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昼の点数:4.4
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~¥999 / 1人
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料理・味 4.2
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|サービス 3.9
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|雰囲気 4.6
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|CP 3.9
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|酒・ドリンク -
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[ 料理・味4.2
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| サービス3.9
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| 雰囲気4.6
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| CP3.9
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| 酒・ドリンク- ]
ぼくの恋人は黒いネコ
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2017/08/30 更新
伊那市伊那荒井通り町。約3年ほど前だろうか。ある好事家による、日本各地の遊里(遊郭や赤線跡)巡りのブログ日誌を読んでいた時のこと。そこに掲載された一枚の画像に思わず釘付けに。
写っていたのは伊那市にある、カフェーから転業したクロネコという屋号の蕎麦屋。その設えは創業当時からほとんど手も加えられず、80歳を超える高齢のご夫婦が営んでいるという。
地元の店ならば、すぐにでも駆けつけたいところ。ただし休みが不規則で、基本出不精な性格。当時は大阪に住んでいた私にとって、伊那市までの道のりは非常にハードルが高かった。
その後金沢に転勤となり、さらにハードルが上がってしまったが、訪問したい欲求は高まる一方。いつ閉店してもおかしくない環境も手伝い、まとまった休暇が取れることになった今年の8月。ようやく訪問の機会を得ることとなった。
金沢から名古屋を経由して、伊那までは交通機関の利用で片道約8時間。高速道路の渋滞や、目的地のバス停留所が移動されていた不測のトラブルに途中見舞われたものの、何とか現地に辿り着く。
その日は晩飯を摂るため、日帰りで名古屋に戻ることを考慮すれば、現地での可能な滞在はわずか1時間。スマホアプリのグーグルマップを頼りに、息せき切って目指したその先、件の店は悠久の歴史を重ねて静かに佇んでいた。
未だに古い建物があちこち残る伊那の街にあって、この店だけは別格だ。外壁は板張りで設えられ、扇や瓢箪の型にくり抜かれた装飾窓やアールデコ調の円柱が施される。確かにかつてのカフェーを思わせる外観に思わず息を呑む。
その後、呼吸を落ち着かせて引き戸をゆっくり開けると、奥の調理場には見た目80歳をゆうに超えるであろうご主人とおかみさんが二人。仕込みの真っ最中のようで、一言も発することなく、少々訝し気にこちらを眺めている。
事前情報によれば、この店が通し営業と知っていたものの、すでに3時を回った時間帯。「あの、食事をしたいのですが」と伝えて、小上がり近くのテーブル席に腰かけた。
外観に負けず劣らず年季を感じさせる店内。天井は今にも抜け落ちそうなほど撓み、店の中心付近は、大きな支柱で支えられている。圧倒されつつも、壁に貼られたメニューを眺めていると、おぼつかない足取りで、おかみさんがコップに入った冷たい麦茶を持ってきてくれた。
この店は蕎麦屋なんだから、蕎麦は外せないと思いつつ、気になった五目そば(500円)と上五目そば(570円)の違いを尋ねてみた。単に、玉子が入るか入らないかの違いとのこと。
更に上五目そばにご飯ものはと、目に留まったのはホワイトなる文字。その横にライスと小さく但し書き。カフェー当時の趣きも感じつつ、白飯をホワイトと名付ける洒落たネーミングセンスに思わず脱帽。
気になるホワイトを頼もうとすると、ホワイトには大と小があって、大は丼で小は茶碗にて提供しているとおかみさんから補足説明。よって体格の割に、小食気味の私は小を注文。
調理場へと戻る途中、おかみさんはこの店で唯一現代的なハイビジョンテレビのスイッチを入れてくれる。ちょうど夏の甲子園大会、高校野球の実況中継が映りだした。
暫しテレビの画面に見入っていると、おかみさんがワゴンをごろごろと押しながらこちらにやって来た。その上には私の頼んだ料理が乗っている。
高齢のため、自らの手で運ぶことはもはや叶わないのだろう。テーブルに近付くと、震える手で丼を持ち上げようとするおかみさんを遮り、自ら配膳を手伝う自分に気付く。ワゴンに乗せたトレイには、こぼれた上五目そばの汁が大きな水溜まりを作っていた。
改めてそばの丼を眺めると、地味ながら麺が見えないほどの具材で敷き詰められ、バランスも取れた見た目。ただし、特に厳選素材を使っている訳でもなく、麺も製麺所の出来合いのものだろう。そしてホワイト(ライス)も炊き立てではなく、見た目オフホワイトのようだ。
それでも、この道半世紀以上、すっかり髪と眉毛が白くなり、神々しさも感じさせるご主人が作ってくれた料理に文句を言うのは、それこそ罰が当たる。事実、決して無理することなく全て綺麗に平らげたのは、心底旨かったからに他ならない。
しかも食べている最中、おかみさんはわざわざ麦茶の入ったガラスのポッドを持ってきてくれた。お仕着せではない、さりげない心配りがこの店にはある。
食べ終えた食器類を返却しがてら、お二人にお会計の合図。この店はいつから始めたか、おかみさんに尋ねると何と昭和の初めの頃からだという。
私とおかみさんとのやり取りを、だまって横目で見やるご主人。仕込みの最中なのか、ゆっくりと揚げ物の衣を付けている。
「(お世辞抜きに)美味しかったです。また寄らせていただきます」そう伝えながら、出口に向かい、引き戸を締め終わるその時まで、おかみさんは瞬きもせず静かに見送ってくれた。