3回
2025/10 訪問
日式汁なし担々麺 温玉 ご飯
今回は、辛味五・痺れ三で試してみた。結論を先に言えば、自分にとっての最適解は、辛味四・痺れ二辺りのような気がする。次回また試してみたい。前回より自分に合ったバランスだったので、より冷静に、汁なし担々麺を味わうことができた。前回に続き、このスパイスを摂取して起こった自分の身体や感覚の反応を分析するため、痺れの科学をもう少し深掘りしてみた。
花椒の主成分は ヒドロキシ‐α‐サンショオール(hydroxy-α-sanshool) などの サンショオール類で、日本の山椒にも含まれるが、四川花椒は特に強力で舌や喉の神経を直接刺激するそうだ。普通の辛さ(唐辛子)は TRPV1受容体(カプサイシン受容体)が反応して、熱い!辛い!と錯覚を起こすが、花椒はもう少し特殊らしい。触覚・圧覚・痛覚を司る神経線維に直接作用し、特に メカノレセプター(機械刺激受容器)を勝手に活性化させる。すると脳は、何かが舌や喉を振動させていると誤解して、痺れ・ビリビリ・震えの感覚になる。この状態を、英語では tingling(チクチク、ビリビリ)や buzzing(ブーンと鳴るような)と表現する。喉の奥の粘膜には 舌咽神経・迷走神経が分布しており、そこがサンショオールで刺激されると、反射的に声帯や咽頭が収縮する。結果、空気が引き込まれる、とか、喉が閉まるなど、呼吸に一瞬の違和感を感じることがある。実際の閉塞ではなく、神経の誤作動による反射だ。
誤解のないように強調しておくが、花椒は 伝統的に漢方薬や香辛料として長い歴史があり、サンショオールは胃腸の働きを助けることが報告されている。前回僕に起こったことを、科学的に説明すると、サンショオールが神経膜のカリウムチャネル(KCNKチャネル)をブロックした結果、神経が持続的に興奮し、電気信号を出し続けた。脳がそれを振動刺激として解釈し、痺れ感覚が生じた。つまり、花椒の痺れは、化学物質によって触覚をハッキングされている状態だった、ということらしい。
実に興味深い。スパイスの奥深い世界に、どうやら足を踏み入れてしまったようだ。次回こそ、自分のベスト・バランスの配合を見出し、この刺激的な一杯を存分に堪能してみたい。
2025/10/24 更新
2025/09 訪問
日式担々麺。パクチー増し。
食べログの投稿を読んで、その方の好みである辛味2、痺れ8で日式汁なし担々麺を頼んだ。痺れは花椒によるものらしいが、食べたら喉が引き込まれるような反応があった。花椒の作用の仕組みを調べたら、花椒に含まれる サンショオール(sanshool) という成分が神経に作用するそうだ。唐辛子の「辛味成分」カプサイシンやワサビの「ツーン成分」であるアリルイソチオシアネートと違い、サンショオールは、触覚・圧覚・痛覚を伝える神経(機械受容器や痛覚受容器) を直接刺激するらしい。結果として痺れる感覚が出るが、特に喉奥にまで届くと、咽頭の神経が誤って刺激されて「喉が引き込まれる」ような反応が出る場合がある。なぜ「喉が引き込まれる」感覚になるかというと、喉の奥の粘膜にある 迷走神経・舌咽神経 が反応し、軽い 痙攣的な収縮や異物感や空気が通りにくい感じを引き起こす場合があるからだ。これはアレルギーや窒息ではなく、神経刺激による一時的な反射で、安全性には何の問題もない。普通は数十秒〜数分で収まるそうで、僕の場合も、暫くしたら普通に戻った。今回の教訓は、刺激に対する反応は人それぞれだということだ。ある人にベストな配合が、自分にも良い訳ではない。次回から慎重に、自分に合った辛味と痺れを探してみようと思う。最後になったが、味は、美味しかった。それ故に、自分のベスト・バランスを探しに、暫く通ってみるつもりだ。
2025/10/24 更新
遂に私にとってのベストな比率に辿り着いた。辛味4・痺れ2である。じっくり味わって汁なし担々麺を食べた。心地良い刺激が身体を温めてくれる。効いてる感じだ。不思議と秦の時代の中国の広大な草原を想っていた。自分の中に仕舞ってあった記憶庫の鍵が開いたような、そんな感じ。科学的なアプローチで自分に合った比率に辿り着いたご褒美が、草原を吹く風を感じるほど具体的な拡がりを持つイメージだったのには驚いた。キングダムの秦王政が王になった時、かつて蜀の国にあった成都は既に秦領だった。
紀元前5〜4世紀、四川盆地には独立した蜀・巴という国が存在し、巴蜀文化と呼ばれる独自の文明(青銅器など)を形成していた。「成都」の名そのものは、すでに紀元前4世紀ごろ、蜀の開明王朝の時代に成立している。蜀王が新しい都を築くとき、「一年成聚、二年成邑、三年成都」(一年で集落、二年で町、三年で都になる)と語った故事から、「成都」と名づけられたそうだ。つまり「完成された都」という意味だ。紀元前316年、秦の将軍・司馬錯と張若が蜀・巴を征服し、蜀王(開明王朝最後の王)が降伏、秦の領土となった。以後、秦は蜀郡・巴郡を設置、成都を蜀郡の郡治(行政の中心地)とした。秦王政が即位したのは紀元前247年。その時点で四川盆地はすでに秦の領土となって70年が過ぎていた。
四川料理(川菜 chuān cài)は、実は秦や漢の時代から長い食文化の積層を経ていて、今のような麻辣(痺れと辛さ)を特徴とする姿になったのは、比較的最近の清末から民国期(19〜20世紀初頭)の話だそうだ。
古代から漢代(紀元前~紀元後3世紀)、四川盆地は高温多湿のため、塩蔵・発酵食品(漬物・豆腐乳・味噌類)が発達した。戦国末から漢代にはすでに「蜀の鹹菜」「豆豉(トウチ)」が名産とされていた。この頃の味付けは「塩味+酸味」が中心で、現在のような辛さや痺れはまだなかったという。例を挙げると、「蜀人好辛」「蜀椒」などの記録が漢代にあり、胡椒以前の「山椒(花椒)」を香辛料として使用していたことは確からしい。
その後、唐から宋代(7〜13世紀)にかけて、四川料理体系の萌芽が見られた。唐代に「成都」は南方貿易・塩の中継地として繁栄し、「蜀中食貨志」「食譜」などに、味の多様化(甘・酸・辛・香)が見られる。宋代にはすでに「豆瓣(とうばん)」「辣酱(ラージャン)」の前身となる発酵調味料が登場。唐・宋の詩にも「蜀味」「椒香」などの言及があり、この頃に、川菜の基層=発酵・香辛・濃味文化が確立する。
異民族のモンゴル人に支配された元代からその後の明代(13〜17世紀)にかけて、胡椒と唐辛子に接触している。元代の交易によって東南アジア経由で胡椒や乾燥香辛料が流入。さらに、明代中期(16世紀)以降、南米原産のトウガラシがポルトガル経由で中国へ伝来(まず福建・広東)。四川へ唐辛子が伝わるのは、やや遅れて17世紀末〜18世紀初頭(清代初頭)だ。つまり、四川料理と言えば辛い、となったのは清代になってからだ。
清代(18〜19世紀)に、いよいよ現代四川料理が成立する。唐辛子が定着し、在来の花椒(山椒)と組み合わさって「麻辣」味が成立する。清中期(乾隆・嘉慶年間)には「豆瓣醬(郫県豆瓣)」が普及。この時期に「回鍋肉」「麻婆豆腐」「魚香茄子」など、今に続く四川名菜が生まれた。成都・重慶・自貢などで食文化が分化し、「川菜十八怪」「七味変化」と称される豊富な味づくりが発展した。この段階で、四川料理は中国八大料理の中でも「最も地方性と創造性を併せ持つ料理体系」となった。
清末〜民国初期にかけて、四川出身の料理人が北京・上海などに進出し、全国化する。1920年代にはすでに「川菜館」が都市部に普及し、中華人民共和国成立後、「国営川菜研究所」「成都烹饪学校」などが設立された。現在では「麻辣」だけでなく、「魚香」「怪味」「紅油」「家常」など多彩な味型をもつ体系的料理として確立されている。
ここで振り返って、店内を見廻せば、この店が四川の麻辣だけではなく、中国料理の本質を純粋な形で体験できる仕掛けになっているのが、良く分かる。鎮江香醋や王致和の腐乳(発酵豆腐)は、まさに「中国食文化の根幹=発酵と熟成によるうま味文化」の直系の子孫であり、四川料理の成立を支えた原点的な発酵の知の系譜に連なっているのだ。中国食文化の根幹は、発酵すわち保存と深化の知恵だ。湿潤・高温な中国南方では、古代から食の保存と味の深化を同時に実現する技法が求められてきた。それが塩蔵・発酵という二重の知恵だ。「四川の豆瓣」「江蘇の香醋」「北京の腐乳」──いずれも、地域の気候と素材条件に適応した「発酵文明」の表現だ。この伝統は、漢代にはすでに制度化されており、『周礼』や『礼記』には「醯(す)」「醢(かい:塩辛)」といった発酵食品の記述がある。
鎮江香醋(ちんこうこうす)は江南の酸味文化で、発祥地は江蘇省鎮江市。明・清代にかけて広まった。原料はもち米を発酵させ、麦麹と老陳酢(熟成酢)を重ねて熟成させる。いわば「米のワインを酸化熟成させた」ような芳醇な香りがある。この技術の根は、春秋・戦国時代の「醴(れい:甘酢)」や「醯(酸味)」の系譜にあり、「酸による清涼と調和」という思想的感覚は儒家の「中庸」に通じる。四川の「辣(辛)」が陽なら、江南の「酸」は陰。中国料理の陰陽調和の一極として、鎮江香醋は文明的バランサーなのだ。
王致和腐乳は豆腐を「熟成させる」という逆転の発想で生まれた食品だ。清代・康熙年間(17世紀末)に北京で王致和が創業した。豆腐を自然熟成させ、菌と塩で凝縮されたうま味を引き出す。日本の納豆・味噌、西洋のチーズに並ぶ「発酵蛋白質文化」の極北に位置する。発酵により「穢れ」を「香り」に転化するという構造は、道家・仏教的な「反転の美学」と共鳴する。つまり、自然の腐敗を人間の知で制御し、香気へ昇華する。それが「腐乳」や「豆豉」「郫県豆瓣」に通底する発想だ。
江南(鎮江)では、酢(穀物発酵)を主役に「 酸・香」の味覚にフォーカスし(鎮江香醋)、華北(北京)では、豆腐発酵を主役に「塩・旨」の味覚を追い(王致和腐乳)、四川(成都)では、豆類と唐辛子発酵を主役に「辛・麻・香」を追求する。すべて「塩・麹・微生物」の三位一体で味を生み出しており、発酵による保存と深化=中国的時間の料理という共通原理でつながっている。この店での体験以来、「発酵=時間を味わう文化」こそが、鎮江香醋も王致和腐乳も四川料理も含む中国料理全体の味の哲学の源流のように、私は考えるようになった。
自分の感覚に合った麻辣比率の「日式汁なし担々麺」を探す今回の体験は、まるで旅のようだった。中国料理の本質は、自然と人の調和、陰陽の転化、秩序と変化の統合という儒道両系の知恵の表現なのかも知れない。そんなことを頭ではなく、舌で理解させてくれた「日式汁なし担々麺」に、何よりその美味しさと味覚の魔法に感謝したい。これから中国料理を味わう時の、自分なりの基準が出来たような気がする。