を施(ほどこ)し、酢(す)にて輕(かろ)く〆たもの。
惜(を)しむらくは、新子(しんこ)の酢(す)が勝(まさ)りて持ち味(あぢ)損(そこ)なはれしこと。

絲に作(つく)りたる障泥(あふり)烏賊(いか)、甘味(あまみ)際立(きはだ)ちて齒(は)にさはやか。
鮑(あはび)の鹽蒸(しほむ)しは小ぶりながらも、かの鶴八のそれに引(ひ)けをとらず。
車蝦(くるまえび)は茹(ゆ)で置(お)きたるを酢(す)に潛(くゞ)らすも味(あぢ)はひはいまひとつ。
津輕沖(つがるおき)で漁(いさ)りし鮪(しび)を冬場(ふゆば)のそれに比(くら)ぶるは愚(おろ)かなり。

穴子(あなご)は脂(あぶら)乘(の)りて味附(あぢつ)けもほどよく、この日(ひ)の白眉(はくび)。
敢(あ)へてこれを炙(あぶ)るは西施(せいし)に要(い)らぬ粧(よそほひ)施(ほどこ)すに似(に)たり。
小骨(こぼね)の舌(した)に觸(さは)ることもなく、瞬(またゝ)く間(ま)に蕩(とろ)け露(つゆ)と消(き)ゆ。
常(つね)の倣(なら)ひで、上身(うはみ)は皮(かは)を表(おもて)、下身(したみ)は裏(うら)に。

玉子(たまご)燒(や)きは前(まへ)とつゆ異(こと)なるところなく、滑(なめ)らかさに乏(とも)し。
芝蝦(しばえび)を擂(す)りて、鹽(しほ)と味醂(みりん)・糖(たう)を加(くは)へたるものとか。
やはり厚燒(あつや)きなれば、山(やま)の芋(いも)加(くは)ふるに如(し)くはなし。
この日(ひ)他所(よそ)に劣(おと)るは、小鰭(こはだ)、車蝦(くるまえび)、玉子(たまご)燒(や)き。

椅子(いす)などを設(しつら)へ妄(みだ)りに値(ね)を騰(あ)ぐるは實(げ)に寂(さび)しきものなり。
これ脚(あし)遠(とほ)のきし所以(ゆゑん)なれど、なほ味(あぢ)に比(くら)べて値(ね)は安(やす)め。
一(ひと)つ一(ひと)つ揚(あ)げ脚(あし)取らば、夥(おびたゞ)しき足(た)らざるところあらん。
さりながらこの地(ち)に在(あ)りては鄙(ひな)にも稀(まれ)な鮨屋(すしや)。

【2008-03-12追記(抜粋)】:
鮃、鮃昆布〆、細魚、春子(かすご)、蛸櫻煮、鮪赤身、鮪中トロ、赤貝、蛤、穴子、車蝦。この日は聊(いさゝ)か高めで鮨十一、酒小一合で値六千圓也。

鮃の切り附け方は思ひのほかに分厚い。白板昆布のせゐか昆布の味強きに過ぎず。三日ほど寢かせたとのことなれど冬場の鮃に及ばず。細魚(さより)には鹽をし酢洗ひしたとの由。
春子(かすご)は僅(わづ)かながらも鹽(しほ)は控へめ。この日の白眉は蛸櫻煮。車蝦は生酢で洗ひ朧(おぼろ)を挾む。鮨種は切り附けたる後(のち)、ほどよき温度になるまで俎板に置く。

【2008-02-01記(抜粋)】:
鮨なるもの、徒(いたづら)に滑らかなる舌ざわりを求むれば砂糖・水氣が増え舎利が粘る。砂糖に頼らず水氣が足りぬと冷めてボソボソに。鹽(しほ)・酢過ぎれば味濃く舌ざわり惡しく、足らざれば味に締まりを缺(か)く。 昆布で〆るもまた同じ。絲引くほどになれば、昆布の味、魚(うを)に勝(まさ)りてその本分を失ふ。
卵燒きまた然り。味の濃さと口當たりの滑らかさを求むれば摺(す)り身ばかりが増え、硬く蒲鉾のごとき代物に成り果つ。闇雲(やみくも)に山の芋を増やさばカステラのごとき味はひとなる。麗(うるは)しく、柔らかく、味はひ深く、口に滑らかなる卵燒き、世に稀(まれ)なり。

頃あひ見計りて鮃と鮃の昆布〆を頼む。鮃の昆布〆は他所(よそ)とは異なり白板昆布と思しきもので挾(はさ)む。
小鰭はやゝ小ぶりの半身漬け。舌觸(ざは)り滑らかにして鹽(しほ)の加減、酢の分量は好むところ。あいにく、鯖は、鹽・酢は好みながら、身痩せたる割に切り附けが厚く、〆たところが舌に觸(さは)る。思ふに、鯖は、大ぶりなるを強く〆め、薄く廣く切り附くれば、すなはち、味はひに優れ口に滑らか。

こちらの鮪、蝦夷地は戸井の産。赤味・中トロともほどよく熟(う)れ味はひ深し。車蝦は茹(ゆ)で置き。穴子はその身聊(いさゝ)か痩せ煮詰め薄しと云へど惡しからず。卵燒きの出來は今ひとつ。厚燒きとしては薄く、滑らかさに缺(か)く。主(あるじ)によれば芝蝦のみ摺(す)り込みてこれを拵(こしら)ふると。

鮨種を容れる凾の下には、氷と思(おぼ)しきものが敷き詰められ、冷たからず温(ぬる)すぎぬほどに保たる。水も淨水器を通す。
手附きに少しの淀(よど)みもなく捨て舎利もせぬ。左手親指の押さへが甘く、その姿、前と云ひ、横面(つら)と云ひ、名高き親方の鮨に劣る。

鮨十個と酒一合で四千圓とは、一つあたりおほよそ三百五十圓。銀座の半値にも滿たぬ。この日の客は悉(ことごと)く常連らしく和氣藹々。

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*)餘(あま)れる舎利(しやり)を千切(ちぎ)りて櫃(ひつ)に戻(もど)すを、みなほさまかく號(よびな)したまふ。
 「捨(す)て舎利(しやり)」に同じ。

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10位

梅鉢流まみい (弘明寺(京急)、弘明寺(横浜市営) / たこ焼き、たい焼き・大判焼き、洋菓子)

1回

  • 昼の点数: 4.0

    • [ 料理・味 3.5
    • | サービス -
    • | 雰囲気 -
    • | CP 4.0
    • | 酒・ドリンク - ]
  • 使った金額(1人)
    - ~¥999

2009/05訪問 2009/05/08

これやこの 蛇(へび)も蛙(かへる)も 喰はれては さほどかはらぬ あふさかの章魚(たこ)

【2009-05-08追記、評價上方修正】:
弘明寺驛で降り、こちら覗(のぞ)かざる例(ためし)なし。
母娘二人、來る日も來る日も默々と鐵(くろがね)の板に向かひてたこ燒き・今川燒を燒く。
女將(おかみ)に千圓(=一みなほん)札を渡(わた)すや、すかさず「はい、一千萬圓」と拔かりなし。
鹽(しほ)・旨味(うまみ)とも聊(いさゝ)か強(つよ)めながら、駄菓子(だがし)なればそれもまたよし。

【2009-03-22追記、評價確定】:
章魚(たこ)燒き檢(あらた)むるに、紅生姜(べにしやうが)の茜(あかね)眼(まなこ)を射(ゐ)抜く。
皮にはほどよき粘(ねば)りを伴(ともな)ひ、心地(こゝち)よく奥齒(おくば)に纏(まと)はる。
やゝ品を缺(か)くとも思へるほどの多目(おほめ)の鹽遣(しほづか)ひの巧(たく)みさに舌を卷(ま)く。
これに素乃味(もとのあぢ)と思(おぼ)しき旨(うま)み加(くは)はりて瞬(またゝ)く間に胃の腑(ふ)に。

【2009-03-12登録】:
休みの日、常(つね)の倣(なら)ひで上大岡から一驛戻(もど)り弘明寺(ぐみやうじ)驛に。
目の前なる「阿倍野筋一丁目發、最高級の味、梅鉢流まみい、たこ燒き、今川燒き」に眼(まなこ)釘附け。
値(ね)の安きに堪(たま)りかね、思はず飛び込むその先に章魚(たこ)燒きの姿(すがた)なし。
女主(をんなあるじ)にその行方(ゆくえ)を訊(たづ)ぬれば今燒いてござりまするとの由(よし)。

傍(かたは)らには娘(むすめ)侍(はべ)りて只管(ひたすら)鐵(くろがね)の板に向かふ。
手際(てぎは)よく丸(まろ)き穴に溶きたる粉を流し章魚(たこ)の缺片(かけら)を抛(はふ)り込む。
ほどなくして固まりかけたる生地(きじ)を千枚通しにて返すも出來上がりには猶(なほ)暫(しばら)く。
やむなく、出直しを固(かた)く誓(ちか)ひて暇(いとま)乞(ご)ひ。

某(それがし)大坂に足踏み入れたるは僅(わづ)かに梅田・日本橋邊(あた)りに限り阿倍野を知らず。
嘗(かつ)てこの地には「あべのスキャンダル」なる店ありて天下(てんげ)にその名を轟(とゞろ)かす。
猿股(さるまた)穿(は)かざる若き娘(むすめ)茶を運びて男(をのこ)ども蟻のごとくに群れ集(つど)ふ。
瞬(またゝ)く間(ま)に遍(あまね)く津々浦々(つゝうらうら)に廣まり、東都にもこの類(たぐひ)の店が。

歌舞伎町に「六花」なる店ありて某(それがし)も誘(さそ)はるゝ儘(まゝ)に訪(たづ)ねし憶えあり。
うら若き娘(むすめ)、腰卷(こしまき)に似たいとも短(みじか)き揃(そろ)ひの裙(もすそ)姿(すがた)。
床(ゆか)鏡張(かゞみば)りなれば、皆齊(みなひと)しく下を向きて股坐(またぐら)に喰(く)ひ入る。
足繁(あしゝげ)く通(かよ)ひし輩(ともがら)、その數(かず)を知らず。

章魚(たこ)燒きの嚆矢(はじめ)、昭和八葵酉(みづのとゝり) 年大坂は會津屋が魁(さきがけ)と云へり。
熟々(つらつら)その源(みなもと)を尋(たづ)ぬるにラヂヲ燒きに辿(たど)り着(つ)く。
ラヂヲ燒きとてさほど古きものにあらず、更にその先を遡(さかのぼ)ればばちよぼ燒きに至(いた)るとか。
ちよぼ燒きとは章魚(たこ)燒きとは異なり差し渡し七分、厚さ二分ほどの碁石のごとき姿(すがた)。

某(それがし)ラヂヲ燒きの何たるかを知らざるも、ちよぼ燒きの味と姿形(すがたかたち)を能(よ)く知る。
その所以(ゆゑん)、某(それがし)が父、明治三十九丙午(ひのえうま)年攝州神戸生まれなればなり。
炭火を熾(おこ)して鐵(くろがね)の箱(はこ)に敷(し)き銅(あかゞね)の板を置きて溶(と)きたる粉を燒く。
銅(あかゞね)の板には淺(あさ)き窪(くぼ)みありて溶(と)きたる粉を此處(こゝ)に流し込む。

葱(ねぎ)、鰹節(かつをぶし)など思ひの儘(まゝ)の具(ぐ)を用ゐ、味附けは醤油(しやうゆ)。
さりながら敢(あ)へちよぼ燒きにその源(みなもと)求むるは鯨(くぢら)を魚(うを)の血筋となすがごとし。
あるいは、萬(よろづ)の物事(ものごと)の濫觴(はじまり)を天主(でうす)の業(わざ)となすに似たり。
寧(むし)ろ明石「玉子燒き」を章魚(たこ)燒きの祖(そ)とするがものゝ理(ことわり)に適(かな)ふ。

某(それがし)章魚(たこ)燒きの味を初めて知るは昭和三十九甲辰(きのえたつ) 年のこと。
攝州の親類宅で章魚(たこ)燒きの何たるかを問(と)はゞ、娘(むすめ)忽(たちま)ち買ひに走る。
今に通(つふ)ずるソース味(あぢ)なれど、初めてなれば味の良し惡(あ)しは詳(つまび)らかならず。
その後(のち)、章魚(たこ)燒きは「大坂名ぶつ」として世(よ)に普(あまね)く知らるゝところとなる。

下(くだ)ること十九年(とゝせあまりこゝとせ)、今を遡(さかのぼ)ること二十六年(はたとせあまりむとせ)。
偶(たま)さか入(はい)りたる梅田の屋臺で驚(おどろ)くべき章魚(たこ)燒きに出喰(でく)はす。
口に含(ふく)むや、醤油の味(あぢ)舌を捉(とら)へ、その香(かをり)鼻腔(はな)を穿(うが)つ。
あまりの旨(うま)さに、氣もそゞろ、忽(たちま)ちその虜(とりこ)に。

さるほどに、東都にては築地銀だこなる連鎖店現(あらは)れ巷(ちまた)に蔓延(はびこ)る。
中(なか)凝乳(クリム)のごとく滑(なめ)らかで、外(そと)油で揚げたるがごとき硬(かた)さを守る。
連鎖店とは云ひながら花鰹(かつを)も櫻色(さくらいろ)を帶(お)びなかなかに佳(よ)き品(しな)。
榮華きはめし築地銀だこに昔日(むかし)の俤(おもかげ)なく、もはや風の前の燈(ともしび)に異ならず。

七日(なぬか)の後(のち)再(ふたゝ)び梅鉢流まみいを訪(たづ)ね改めて章魚(たこ)燒きを求む。
一舟(ふね)に六つ入(い)りて、その値(あたひ)零點二八みなほん。
その器(うつは)、昔懐(むかしなつ)かしき經木(きやうぎ)の舟(ふね)。
章魚(たこ)燒きは梅干しのごとく萎(しほ)れ、箸(はし)で扶(たす)け起こすもなよなとして力なし。

楊枝を手に、加藤清正の槍(やり)にも勝(まさ)る素早さで突く。目にも止(と)まらぬ早業(はやわざ)。
徐(おもむろ)にこれを口に含むや滑(なめ)らかなる舌觸(したざは)りに魂(たましひ)を失(うしな)ふ。
鹽氣(しほけ)聊(いさゝ)か強しと云へど、寧(むし)ろその巧(たく)みさに舌を卷(ま)くばかり。
攝州生まれの坐敷童(ざしきわらし)に章魚(たこ)燒きの出來を問はゞ「紅生姜なきが玉に瑕(きず)」と。

  • 店の構へ
  • 蛸焼きの姿

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