2回
2023/11 訪問
片町の夜に灯る隠れ家 ― 川端鮮魚店 片町店で味わうのどぐろと“幻”の海老
連休の金沢は、やはり特別だ。
兼六園や近江町市場には観光客が絶えず、町家と新しい建物が溶け合う街並みは華やかな熱気に包まれている。
観光地の顔と、地元の暮らしが息づく横顔が同居しているのが、この町の魅力だろう。
その夜も、有名な海鮮処はどこも満席。
予約なしで入れる気配はなく、半ば諦めながら片町を歩いていたとき、柔らかな明かりに照らされた一軒の海鮮居酒屋に出会った。
暖簾をくぐると奇跡のように空席があり、その瞬間に金沢の夜がまた一段と輝いた。
店内はカジュアルながら落ち着きがあり、観光客でごった返す有名店とは違い、どこか“穴場”の空気を漂わせる。
ここは「川端鮮魚店」の姉妹店で、本店が海鮮と金沢おでんを主役とするなら、片町店は海鮮と浜焼きで勝負している。
七輪の炭火が揺らめくカウンターは、控えめながらも金沢らしい上質さをまとっている。
乾杯はもちろん地酒で。
加賀鳶、天狗舞、宗玄、菊姫――北陸を代表する名酒が揃い、辛口の切れ味が魚介の甘みをより鮮やかに引き立てる。
この夜の主役は、のどぐろ。
刺身は軽く炙られて供され、舌の上で脂がとろけると同時に、香ばしさがふわりと鼻に抜ける。
北陸に来た実感を与えてくれる一皿だ。
ばい貝はコリコリとした歯ごたえと磯の香りが心地よく、日本酒をもう一口誘う。
そして、幻と呼ばれる“がすえび”。
残念ながらこの日は売り切れだったが、それもまたこの店のリアルさだろう。
市場に並ぶことすら稀な地元の味覚だからこそ、次こそはと再訪を誓わせる。
浜焼きもまた、この店ならではの醍醐味だ。
七輪で炙るのどぐろの一夜干しは、噛むほどに旨みがにじみ出て、酒が止まらない。
牡蠣やはまぐり、サザエが並ぶ貝盛りは、海の力強さをそのまま閉じ込めたような存在感を放っている。
観光客で賑わう名店に比べ、ここには落ち着いた時の流れと、滋味あふれる本物の海鮮がある。
片町交差点のすぐそばにいながら、どこか隠れ家のような“穴場感”を持つ一軒。
町の美しさと食の豊かさを一度に味わえるのは、やはり金沢だからこそだろう。
そして、この町に来るたびに「またあの店で」と思える場所があることが、旅を何倍も幸福にしてくれるのだ。
2025/09/20 更新
【要約】
金沢・片町交差点から少し離れた場所にある「川端鮮魚店 片町店」は、観光客にも地元客にも愛される実力派海鮮居酒屋。カジュアルな外観ながら、鮮度と職人技が光る。名物の“がすえび刺し”はねっとりとした甘みと旨みが格別で、のどぐろ刺しや梅貝、香箱蟹など北陸の旬が堪能できる。七輪焼きののどぐろ一夜干しや貝盛りセットも人気。ドリンクは地酒「宗玄」「加賀鳶」などが充実し、魚介の旨みを引き立てる。価格は一品800〜2,000円台、地酒は1合700円前後と良心的。味・雰囲気・コスパともに高評価で、金沢の夜に静かに海鮮を味わいたい人におすすめの一軒。
【本文】
金沢の夜。
観光客で賑わう片町交差点近くの大通りは、人気店を目指す行列と喧騒であふれている。
そんな時こそ思い出すのが「川端鮮魚店 片町店」だ。
繁華街の中心から少し外れた場所にありながら、知る人ぞ知る存在。カジュアルな外観の裏に潜む、確かな海鮮の実力こそが、この店の真価だ。
一度訪れると、地元客と観光客が自然に交わる雰囲気に引き込まれる。
賑やかさはあるが、騒々しさとは無縁。
肩の力を抜いて地酒と鮮魚を楽しむ時間が、心地よく流れていく。
今回も事前に予約を入れ、ようやく再訪を果たした。
この夜の主役は、前回は売り切れで涙をのんだ“がすえび刺し”。
入荷のタイミングに恵まれ、迷わず注文する。
ぷりっとした歯ごたえの直後に、ねっとりとした甘みと濃厚な旨みが舌に広がる。
まさに「幻のエビ」と呼ばれる所以を体感する瞬間だった。
旅先でこうした一皿に巡り会えるのは、幸運以上の価値がある。
他の海鮮も相変わらず隙がない。
のどぐろ刺しは軽く炙られ、脂の旨みと香ばしさのバランスが見事。
梅貝のコリコリとした食感は地物ならではの新鮮さを物語る。
さらに、冬の金沢の風物詩・香箱蟹は、味噌と内子・外子が重層的に絡み合い、濃密な旨みが一口ごとに押し寄せてくる。
七輪で炙るのどぐろの一夜干しや貝盛りセットをつまみに選んだのは、地酒の宗玄と加賀鳶。
キレのある辛口が魚介の旨みを引き立て、食卓全体を引き締めてくれる。
北陸の海と山に抱かれた土地ならではの調和に、思わず盃が進む。
川端鮮魚店は観光客一辺倒ではなく、地元の人々にも愛されている点が大きい。
価格帯は観光地水準としては良心的で、質の高さを考えれば納得のコストパフォーマンス。
予約を取るのは決して容易ではないが、その価値は十分にある。
華やかな片町交差点のすぐそばで、静かに海鮮の真髄を堪能できるこの店。
有名店に入れなかった夜こそ、思いがけず豊かな金沢の記憶を生んでくれるのだ。