8月16日(土)から9月19日(金)までエルンスト・ルビッチの特集上映があると知ったときから、どうしたら彼の作品を多く観ることができるだろう・・・と自分の好みとスケジュールを練りに練って観てきました!
(以前のウィリアム・ワイラーの特集上映のときもそうでしたが、何しろ、今特集は現在観ることのできるルビッチ作品のすべてと言っても過言ではない41本を上映するという又とない機会なので、今回はそれを超えていたかもしれません。
ドイツでのデビュー直後のコメディ(本人主演)から遺作まで網羅してるって凄すぎる!)
『ラブ・パレイド』(1929年)
ヨーロッパの架空の国シルバニアの女王はいまだ独身。あるとき、パリに派遣されていた伯爵が女性問題を起こして帰国、おとがめを受けているうちに二人は惹かれ合い、結婚に至るが・・・。
トーキー初期のミュージカル映画の代表作であり、台詞の続きが歌になっていくという当時としては斬新な演出が話題となり、アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞等6部門でノミネート。
二組のカップルが交互に同じ歌を歌うシーンでは、ルビッチは二つのセットを製作し、その間にオフカメラのオーケストラを配置、両シーンを同時に演出したことにより、編集でシーン間のカット切り替えが可能になったが、これは当時としては前例のないことだったそう。
トラヴィス・バントンによる衣装にも注目。
稀代のエンターティナー モーリス・シュヴァリエと後の歌姫ジャネット・マクドナルド(彼女にとっては映画初出演)コンビによる歌声がとっても軽妙で素敵(その後2作品で共演)。
『昼下がりの情事』や『恋の手ほどき』の晩年しか知らなかったので、若き日のシュヴァリエを見れて良かったです(当時41歳ですが、若く見えますね)。
『極楽特急』(1932年)
ベニスで出会い意気投合した男女泥棒コンビは香水会社の美人社長を詐欺にかけようとするが、紳士泥棒と美人社長が恋に落ち三角関係に・・・。
男爵に変装した大泥棒をハーバート・マーシャル、伯爵夫人に変装したスリをミリアム・ホプキンス、香水会社社長をケイ・フランシスという1930年代のハリウッド黄金期の映画ファンだったら泣いて喜ぶキャスティング。
ウィットに富んだ会話と洗練された演出は正に“ルビッチ・タッチ”を全編に散りばめた、プレ・コード期のソフィスティケイテッド・コメディ。
『偽りの花園』、『剃刀の刃』等で印象的演技を見せたハーバート・マーシャルの若き日の軽妙洒脱っぷり、ホプキンス、フランシスのエレガントさにうっとり。
マーシャル、ホプキンスの盗み技のかけ合いが楽しく、フランシスの憂いに満ちた瞳はやはり魅力的でした。
『生活の設計』、『青髭八人目の妻』(他多数)にも出演しているエドワード・エヴェレット・ホートン、セシル・オーブリー・スミスが脇を固め、ここでもトラヴィス・バントンデザインによる衣装が光っています。
原題“Trouble in Paradise”がなぜ当時『極楽特急』になったのかを私的に知りたいところです。
『生活の設計』(1933年)
劇作家志望のトムと画家志望ジョージは、パリ行きの列車のコンパートメントで乗り合わせた美人広告デザイナー、ギルダと知り合う。
彼らはお互いがギルダを愛していることに気づき、彼女も二人の内いずれかを選ぶことはできず、セックスレスをしないことを合意した上で二人が同居しているアパートに一緒に暮らすことを提案するが・・・。
原作はノエル・カワードによる戯曲。
フレデリック・マーチ演じるトム、ゲーリー・クーパー演じるジョージが一人の女性(ミリアム・ホプキンス)を愛してしまうという設定、二人のかけ合いがコミカルで、ホプキンス演じるギルダが愛らしかったです。
クーパーは長身で当然のことながらとても素敵でしたが、マーチも端正な顔立ちで負けておらず、実際あの二人に言い寄られたらどちらを選ぶのか・・・?きっと迷ってしまうことでしょう。それでも、演技という点で観ると、やっぱりマーチの方がほんの少し上手かなと思いました。
ギルダが働く広告会社重役マックス役をエドワード・エヴェレット・ホートンが演じ、良い味を出していました。
『天使』(1937年)
英国外交官パーカー卿夫人マリアは、夫の出張中、内緒でパリに赴き、旧友のロシア大公妃の怪しげなサロンに顔を出す。そこで出会ったアンソニーと食事を付き合うが、名前を訊かれても答えずそのまま去って行く。
ロンドンの昼食会でパーカーは旧友アンソニーに会い、彼の“天使”の話を聞く。それが自分の妻であるとは知らずに・・・。
多忙を極める英国外交官パーカー(ハーバート・マーシャル)、愛すべき夫人マリア(マレーネ・ディートリッヒ)、“天使”に一目惚れするアンソニー(メルヴィン・ダグラス)が織りなす恋模様が優雅の極み!
トラヴィス・バントンの衣装を華麗に纏ったディートリッヒが男性二人の間を揺れ動く女性心理を見事に演じ、外交官夫人の火遊びともとれなくないストーリーにエッセンスを与えています。
扉を象徴的に使ったルビッチの演出、鮮やかな“反転”のラストシーンはとてもスリリングで、素敵すぎました!
紛れもなくディートリッヒあってこその映画ではあります(とは言え、自身は自伝でこの映画を“凡作”とただ一言で片付けているそうな)が、マーシャルが適役、ダグラスもエレガントで2名の男優がこの作品の魅力をぐっと底上げしていることを忘れてはなりません。
(ダグラスに至っては私的に映像で初見でしたが、長身、口髭の二枚目(←これってまさしく私のタイプじゃん!)でやはり素敵でした。)
こちらにもエドワード・エヴェレット・ホートンが助演していました。
『青髭八人目の妻』(1938年)
フランスの避暑地リヴィエラのデパートで、パジャマの上だけを買いたいと店員に迫るアメリカ人実業家マイケル・ブランドン。そこに都合良くパジャマの下だけ貰うわと現れたのが貧乏貴族の娘ニコル。
気の強い彼女に一目惚れしたブランドンは猛アタックの末、婚約にこぎつける。ところが結婚式当日、ブランドンになんと7回の結婚歴があると知ってニコルは激怒し・・・。
ゲーリー・クーパーとクローデット・コルベールというパラマウント映画全盛期のスター俳優二人を迎えた洒落たラブ・コメディ。
衣装はトラヴィス・バントン。
クーパーのあたふたぶりがコミカルで、コルベールのコメディエンヌぶりが可愛らしく、楽しめました。
コルベールの友人として若きデヴィッド・ニーヴン、父親役としてここでもエドワード・エヴェレット・ホートンが共演(今特集中多数出演していて調べたところ、アステア&ロジャースコンピの『トップハット』、『踊らん哉』で観ていた模様。この風貌と個性的な演技、一度見たら絶対に忘れませんよね?笑)。
『ニノチカ』(1939年)
ロシア革命で貴族から没収した宝石を売却して食料危機対処の資金にするため、ソ連貿易省の3人の役人(ブリヤノフ、アイラノフ、コパルスキー)がパリに派遣される。
3人の仕事が遅延しているため、ソビエト当局は共産主義を信奉するニノチカをお目付け役として派遣するが・・・。
それまでシリアスな役どころが多く「笑わない女優」と呼ばれていたガルボが大笑いするシーンがあることから、公開当時は“Garbo laughs!”(ガルボ笑う)というキャッチコピーが使用されました(これは、彼女の初トーキー映画『アンナ・クリスティ』のコピー“Garbo talks!”(ガルボ話す)をもじったもの)。
ソビエト連邦を風刺したコメディの傑作として、アカデミー作品賞、主演女優賞他4部門ノミネート。
ガチガチのお堅い鉄の女ニノチカを演じるグレタ・ガルボがはまり役。ロシアの大公女の愛人レオン役メルヴィン・ダグラスも愛すべき女好きをコミカルに演じていて、とりわけレストランでの二人のやりとりには大爆笑!
3人の役人が所持していた宝石は大公女のもので、ニノチカとレオンはお互いが敵対者という関係性での恋の行方を、ワクワクしながら追わずにはいられませんでした。
(個人的には『天使』でのメルヴィン・ダグラスよりこちらの方が好きです。)
役人の一人ブリヤノフをフェリックス・ブレサートが好演(今特集では『街角 桃色の店』、『生きるべきか死ぬべきか』にも出演)。
『街角 桃色(ピンク)の店』(1940年)
ハンガリー・ブダペストにある雑貨店にある日、クララという娘が雇ってもらいたいとやって来る。販売主任のクラリックは店員が多すぎる事を理由に独断で断るが、彼女はクラリックが売れないと言っていたシガレットボックスをうまく売りさばき、店主のマトチェックに巧みに取り入って雇ってもらう。
それ以来クラリックとクララは何かにつけてそりが合わず、彼は新聞広告で見て文通している女性といつか会うことを希望していたが・・・。
クラリックとクララの関係と、雑貨店で働く人々の周辺で巻き起こるいろいろな問題は、紆余曲折を経てラストのクリスマスへなだれ込みます。
クラリックは、誠実な人柄で困難に立ち向かうという、ジェームズ・スチュアートの真骨頂ともいうべき役どころ。
芸達者なマーガレット・サラヴァンとジミー・スチュアートが織りなす恋模様と周囲の人々の温かさに思わず涙せずにはいられませんでした。
終演時に拍手が巻き起こったのも納得の成り行きで嬉しかったです。
店主マトチェックを名バイプレーヤーのフランク・モーガン、クラリックに温かい支援を送る同僚店員をフェリックス・ブレサートが演じ、他個性的な役者が脇をしっかり固めていたのは言うまでもありません。
ルビッチについて調べて知ったことですが、彼自身最も好きな作品としてこちらを挙げています。
原題“The Shop Around the Corner”だったのを、温かみを持たせるために”桃色”をつけたと思うのが妥当でしょうか?(『桃色の店』だったのが、ビデオ版タイトルで『街角 桃色の店』になったようです。)
『生きるべきか死ぬべきか』(1942年)
第二次世界大戦の真っ只中、周辺の国々がドイツの手に落ち、侵攻の日が刻一刻と近づくポーランドの首都ワルシャワで、連日大入満員を誇るトゥーラ一座。
座長で自称ポーランドの偉大な名優であるヨーゼフの妻マリアは、彼が十八番のシェイクスピアの『ハムレット』の名台詞「生きるべきか死ぬべきか」を合図に、彼女のファンであるポーランド空軍のソビンスキー中尉と逢引きを楽しんでいた・・・。
実は今特集中一番観たかったのがこの作品。
なぜなら、映画完成1週間後にロンバードが飛行機事故で非業の死を遂げ、その一か月後に封切られた遺作であり、その辺感慨深く鑑賞しました。
製作総指揮はアレクサンダー・コルダ、アカデミー作曲賞(ドラマ/コメディ部門)ノミネート。
ヨーゼフをコメディアン、ヴォードビリアンとしても有名なジャック・ベニー、マリアをスクリューボール・コメディの女王キャロル・ロンバードが演じ、劇中劇やら変装やらを交えナチス体制を痛烈に皮肉っていました。
『ヴェニスの商人』のシャイロックを演じてみたいと夢見る端役役者役フェリックス・ブレサートが短いシーンながら印象的に演じていました。
『天国は待ってくれる』(1943年)
地獄の受付に来たヘンリー・ヴァン・クリーヴは、閻魔大王(原語では“His Excellency”)に「これまでの人生を振り返れば、自分は地獄行きで当然だ」と言う。
興味を抱いた閻魔大王の求めに応じ、ヘンリーは女性遍歴を繰り返した自分の生涯を語り始める・・・。
ルビッチ初のカラー作品(テクニカラー)で最晩年の傑作コメディ。20世紀フォックスの創設者ダリル・F・ザナックをして、「間違いなく映画史上最高に美しい女性」と言わせたティアニーの美しさがテクニカラーに映えること!(アメチーを抑えて彼女がトップ・ビリングだったのにも注目。)
アカデミー作品賞、監督賞他3部門でノミネート。
上流階級の家庭で甘やかされて育ったヘンリー(ドン・アメチー)はわがままで女好きでもどこか憎めず、彼の浮気を知りながらも上手くあしらって添い遂げる賢妻マーサ(ジーン・ティアニー)と彼らを取り巻く人々の洗練されたユーモアと心温まるストーリーで、ラストシーンでは思わず涙がにじみ出ました。
こちらも終演時に拍手が起きていました。
ルビッチが活躍したのがサイレント期から1940年代までと私の大好きなハリウッド黄金期にかかっていたこともあり、知ってはいても今まで観ることができなかった至極の作品を多数目にすることができて今回も大満足の特集上映でした!
正直なところ、ルビッチ自身出演、ポーラ・ネグリ主演等のサイレント作品も多く、それらも観てみたかったのですが(ホント、全作品網羅したらどれだけ達成感があったことでしょう)、スケジュールの都合で涙を飲みました。
スラップスティック・コメディではなく、ウィットに富んだ台詞の洗練された会話で楽しませるストーリー(中には徹底的な皮肉や風刺が込められていたり)、画面を彩る見事な装置や華麗な衣装、それを身にまとったハリウッド黄金期の男女優陣・・・それらの一端を垣間見れる機会を得ることができたという点で、エルンスト・ルビッチの描き出した作品群は私の好みにぴったりとはまり、大好きな監督の一人になりました。
(ある意味、前回のウィリアム・ワイラー特集鑑賞後に感じた印象より強かったかも。)
部分的にシーンを観ている作品はあれど、いずれも未見の作品ばかりだったことも大きいと思います。
台詞の続きが歌になっていく演出や二組のカップルが交互に同じ歌を歌うシーンで二つのセットを作っての撮影、ドアが複数ある部屋でドアを印象的に使った演出等、トーキー初期では画期的な方法に取り組んだり、象徴的な演出や手工を駆使したり、彼が映画界に残した功績は非常に大きいです。
初期は俳優として、他に脚本家、製作者としても活躍し、後にビリー・ワイルダーや小津安二郎らの作風に影響を与えたそうです。
各作品の主要キャストが素晴らしかったことは言うまでもありませんが、彼らを支えているのは個性的な脇役陣や衣装、音楽、撮影技術等・・・なのだと、“ルビッチ・タッチ”に溢れた作品を通じて強く実感した次第です。
今回すべて週末での鑑賞でしたが、客足はウィリアム・ワイラー特集時とほぼ同じくらい(通常時よりやや多め?)でしたが、『生きるべきか死ぬべきか』上映時はかなり混んでいて、私的に嬉しかったです(とある土曜日は100人超)。
この数か月でこれだけ凄い特集が組まれたので、今後にも期待したいです(とは言え、スケジュール調整に毎度頭を悩ませるところなのではありますが 苦笑)!