『速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― ③《名樹散椿》「撒きつぶし」と其一』コロコロさんの日記

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日記詳細

《名樹散椿》は昭和52(1977)年に重要文化財に指定された御舟の代表作。
背景の金は、一種独特の金色を放っていました。

金箔のあとのない均一なマットな状態。
これと同じ状態の金を、つい最近目にしていました。

それは、鈴木其一の《夏秋渓流図屏風》でした。
ちょっと、話題がそれますが・・・・


■其一《夏秋渓流図屏風》の謎が解ける
《夏秋渓流図屏風》を見ていて疑問に思っていたことがありました。

背景の金地と、下部の岩の上面の金地表現方法は同じなのか
岩の平坦部の金は、つるんとしてきれいで、金箔のあとが全くありません

屏風の下部の岩の平らな上部。
ここは、いろいろな角度から見ると、それぞれに、効果的な色の発色をしています。
この平らな部分で受けた光を、ぼわっと映しているのですが、なぜか目立つのです。

一方、背景の上部の「金」は、経年劣化もあり黒ずんでいる部分があります。
しかし、岩の上部の金は、全く変化をしていないのです。

これは、金の使い方の技法が違うのか・・・・・
何度も何度も繰り返し見ていました。

上からのぞき込むとフラットなきれいな金に見えるのですが、
ちょっと、腰を下げると黒い部分も見えることがわかりました。
単に上から見ているから光の加減で、きれいに見えてしまうのか・・・・
見る角度が違うからなのかとも思ったのですが、
どう見ても、技法そのものが違うように私には思えました。


それは、金箔を張り合わせたあと、重なりが全くなくフラットだったからです。
そして、この岩場は、屏風を見る高さ、左右の角度によって、
この金の光り方が変化し、微妙な効果を画面に与えていました。

きっと、其一はそれを計算しているはず。
そのために、ここの岩の金の張り方は違う技法を用いているに違いない。
そんなことを思っていたので、それを確認するために、
いろいろ手段を駆使していたのですが、結局、わからずに終わってしまいました。


■《夏秋渓流図屏風》の謎を、山種美術家の御舟が解決!
《翠苔緑芝》を見たあとに《名樹散椿》を見ました。
これだ! と確信しました。


《翠苔緑芝》の背景の金は、《秋夏渓流図屏風》の上部の背景の金と同じ
《名樹散椿》の背景の金は、《秋夏渓流図屏風》の下部岩の金と同じ


ギャラリートークが終わったら、この技法についてお聞きすれば、
《秋夏渓流図屏風》あの謎が解けるかも!
と思っていたら、しっかりその技法についての解説がされていました。


◆「蒔きつぶし」
《名樹散椿》の金は、「蒔きつぶし」という技法が用いられていて、
金箔を粉々に砕いて粒子状にし(砂子)それを竹筒に入れ何百回も振りまく。
箔よりも金を使い、手間もコストも非常にかかる技法。
(カフェの御舟本より)


撒きつぶしは、金泥や箔押しとは違うしっとりとした均一で控えめ、
マットな感じで、独特の輝きを放つということで、
比較として、「金箔」「金泥」「金砂子」のサンプルが置かれていました。

●制作方法
「速水御舟の全貌」によって、其一の岩の金の謎も解けました。
しかしどうやって金粉をまくのでしょうか・・・
何かを混ぜて吹きつけるのでしょうか?

金地にしたい部分に、ノリのようなものを塗って、
竹筒に入れた金を振りかけるようでした。
ちなみに、絵を描いたあとに、マスキングでもしながら振りかけるのか、
描く前に、全体に吹き付けているのか・・・・また、新たな疑問が・・・

(日曜美術館でその方法が紹介されていました。
 最初に全面に金を散らしてから、描くようです)


●大量に使われる金箔
金箔をはるより3倍ぐらいの量が必要らしく、

(この数字はその時によって違う数字を確認しています。
  館長さんへのインタビュー記事では5倍 
    ⇒日本画は自然の素材を用いて描かれた芸術 美しい素材の質感を味わってほしい
  日曜美術館、ブロガー内覧会では10倍となっていました。
  私のメモには3倍と書かれていました。
  たぶんカフェに置かれた御舟の資料からの抜粋したかと・・・・
  その時によって使用料が変化しています。その比率が高まってる?)

この技法が使えるのは、パトロンの財力も必要。
もし、画面全体を金で振りかけて、その上から描いたとしたら、
とんでもない金額の絵になります。

この方法は、昔から伝統的に使われている技法なのか伺うと、
よくわからないけど、昔からある方法では?とのことでした。
其一もおそらくこの技法を使って描いたのだと思われます。

ところが、「撒きつぶし」という技法は、御舟のオリジナルで、
前例はない技法だという解説が過去の山種美術館の展示でされていました。
(先日、OAされた日曜美術館でもそのように言われていました)


■撒きつぶし 
ということで「撒きつぶし」という「技法」について調べてみました。
ところが、この技法の解説がみあたりません
ネット内では、「撒きつぶし」とう「技法が使われた」と書かれているのですが、
その技法解説がどこにもないのです。

目にする情報は、過去の御舟展の際に、御舟が《名樹散椿》の背景に
使った技法として紹介されているのを見るぐらい。
ブロガーさんが、美術館で聞いてきた話としてしてだけなので、
しかるべき解説がみあたらないのです。

日本画の描き方としての解説はどこにあるのか
どうも腑におちません。
もしかしたら、御舟の独占的な表現・・・
一種の商標登録のようなものが美術界にもあるのでしょうか?


■蒔絵の技法?
こちら(⇒砂子筒・粉筒・たたき筆)を見ると、その技法の一旦がわかります。

この様子から、蒔絵の技法であるらしいことが考えられます。
(しかし、蒔絵の世界にも、「撒きつぶし」という方法はみあたりません

(その後、日曜美術館(2016.11.6OA)「深奥へ 速水御舟の挑戦」の中で、 
 蒔絵の世界では「沃懸地(いかけじ)」という技法として紹介されていました)


「沃懸地(いかけじ)」について
当初は、日本画で金を使う時の技法の一つなのだと思ったのですが、
蒔絵の世界の金の装飾法のようです。


◇ 三省堂 大辞林
蒔絵技法の一。金銀粉を一面に蒔き漆をかけて研ぎ出し
金地または銀地に仕立て上げたもの。金地。金溜地(きんだみじ)

◇伝統工芸品用語集 
地蒔の一種で、漆面に金銀の鑢(やすり)粉を密に蒔きつけ、
その上にもう一度漆を塗って磨き出したもの
平安時代におこった技法で、時代が下るにつれて鑢粉が細かくなります。
また近世になると金粉の沃懸地は金地、金溜とも呼ばれました。

◇東京国立博物館 (常設展示)(2014.11.20記)
比較的大きな金属粉を密に蒔き詰め、研ぎ出して仕上げる
(写真参照)


「沃懸地」の手法は、日曜美術館で紹介された方法と上記の解説とは
若干違っていて、金の粉をまいた上に、漆を塗り磨きだして金を見せる
技法になっています。

東京国立博物館の常設展を見ていたら、「沃懸地」の技法解説がりました。
こちらも金属粉を密に蒔き詰め、研ぎ出しすという解説になっていました。



御舟は若いころに蒔絵に弟子入りしていたので、この手法を知り、
日本画にその手法を応用して背景、一面に施したのではないかと考えられます。

其一もまた、いろいろアンテナを張っていた人だと思うので、
蒔絵の手法見て、それを岩の上部にだけ取り入れたのではと思われました。



■其一 vs 御舟
これは、あくまで想像の話です。
御舟は其一の《夏秋渓流図屏風》見ました。岩に施された金を見て、ピンときました。

其一は、ここに蒔絵の手法を使って金を施している・・・・
こういう使い方があるのか・・・  
私はその手法を見抜いたぞ・・・・   

それなら、私はその手法を背景前面に、使ってやろう・・・
わたしには、強力なパトロンがいる。
屏風全体に、この方法を使ってみよう。
さあ、どうだ・・・
そんなことを思ったとか、思わなかったとか(笑)


日曜美術館の解説では、御舟が新たな技法を編み出したと解説されていたのですが、
其一の金は、どのような手法だったのかを調べてみることが今後の課題です。

そして、この「撒きつぶし」という技法は、御舟が名付けたのでしょうか?
それとも、その後の研究者によるネーミングなのでしょうか?
また、この技法は、しかるべき美術関連の辞典などには掲載されているのでしょうか?
その後、「撒きつぶし」という技法を使って描いた画家は、いなかったのでしょうか?
しかるべきパトロンとの出会いがなかったということなのか・・・・


■金箔を扱い世界では
金箔を扱う会社で、竹筒に入れて砂子を振る道具を扱っている会社に、
伺ってみました。
〇砂子筒・粉筒・たたき筆

金箔を粉にしたものをふって装飾することを
「砂子振り」と業界では言われているそうです。

 ⇒砂子振り 検索結果

では「撒きつぶし」とはどう違うのでしょうか?

 ⇒撒きつぶし 検索結果

このヒット状態が、どうにもこうにも腑に落ちないのです。
日本画の描き方として、認知されている技法に思えません。
どこで誰が命名しているのか・・・


そこで、堀金箔粉株式会社に伺ってみました。
この技法は「砂子振り」と言われていて、
金を施す技法として業界では知られている。

速水御舟が屏風にこの方法を使い、
それを「撒きつぶし」という名称で呼んでいるのですが、
背景に砂子振りをすることは、珍しいのか? という質問に対し、

そんなことないですよ・・・・
屏風の背景には砂子振りを施すことは、よくあることです。


「撒きつぶし」「砂子振り」「沃懸地(いかけじ)」「金砂子」
同じような手法に使われる言葉は、どう使い分けられているのでしょうか?


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【参考】2016.11.14 
【日日の光察】 アーカイブ メールマガジンより

  こちのメールマガジンで、
  「時代による光の種類の違い」そして「金砂子にどんな光をあてるか」について
  専門家の方が言及されていました。

vol.617 琳派を照らす光より

  琳派と、金や銀の彩りが魅力。
  金や銀がどのように光を受け、その光を反射しているのか。
  見る角度が変わると、画面がどのように変化して見えるのか。

   ・[鈴木其一展]「夏秋渓流図屏風」

   ・酒井抱一の「槇に秋草図屏風」への照明
    淡い金地に秋の草花が繊細に描かれている。
    地色が淡い金であるためか、直射光はほとんど当たらないように展示。
    作品の手前の床で反射した光が画面を照らす
    淡い金地の柔らかな輝きを引きだし、
    草花の姿を浮き上がらせているように見える。

    どっしりした重みを感じる金には直接光薄く淡い金には反射光
    光の当て方を変えることで、それぞれの特徴と魅力が存分に伝わる。



vol.144 金銀砂子が空間に放つ光

<輝ける金と銀-琳派から加山又造まで->
  展覧会の趣旨:時代、作家により異なる金銀の表現、技法の違いを一同に鑑賞。

明治前と以降では白熱電球の出現により、
作品の制作完成作品の使用、展示鑑賞する際に照射する光の性質と状態に
大きな違いがある。

白熱電球の出現以前 → 蝋燭や行灯による『火』の光の時代。
       以降 → 『電気』の光。

琳派までの作品と明治以降の作品では、
「金銀砂子の使い方や表現」の仕方に違いがあるのではないかと思うのです。
『火』の光の時代の作品と、『電気』の光の時代の作品。
同じ空間に展示される時、それぞれどのような印象なのか。


vol.179 金銀砂子の表現-あの光源を使ってみては如何でしょうより

時代による金銀表現の変化
〇平安時代
 ・書画→金泥で絵を描いたり金箔を散らす料紙装飾
 ・物語図→雲や霞が砂子で描かれ、華やかさが添えられる。

〇江戸時代の琳派作品
  →画面が金地や銀地となり金銀のボリュームが格段に増す。
    絢爛豪華であるだけでなく、描かれた空間に漂う光や描かれた物の
    表面に纏う光を積極的に表現しようという意図が感じられる。

〇明治以降→複雑な技工の出現
  ・横山大観の『喜撰山』
    →金箔を裏面に用いた特殊な和紙を用いる。
    「柔和な光の表現をするため」なのだそうです。

  ・速水御舟の『名樹散椿』撒きつぶしという手法。
     膠を塗った上にごく細かい金粉を均一に敷き詰める技法
    その画面は、もったりと高密度に金が塗り込められているように見える。
   高密度な為か輝きがやや重く、金なのに椿の樹を引き立てる背景として機能。

  ・横山操『マンハッタン』→銀地にニューヨークの高層ビル群
     ダスティな空気の中にそびえ立つコンクリートの建物が、
     光を受けて鈍く光っている様子が伝わる。



以前、山種美術館の照明を担当された方から直接お話を伺ったことがあります。

以前から屏風にはどのような光をあてていたのか。
白熱球の発明、その語の普及という時代の過渡期。
その時代に描かれた屏風は、どのような光を当てることを想定して描かれていたのか。
そんなことを考えながら鑑賞していました。
照明のプロと同じような視点で、鑑賞していた! とちょっと自画自賛(笑)

「めでたい大観」が描いた「竹」の屏風・・・・竹林に迷い混む (2016/01/14) 


その後、美術作品の照明には、どんな意図が隠されているのか。
「照明を当てる人の視点」で見るという鑑賞が一つの楽しみになりました。

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【関連】■速水御舟:山種美術観
速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― ④《炎舞》(2016/11/04)
速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― ③《名樹散椿》「撒きつぶし」と其一 (2016/11/03) ←ここ
速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― ②《翠苔緑芝》…ひび割れの謎 (2016/11/03)
速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― ①画風の変化 御舟vs其一(2016/11/03)
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