3回
2018/03 訪問
朧月夜に春の旬
今年最初の右江田は約半年ぶり。
弥生三月といえば桃の節句。
蛤をはじめ、貝類が旬を迎える時期。
都市部の喧噪から離れた二女子界隈。
夜の帳が降りた古くからの下町は、バス通りとは思えない静寂に包まれている。
北側の歩道を歩いていくと、ぽつりと灯りが点る。
五尺三寸、白地の長暖簾が出迎えてくれる。
必要最小限の力でカラリと身をずらしてくれる升組格子が心地よい。
付け台の前、いわゆるカウンター六席のみ。
割烹着の清楚な雰囲気が板についた女将が案内してくれる。
東京のそれとはまた異なる粋が随所に垣間見られる空間だ。
酒肴四品と握りのコース仕立て。
取りあえずはヱビスビール。
まずは喉を潤し、酒肴を待つ。
●赤貝の酢味噌和え
赤貝そのものはもちろんいいのだろうけれど、何よりも下仕事の良さが伝わる。
フルーティーな赤貝というのもひさびさだ。
立たず、押さず、前に出ず。
酢味噌もしっかりと役割は果たしつつ、調和を崩さない。
●雲丹の茶碗蒸し
「混ぜてお召し上がりください。」
と言われても、混ぜるのがもったいない美しさ。
茶碗蒸しの上に餡がかけられ、雲丹が浮かぶ。
朧月に見立てられているというのは穿ち過ぎか。
淡さの中に雲丹の濃厚さを見つける。
●鮟肝
「鮟肝です。中に奈良漬けが入っています。」
鮟肝に奈良漬けかと訝りつつ箸をつけると、予想以上に奈良漬け率が高く、それでいて面白い。
鮟肝の中に刻まれた奈良漬け。
風味はもちろん、食感のアクセントとしても機能している。
興味深い取り合わせながら、鮟肝の長所を引き出しているかといえばやや疑問。
単に鮟肝を鮟肝として食べるのではなく、あえて…ということで納得。
●喉黒の煮付け
出汁がいい。
寿司屋の二代目ながら日本料理店で修行した店主の真骨頂か。
その出汁の中、箸で取るにも注意を要するほどホロホロに煮付けられた喉黒は対馬産。
淡い出汁が染みこんで、喉黒の濃厚さが溶け出し、何ともいい塩梅。
野菜もいい仕事をしている。
◎細魚【握り】
調理しているところを見てもびっくりの大物。
細魚という文字が気の毒なほど肉厚。
切っているところも見たし、独特のラインもあるので細魚だとわかるけれど、食べると混乱する。
こんな肉厚の細魚を食べるのはひさびさ。
そして、今日はシャリが好みとジャストミート。
やや固めでほろほろと口の中で解ける。
◎車海老【握り】
前回も印象に残った車海老だが、やはり美味い。
背中の朱色がほんのり色づく程度に熱を通してある。
海老は生の方が甘みを強く感じるが、プリッとした独特の食感は加熱によって引き出される。
そのあたりをきっちりわかっていて、両立の臨界点を目指したというところか。
銀座の佳店などでよく遭遇する手技だ。
この車海老も肉厚だが、大味などということはなく、車海老独特の風味は十分。
自分の身体が太り気味なのは歓迎できないが、細魚や車海老が肉厚というのは大歓迎。
◎本鮪中トロ【握り】
見たからにいい感じの中トロは、食べてもみてもいい感じに決まっている。
つるりと口中で踊り、サラッとした後味。
切り出しの慎重さがいい。
空気が凜とするような刃先の動きも醍醐味だ。
◎コハダ【握り】
前回、名古屋にこんな新子があるんだと思わず聞いてしまったが、コハダも上等。
コハダを褒める時に肉厚というが、これは本当に肉厚。
きゅっと身が閉まったコハダじゃないとコハダじゃないという向きもあるだろうけれど、これはこれで楽しめる。
同じ名前の食材でも、まさにピンキリ。
仕事のあり方一つでも食材は美女にも野獣にもなる。
狭い了見で食について語ることを悪いとは言わないが、やはりいろいろと食べてみることには価値がある。
◎鯖【握り】
鯖は好き嫌いが分かれる青魚の代表でもあるが、個人的には大好物。
某微生物の問題さえなければ、生で良し、締めて良し、煮て良し、焼いて良し、漬けて良し。
ああ、なんて万能な食材なんだ。
愚舌には何かまでわからないが柑橘類がさっと一振り。
何故わからないかと聞かれれば、これが鯖本来の香りと相まって、何ともいえない調和。
隠し味にバルサミコを使っているのかと聞いてしまったが、店主の答えは否。
官能美といえば、やや下なイメージだけれど、まさに官能美。
精密機械のように均等に乗った鯖は、かといって柔らかすぎず心地よい。
バルサミコだったと言ってくれればすっきりするのに、このもどかしさと驚きは得がたい禁断。
◎蛤【握り】
自分だったら、ここまでの下仕事をした時点で到達点になりそうだ。
一言で煮蛤というが、温度と時間の勝負は容易くはない。
低温で茹で上げた蛤を丘上げし、蛤の出汁を煮詰める。
言うは易いが、結果は厳然。
ここにやや固めのシャリが絡んで味わいを深める。
◎穴子【握り】
これから夏場にかけて旬を迎える穴子。
とは思えない焼き上げられてホロホロになった穴子には柚子皮と塩。
この塩が、まさに良い塩梅。
◎葱トロ【握り】
やや太めに巻かれ、下部にも焼き海苔で底が作られた葱トロ。
巻き簀で強く巻かれていないので、下に置くことも御法度。
まるで逆さT字型の海苔巻きを、渡されたままの状態で頬張る。
いわゆる上等な中落ちのうような部位の中トロはしっかりと身の形が残っている。
ぐちゃぐちゃに混ぜられた正体不明のトロと称されているものに葱をたっぷり混ぜて…なんて類いのものとは品格が違う。
これまた固めのシャリが非常に合う。
◎干瓢巻き【細巻】
干瓢巻きが出されると江戸前寿司という感じがする。
名古屋にもないことはないけれど、似て非なる物だったりすることが多い。
しっかりとした干瓢がいい具合に煮含められていて、甘すぎずいい。
◎車海老の卵焼き【焼物】
上等のカステラといった食感の卵焼きは、外は焼き目がしっかりついているのに、中はしっとり。
ふわふわという感じではなく、まさにしっとり。
上等の焼き菓子やケーキのような具合で、突出されない海老が上品だ。
日本酒は、鶴齢 特別純米(新潟県)、磯自慢 (磯自慢酒造/静岡県)。
普段なら二人で五、六合は空いてしまうところだが、今宵の同伴者は男性にしては酒量が控えめ。
合わせたわけではないけれど、こちらも控えめに。
猪口がバカラというのは驚いたけれど、チェイサーのグラスまでバカラ。
磯自慢に変わると、猪口は仏製切り子。
ビアタンブラーも薄張りでよかった。
グラスがいいだけで、味わいも増量する。
2018/03/27 更新
2017/08 訪問
はんなりだけど料理は凛と
以前から一度出向いてみたいと思っていたが、中川区、それも八幡本通となるとなかなか出向く機会に恵まれなかった。
そうこうしているうちにネットのグルメ情報から“鮨割烹 英”の名前が消えた。
どうした?と思っていたら、屋号が変わっていただけらしく、程なく発見。
これも何かのご縁かと出向いてみることにした。
平日月曜日の午前9時過ぎ。
さすがにこんな時間に電話しても出ないだろうと高をくくっていると、女将と思しき女性が応対してくれた。
希望日を告げると午餐は無理だが19時であれば予約可能とのこと。
ビールの銘柄を確認。
小瓶のみの用意ながら、熟撰、ヱビス、黒ラベル、ハートランドの用意があるという。
スーパー●ズイじゃないというだけで期待値は高まる。
対応も良く、予約の電話だけで好感。
伏見での打ち合わせを終えると時刻は18時40分。
錦通伏見交差点からタクシーを利用し、到着したのは19時過ぎだったので、伏見からはおよそ15分というところか。
江戸時代には熱田宿と佐屋宿をつないだ佐屋街道(佐屋路)も、平成の御代には面影も情緒もない対面通行の味気ないアスファルト。
その対面でタクシーを降りると、古民家風の家屋に白い暖簾がライトアップされているロケーションがいい。
京町屋を彷彿とさせる凛とした佇まい。
古き良き時代を思わせる店内は、以前は客席として使っていたであろうスペースを全て廃し、カウンター6席のみ。
19時からの予約だったが数分遅れて到着すると、ちょうど先客の片づけを終えたところらしくカウンターは無人。
画像を撮ってもかまわないかと聞く。
シャッター音がなければ構わないとのこと。
そんな盗撮的な方法は知らないと応えると、アプリを指南してくれた。
早速DLして試してみる。
なるほど、確かに音がしない。
ただ、どうしも画質は劣ると他の客が言っているのを聞いたことがあるそうだ。
まあ、そこは我慢。
一番奥から二席を陣取り、まずは“ハートランド”。
「小瓶でしたから、ちょうど二杯なのでグラスでお持ちしました。」
そんな何気ない言葉も空気に馴染む。
●玉蜀黍の摺り流し
ソーサグラスに玉蜀黍のすり流しが涼しげ。
かなり甘味を感じる。
恵味のような糖度の高い玉蜀黍を使用しているのだろう。
雑味がなく、暑さにバテ気味の胃袋にもすんなりと入っていく。
ここで純米酒に。
出された猪口は切子なのだが、何とも不思議なデザイン。
女将に「これは江戸でも薩摩でも見かけないデザインだね」と聞いてみると、フランスで作られている切子とのこと。
不勉強を恥じると同時に、そんなセンスも気に入った。
●甘海老 海老味噌、殻粉末
海老味噌は、海老の味噌を煮詰めて濃厚に。
殻の粉末は出汁にも用いられる。
甘海老の刺身に海老味噌と殻の粉末を添えて。
まさに海老三昧。
旬にはやや早めだが、もっちりとした身は愉しめた。
●鱧の茶碗蒸し
茶碗蒸しの上に鱧。
出汁と醤油仕立ての餡が掛かっている。
やや塩味が立っているが、酒肴にはギリギリセーフか。
鱧の上には柚子胡椒。
●蛸の黄身酢掛け
柔らかく炊きあげられた煮蛸はなかなか。
風味も良く、甘味も尖っていない。
●握り 槍烏賊
●握り 鱚の昆布〆
●握り 本鮪赤身 漬け
●握り 本鮪トロ
●握り 本鮪大トロ 霜降り
●握り 新子
●握り 車海老
●握り 利尻産紫雲丹
●握り 鰺
●握り 対馬産穴子 塩柚子
●巻物 葱トロ
●巻物 干瓢
●赤出汁
●水菓子 海老卵焼
赤酢を使ったシャリは米粒をしっかりと感じさせる。
甘味は低いが酸味が立っているほどではない。
本鮪は仕込み具合がいい。
新子がよかった。
「こんないい新子、名古屋にあるんだ。」
「あります。早い時間にいけば。」
なるほど。
地元産だという車海老は食感も風味も文句なし。
紫雲丹を素直に美味いと思ったのもひさびさ。
肉厚で旨味も濃厚な鰺には、思わず、
「この鰺、どんなサイズだったんだ?」
と聞いてしまった。
これは美味い。
葱トロも、本格的な寿司屋であまり食べたことがないのは、注文しないからだろう。
こうした出されるてみると、真っ当に拵えられた物は面白い。
江戸前のあるべき姿に固執しているわけでもなく、かといって本筋を外れることなくそこここに感じさせるオリジナリティーも好感。
名古屋にも、こういう感じの店があったのかとほくそ笑む。
聞けば、寿司屋で修行したわけではなく、日本料理で修行したとのこと。
さらに補足すれば、古民家再利用かと思っていた店舗は、父親である先代から同じ場所で40年以上続いている老舗。
跡取りなのに寿司屋で修行しなかったのは、それなりに考えるところもあったのだろうが、それが割烹寿司というカテゴリーになったようだ。
前菜から始まる料理は、そうした理由による。
夫婦そろっての接客も柔らかく、頑固な職人といったイメージは皆無。
純米酒の取りそろえは、やや今風ではあるけれど、十分に及第点。
若い頃は食べ歩きが好きだったという温和な店主とのグルメ談議も楽しかった。
さり気なく合いの手を入れる女将もいい。
名古屋の西まで出向いてみた価値は十分にあった。
2018/03/04 更新
茄子といえばイメージは秋。
季語としては晩夏に使われる。
平成の御代ともなれば、師走筍寒茄子という故事も体をなさない。
春夏秋冬を通じて茄子は売られているけれど、そこは右江田。
やはり旬の野菜を使うだろうと思えば、冬春茄子だろうか。
今宵の一皿目は茄子。
よくぞここまでと感心させられるほど細く均等に切られた針生姜が、まるで金封のような意匠になっていて美しい。
ここの料理は、いつも凜とした佇まいを感じさせる。
習慣というのは恐ろしいもので、先月はついヱビスビールを注文してしまった。
ボトルとはいえ、折角ハートランドの用意があるのだから優先したい。
そんな気持ちもあってか、平素ならグラスで一杯も飲めば十分と思っているビールを二本頼んだ。
これは早く飲み干して純米酒に移行しないと勿体ないぞと気が焦る。
二皿目は喉黒の焼き霜。
こちらも、茗荷の切り方に感心する。
きっちりと包丁仕事をしているということが伝わってくる出来映えだ。
喉黒は紅瞳と説明があった。
対馬産のブランド赤ムツ(喉黒)だ。
わざわざ焼き霜だと言ってくれたのに、同伴した若い仕事関係者が「炙りですね?」というので、焼き霜について簡単に教える。
脂が出過ぎず、身がだれることなくという塩梅で火が通されていて、喉黒の甘みや旨味を堪能できる。
ジュレは思ったより濃厚な出汁で、これが酸味と相まってよく合う。
蛸の桜煮。
これまた柔らかければいいという物ではない。
芯の部分は程良い弾力と食感を残していて、ずっと噛んでいたくなる。
まさに酒肴にぴったりの出来映え。
ついで鮑。
肝だれの上に鎮座ましまして登場。
鮑といえば、個人的な嗜好としては真っ当に調理された広東料理の鮑の姿煮が最も好ましい調理法だったが、これにはちょっとびっくり。
我らが和の技術もなかなかのものではないか。
ここまで柔らかくするには、それなりの手間がかかる。
そのことを大将に告げて褒めると、はにかんだように笑っていた。
「残った肝だれに、お好みでしゃりをお入れしますので仰ってください」
と女将が言ってくれる。
女将といえば、今日は何だか雰囲気が違うなと思い、そのことを口にすると、
「実はかなりの人見知りでして」
ということだった。
なるほど、慣れてくれたのか。
呑兵衛は、残った肝だれをちまちまと箸で掬って酒肴にするからと断ったが、食欲旺盛な若者はしゃり玉を入れてもらうことにした。
握りは烏賊から。
熟成の加減がいい。
飾り包丁も、単に装飾ではなく、食感を高めている。
今回はしゃりの固さが、あまりに好みにぴったりで驚く。
米の一粒一粒を噛む感じがたまらない。
手際よく供される握りは、安定の味わい。
車海老も中トロも大トロも良い。
「生の鳥貝は大丈夫ですか」
大将が六名の客に確認する。
そして、六個の殻から身を取り出す。
牡蠣ほどではないかも知れないが、それで貝の具合というのは難しい。
かといって、生の鳥貝を楽しむためには調理直前に殻から外すしかない。
そんな心配をよそに、肉厚の何ともいえない味わいの鳥貝は美味かった。
雲丹は二種類。
最初は鹿児島の紫雲丹、次いで北海道の馬糞雲丹と、南北雲丹比べだ。
どちらも、それぞれの長所があって楽しい。
最後の車海老入り卵焼きまで堪能させてもらった。
それにして、こちらで感心するのは魚の臭いが完全にコントロールされていることだ。
指拭きは用意されているものの、指で摘まんでも魚独特の臭いがさほど残らない。
もちろん、食べる分には、それ以上に気にならない。
食材の管理から下拵え、そして調理に至るまで、細心の注意が払われていることは理解できるが、それでもやはり感心してしまう。
今宵も満足。