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昼の点数:4.4
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~¥999 / 1人
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料理・味 4.5
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|サービス 4.2
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|雰囲気 4.5
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|CP 4.4
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|酒・ドリンク -
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[ 料理・味4.5
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| サービス4.2
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| 雰囲気4.5
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| CP4.4
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| 酒・ドリンク- ]
桃源郷に咲く二連花
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外観
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焼き豚卵チャーハンの定食
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現代の妓楼
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よしはら揚屋町通り
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2019/01/05 更新
台東区千束4丁目。かつての新吉原遊郭内に屹立する一軒の食堂。 私が昨年初めて食ベログへ投稿するにあたって、レビューすべきかどうか、非常に迷った店。この店を取り上げることで、好奇の目に晒すことになっていいのかどうか。しかしながら、すでに店舗登録されているということは、遅かれ早かれレビューが付くことになるだろう。それであるならば、私が最初の語り部となるべく決断した店。
最初の出会いは、遡ること5年ほど前。何の目的もなしに、いや正直に明かせば興味本位で、この新吉原遊郭跡地をぶらつく。そこで偶然みかけたこちらの大衆食堂。「まさか、こんなところに食堂があるなんて」
いまよりほんの少しだけ初心(うぶ)だった私は、冗談ではなく本気で腰を抜かしそうになった。この周辺は、ソープランドが群立する場所。通りすがりで立ち寄る場所には程遠い。
少し昼食には早い時間だったものの、好奇心が勝り恐る恐る入店。それでも複数の地元客で賑わっていた。少なくとも入浴帰りのような客はいなかったように思う。さらにそこで供された食事の旨さに、再び驚嘆する。母と娘の二人の連携で作られる手料理。いわゆる家庭料理の延長かもしれないが、私の味覚嗜好に毛先を針の穴に通すようにはまってしまった。
それ以来、私のお気に入り食堂として、トップ圏内を常にキープしていたが、唯一残念なのが営業形態。日曜日と祝日が休みなのはいいとして、それ以外もすべてお昼の営業のみ。それゆえ、会社勤めの私に与えられるチャンスは土曜日しかない。しかも土曜日に店が閉まっていたことは、一度や二度ではなかった。そんなこともあり次第に足は遠のき、ここ2年近くは未訪問。しかしながら、最近この地を訪れた際、暖簾が出ているのに気づき、できる限り早い再訪を誓った。
4月のある晴れた土曜日。春の嵐というほどではないけれど、時折強く吹く風に花粉症を患う私は思わず目頭を押さえる。ピークを過ぎたとはいえ、まだまだ結膜周辺に痒みを引き起こす。敢えて車の往来が少ない、土手通りの旧お歯黒溝(おはぐろどぶ)より、一本内側の道を歩いていく。途中、再開発が進行中なのか、雑草が生い茂る空き地に出くわした。この場所からは、かつての江戸町一丁目にて営まれるソープランドが丸見え。日本一のソープランド街も、変わりゆく時代のうねりに、大きく呑み込まれていくかのようだ。
そして日本堤一丁目の交差点から、南西方向へと伸びる道路(お歯黒溝)にぶつかり、そのままかつての浄念河岸沿いへと歩いていく。廓内の西側に沿って並んでいた最低級の見世が並ぶエリアだったようだ。そして目印となるのは、よしはら揚屋町の街灯。揚屋町の由来は元吉原で散在していた揚屋業者を、移転に伴い一箇所にまとめたことからきている。その街灯には、安全で安心な街よしはらと書かれた水色のフラッグが吊るされていた。
安全安心だからといって、修学旅行で上京してきた女子高生は、先生にきつく注意を受けるまでもなく、この地に決して足を踏み入れることはないだろう。そしてこのよしはら揚屋町の通りを、かつての遊女たちの人生模様を彩った魔窟の地へと進んでいく。
両脇にソープランドが立ち並ぶなか、左手に目指すべき4階建てのビルが見えてきた。この1階で営まれる食堂、美津和。あらかじめ電話で問い合わせることもなかったが、営業中を示す藍色の暖簾がそよいでいた。期待に胸が高鳴るのを抑えきれずに、サッシの引き戸を開ける。時間は12時過ぎだというのに、店内のお客は誰もいない。そしてすぐさま厨房から母親であるおかみさんが、出迎えてくれる。
店内の壁には黒板が掲げられ、日替わりメニューに目を走らせる。Aはマーボドーフなす、Bは赤魚みりんで850円。焼き豚卵チャーハンは650円で、定食にはそれぞれ、からし酢みそあえと青菜のりあえの小鉢がつく。これまで850円の定食しか食べてこなかったので、今日は目先を変えて、チャーハンを頼んだ。そして厨房奥にいた娘さんが、オーダーを繰り返す。
本当にしばらくぶりだと思って、懐かしさのあまり店内を見渡したが、ほとんど内装や雰囲気も変わっていないようだ。するとグレーの上下スウェット姿でサンダル履きの、40代男性が入店。近所の常連客なのか、おかみさんにこんにちはと挨拶。しかしおかみさんの反応はそれほど大きくはない。顔を覚えられていないのか、少し気色ばんだ男性の表情が物語る。
注文を待っている間に、厨房と飲食スペースを隔てる壁の上に、相田みつをらしき詩の書かれた額を発見。「人間は泣きながら生まれてきたんだ ながい人生だもの泣くこともあるさ そのために生まれ変わるんだきっと」、この場所が吉原だからかもしれないが、遊女の悲しくも儚い一生が垣間見えるような思いにかられる。
そして右手の壁には吉原変遷をイラスト入りで説明する額が飾られていた。こちらは以前から見かけた記憶もある。明治27年代と昭和33年公娼廃止時における、吉原街区の鳥瞰図の比較。その当時営まれていた店の名前も克明に記されていた。興味深く眺めていると、昭和33年の地図には当時から、こちらの食堂が存在していたのを知る。そうすると、今年で53年を迎えることになる。
他にも興味深いのは、各職種の営業件数の変動ということで、それぞれの職業が明治36年から平成5年にかけて、この吉原にてどれだけの店舗数が営業をしていたか、時系列に記載されていた。昭和59年には貸座敷と風呂屋(銭湯)は、この吉原では消滅してしまったようだ。逆に銭湯よりも遥かに高額な特殊浴場は、時代が進むにつれて数を伸ばしてきたのは、ある意味皮肉なものだ。
しばしこの店の歴史の重みについて憂愁に浸っていると、娘さんから「ごはんの量は普通にしますか?それとも大盛りにします?」と尋ねられた。小食気味の私はもちろん普通でお願いしますと応える。いままでこちらで食事をしていたときは、主に厨房はおかみさんが預かっていたのに、いつのまにか立場が逆転したようだ。しかもうっすらと紫色のカラーレンズを入れた眼鏡をかけている。少し老けた気もしなくはないが、50代にしては上品さを醸し出す。若いころは、さぞかし数多の男性に言い寄られたのではないだろうか。炊飯器から丼に白いご飯を移して、ご飯を炒める作業に入ろうとしているのが見える。
注文して10分近く経っただろうか。ようやく待ちに待ったチャーハンが、おかみさんの手によって運ばれてきた。見た目も650円にしては、非常にバランスのとれたこちらの定食。まずは大根、水菜、油揚げが入った味噌汁からひとくち啜る。熱々で何ともいえない出汁の旨みが、口一杯に広がる。こちらの味噌汁は、お世辞抜きで本当においしい。そして小鉢も全体的に品よく味付けられて、栄養バランスも満点だ。そしてお次にチャーハン。具は卵と細かく刻んだ焼豚、アサツキを散らしたシンプルなもの。薄味で少々物足りないかと最初は思ったが、おかずと一緒に食べればちょうどいい。トータルで、完璧に味のバランスも図られているようだ。
ただし、こちらのチャーハン。いわゆる家庭料理の域を脱していないので、ご飯一粒一粒がパラついているわけでもない。都心の有名店に行かなくても、いくらでも味で上回るチャーハンはそこかしこにあるだろう。しかしこの吉原という決して陽の当たらない街で、誰からも喝采を浴びることなく淡々と作り続けてきた母娘を思うと、妙に切なくて涙がこぼれそうになる。何だかチャーハンの味付けが、少し塩辛くなってきた。きっと私の涙が、口のなかへと伝っていったのだろう。
すべてをきれいに平らげ、お会計のため厨房奥のおかみさんに声をかける。会計はちょうど電話中の娘さんが担当のようだ。すぐに電話を終わらせ、私の元に近づく。1000円札を渡すとき、「ご飯を1.5人前の量で頼む人もいるのよ。あとは少しご飯の量を多めにとかね」と娘さんが教えてくれる。「そうなんですか。今度来た時には大盛りにチャレンジしてみます」と伝えると、頼もしく見つめるその笑顔には、「別に無理をしなくてもいいのよ」と書かれているようだった。