先斗町富美家。 60年を超える先斗町の老舗京料理の店。
私には縁遠いカテゴリーの店ですが、実はこの店には青春時代の思い出がある。
25年以上前のことだろうか。 弟と木屋町で飲んでいる時、「男子たるものやはり先斗町で飲んでみたいなあ」という話になり、繰り出した。
これがどれだけ無謀な事なのかは最近の若い方には理解できないであろう。 バブル真っただ中の頃である。
当時の先斗町は商慣習を含め、まだ往時の面影を残しており価格を表に出しているような店は一軒も無く、それどころか表からは何の店かすら判らなかった。
有名プロ野球選手でも紹介が無ければ門前払いになる店もあり今とはまったく様相が違っていた。
何の当てもないのだが、とりあえず料理屋らしい一軒に予約もせずいきなり飛び込んだ。
割烹のようだった。 話には聞いたことがある鰻の寝床のような店内。 カウンターの内側には凛とした女将が一人。 カウンターには他にお客さんはいなかった。
女将は50歳前後くらいだろうか、女優のように美しい方だった。 えらい店に飛び込んだかな、と弟と顔を見合わせたが、まあ身ぐるみ持って行かれることもあるまいと、覚悟を決めていすわった。
私は新入社員一年目の頃で、弟はまだ大学生だった。 メニューは勿論ない。 居酒屋のように水槽もない。
どうしたらええんじゃ? と思いながら、「既に一軒寄ってきているので何か軽く・・・」と精一杯平静を装って話かけた。
百戦練磨の女将は、そんな我々を見て、クスリと笑いながらビールだの料理だのと嫌な顔一つせず楽しそうにもてなしてくれた。
何を食べたかほとんど覚えていないが、湯葉の刺身を生まれて初めて食べたのは記憶している。
人生初の京都らしい店での一夜だった。
一体いくら取られるんだろう、私はドキドキしながら請求書を見た。 二人で6千円(つまり一人3千円)びっくりした。
想像していた金額の4分の1だった。 そんな私の動揺を見て女将はまたクスリと笑いながら、
「偉くなったら又来てね。」と言って出口まで見送ってくれた。
京都って素晴らしい。 私は心からそう思った。
この25年前の女将との会話の中で記憶していることが二つあった。 一つは夏には川床を出しているので来てね。 と言われたこと。
もう一つは女将には20歳前後のお嬢さんがいて、木屋町のほうで店(スナック)を出しているから、そちらの店にもよかったら行ってあげてと言われたこと。 どちらも約束を果たせぬまま月日は流れた。
その後何度も京都には来たが、何故か富美家に来ることはなかった。 いつしか富美家のことは記憶から消えていた。 そんな折9月16日の京都地方を襲った歴史的豪雨である。 水没しそうな渡月橋の映像は衝撃的だった。
京都の地理に不案内の私は桂川が氾濫しているということは鴨川もやばいんと違うか。と思った。 何故か富美家のことが思い出された。 しかも17,18と京都へ出張の予定である。 暴風雨の時に飲みに出たくなる血も騒いだ。
予約を入れたら川床の一席が確保できた。
先斗町の歌舞練場の2軒隣が富美家だ。 来てみて驚いた。 随分と雰囲気が変わっている。 以前はいい意味で鄙びた感じだったが、随分ゴージャスになっている。 料理もコースが主体になっていて表に値段も出ている。
人生初の川床。 何とも言えませんな。 鴨川の流も激流になっている。 板前に聞くと桂川ほどではないが、石垣の半分くらいまでは水位がきたと言っていた。
とりあえず瓶ビールと6699円の桜というコースを注文した。 私の後から入ってきて隣の席に座った旦那は舞妓さんの同伴付だ。 おかげで舞妓さんを無料で1時間以上見れた(笑)
この舞妓さんが可愛いこと。 いわゆる白塗りの正装ではなく、挨拶回りの時の服装。
着物も動きやすいものでお化粧もノーマルなもの。 いやぁいいもんを見せていただきました。
料理は、先付、八寸、御椀、御造り、焚合、中皿(鮎の塩焼)、ご飯、香の物、味噌汁、デザートの順に。 刺身は生の黒マグロや鱧、料理も丁寧だ。 食材も盛夏から初秋に移りゆく時期のものが多く季節感をしっかり捉えてあるのは流石ですね。
ビール2本の後冷酒を1合。 冷酒も京都らしい上品な供し方ですな。 正一合なのがいいですね。 この真っ正直なところが富美家の魅力ですな。
途中女将(三代目)が挨拶にこられた。 私が以前お世話になった女将は二代目で実母だそうだ。 再会を楽しみにしていたが、数年前に亡くなられたそうだ。
随分美しい人だったと話をすると、元東映のニューフェイスで山城新伍と同期だったそうだ。 そりゃキレイなわけだ。
それにしても25年前に「娘の店に行ってあげて」と亡き女将が言っていた娘が今目の前にいる現女将だ。
20代前半だったお嬢さんは40代後半の女盛り、当時の女将(二代目)と同じくらいの年齢になられていた。 美しさも母親譲りならお客に対する気配りも母親譲りだ。 いや接客については既に母を越えているかもしれぬ。
それにしても25年かかったが亡き女将との約束は守った。
夏には川床があるから遊びにきてね・・
娘の店に行ってあげてね・・
三代続いた富美家の女将だが、四代目は息子さんが継ぐ意欲を見せているらしい。 今はまだ18歳で高校生だそうだ。
4代目は女将ではなく大将になるのかもしれない。