『★『西新宿 麻雀放浪記』』50オヤジさんの日記

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1977年夏 午前4:30 西新宿 某麻雀店

オーラスでリーチを掛ける俺。
先程より連勝している俺は、自信満々で牌を横にしてリーチ棒を卓に投げる。
卓の雀ゴロ共に緊張が走る。

「兄ちゃん、手が早いな~。ホンイツかい?」

「さぁ、どうでしようかね~」

と俺は三味線を弾く。
役は御指摘通り、メンホン・一通・満貫コース。
しかも九萬来れば一盃口で跳満だぜ!
場は早いが、俺の捨て牌に萬子は無い。
本来ならばダマテンが常識だが、俺は必ず自模ると確信していた…

学生時代、俺のバイトは麻雀店が多かった。
もともと麻雀がスキだったこともあるが、その頃の麻雀店は時給が結構よかった。
作業自体は卓の片付け清掃・客の店屋物の注文ぐらいで楽だった。
あと客の対戦を後ろで見てるのも面白かったね。
そして、なによりも雀荘に集まる人達が、強烈キャラの満艦飾で超面白かった。
会社帰りに麻雀しながら一杯ひっかける勤め人、大学生どもの麻雀大会に、毎日昼から卓を囲み大金を賭けてる近所の個人商店主達、そしてそれを獲物にする雀ゴロども。
一見、人の好さそうなリーマン風な雀ゴロ達は、毎日雀荘に顔を出して店の常連客と仲良くなり卓を囲むようになる。
最初は大勝しないけれど、負けることもない。
だが、半年ほどすると商店主達の大金は、知らないうちに雀ゴロの懐に収まっている次第だ。
掛け金を払えないと、雀ゴロはにこやかな笑顔を捨て牙をむく。
凄まじい恫喝でキッチリと集金していく。
最初見た時ゃ( 雀ゴロなんてホントにいるんだ… )ってびっくりした。

毎週土曜日の深夜、店を閉めた後に雀ゴロ共と雀荘のマスターとの真剣勝負が始まる。
マスターは元プロ雀士で相当強い。
翌朝まで続く真剣勝負は、見てるコチラもシビレル緊張感に包まれた闘いだったな。
そんな或る土曜日、マスターが

「50オヤジくん。今日の勝負なんだけど、急用が入っちゃって途中抜けるから、その間私の代打ちしてよ。」

「マジっすか?無理っス!俺ではあの人達に敵わないっス!」

「大丈夫、負けても私が払うから、もし勝てばその分は君にあげるからさ。」

ってコトで、急遽雀ゴロ達と対局するコトになった俺。
とにかく負けないように打つことだけを念頭に緊張して勝負に臨んだが、

アレ?メチャクチャ配牌いいじゃん!
とりあえずリーチしちゃったりして …
アラ、上がっちゃった。

またまた好配牌。
アッそれロンです。

冒頭から勝ちに恵まれた俺は、その後つきまくりゾーンに入ってしまった。
麻雀やったことある人なら分かると思うけど、なにやっても勝てる時ってあるよね。
この時の俺は、そんなゾーンに入ってしまった。
それに雀ゴロも( あのマスターが代打ち頼むくらいだから )と俺のコト過大評価し過ぎたのも勝因だった。
見え見えのリーチの裏の裏を読み過ぎて、あっけなく放銃してくれた雀ゴロども。

明け方マスターも帰り、コレが最後の勝負だ。
俺は徐に積もる。
盲牌の感触は… ホラ、云った通りだ!
メンピン・一発自摸・一通・一盃口に裏ドラ乗って倍満だ!

「 50オヤジくん、凄いじゃない!ほら、君の取り分だよ。今日は上がっていいよ。」

マスターが渡してくれた金は、予想してたより桁が一つ多かった。

「マジっすか、ありがとうございます!じゃぁお先に失礼します。」

俺は荷物をまとめ、出口に向かった。
ちょうどそこにトイレから出てきた雀ゴロの一人と出くわした。

「オイ、兄ちゃん。次は勝てると思うなよ!」

険吞な目つきの雀ゴロは捨て台詞を吐く。

「勿論ですよ。勝てないだろうから次はナイですね。」

先程より、コイツの物言いにカチンと来ていた俺の受け答えもぞんざいになる。
いきなり鼻の奥に衝撃を受け、俺は床に倒れる。

(クソ!チョウパンか⁉)

急いで飛び起き、掴みかかる俺を制して

「やめろ!50オヤジくん、すぐ帰れ!」

マスターに押し出されるように店外に出た俺は、深くため息をつき、興奮冷めやらぬまま駅に向かって歩き出す。
気が付けば、鼻腔より生暖かい鼻血が流れ出し、口蓋にも血の味がジワリと広がる。

「クソ!油断した…」

明け方の通りで鼻血をバンダナで拭きながら、己が油断を悔しがる…

翌日、何事も無いように雀荘に出勤した俺。
あんなコトあったけど、バイト期間は今度の土曜日までの約束だ。
出勤した俺を見て、ちょっとビックリしたマスターだったが何も言わず頷くだけだった。
そして、その週も過ぎバイト最終の土曜日が来た。

「ご苦労さん、色々大変だったけど最後までありがとう。バイト代上乗せしといたよ。」

「お心遣いありがとうございます。」

荷物をまとめ出口に向かうと、ちょうど入って来た件の雀ゴロと出くわした。
一瞬身構えた雀ゴロに、俺は深々と頭を下げる。

「先日は大変失礼致しました。私も口が過ぎました。」

「いやいや、俺もついカッとしてさ、こっちこそごめんな。」

相手の緊張が緩んだのを見て取り、俺はゆっくりと頭を上げながら踵を蹴り出し、雀ゴロの喉元目掛けて思い切り斜めにジャンプする!

( いいか、50オヤジ。チョウパンは頭を振るんじゃなくて、喉元目掛けてジャンプするんだ。相手がのけぞっても顎か鼻に当たるからさ、コレ基本な!)

昔、ヤンキーの友人《キヨヤス》から聞いた基本動作。
忠実に跳んだ俺の頭は見事相手の鼻にヒットした!

「おい、これでアイコだぜ!」

鼻血を出して蹲る雀ゴロを尻目に俺は急いで店を出る。
ネオン瞬く西新宿の街を駆け抜けながら、俺は思わず笑い出していた…





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