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1回
夜の点数:4.4
昼の点数:4.4
2014/12 訪問
夜の点数:4.4
昼の点数:4.4
生(なま)忌めど 香住(かすみ)の蟹は 子澤山(こだくさん) この世はつねに 謎と不可思議
2015/11/09 更新
【2014-12-12追記】:
櫃臺前(かうんたまへ)に坐(すは)ると同時(ひとし)く、カタコトと小氣味(こきみ)よき音。
主人(あるじ)、飯切(はんぎり)に炊上(たきあ)がりたる飯(いひ)を空(あ)け、
醋(す)を合(あ)はす作業(しごと)に大童(おほわらは)。
鮓店(すしや)として異質(いしつ)、あまりに異様(いやう)なる行爲(ふるまひ)。
およそ舎利(しやり)と云ふもの、
始(はじ)めは醋(す)親和(なじ)むことなく、
やがて落着(おちつ)き、馴染(なじ)み、
終(つひ)には冷(さ)めてボソボソとなるが通常(つね)。
故(ゆゑ)に、巷(ちまた)の鮓舖(すしや)は樣々(さまざま)なる手段(てだて)を凝らし、
親和(なじ)ませた上(うへ)で保温(あたゝかさたも)たんと四苦八苦(しくはッく)。
ある舖(みせ)は藁(わら)の"畚(ふご)"、またある廛(みせ)は"電子ジャー"、
また別(べつ)の鋪(みせ)は櫃(ひつ)ごと"湯煎(ゆせん)"と云ふ工合(ぐあひ)。
倩(つらつら)東都(えど)で高名(なだか)き鮓店(すしや)を覽(み)るに、
開店(みせびらき)より遡(さかのぼ)ること、
西洋時辰儀(せいやうどけい)一時間(いちじかん)乃至(ないし)三時間(さんじかん)、
豫(あらかじ)め醋(す)を親和(なじ)ませ、保温(あたゝかさをたもつ)が習慣(ならひ)。
亭主(あるじ)、かくのごとき因習(ならはし)を侮(あなど)り譏(そし)る。
曰(いへらく)、「保温(ほおん)とは低温火傷(ていおんやけど)に異ならず」、と、、。
當家(こちら)の流儀(やりかた)に遵(したが)ふなら、
最初(いやさき)は熱(あつ)く、最後(いやはて)は冷(つめ)たきに過ぐるが理(ことわり)。
然(しか)るに、最初(いやさき)より最後(いやはて)に至(いた)る二時間(にじかん)。
一(ひと)つとして首傾(くびかし)ぐる品(しな)なかりき。
東道(あるじ)、温度(あたゝかさ)に應(おう)じ、親和工合(なじみぐあひ)に從ひ、
鮓種(すしだね)を擇(えら)み、烹調法(やりかた)を組合(くみあ)はす。
鮓種(すしだね)は傳統(いにしへからのやりかた)を踏(ふ)まへつ、
時(とき)にそれに囚(とら)はるゝことなく、
時季(じき)に適(かな)ふ上質(よ)きものばかりを嚴選(えらびぬく)。
夏(なつ)の車蝦(くるまえび)を冬(ふゆ)には楚蟹(すはへがに)、と云ふ工合。
鮪(しび)、鰆(さはら)、鰤(ぶり)、雲子(くもこ)、鮭腹子(いくら)、牡蠣(かき)、
何(いづ)れもこの時季(じき)ならでは。
鮪(しび)は手を變(か)へ品を變(か)へ吾儕(わなみ)が舌(した)に迫(せま)る。
小鰭(こはだ)は〆淺(あさ)きものと、熟(う)れたるものゝ二種(ふたくさ)。
就中(わきても)魂消(たまげ)しは鮪(しび)醤油漬(しやうゆづけ)。
亭主(あるじ)に遵(したが)ひ口中(くちのなか)に留(と)め置(お)くこと霎時(しばし)。
忽地(たちまち)、芳香(かぐはしきかをり)四方(よも)に漂ひ鼻竅(はな)を穿(うが)つ。
宛然(あたかも)、最上質(いとよ)き燻製(くんせい)でも啖(くら)ふがごとし。
鮃(ひらめ)は振鹽(ふりじほ)施(ほどこ)して五日(いつか)。
さりながら、倣(なら)ひの昆布(こぶ)〆を忌嫌(いみきら)ふ。
生の儘(まゝ)とも昆布(こぶ)〆とも異(こと)なる主人(あるじ)ならではの鮃(ひらめ)。
見目(みため)に逆(さか)らひ佳味(よきあぢ)なるは勿論(いふもさらなり)。
山葵(わさび)卸(おろ)すは銅製(あかゞね)
擂(す)ること都合(あはせて)纔(わづ)かに二度(ふたゝび)。
「鮫皮(さめがは)は割烹修業(かッぱうあがり)、鮓修業(すしや)なら銅(あかゞね)」、
「何者(なんとなれば)、角(つの)立(た)つを嫌(きら)へばなり」と説(と)く。
実家(いへ)と加州(かゞ)の地(ち)にて料理(れうり)を習得(ならひおぼ)へ、
今(いま)や斯界(そのみち)では、紛(まが)ふ方(かた)なき手煆煉(てだれ)。
かく腕(うで)を持ちながら、敢(あ)へて"摘(つま)み"の類(たぐひ)を避(さ)け、
鮓(すし)にその技藝(わざ)全(すべ)てを傾注(そゝぎこむ)。
これ宛然(あたかも)、劍(けん)の達人(たつじん)が刀(かたな)を捨(す)て、
徒手空拳(としゆくうけん)にて荒(あら)くれ者(もの)に立向(たちむか)ふに似たり。
あるいは、高名(たかきな)を捨(す)て世俗(よ)を嫌(きら)ひ、
奥山(おくやま)の方丈(はうぢやう)に棲(す)まふ仙人(せんにん)と云ふべきか?
以爲(おも)ふに、徒(いたづら)なる保温(ほおん)避(さ)くるは、
水(みづ)の高(たか)きより低(ひく)きに流(なが)れ、
夏(なつ)の暑(あつ)きを避けず、冬(ふゆ)の寒(さむ)きを愉(たの)しむがごとし。
自然(じねん)を敬(うやま)ひ、天道(てんたう)に逆(さか)らはず。
これほど自然(じねん)の攝理(せつり)に遵(したが)ひつゝも、
温度(あたゝかさ)を檢知(し)るに、勘(かん)に頼(たよ)らずセンサを用(つか)ふ。
傳統(ふるき)を尊(たふと)び、新(あらた)なるものを拒否(こばま)ぬ姿勢(すがた)。
これ、今(いま)をときめく凄腕(すごうで)杜氏(とうじ)に彷彿(さもにたり)。
【2011-12-18記】:
"獨善(どくぜん)"と"獨創(どくさう)"の相違(たがひ)は紙一重(かみひとへ)。
この日(ひ)の開店前(みせびらきまへ)當店(こちら)に伺(うかゞ)ふに、
鮨飯(すめし)を飯臺(はんだい)の上(うへ)に切(き)る杓文字(しやもじ)の音(おと)。
これ一(ひと)つ目(め)の驚(おどろ)き。
高名(なのある)廛(みせ)なれば、
一時間~三時間は舎利(しやり)馴染(なじ)ますが尋常(つね)。
しかるに、小さな櫃(ひつ)に移し、蓋(ふた)開(あ)けた儘(まゝ)それをうち遣(や)る。
これ二(ふた)つ目(め)の驚(おどろ)き。
小振(こぶ)りの中伊豆産(なかいづさん)山葵(わさび)の皮(かは)を剥(む)き、
完(まる)ごと一氣呵成(ひといき)に擂(す)り卸(おろ)す。
最後(いやはて)まで再(ふたゝ)び卸(おろ)すことなく、氣の拔くるに任(まか)す。
これ三(みッ)つ目(め)の驚(おどろ)き。
四(よッ)つ目(め)の驚(おどろ)きは疱丁(はうちやう)。
手煆煉(てだれ)が嗜(この)む本燒(ほんやき)と異(こと)なるみすぼらしき品(しな)。
一尺三寸(いッしやくさんずん)の柳刄は武州馬込(ぶしうまごめ)"定康(さだやす)"。
刀鍛冶(かたなかじ)の流れを汲む由緒(すぢめ)正(たゞ)しき家柄(いへがら)とぞ。
舎利(しやり)・生薑(はじかみ) は勿論(いふにおよばず)、
煮切(にき)りまでもが寸毫(つゆ)甜味(あまみ)を含まぬキリヽとした口味(あぢ)。
主人(あるじ)語るに、「沙糖(さたう)は鮨種(すしだね)の持味(もちあぢ)を殺す」と。
これ五(いつ)ゝ目(め)の驚(おどろ)き。
一(ひと)つとして生(なま)の儘(まゝ)の鮨種(すしだね)はなく、
あるいは煮切(にきり)に漬(つ)け、あるいは鹽(しほ)を打ち、酢(す)に通(とほ)す。
鯛、鮃、墨烏賊(すみいか)、細魚(さより)、赤貝(あかゞひ)、いづれもしかり。
これ六(むッ)つ目(め)の驚(おどろ)き。
加旃(しかのみならず)、煮切(にき)りは雀(すゞめ)の涙(なみだ)ほど纔(わづ)か。
豫(あらかじ)め施(ほどこ)したる鹽(しほ)が生(い)き、
かくのごとく僅少(すく)なき煮切(にき)りにても適當(ほどよ)き鹽梅となりつらん。
これ七(なゝ)つ目(め)の驚(おどろ)き。
鮃(ひらめ)は六百十三匁(ろッぴやくじふさんもんめ、=2.3kg)、
鰤(ぶり)四貫三百四十七匁(よんくわんさんびやくよんじふなゝもんめ、=16.3kg)と大振り。
就中(わきても)眞鯛は九百七匁(きゆうひやくなゝもんめ、=3.4kg)と、
常識(じやうしき)*)を覆(くつがへ)す大きさ。
眞鯛(まだひ)と鰤(ぶり)は"背側(せがは)"と"腹身(はらみ)"を合(あ)はせ、
蟹(かに)は"楚蟹(すはえがに)"**)と"せいこ蟹"を併(あ)はせて用(つか)ふ。
鮃(ひらめ)の縁側(えんがは)や骨邊肉(あら)を使(つか)ふ景色(けしき)なし。
これ九(こゝの)つ目(め)の驚(おどろ)き。
海苔(のり)は三河(みかは)の"あおさ"入(い)り。
名(な)にし負(お)ひ、音(おと)に聞(き)く舖(みせ)なら炙(あぶ)るが倣(なら)ひ。
仕入(しい)れて炙(あぶ)らぬまゝなれど、香(かをり)と口溶(くちど)けに秀(ひい)づ。
これにて十(とほ)の驚(おどろ)き。
半晌(はんとき)經(た)ち、一晌(いッとき)經(た)つほどに、
山葵(わさび)は氣(き)が拔け、舎利(しやり)の冷(つめ)たくなるばかりなれど、
想定外(おもひのほか)に違和感(いわかん)なし。
これ十一(とあまりひとつ)めの驚(おどろ)き。
"鶏卵燒(かひごや)き"には大約(およそ)二時間半(にじかんはん)の手間隙(てまひま)。
芝蝦(しばえび)を叮嚀(ねんごろ)に擂(す)り、薯蕷(やまいも)鶏卵(かひご)を加ふ。
燒(や)くだけで一時間十分(いちじかんじッぷん)と云ふ。
これ十二(とあまりふたつ)めの驚(おどろ)き。
この日は、墨烏賊(すみいか)、細魚(さより)、赤貝(あかゞひ)、小鰭(こはだ)、鮃、
眞鯛、鮪(しび)、牡蠣(かき)、眞鯖(さば)、鮭腹子(いくら)、鰤(ぶり)、鰆(さはら)、
鮪(しび)脂身に近きところ、雲子(くもこ)、鮪(しび)脂身(あぶ)、楚蟹(すはえがに)、
鐵火卷(てつくわまき)、干瓢卷(かんぺうまき)、鶏卵燒(たまごやき)。
鶏卵燒(たまごや)きは名(な)のある廛(みせ)のそれが長(た)け、
鮃(ひらめ)は生に如かず、縁側(えんがは)骨邊肉(あら)なきは口惜(くちを)しきかぎり。
されど、鹽(しほ)を打(う)ち、厚(あつ)きところを開(ひら)きたる細魚(さより)、
醤油漬(しやうゆづ)けの鮪(しび)脂身(あぶらみ)に近きところは眞(まこと)の美味(びみ)。
漬臺(つけだい)と俎(まないた)は檜(ひのき)にて手入(てい)れがゆき屆(とゞ)き、
櫃(ひつ)は誂(あつら)への漆塗(うるしぬ)り。
網代天井(あじろてんじやう)も見事(みごと)なる立派(りッぱ)な普請(ふしん)。
落着きを缺(か)く設(しつら)へながら、これはこれで亭主(あるじ)が嗜(この)み。
亭主(あるじ)の手附(てつ)きに淀(よど)み少なく、舎利(しやり)捨(す)つるは稀(まれ)。
左拇(ひだりおやゆび)を效かすことなく、包(つゝ)むがごとくに鮨(すし)を握(にぎ)る。
惜(を)しむらくは、疱丁(はうちやう)を一息(ひといき)に引(ひ)かぬこと。
彼(かれ)が"定康(さだやす)"本燒(ほんやき)を凌駕(しの)ぐか審(つまびらか)ならず。
此度(こだみ)口(くち)にせし鮨(すし)は合はせて大約(およそ)二十貫(にじッくわん)。
握(にぎ)り十八貫(じふはちくわん)に卷物(まきもの)二種(ふたくさ)。
これで支拂(しはら)ひは二萬圓(にまんゑん)ほど。
銀座(ぎんざ)の☆☆☆よりは廉(やす)く、行きつけの賈(みせ)よりは割高(わりだか)。
倩(つらつら)當店(こちら)の流儀(やりかた)を惟(おもんみ)るに、
手に負へぬ "獨善(ひとりよがり)"か、はたまた類稀(たぐひまれ)なる"獨創(どくさう)"か?
『久兵衞』、『與志乃』、『鶴八』などいづれの一門(いちもん)・系譜(けいふ)にも屬さず、
東都(えど)の鮨界(すしかい)では異端(いたん)の存在(そんざい)なるは疑ふべくもなし。
同(おな)じ鮨好(すしず)きと云ふとも、
ある人はその異端(いたん)ぶりを許(ゆる)しがたき邪道(よこしまなるみち)と斷(だん)じ、
またある客(ひと)は"目から鱗(うろこ)"、"頂門(ちやうもん)の一針(いッしん)"となさん。
僕(やつかれ)は紛(まぎ)れもなく後者(こうしや)。
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*)鯛(たひ)は五百匁(ごひやくもんめ、=1.8kg)ほどのものを最善(もつともよし)とす。
**)この日(ひ)は但州(たんしう)"香住(かすみ)"のもの。