2回
2015/11 訪問
閑雅な部屋で晩秋の豊穣を存分に味わう
夜になり夕餉の時を迎える。「山居し客ありて馳走す」、そんな宿の有り様を思わせる献立で、もてなされた充足感に満ちた。
秋の山里を思わせる柿の白和えと松茸の土瓶蒸しで始まり、次いで出された栗饅頭錦秋餡は眼前に広がる紅葉の景色が椀に盛られたような色合いで大変美しい。ほくほくして甘やかなこの栗は宿の庭で取れたものだそうで、これに勝る馳走はそうないだろう。
吹き寄せ八寸はいがぐりや柿の実の見立てをあしらいつつ、地の茸であるごんすけや蝗佃煮など珍味佳肴が盛られて、軽い酸が心地よい地酒の「鯨波」が進む。
焼物では鰆の西京焼の肉厚なことと見事な塩梅に感嘆し、また、松茸奉書焼から立ち上るかぐわしき香気に陶然となる。自然薯をかけまわした蕎麦は、こく深いとろろが香り高い蕎麦を引き立てていて実に旨い。〆には土鍋で炊かれた本舞茸ご飯が供され、その歯応えは新鮮な驚きだった。初めて食べた本舞茸の風味を忘れまいと必死だったので、写真は取り忘れ。
デザートの洋梨のコンポートも申し分なく見事な終宴。
宿近隣の山里の幸をふんだんに盛り込んだくずし懐石は鄙の豊穣を存分に堪能させるもので、滞在の余韻を何層倍にもしてくれた。
記事URL:http://aamnos.cocolog-nifty.com/all_about_mrnoone_special/2015/11/6-ed6c.html
2016/01/13 更新
長多喜の魅力は風情ある建物だけではない。それに見合う御馳走が供されることこそ、ここが得難い宿として人々に深い印象を与えている源泉だと思う。今回の滞在ではそれをまざまざと感じさせられた。
初日の晩、愈々始まるな・・・と舌なめずりして待つ我々に先ず供されたのは、地の茸の白和えに鯛の昆布〆土佐酢和え。季節とはいえ立派な松茸が一本入った薫り高い土瓶蒸しに鰆の照焼。付け合わせのエリンギはフライにしてあり、香ばしさを添えてくれる。
この時期のスペシャリテ栗饅頭錦繍餡かけに佳肴揃いで酒が進みすぎ煩悶してしまう八寸。最後に豚の角煮で満腹感に止めを刺し、さわやかなデザートで口中をさっぱりと。「やっぱりここに来て良かったなぁ」としみじみ感じ入った献立の充実ぶりで、家人も呆けたような笑顔をたたえて「やっぱり凄いね」を連呼するばかりに。
翌晩。夕食担当の若旦那さんから「今日も期待していてください」と声を掛けられていたので、幼子のように素直に期待して膳につく。まずは長芋の葛寄せに信州サーモンの黄身酢和え。蓋裏が夜露に濡れる秋の野のようで美しかった椀物は、玉子豆腐と金目鯛にまたもや立派な松茸と変化球の青梗菜。椀の漆黒と合わせて五彩が眼前に広がりなかなか美しい。
鰤の西京焼きに鮎並の湯葉揚げ出し。魚もこれだけ色々の調理で出してもらえると飽きることがない。今日も秋の実りがふんだんに盛り込まれた八寸と心に安らぎの火を灯すかぶら蒸し。〆にはむかごご飯、水菓子替わりに中津川名産栗をふんだんに使った和菓子の皿盛と一分の隙もない完璧な献立で大団円。
これだけのものを出す宿だから、もちろん朝食も抜かりなく美味しかった。朝が寒かったので餡かけにうずめられた豆腐が身体に沁みて殊の外美味しかった。
今は夕食は若旦那、朝食を御主人で分担しているというが、よくぞこれだけのものをほぼ御一人で・・・と感服しきり。若旦那さんはこれだけの調理の技量を持った上に、人当たりもよく快活な性格で色々と話に花も咲き、更には細やかな配慮も行き届いていて、実にご立派な御仁。ここまで上手に代替わりが出来たのは稀有な例だと思うが、お陰で当面長多喜さんの前途は洋々たるものだろう。
中津川にはリニア新幹線が停まる予定で、その頃には色々騒がしくなるだろうから、そうなる前にもう一度こちらで伸びやかな時を過ごそうと心に決めて宿を後にした。本当にお世話になりました。