この日記の内容は、2021年12月訪問の「
京乃菜」の冒頭に記載していたのですが、下書き戻しにあったため、こちらに転記しておきます。
言いたいことは、タイトルの通り、不正と秘匿についてです。
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国土交通省による統計の書き換えが問題になっています。
これは、建設工事受注の統計データに関するもので、調査対象の建設業者からの調査票の提出が遅れた際に、一旦推計値を統計に計上し、さらに、その後、遅れて提出された(場合によっては数カ月分をまとめた)実績値を最新の月の数字に上乗せしていたというものです。
当然のことながら二重計上が懸念されるわけで、しかも性質の悪いことに会計検査院の指摘を受けて都道府県には是正を指示していたにもかかわらず、国交省の職員が都道府県から出されたデータを自ら書き換えていたらしいです。
背景事情は良く分かりませんが、恐らく「継続性」みたいな修復するには大きな困難を伴うことがらがあって、それがために理屈では分かっていても不正を正せなかったという構造的な要因が隠されているのではないかと思われます。
いずれにしても、またしても不正ということなのですが、あらゆるところで発生している不正事件に共通することとして、私は「秘匿」という文字がひとつのキーワードになっているような気がします。
仮にある人が不正に気付いたとしても、組織の力学でそれが秘匿されてしまうところに不正が蔓延る根本的な原因が隠されていることが多いと思うからです。
私自身も仕事で実際にそのような不正事案に関わったことがあり、その際にいかに情報をオープンにするか、風通しを良くするかということの大切さを学んできましたので、今も「秘匿」という文字にはとても敏感になっています。
食べログのレビューを見ていても、自分の行動を見透かされないよう情報を秘匿しているレビューをごく稀に見かけますが、そういう人って、不正行為に対する感受性が弱いのだろうなあと思うことがあります。
もちろん、個人情報等には十分気を付けなければならないわけですが、いたずらに情報を秘匿することは「嘘が嘘を重ねる」ことにつながりかねないので注意が必要なんですよね。
営業マンなんかでも、営業トークと言えば聞こえはいいですが、物事を大袈裟に話したりバレないような脚色をすることが日常茶飯事になっている人も一定割合いるように思います。
これはまさに小さな嘘をつくことが習慣化していることに他なりませんよね。
その背景には虚栄心や承認欲求があると言われていますので、やはり変な虚栄心等を持たないことが大切なんだろうと思います。