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外観
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外観
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外観
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たこ焼き
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チェリオ(アップル味)
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店内
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錦町
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錦町
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錦町
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錦町
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錦町
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草津湯
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元喫茶店
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錦町
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錦町
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門柱
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門柱
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日の出荘
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日の出荘
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日の出荘
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日の出荘
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港区錦町。私の生まれ故郷名古屋の地での出張。得意先との商談も滞りなく終えた私は、地下鉄・築地口駅から野跡駅行きのバスに乗り込む。稲永町バス停を降りて、目指すその先は錦町。かつての稲永遊郭があった場所。
これまで、中村遊郭(名楽園)をはじめとして、八幡園、城東園、港陽園と4箇所の遊郭跡地をレビューで巡ってきた。かつて名港の喫茶店、姉妹でも触れたように、名古屋市内で残る最後の稲永遊郭は、大正末期から戦前まで錦町にて繁栄した遊郭。今回訪れるにあたり、インターネットや文献を当たったものの、これといった詳細な情報を掴むことは残念ながらできなかった。そもそも第二次世界大戦の戦禍に伴い、妓楼そのものがほとんど消滅してしまったといわれる。
そんな情報が乏しい、厳しい状況下において、痕跡を辿ることができるのだろうか。寒風が吹きすさぶなか、スマートフォンのGPS機能を頼りに、かじかむ手を擦りながら歩いていく。午後4時現在、名古屋の気温は6度。体感的にはもっと低いように思える。この場所は海岸からも近く、周囲には高い建物がないので、容赦なく強い浜風に煽られる。
金城ふ頭線の稲永交差点から南に折れて突き進むと、錦町交差点にぶつかった。この一帯が27番地から成る錦町。周辺には古びた団地も建ち並び、すっかり錆ついたバラック家屋や店舗も点在する、昭和の時代から取り残されてしまったようなうら寂しい街並み。ただし名古屋の妓楼にみられる唐破風や千鳥破風の屋根を擁した家屋は見当たらず。事前にこの地が遊郭跡と知らなければ、気づく人はほとんどいないのではないか。
ただし、遊郭(特飲街)周辺には、銭湯、神社、病院(産婦人科)、風俗店がつきものと云われ、こちらでは風俗店以外は存在しているので、基本的な要件は満たしているようにも思える。
錦町の街並みを次々と写真で収めていくうちに、日の出荘という名の総トタン張りのアパートが現れた。かなり年季の入った外観。未だに入居している住民もいるようで、生活感が底となく感じられる。
正面の玄関口を通り過ぎようとしたその時、思わず歩みを止めたのは、市松模様のタイルで覆われた支柱。その奥のトイレの壁面と洗面台にも同種のタイルが貼られている。こちらのアパートは赤線エリアで見られるカフェー様式の装飾を一部取り入れているようだ。他にも戦前から残っているような門柱が残っていたりと、遊郭地としての残り香を微かに感じ取ることができる。
錦町の街並みを一通り巡って、小一時間ほど経っただろうか。すっかり日も沈みかけてきたので、暖を取るために喫茶店でも入りたいところ。でも私が向かうのは、先ほど目を付けた驚愕すべきたこ焼き店ミエ。まるで昭和40年代な佇まいに思わず嬌声を上げそうになった店。私にとって、この店のたこ焼きを食わずして錦町を語ることは許されない。
店頭には二人に男性が待っていた。黒のジャンパーを羽織り、虎壱のニッカズボンを穿いた20代の若者。仕事帰りなのだろうか。向かい側にはハザードランプの付いたワゴンが停まっている。たこ焼きを懸命に焼き続けているのは、80歳はゆうに超えていそうなおかみさん。一見したところテイクアウト専門のような店構えながら、雑然とした奥にはテーブル席もあって、もしかしたら店内でも飲食可能なのだろうか。そしてご主人らしき年老いた男性が、おかみさんの焼き続ける姿を背後でじっと眺めている。
若者二人の後ろで注文するために並ぶも、なかなか私の順番に回ってこない。どうやらたこ焼きを大量に注文しているようだ。待ち続けること約10分ほど。ようやく注文のため、店頭の窓口に顔を寄せようとすると、「ごめんね、おにいさん。生地を切らしたもんで、これから粉を溶くから時間かかるよ」とのこと。ここまで待って据え膳食わずにはいられない。問題ない旨伝えると、奥のご主人がおかみさんに一言二言話しかける仕草がみえる。
「寒いから、中で待っとってね」と招き入れるおかみさん。待つ間にすっかり冷え切った身体には有り難い言葉。遠慮なく店内へ。2卓あるうち、奥のテーブル席に座ろうとすると、「寒いでこっちに座りゃあ」とポツリとつぶやくご主人。自分が当たっていた石油ストーブの近くへと促してくれた。
それにしても外観に劣らず年季の入った店内。本来店の中でも食事ができたのであろう。壁の上には色褪せたメニュー札がぶら下がる。お好み焼きや焼きそばも提供していたようだ。本当に納戸を開けて、プラスチックのボウルで掬ったメリケン粉を運んでいるおかみさん。イチから生地を作るらしい。
私と向かい合う形で座っているご主人は一点を凝視したまま、黙して語らず。毛玉の付いたグレーのスエットが普段着と寝巻き兼用を彷彿とさせる。どこか身体の具合が悪いのだろうか。傍らには折りたたまれた車椅子も置かれていた。
「おにいさん、ここには何しに来たの?」と不意におかみさんから声がかかる。まさか稲永遊郭を訪ねてきたとは言えるわけもなく、営業でこの地に来ましたとごまかす。「どこの会社に」と畳みかけるおかみさん。咄嗟に上手い言葉が見つからず、「向こうの会社です」と裏手の方角を指差す私。これ以上触れない方がいいとおかみさんは悟ったのか、その後は会話も続かず安堵する。
おかみさんがたこ焼きの生地を鉄板に流し始めたようだ。恐らく何十年とこの地で営業してきたのだろう。忙しなく動く小さな丸い背中が、その歴史を物語っている。
何だかこの場の雰囲気で黙っているのもどうかと思い、会話を切り出すためのネタ探し。すると壁に8枚ほど飾られた感謝状の額縁に目を付けた。その多くが、地元の警察署や消防署からの地域貢献活動を賞する内容のようだ。「たくさんの賞状が飾られてますね」とご主人に話しかけると、「ボランテア」と言いながら、笑顔で後ろを振り向くおかみさん。何でも、二階の居間には倍以上の賞状が置かれているとのこと。
「おにいさん何個食べるの?」どうやらたこ焼きの焼き上がるタイミングのようだ。「10個(250円)ください。店内で食べてもいいですか」その言葉に快く応じてくれるおかみさん。するとご主人もたこ焼きが食べたいとの意思表示。
小鉢によそわれたたこ焼きにはソースや青海苔もかかっていない、ごくシンプルな見た目。このまま食べるのか戸惑っていると、「ソースかけるよね」との声。「マヨネーズもいんだろ」と呟くご主人に私も同調する。
ふと視線を落とすと、店内片隅にて、床に置かれた瓶ジュースの入ったケースを発見。なんと懐かしのチェリオのようで、黄金色に輝く液体はどんな味なのだろうか。幼少の頃よりあの色味は飲んだ記憶がない。
「あそこのチェリオもください」「あっちのジュースは冷えとらんよ」といって冷蔵ケースからオレンジ色のチェリオを取り出そうとするおかみさん。「大丈夫です。(この寒さで)十分冷たいと思うんで」
たこ焼とチェリオをテーブルに並べると、まずはたこ焼きをひとつ爪楊枝に刺して、口の中に放り込む。正直なところ、たこ焼きそのものの味は、ごくありきたりな味わい。ただしこの地でこの店で、懸命に焼いてくれたおかみさんのたこ焼きは、私にとって格別だ。アップル味のチェリオで流し込めば、駄菓子屋での買い食いが最高の楽しみだった小学生時代の情景が鮮烈に蘇る。
寡黙なご主人と、ひとつ屋根の下、同じテーブルで共にたこ焼をほおばる至福の時。いつまでも忘れることのない紡がれし想い出を、たこ焼きと共にゆっくりと噛みしめる。
名残惜しくも東京に戻る時間が迫ってきたようだ。お会計のため、いくらですかと尋ねるとたったの370円。すると、「300円にしやぁ」とくぐもった声を発したご主人。「長いこと待っててもらったで、300円ね」とおかみさんは笑顔で言い直す。ほとんど儲けもでない値引き額に、「いやいやそれは駄目ですよ」と制しつつ、小銭がないため1000円札を差し出す。
鉄板台の脇に置かれたアルミ箱から、一枚一枚小銭を取り出すおかみさん。「提灯に明かりが点いとったら、また寄ってね」私の掌にすっぽり納まるほど小さな手で、お釣りを渡してくれる。受け取った7つの100円玉には、わずかに温もりが感じられた。