長く前方に伸びたクロームのフロントフォーク。
高く構え手前に引かれたイーグルハンドル。
小振りなタンクに描かれたスター&ストライプ。
リジットサスで深く沈み込んだ車体。
段付きシートに跨り、シーシーバーに括り付けた荷物に背中を預け、ハイウェイペグに長い脚を掛けた
ホースバックライディング。
足もとで不均等な鼓動を響かせる1200ccパンヘッドエンジン。
ワイアットとビリーは腕時計を投げ捨て、自由を求めてアメリカ横断に旅立った。
ハイウェイを走る2台のチョッパーにBGMが重なる。
曲は《Steppenwolf》の『Born to Be Wild』
「 ス、スゲー!滅茶苦茶カッケー!」
冒頭のシーンのカッコ良さに感動した俺は、映画館の暗闇の中で小さく叫んだ。
フランス映画のNouvelle Vague
その影響を色濃く受けた American New Cinema の代表作の一つである《 Easy Rider 》は、思春期真っ盛りの
中学生だった当時の俺には衝撃的な作品だった。
自由への概念・ヒッピームーブメント・マリワナやLSD等のドラッグカルチャー・サントラの概念を覆すアメリカンロックの奔流・突然襲い掛かる不条理な暴力等、当時のアメリカの情景と暗部を描いたロードムービーの傑作。
中でも、ワイアットとビリーが乗るハーレーのカスタムチョッパーにココロを鷲掴みにされてしまった俺。
それまで、バイク等に全く興味が無かった映画少年は
「バイクに乗りたい〜!チョッパー乗って、俺も自由への旅に出たい〜!」
と、激しく昂ぶった。
しかし、哀しいかな俺は中学生。
免許も無ければ、金も無い …
チョッパーへの憧れを胸に一人悶々としていた。
それから数年後。
何の間違いか、都内有数のヤンキー男子高校に入学してしまった俺。
クラスの90%が、何処かしらの暴走族に所属するバリバリのヤンキー共の群れの中で、必然的に暴走族の友人達との付き合いが始まった。
「 50オヤジよ〜土曜のキャッツ(Alley Cats)の集会オマエも来いよ〜。」
仲の良いシゲが話しかけてくる。
「イヤ、俺免許無いし… 」
「大丈夫、俺も無免だし〜。」
「でも、バイク持ってないよ。」
「ダッセ〜な。今時バイク持って無いなんて、ありえねーべ。どっかからカッパらえばいいじゃん!」
「バカ言ってんじゃねーよ。オメーと一緒にすんなよ。」
「しょーがねーな。俺が2ケツで連れてってやんよ。」
ってなコトで、急遽暴走族デビューが決まってしまった俺。
当日、友人のホームタウンであるノクチ(溝の口)に行くと、既に数十台のバイクが集結して気炎を揚げている。
「おう、50オヤジ。これから246から渋谷・六本木を抜けて集会場所まで行くぞ。
そこでルート(Route20)やスペクター(Specter)の連中と合流したら、都内を流す予定だし。」
「オ〜CRS連合ってワケね。」
「そうだ、200〜300台になるんじゃね?
途中でエンペラー(Black Emperor)とカチ合ったら揉めるから、気合い入れて行けよ!」
「そ、それって抗争になるってコト?聞いてねーよ〜!」
「ビビってんじゃねーよ!ソレだけの台数になれば、先頭の親衛隊や特攻隊の連中が突っ込むから、
後ろのオレらまで出番は来ねーよ。」
「そんなコト言っても、クラスの●山や、◇崎もエンペラーだろ?アイツらと出会ったらやり合うのかよ?
オマエら仲いいじゃねーか!」
「当たり前だ、ヤルに決まってんだろー!高校は高校、族は族。ちゃんと棲み分けしねーと、示しがつかねーだろ?アイツらだって、今晩出会ったら全力で襲って来るぜ!」
そうなんだ … オマエらって Wild だな〜。
まさに『 Born to Be Wild 』じゃん!
んで、総長さんの号令が掛かり出発だ。
ビビリの俺は、シゲのkawasakiマッハIIIの2ケツで出発した。
一斉にスタートした 数十台のAlley Catsは、爆音を響かせ246を突き進む。
交差点では、特攻隊の連中が交通を遮断してノンストップで族共の車列を通過させる。
イヤイヤ、コレは大迷惑かけてるけど、非日常のアウトロー感覚はアドレナリンが出てコーフンするな〜。
コイツらが嵌るのもわかる気がする。
そしてナニより驚いたのは、マッハIIIの強烈な加速だ。
金属的な排気音と共に白煙を上げる2スト3気筒。
その加速は、しっかり捕まっていないと振り落とされる。
さすが、アメリカでジャジャ馬と評され、大人気を博したバイクだぜ。
だけど、暴走行為もマッハIIIも、俺の夢見る《 Easy Rider 》的世界観じゃないし、チョッパーでもない。
それなりに楽しいんだけども、ちと違うんだよな〜。
やがて、Alley Catsの車列は、渋谷・六本木・霞ヶ関を抜けて集会場所である日比谷公園前にたどり着いた。
既に何百台ものバイクとヤンキーどもが集まり、辺りは騒然とした雰囲気に包まれている。
コレは、お濠を挟んだ天皇陛下も大迷惑なんじゃない?
集まっているバイクは、それぞれチームのステッカーを貼っている。
CRS連合以外のチームも多数見受けられる。
「小次郎」「鼠小僧」「PIERO」「MAD SPECIAL」etc。
その他にも次々と到着する暴走族ども。
ココは族の社交場か?
心配した抗争騒ぎも無く、意外に和気あいあいな雰囲気だ。
シゲによれば、しばらく休憩するとの事。
それまでの間、辺りのバイクを見て回っていると
「オ〜イ、50オヤジじゃん!ナニしてんだよ?」
「アッ、キヨヤスか!」
声をかけて来たのは、中学の同級生のキヨヤスだ。
クラスのお調子者で人気のあったキヨヤスも今では立派なヤンキーだ。
聞けば、地元調布が本拠地の Route20 の副総長だとか、スゲーじゃねーかキヨヤス〜!
「なんだ50オヤジ、キャッツの連中とツルんでるのか?
族やるなら地元のルート20だろ!俺がキャッツにナシつけるから、ウチに入れよー。」
「イヤイヤ、今日はお付き合いで来たんだよ。でも、誘ってくれてありがとうな。」
キヨヤスと旧交を温めていると、一際大きな爆音が鳴り響く。
新たに族の一団が到着したようだ。
それにしても、格好といいバイクといい、辺りの族とはちと違う。
よくよくバイクを見れば、
「オォ〜!チョッパーじゃん!」
当時、滅多に見かけないハーレーをチョッパーにしてるなんて初めて見たぜ!
それもこんな台数 …
「キヨヤス、アイツら何者?」
「ああ、クールズだよ。でも族とはチョイ違うけどな。」
「あんなチョッパー何処で売ってんだろ?」
「なんだ、あんなのがイイのか?金が幾らあっても足んねーぞ。ハーレー自体が500万ぐらいで改造費は
300万は掛かるんじゃねーか?」
「そ、そんなに … でもアイツらは何で買えるの?」
「そりゃ、全員金持ちのお坊ちゃまだからさ。
原宿辺りが本拠地の軟派野郎が、パパにおねだりしてハーレー買って貰い、族の真似事してるから本流の族からは
相手にされていないのさ。」
そう吐き捨てるキヨヤス。
う〜ん、族にも格差が有るのか。
たしかにクールズの連中は、革ジャン革ズボンにリーゼントと垢抜けている。
パンチパーマに土方ジャンバーや工業用ツナギの族ファッションとは格差が有るな〜。
屯ろしてるクールズの連中には、他の族は誰も話しかけず目も合わせない。
中には、あからさまに唾を吐く奴もいる。
確かに浮いてるな〜。
それにしても、チョッパーが800万とは…
とても手が出る金額じゃねーな。
(この後、《キャロル》の親衛隊としてマスコミに登場するクールズ。今考えると、あの中に岩城滉一や館ひろし
なんかもいたんだろうな。)
なーんて、族格差問題について感慨にふけっていたら、辺りが騒然となって来た。
遠くから、シュプレヒコールと共にヘルメットにゲバ棒姿の学生デモ隊が近づいて来た。
さらに反対側からは、完全装備の機動隊が放水車と共にやって来た!
未だ学生運動が盛んだった70年代初頭だが、よりによってコノ時にコノ場所か〜?
暴走族どもを挟んで対峙するデモ隊と機動隊。
「オイオイ、どーすんだよ!エンペラーとの抗争どころじゃねーぞ!」
やがてジュラルミンの盾を担いだ機動隊員がやって来た。
「バカヤロー!ガキ共は早く帰れ!逮捕されてーのか!」
ゴツイ機動隊員の一括に、蜘蛛の子散らすが如く一斉に逃げ出す暴走族ども。
俺もキヨヤスに手早く別れを告げて、シゲのマッハIIIに飛び乗り逃げ出した。
キャッツの車列もバラバラになり、それぞれ勝手に逃げ出した。
渋谷まで一気に逃げて来たシゲと俺は、路上で一服しながら小休止。
「いやぁ〜ビックリしたな〜。さすがのCRS連合も国家権力とイデオロギーには敵わねーよ!」
「フフ、皆んな必死に逃げ出したな〜。」
「そうそう、スペクターの奴らなんて、一番早く逃げてたな。あれじゃ今度から連合で大きな顔できねーな。
アハハハ〜!」
緊張が解けて笑い転げる二人を見て、道行く堅気の人々が眉をひそめて通り過ぎる。
「これじゃ集会はお流れだな。50オヤジ調布まで送ってくよ。」
「イヤ、キャッツのステッカー貼って、1台で縄張り外を走るのは危なすぎるだろ?大丈夫、電車で帰るよ。」
「そうか、気い使ってくれてありがとうな。でも、バイクは楽しかっただろ?50オヤジ、また集会来いよな!」
「ああ、楽しかったよ。また誘ってくれよ。気をつけて帰れよ!」
シゲはニコリと笑い、三連ホーンで《ゴッドファーザー》のテーマを奏でながら、246を走り去って行った。
帰りの井の頭線の中、俺は嵐のような今宵の出来事を振り返り、1人思い出し笑いを浮かべる。
イヤイヤ、ワイルドな一夜だったな〜。
コレは、連中が夢中になるのは当然だな。
族とクールズ、どちらがイイとは言えないが、俺は群れるのは性に合わない。
俺はやっぱり《 Easy Rider 》になりたい!チョッパーに乗って旅に出たいんだ!
かと言って、クールズみたいになりたいとも思わない。
しかし、800万は学生の俺には現実的な金額じゃないぜ!
《 Easy Rider 》への憧れを捨て切れない50オヤジ。
その前に立ち塞がる格差の壁。
果たして、彼は格差を乗り越えられるのか?
どーするどーなる、《 Easy Rider 》への道。
若き50オヤジは、井の頭線車内で1人思い悩むのであった …
後記
数週間後、新聞で暴走族同士の大規模な抗争が伝えられた。
エンペラーとCRS連合が都内で衝突したらしい。
オォ〜!アイツら大丈夫か?
週明け登校すると、キャッツのシゲとエンペラーの●山と◇崎が、青タン赤アザ包帯姿の3人揃って
仲良く談笑していた。
… オマエらって Wild だな〜。
to be continued
Steppenwolf Born to Be Wild
https://youtu.be/J1cDECkN2xg