ドサ回りばかりしている間に、ふと気付いたら既にこの世は春になっていた。
“春”という語感から来る浮き浮きした楽しさも、この仕事の嵐の中では虚しい。
儚さの象徴である桜は、既に散り始めている…
そういえば、春をテーマにした日本の歌(唄)、
ナゼ、もの悲しいマイナー調が多いのだろうか。
岩崎宏美さんの「春おぼろ」
キャンディーズの「春一番」
柏原芳恵さんの「春なのに」
ユーミンの「春よ、来い」
どれもみな、歌詞もメロディーも切ないマイナー調(いわゆる短調)。
坂本冬美さんの「夜桜お七」などは、アップテンポのマイナー調だ。
いや、そもそも古来の歌の「さくらさくら」でさえ決して楽しそうなメロディーではない。
こちらは和旋法でのマイナー調だ。
この季節は、新入学や新入社員など初々しさや華やかさが溢れ出る陰で、別れの季節でもある。
※男女の別れではなく、卒業とか人事異動での別れ…
湧き上がるような楽しさよりも、その裏側に在る切なさや寂しさを常に隣り合わせに見て来た日本人の心には
“春”を楽しいだけのものとして捉えることは無理なのかもしれぬ。
思えば、キャンディーズの「春一番」が流行ったのは、大学受験勉強の真っ最中。
「もうすぐ春~るですねぇ。」
なんて言われても、
「ケッ!」
てなカンジの多感な十代。マイナー調だったおかげで切なくて思わず泣けてしまった。
ずいぶんと長い年月が経ったモノだ…。
そして写真の夜桜は、岡山の西川緑地公園に居た桜だ。
みんなが見に来るような名所の夜桜ではない。
遊歩道の脇にひっそりと、たった一人で咲いていた桜。
たまたま街灯のそばに立っていたために、ライトアップされているかの如く見える。
こんな一匹狼に、自分の人生をなぞってみるのもいい。
そして“車窓の桜”は、東北本線・古河駅付近の線路沿いの桜並木だ。
ここもそれほど有名ではない。たまたま見つけた。
京都の阪急電車沿いの桜並木ほどではないけれど、なかなかの景観だ。
知る人ぞ知る名所とも言えるかもしれぬ。
有名な桜達を愛でるのも良いけれど、たまには名も無い桜達に敬意を表して「乾杯!」をしてみたくなる。