12回
2019/11 訪問
秋深し 初物尽くし 船場汁
今回は仕事関係の決起集会。
20代後半と若い世代が多いのだが、最近グルメブームとやらで、食事会は“花いち”がいいということに。
総勢7名ともなれば、これは銀蔵さんと女将さんに無理を言わなくてはならない。
早い時期に予約の電話を入れておいたことはもちろんだが、こうした本格的な割烹に来ること自体が初めてという面子もいたので、面倒を回避するためにも二つ目の無理を。
かれこれ30年以上お世話になっているが、こちらは本当の意味での割烹というスタイルを30年以上続けている日本でも数少ない店だと思う。
道理を弁えず、“割烹というより小料理屋のような”などと言う輩がいるのは寂しい限りだが、アラカルトこそ割烹の真髄だ。
そして、その名割烹“花いち”にお願いする二つ目の無理は“コース料理”。
一人15,000円でドリンクは別途という条件で承知してくれたお二人には感謝多謝。
段取りが完了したことを告げると、一部の参加者は、「ミシュランの星がついたお店なんて初めてです」などと盛り上がっていた。
さて、当日。
地下鉄鶴舞線は浄心駅で集合して徒歩で向かったのは17時30分。
到着すると、辺りはすっかり暗くなっていて、照らし出された“不蝕不味”の看板をスマホで撮影する者多数。
かわいいなあ。
若い頃から通っている店というのはどうも遠慮があって、どれほど訪れていても毎回末席に加えてもらっている気持ちになるから不思議だ。
まさに「お邪魔します」の心境。
そんな自分が貸切なんておこがましいと思ってきた。
こちらに誘うのはそういう気持ちを理解してくれる人だけとしてきたので、初の貸切、初のコース仕立てに恐縮する。
ぞろりと総勢7名で一枚板に並び、まずは生ビールで喉を潤す。
●焼き銀杏
口取りは香ばしく焼かれた銀杏。
弾力のある表面からほっこりとした中心部に至る歯触りが愉しい。
そして特有の香りは秋の深まりを感じさせてくれる。
葉を模した織部には塩も添えられているが、季節を味わう時には艶消し。
そのまま、じっくりと。
目の前で馬面の肝が裏漉しされる様子を眺めていた。
時期と肝の大きさ、身の具合から考えて馬面だろうと当てをつけただけで聞いたわけではないから正しいかどうかわからない。
「裏漉しするんですね」
隣席に聞かれたので、そうだと応える。
感心している様子に、通常は裏漉しするものだと話すと、彼が食べた肝醤油は裏漉しされずに、でんっと肝が醤油に胡座をかいていたそうだ。
むしろ、そちらの方が体験したことがないので興味を覚える。
●馬面剥 肝醤油
有田に薄切りが敷かれ、一つ一つの切り身に山葵が乗せられる。
丁寧に裏漉しされた肝を解し、身で包むようにしてほんの少しだけ醤油をつける。
弾力のある身は淡泊ながら、肝と相まって何ともいえない旨味となる。
「うまっ!」
平成世代らしい感想が、あちこちから聞こえる。
●えびと柿の胡麻だれ
秋の定番。
大変恐縮だが、自宅でも何回か挑戦させてもらっているが、この滑らかにしてコクのある胡麻だれの何ともいえない味わいはなかなか再現が難しい。
今日もまったりと味わう。
強すぎない胡麻の風味、口あたりの良い甘味と滑らかな舌触り。
柿と海老がそれぞれの持ち味を活かし、独特の食感を奏でる。
●はんぺん
摺り下ろされた白身を、摺鉢の中で再び摺って仕上げ、ゴボウの笹掻きを加えて揚げる。
もう何回も見てきた光景だが、何だかほっとする。
銀蔵さんは信じられないような熱いもので素手で持つ。
火に掛かっている雪平を素手で移動させるのだから。
揚げ立てのはんぺんをサクサクと包丁で切るのだが、これだって素人には無理な仕事。
ところが見ていると、これが普通の動作に見え、流れるようにはんぺんが皿に収まる。
外はカリッと中はフワッと…というのが、常のはんぺんなのだが、今宵は弾力がある。
これはこれで愉しい。
「今日はプリっとした感じですね」
「うーん、そうかも知れません」
「ああ、仕込みが多かったからかな?いい感じに熟成した感じで」
「そういう感じですね」
いずれにしても美味しいのだから文句はない。
●だし巻
たっぷりの出汁でひたひたのだし巻。
何も出過ぎず、何も不足していない。
●焼き河豚
あまり見かけたことのない食材が登場してきた。
串打ちされて焼き台に乗せられる。
刷毛でたれをつけられ、じっくりと。
花いちで焼き河豚というのは初体験。
これは好みの問題だが、いままで食べた河豚の中で最も印象に残っているのが焼き河豚。
大分の割烹。
大振りの虎河豚を目の前で捌き、昨今のエイジングなんて手法は歯牙にもかけない感じが九州男児らしくていい。
身から白子、そして顎に至っては驚愕の味わいだった。
あの味わいを彷彿とさせる。
続いて顎が供される。
焼けた醤油だれの香り、驚くほど強い弾力、溢れてくる濃厚でジューシーな味わい。
ああ、美味い。
「香りだけで銀蔵さんの料理ってわかるから不思議だよねえ」
と話しかけると微笑んでいた。
●塩鯖と大根の船場汁
まな板の上に半身の鯖が置かれる。
色目からして塩鯖。
「あー、船場汁だ!」
思わず声がでる。
昨秋に出くわしてから品書きに認められることを愉しみにしている一品。
鯖と出汁と塩が、ベン図の重なり合った部分のように絶妙の調和を保つ。
鼻腔に全神経を集中させて香りを堪能する。
箸で鯖を抑え、出汁を啜る。
そして、鯖を味わう。
鯖だけでもびっくりする深く複雑な味わいなのに、美味くないわけがない。
●天むす
すっかり有名になった宇宙一の天むす。
何も書く必要はない。
杯が重なるに連れ、若者達は盛り上がり、ややもすると過ぎる。
途中、何度か修学旅行の引率教師よろしく注意する必要はあったが、それも若さの特権。
銀蔵さんと女将には迷惑をかけたが、若い面子は大いに刺激を受けたようだ。
どやどやと店を出て通りに向かう道すがら、たったいま味わった体験がいかに素晴らしいものだったか、それぞれが口にしていた。
こういう食文化に触れることはとても大切で、できれば若い頃の方がより良い。
2019/11/10 更新
2019/08 訪問
研ぎ澄まされていく
花いち。
昨年末から予約が取りづらくなっている。
長年、秘蔵の隠れ家として愛してきた身としては煩わしい気持ちを隠しようもないが、その反面、本物が評価されることは嬉しい。
願わくば、その本質を理解できる人、または本質を理解しようと努力している人に触れてもらいたいものだ。
少なくとも、これまで基本的にはそういう人を誘って訪れてきた。
まあ、銀蔵さんにしてみれば商売繁盛は悪いことではないだろうけれど、こういう偏屈な客も一人くらいいたって許してもらえるだろう。
今宵もまた愉しめた。
平素は健康のためと地下鉄浄心から徒歩で移動するようにしているが、今夏最高気温を記録したこの日は健康のためにタクシーを利用。
乾いた喉に、まずはビール。
グラスのサイズが選べるので、一番小さいサイズで喉を潤す。
【冷】茹でた落花生
かくやと並んで昔から夏場の定番。
程良い噛み応えが残された落花生は、塩加減もまさに塩梅良く、暑気に疲れた身体に優しい。
土の香りを残した落花生を摘まみながら、恵に感謝したくなる。
【向】いわし
初夏から晩秋と比較的旬とされる時期が長い鰯
雅な世界では秋の季語だが、個人的には夏の風物詩だ。
昔から生姜醤油が花いちの流儀で、そのためにわざわざ醤油皿が二つ用意される。
香りを消す必要などないほど優等生の鰯だが、つい癖でおろし生姜を醤油に入れてしまう。
静岡からやってきた若い同伴者は鰯には目がないようで、素直に感嘆の言葉を連ねる。
仕事の都合で名古屋には隔月くらいの頻度でやってくる。
地元愛も一入のようで、地元の魚が一番と言って憚らなかったが、「まさか名古屋で魚に感心するとは思いませんでした」という一言も素直さ故だろう。
【向】やりいか(新)、きす立塩
東京かぶれのつもりはないが、新烏賊と聞くとどうしても甲烏賊を思い出す。
しかし、銀蔵さんのところで新烏賊と認められていたら、それは槍烏賊。
子槍と称されることもある槍烏賊なのだけれど、さすがにこの時期は珍しい気がする。
前述の鰯に習えば、それこそ秋の季語。
ところが、一口食べて思わず、「お、いいですね、烏賊」と独り言ちるように言葉が出る。
銀蔵さんも「いいですよね」と応じる。
仕入れてすぐに捌いて、この時間にはいい感じになると教えてくれた。
少し早い新烏賊だが、これがいい。
【向】わたりがに
好物が品書きに書かれていると、つい声に出して反応してしまう幼稚さ。
すると女将が、「少し前まで出ていなかったんですけど、最近、また出てますね」
雌は冬から春にかけて、雄は夏から秋にかけて旬を迎える。
この時期の雌はギリギリといったところで、盆から先はほぼ皆無。
ガザミ好きを気取る中には夏場の雄という向きも少なくない。
そういう時期だ。
今回は少々残念。
必ずしも悪くはないのだが、平素の抜群さを知っているので、どうしても比較してしまう。
仕事はいつも通りでも、食材は恒常的に均一の品質ではなく、だから面白い。
【冷】かくや
茗荷と胡瓜、それに沢庵。
初めて口にしたのは、もう30年以上前ということになる。
花いちの象徴的な一品は、そのシンプルな味わいが深い。
【煮物腕】あなごと万願寺唐辛子
ここの出汁は好い。
和食の真髄は“淡さ”であり、出汁はその具現化であってほしい。
過ぎても、足らなくてもいけない。
思えば、心から出汁に感心した店は数軒程度だ。
出汁そのものの味わいではなく、時に抑え、時に引き出し、調和を保つ力が肝心。
味の好みは人それぞれなどといっている向きとは、最早見ている景色が異なるとしかいいようがない。
椀の中に入れられた食材が、それぞれの役割をきちんと果たしている。
穴子は穴子、万願寺唐辛子は万願寺唐辛子。
出汁が調える。
そして、そのいずれも出過ぎない。
香りも味わいも、きっちりとしているが出しゃばらない。
何より、美味いと思わせようなどという傲慢な、そして浅薄な意図が微塵も感じられない。
だから魂がほぐれるように美味い。
【煮物腕】蛤 酒むし
最盛期には3,000㌧を誇った桑名産天然蛤も、一時期は1㌧を割り込むなど絶滅が危惧されたが、漁業関係者の努力もあって、最近は僅かながら回復傾向を示しているそうだ。
そうした背景もあって桑名産天然蛤は高騰している。
4、5㌢の大振りの良品となれば、1粒が500円前後になる場合もある。
まあ、そんな下世話なことを考えながら食べていたわけではないが、銀蔵さんとも話題になった蛤。
最近の居酒屋では大蛤などと聞いたことがない品名が書かれていて、蜃気楼でも作るのかと思えば、ホンビノスガイだったりすると笑い話。
プリプリとした身を殻から外し、箸で口に運べば吹き出すように濃厚な味わいが広がる。
噛みしめるたびに深まる味わいもまた愉しい。
本来の味わいを余すところなく漫喫できる。
これもまた滋味あふれる一品。
【早寿司】〆あじ握り
最初に目を通した時、なぜか見落とした早寿司。
若い同伴者ということもあって、本来ならばもう少し早めのタイミングで凌ぎにすれば良かった。
遅きに失することはない。
鰺が美味いのだから、寿司にしても美味い。
板昆布をのせる刹那、銀蔵さんの手が止まる。
そんな所作にも思いを馳せさせる作り手をあまり知らない。
【焼肴】甘だい一塩
「今日の一押しはなんですか」という問いかけに応じてくれないことは知っているが、つい、聞いてしまう。
「って聞いても、答えてくれないけどねえ」
すると珍しく、
「今日は甘だいの形がいいですね」
「ぐじですか。大きさの頃合いは」
「これくらいですかねえ」
銀蔵さんが手で作った大きさを見て、
「ほお、いい頃合いですねえ」
というわけでオーダー。
甘だいの一塩は何回もいただいているが、なるほど殊の外好い出来映え。
【煮物腕】牛肉と茗荷の鋤焼
若い同伴者からのリクエストで。
鋤焼きに茗荷という組み合わせが新鮮だったようで、
「これから、すき焼きには茗荷マストでいきます!」
誰に向けていっているのか謎な宣言まで飛び出した。
ぬかづけ
口直しというよりは、酒のあてに。
いつもよりやや立っている塩味も夏の季節感か。
【揚物】やりいかと干いも天ぷら
これは是非食べてみるべきと、今度はこちらが薦める。
平素の障泥烏賊もいいが、食感がしっかりとした子烏賊もいい。
「これから、干し芋は天麩羅にします!」
いや、カルチャーショックはわかるけど、方向性が微妙過ぎるぞ、若者よ。
【焼肴】だしまき
隣席がオーダーしたのを見て、若い同伴者が食べたがったが、
「出汁巻きは、天むすと食べるとシナジーハンパないぞ」と窘めた。
天むすと合わせて注文。
汁代わりにもなるほどしとどな出汁巻き。
これもまた、花いちに居るということを感じさせてくれる一品だ。
【飯】天むす
最早何を言う必要があるだろうかって味わいの天むす。
【飯】冷やしうどん
昨年も食べて気に入った。
つゆのシンプルさがとても気に入って、以降、自宅で作る時もややこしいことはしなくなった。
どっしりとコシのある出汁に醤油のみ。
うどんはもちろん、薬味さえ映えさせる。
【煮物腕】こちと焼茄子の吸物
若者が追加した一品を一口食べさせてもらう。
焼き茄子と出汁もやばい。
なんだ、この香味溢れる滋味深さは。
彼もまた言葉をなくしていた。
「これから、吸物には絶対焼き茄子を入れます!」とは言わなかったが。
蕎麦茶を振る舞われ、ホッと一息。
しかし、年々研ぎ澄まされるというのは凄いことだ。
そう感じさせる料理人の如何に少ないことか。
作り手も食べ手も、どうにも半端者が増える一方だ。
その半端な食べ手の一人であることは弁えているが、真っ当な仕事の前だけでは真摯でありたい。
二本の四合瓶とともに、至福の時間は今宵も通り過ぎていった。
2019/08/05 更新
2018/11 訪問
船場汁と秋の夜
●第八千四百九十九番
長月九月は三回も訪問が重なり、十月はお休みというわけではないが未訪問。
三十年来の行きつけともなれば、間が空く時には数カ月どころか、年単位になったりもするので珍しいことではないが、ここのところよく利用していたので、先月の未訪問が少し意外な気もする。
前回訪問時には、やや季節外れの感もある渡蟹やかくやが品書きに認められていたのだが、十一月ともなればさすがに姿を消し、代わりに浸し豆が加えられていた。
かくやと浸し豆は花いち的季節感を象徴する品。
春夏が過ぎ、秋冬が訪れたことを実感させられる。
「浸し豆が出てきましたね」と独りごちるように言えば、「出てきました」と女将が応える。
こんな会話を何十年も繰り返して、今年もまたこの場所に居られることに感謝。
【向】かわはぎ
実を食べるなら夏、肝を食べるなら秋。
一般的に皮剥の旬は秋から冬と言われているが、肝を味わいたいなら秋がいい。
肝醤油も重すぎず、やや小振りながら適度に締まった身もいい。
関西では皮剥より馬面剥の方が馴染みが深く、ハゲの名で親しまれ、大きめの肝が人気だけれど、皮剥に比べると大味な感は否めない。
これから冬に向けて肝は一層濃厚になっていくが、如何せん身の方は比例して味が落ちていく。
ある意味、今頃がちょうどいい塩梅なのかも知れない。
【冷】ひたし豆
鞍掛豆をじっくりと煎ってから醤油だれを吸わせる。
ポリポリとした食感の後、香ばしい味わいが口腔内に広がる。
浸し豆を食べると、深まりゆく秋と、程なく訪れる厳しい冬を実感する。
【向】あをりいか、かじきまぐろ
障泥烏賊は比較的よく見かけるが、梶木鮪は珍しい。
そのことを告げると、「そうですね。確かに珍しいです」と女将が受ける。
梶木の俗称として知られる梶木鮪だが、てっきり眼旗魚同様、梶木の種別の一つかと思っていた。
何ごとも勉強だ。
【早寿司】〆あじ
今回同伴した若い仕事関係者は、三年前から訪問を希望していたが、なかなかタイミングが合わなかった。
あまりに楽しみにしすぎて朝から何も食べていないというので、それではアルコールが身体に毒だろうと凌ぎに早寿司。
【向】さわらたたき
「刺身はお任せするので適当に」と注文したが、そろそろ時期を終えそうな鰆が食べておきたくて追加注文。
旬の一番いい時期に比べるとあっさりしてきたが、若者の味覚を刺激するには十分だったようだ。
【冷】和風焼豚とせろりの千切り
「今日はセロリの切り方に気合いを感じますね」と店主・銀蔵氏に語りかける。
「だんだん慣れてくるんです」と謙遜しているが、セロリが苦手な向きにとって、一番の要因は独特の香りだろうけれど、繊維質を感じさせる食感が不得手という場合もある。
ここまで細やかに切られたら、さしもの繊維質も形無しだ。
その食感が良いという人もいるかも知れないが、焼豚に包んで食べるにはこちらの方が良いだろう。
【冷】えびと柿 胡麻だれ
冒頭に海老がくるので、柿は牡蠣だと思うらしい。
もちろん、口頭で注文したのを聞いた場合に限る勘違いで、品書きには“柿”と書かれている。
青年も勘違いしたようで、「牡蠣を胡麻だれで?」と聞いてきた。
「いや、牡蠣じゃなくて柿」と品書きを指差す。
それにしても、柿の成熟具合がいつもベターだ。
重すぎない胡麻だれとプリッとした茹で海老、とろりと熟した柿、そして胡桃がいいアクセントとなっていて何とも言えない。
【揚物】はんぺん
日本全国の名だたる日本料理店も通り一遍は食べ歩いたが、自分が花いちをトップにしてる理由は、現在では数少ない本当の意味の割烹だからだ。
薩摩揚げを名古屋では“はんぺん”と呼ぶ。
注文してから白身のすり身を捏ね、時として葱や牛蒡を刻み、揚げる。
熱々のはんぺんが生姜醤油と一緒に供される。
【煮物腕】栗とさといも
栗に甘味をつけていないところがいい。
煮潰された里芋には調味料が加えられているが、四角に切りそろえられた栗に下味はつけられていない。
そこにある甘さ、淡く自然なその味わいを感じさせてくれるのが堪らない。
【焼肴】かじきまぐろ西京焼
これも口頭での注文を聞いた若者曰く、「最強の焼き物かと思いました。」
西京味噌も、西京漬けも知らないという若い世代は多い。
さすがに本場京都ではそんなことはないと信じたいが、名古屋では比較的多いと思うと、当の本人が自慢気に言っているようでは世話がない。
ふわりと香る西京味噌が程良い。
何ごとにつけ、これみよがしはみっともない。
ぬか漬け
蕪、胡瓜、茎セロリと見立てたが、蕪ではなく大根だった。
取り出された糠床を見て、若者からいくつか質問があったので、それに応じる。
ジャパニーズ・チーズを味わいながら。
【煮物腕】牛肉と葱、茗荷の鋤焼
若者の食感を満足させるためにも、この辺りで肉かと思って注文。
かくやは品書きから消えたものの、まだ茗荷が出ているのかと女将に聞く。
ここのところの異常気象の影響か、この時期でも出まわっているとのこと。
ただ、旬の時期に比べると随分弱くなっているそうで、牛肉の相方は葱の方がメインになっていた。
【揚物】あをりいかと干しいも天ぷら
時期的には子烏賊が旬だが、銀蔵さんに聞いたところ、なかなか立派に成長しているそうだ。
熱々の天麩羅で障泥烏賊を食す。
カリッとした衣の中から湯気と共に障泥烏賊が飛び出してくる。
美味い。
ぎゅっとした干芋の天麩羅は、食べるとモチッとしていて、これもまた美味い。
【煮物腕】船場汁(塩鯖と大根)
旬のこの時期、釣り物の良い鯖が出ないと品書きに登場しない船場汁。
四百年以上の歴史を誇る大阪・船場が発祥とされ、もともとは問屋街で働く多忙な商人達が手軽に食べられることから親しまれるようになった。
鯖の頭から中骨、粗、それと昆布で出汁を取るため、無駄がなく、サッと食べられる上に、身体が温まることから重宝されたそうだ。
無駄がないところを重視するあたり、さすが商人といったところか。
発祥はともかく、銀蔵さんの船場汁は上品。
若者は、「今日、一番びっくりした料理はこれかも知れません」と感動しきりだった。
【焼肴】だし巻
ここのだし巻がすごいところは、まさに出汁と玉子の味わいだけで構成されていることだ。
関西は塩味、関東は甘味などといわれるが、花いちは出汁と玉子の絶妙な調和。
特に何か言ったわけではないが、同伴した若者は肩すかしを喰ったような表情をしていた。
ここまでめくるめく官能美の連続で、だし巻にも大いに期待をしたようだ。
(あれ?)ってな顔をしている。
まだまだガキだなあと思わずにいられない。
このだし巻のすごさを彼が理解するには、あとどれくらいの時間と経験が必要になるのだろうか。
【飯】天むす
常連の間では、“宇宙一美味い天むす”と呼ばれるようになって久しい。
千寿も地雷屋も好んで食べたいと思わないのは、生粋の名古屋人ではないからかも知れないが、花いちの〆は天むすを欠くことはできない。
三十年前の定番はおこげ茶漬だったが、いまは天むすがレギュラー。
【飯】おこげ茶漬
「俺がお前くらいの年頃、おこげ茶漬が〆の定番だった」と言ったからかどうかわからないが、同伴した若者の注文はおこげ茶漬。
焙じ茶好きということもあったのだろうが、だし巻では、まだ至らない部分を垣間見せただけに、果たしてどうかと思って様子を見ていたら、これは普通に気に入ったようだ。
縮緬山椒が添えられるだけで、京料理の面持ちになるのだからおかしなものだ。
だが、この単純な構成要素の組み合わせが実に深い。
【飯】とろろそば
折角だから食べたことがないものを…ということでとろろそば。
巷間では臆面もなく長芋が用いられるところだが、さすがの銀蔵さんは簡単ではない。
運ばれてきた丼を見れば、体は自然薯だけれど、不思議な色目をしている。
粘度も長芋のそれとは大きく異なり、自然薯チック。
一箸つけて、「これは普通の自然薯…じゃないよね?」と女将に聞く。
海老芋のような…と説明はあったが、いまいち要領を得ない。
大和芋だろうか。
まあ、美味ければ何でもいいのだが。
皮剥 肝醤油
【向】かわはぎ
【冷】ひたし豆
【向】あをりいか、かじきまぐろ
【早寿司】〆あじ
【向】さわらたたき
【冷】和風焼豚 せろり千切り
【冷】えびと柿 胡麻だれ
【揚物】はんぺん
【煮物腕】栗とさといも
【焼肴】かじきまぐろ西京焼
ぬか漬
【煮物腕】牛肉と葱、茗荷の鋤焼
【揚物】あをりいかと干いも 天ぷら
【煮物腕】船場汁(塩鯖と大根)
【煮物腕】船場汁(塩鯖と大根)
【焼肴】だし巻
【飯】天むす
【飯】おこげ茶漬
【飯】とろろそば
生ビール(キリン)
品書き
品書き
品書き
2018/11/07 更新
2017/04 訪問
かくやと浸し豆が並ぶ第八千二百十一番
先月の予約は、こちらにとっては生憎、お店にとっては大慶の満員御礼にて断念。
やっと、今年二回目の花いち。
四月の暦を捲っても肌寒い日が続くと思っていたら、急に気温が上昇し、今年は本格的に春をすっ飛ばして夏になりそうな気配。
そんな気候を反映したのかどうか、品書きにかくやと浸し豆が並んで認められている。
冬期の定番浸し豆と夏期の定番かくやは、いわばオリオン座と蠍座、倶に天を戴かずのはず。
これは珍しいものを見せてもらったと言うと、たまたま鞍掛豆が残っていたことと、茗荷が早く出てきたためと女将が説明してくれた。
取り敢えずビールに合わせて、オリオンと蠍も注文。
【向】はさより、ぶり、すみいか、赤貝、鯛霜降り。
こちらは「お薦めを適当に…」というと、ぶりと赤貝が供された。
オリオンと蠍にも驚いたが、この時期に鰤というのも意外だ。
そのことを大将に告げると、
「まだありますね。」
「いまの時期だと三重県産?」
「そうですね。伊勢の方ですね。」
春告鳥の頃に出回る三重県産の天然鰤だが、実はあまり感心したことがない。
さて、どんな仕儀となることか。
大根おろしの山裾を囲むように盛られてきた腹身の脂のりは、舌で確認するまでもなく良さそうだ。
醤油皿に大根おろしを多めに入れて一口。
寒鰤とは異なり、独特のブリッとした食感はないのだが、かといって身がだれているわけでもなく、脂はそれなり。
天然物なので養殖特有の臭気がないのは当然ながら、鰤特有の脂臭すら微塵も感じさせない。
何とも不思議な味わいだ。
ややもすると否定的だった春の鰤も悪くないかも知れない。
そういえば、お薦めで赤貝が出てくることも珍しい。
今宵は“春の珍事”というコンセプトか。
それならと、〆はきつねうどんと天むす。
きつねうどんを注文するのは初めて。
〆といえばおこげ茶漬と天むすが定番。
このツートップを断念してまでの新規開拓は勇気が要り過ぎる。
しかし、今宵は春の珍事というコンセプトに合わせてみることにした。
運ばれてきた丼は、確かにきつねうどん。
揚げはいなり寿司の油揚げ、うどんは何と稲庭の節麺。
いわゆるバチと称される部分。
出汁より醤油の風味を感じさせるほどあっさりとした汁が甘味を抑えた揚げと合い、それが稲庭そのものの味わいを感じさせて上品なきつねうどん。
これも一つの形だ。
こうして味わうと、巷間のうどん出汁が子供じみて感じられる。
素材がどうとかそういうことではなく、味わいとしての一つの形。
面白い。
こうした遊びを愉しめる大人だけが味わえるとまで言ったら穿ちすぎか。
かれこれ10年程前から蓬餅危機説が語られている。
やきもちに使われている蓬餅だが、こちらを拵えているのが超ご高齢のご夫婦らしい。
10年前、高齢もあって夏場は休業することに。
蓬餅が作られなくなったらやきもちは品書きから消えると大将。
人間、不思議なもので、そう聞くと食べておこうという気持ちになる。
しかし、振り返ればかれこれ10年。
「これじゃあ、蓬餅蓬餅詐欺だ。」
と軽口を叩くと、大将も女将も苦笑い。
そういいつつ、今宵も独特の風味を奏でるやきもちを。
さすがに食べ過ぎなので、同行した仕事関係者とシェアして。
天むす6個を持ち帰り用に拵えてもらう。
今宵ははんぺんの出来映えがやや不満だったのもの、それ以外は相変わらず充実の安定。
料理の出来映えもオール・アラカルトの醍醐味だ。
八合の甘露も夢幻の如く消え、今宵も大いに大人の時間を堪能させてもらった。
女将は返答に窮していたが、是非“第一万番”の品書きを見せてもらいたい。
第八千二百十一番から
【冷】浸し豆
【向】ぶり
【向】赤貝
【冷】かくや
【冷】ふきの胡麻あえ
【冷】えびと椎茸 豆打あえ
【冷】わたり蟹(雌)
【揚物】はんぺん
【早寿司】〆あじ握り
【早寿司】小鯛握り
【焼肴】やりいか西京焼
【焼肴】だし巻
【飯】やきもち
【飯】天むす
【飯】蕗の茎のお握り
【煮物椀】蜆赤出し
【飯】きつねうどん
南 特別純米(南酒造場/高知県)
賀儀屋7 - 純米酒 原酒 -(成龍酒造/愛媛県)
生ビール(キリン)
【冷】浸し豆
【向】ぶり
【向】赤貝
【冷】かくや
【冷】ふきの胡麻あえ
【冷】えびと椎茸 豆打あえ
【冷】わたり蟹(雌)
賀儀屋7 - 純米酒 原酒 -(成龍酒造/愛媛県)
【揚物】はんぺん
【早寿司】〆あじ握り/小鯛握り
【焼肴】やりいか西京焼
【焼肴】だし巻
【飯】やきもち(1/2個)
【飯】天むす/蕗の茎のお握り
【煮物椀】蜆赤出し
【飯】きつねうどん
第八千二百十一番(其の一)
第八千二百十一番(其の二)
天むす(持ち帰り)
2017/04/17 更新
2017/01 訪問
カウンター席を占拠して
仲間内での新年会に予約したのは昨年末。
当初は4名程度だったので奥の座敷を使わせてほしいと頼んでいたが、直前になって6名に増えた。
栄での所用を終え、二台のタクシーに分乗して向かう。
到着すると女将が「カウンター席でもいいですよ」と言ってくれたので、6席しかないカウンター席を占拠。
今年は春から縁起が良い。
はんぺんが復活していたのは嬉しかった。
最近は大将の眼鏡に適う白身が安定して入ってこないから…という理由で、随分とご無沙汰だったが状況が変わったのか。
向付は、旬を迎えたほうぼうがいい。
鯛の霜降り、烏賊と三種で盛り合わせにしてもらう。
冬場の定番ひたし豆も安定。
柿と海老の胡麻和えは、胡麻だれの具合に全員が感嘆。
「いままで食べてきたどれとも違う。何も主張しないのにバランスがいい」と言い、ある人は「不思議」とさえ言っていた。
同時に、この味がわかることも素晴らしいと思ったが、言葉にはしなかった。
四枚分しか残っていないというはんぺんは、小振りにしてもらって六人でシェアすることに。
白身を練るところから作るからこそ出来る芸当だ。
酢味噌和え、だしまき、漬け物。
凌ぎに早寿司。
小鯛があったが、これは初めて。
凛とした感じかと思えば、これがほろっとした柔らかさで意外だったが愉しい。
〆鰺は白板昆布との相性が良く、安定の味わい。
するめと白菜は、するめの風味と甘めの出汁、それに白菜が相まっている。
長珍 特別純米酒(長珍酒造/愛知県)と合わせると止まらない。
この日は、若戎 純米酒 白ラベル(若戎酒造/三重県)と一升四合を用意したが、つるりとなくなった。
牡蛎の土手鍋も冬の定番。
〆はやきもち、天むす。
よもぎ餅が香ばしく、天むすは古くからの常連が宇宙一と声をそろえるだけのことはある。
純米酒は別として、これで六人で40,000円ちょっとというのは安すぎるくらいだと思う。
贅を尽くした食材で供される料理も悪くはないが、そうなると殆ど手を加えない方がいいという世界観になりかねない。
最低限の仕事を必要ギリギリだけ施すという和食の一面を否定するつもりはないが、調理を経て昇華される方が個人的な好みに合っている。
かれこれ30年の付き合いになるが、今年もよろしくお願いしたい。
はんぺん
向付(奥からほうぼう、鯛の霜降り、烏賊)
牡蛎土手鍋
白菜とするめ
柿と海老の胡麻和え
酢味噌和え
だしまき
ひたし豆
早寿司(小鯛、〆鰺)
漬物
やきもち(よもぎ餅)
天むす
生ビール(キリン)
店主・花市銀蔵氏
2017/01/17 更新
2016/09 訪問
ひさびさにほぼ全品制覇
以前から「是非連れていってほしい」と言っていた友人夫婦と。
幼児がいるので座敷を予約。
特段高価な食材を用いるわけでも、珍しい食材を用いるわけでもない。
市井の家庭に並ぶ食材と…さすがにクオリティは大きく異なれどカテゴリーとしては同一。
切り方、火の通し方、調味で食材を最大まで高める。
昔から、「人は己が住む場所から七里の距離で獲れるものを食するのが基本」という信念で、当然外国産なんてものは一切登場しない。
さらに全品アラカルト。
刺身のつますらオーダーが入ってから拵えられる。
訪れるたびに、"料理"というものを考えさせられる。
【向】
・こち
・いわし
・さわらのたたき
・新いか
・鯛 霜降り
【冷】
・わたりがに
・酢みそ(サザエ、げそ、アスパラ、パプリカ)
・貝柱と水茄子 生姜みそ
・和風焼豚とセロリの千切り
・かくや
【煮物椀】
・牛肉と茗荷、万願寺の鋤焼
・栗とさといも煮ころがし
・こちとわかめ吸物
【揚物】
・いかと干いも天ぷら
【早寿司】
・〆あじ握り
焼肴
・だし巻
【煮魚】
・いわし
【御飯】
・天むす
・たまごかけごはん
・おこげ茶漬け
・鯛茶漬け
・よもぎもち
【向】さわらたたき
【冷】たわたりがに
【向】鯛 霜降り
【向】いわし
【向】こち、新いか
【冷】栗と里芋煮ころがし
【冷】酢みそ サザエ、げそ、アスパラ、パプリカ
【煮物椀】牛肉と茗荷、方願寺の鋤焼
【早寿司】〆あじ握り
【冷】和風焼豚とセロリの千切り
【煮魚】いわし
【冷】かくや
【冷】貝柱と水茄子 生姜味噌
【焼肴】だし巻
【冷】漬物
【飯】天むす
【飯】鯛茶漬け
【飯】おこげ茶漬け
【飯】たまごかけごはん
酒屋八兵衛 純米吟醸酒(元坂酒造/三重県)
生ビール(キリン)
品書き
外観
2017/01/18 更新
2016/08 訪問
今回はまさに完璧-過ぎることも足らぬこともない調理の妙
あちこち食べ歩いていて、ふと思い出せば、昨年末以来のご無沙汰になっていた"花いち"。
思い立ったが吉日で、先月、予約を入れておいた。
まさに、おろされた山葵の一粒まで完璧な料理を味わう至福。
30年、変わらない満足を与えてくれる。
今回は、まさに完璧。
一片の不満もない。
この空間に勝る場所を、30年経っても知らない。
【向】
・きす立塩
・こち
・新いか
・鯛 霜降り
・いわし
【冷】
・かくや
・酢みそ(サザエ、げそ、アスパラ、パプリカ)
・えびと小たこ 土佐酢
・金時草のおひたし
・貝柱と水茄子 生姜みそ
・ゆでた落花生
【煮物】
・あなごと万願寺唐辛子
・牛肉と茗荷 鋤焼き
【揚物】
・いかと干いも 天ぷら
【早寿司】
〆あじ握り
【焼肴】
だし巻
【飯】
・天むす
水菓子
・黒砂糖の寒天
【向】きす立塩、こち、新いか、鯛 霜降り
【冷】えびと小たこ 土佐酢
【向】いわし
【冷】かくや
【冷】酢みそ(サザエ、げそ、アスパラ、パプリカ)
【揚物】いかと干いも 天ぷら
【煮物】あなごと万願寺唐辛子
【煮物】牛肉と茗荷 鋤焼き
【冷】金時草のおひたし
【冷】貝柱と水茄子 生姜みそ
【冷】ゆでた落花生
【焼肴】だし巻
【飯】天むす
【水菓子】黒砂糖の寒天
貴 純米吟醸 山田錦(永山本家酒造場/山口県)、 貴 純米吟醸 山田錦(永山本家酒造場/山口県)
内観
内観
品書き
2017/01/17 更新
2015/12 訪問
天むすまで4時間
かくやが品書きから姿を消すとひたしまめが登場する。
茗荷が旬の時期しか作れないかくやが夏の夜空を飾る蠍座だとすれば、ひたしまめはオリオン座というところか。
季節の入れ替わりを実感する品書きというのは、考えてみれば当たり前のような気もするが、最近の飲食店では、そういうことも少なくなってきた気がするとまで書いたら、懐古主義に過ぎるか。
喉を潤すビールのグラスは非常に薄いガラス素材で出来ている。
底の部分の角が丸味を帯びていて手に面白い。
洗うのが大変じゃないかと女将に聞くと、「そうでもないですよ」と応えるので、かなり薄いガラス素材ではと重ねると、「ぶつけたらすぐです」と笑う。
聞けば、電球を作るガラス職人の手によるものらしい。
道理で絶妙な丸味となっているわけだ。
まずはひたしまめで、ゆっくりとビールを味わう。
ここに来たら時間は気にしないことにしている。
ひたしまめに使われているのは鞍掛豆だろうか。
随分以前に聞いたことがあるが、その折りには「大豆などの栄養がある豆っていうか、お値段のする豆だと美味しくならないんですよね」という答えだった。
注文すると焙烙で豆を炒り、たれに漬け込んで供してくれる。
香ばしさが一入でたれとの相性もいい。
箸で一粒ずつ摘んでポリポリやりながら、ビールで追いかける。
向はかわはぎとあおりいか。
ミズイカの別名をもつあおりいかの旬といえば、初夏から夏にかけてだが、産卵期を経た子烏賊が成長した晩秋から初冬にかけても美味い。
あおりいかといえば、もちもちした食感が特徴だが、歯応えのあるこの時期も良い。
両方の味わいを楽しめるのも、考えてみれば贅沢だ。
秋から冬にかけて旬を迎えるかわはぎは、やはり肝醤油で。
この時期のカワハギは、雑味や余分なものがなくていい。
あてるのは、浦霞 純米吟醸 禅(株式会社佐浦/宮城県)。
秋に訪れた時にも楽しんだえびと柿 胡麻だれもいい。
相変わらずだし巻が美味しい。
必要最小限に味を調えられた出汁で、強火で一気に焼き上げる。
箸使いが不得手だと口に運ぶのも楽ではない柔らかさで、これまた雑味がない。
刺身も考えたが、敢えて塩焼きにしたいさき。
塩を打ち、こんがりと焼き上げられたプリプリの身を頬張ると、食材を活かすという日本料理の原点をしんみりと実感。
箸休めではなく、杯休めとでもいえばいいのか。
〆あじ 握り。
いつになくあっさりとしていて丁度いい。
このタイミングだから…と、敢えてあっさりとしてくれたのだろうかなどと妄想してしまうが、いずれにしても文句はない。
牛肉と葱と牛蒡 鋤焼、かき 土手なべと重厚な味わいを楽しむ。
鋤焼きは食感が楽しく、牡蛎は豆味噌の重厚さと相まって、これもいい。
〆は定番の天むす。
以前は、"おこげ茶漬け"もよくいただいたが、最近は天むす一本槍。
自家製の粕漬けの京人参も見目麗しく、カリフラワーの食感が面白い。
気づけば時刻は21時を過ぎ、4時間近くも堪能したことになる。
そんなに長居をした気がしない。
ここは時間の流れをゆっくりにしてくれるのか、早くしてくるのかわからないが、これまたいずれにしても楽しく有意義な時間なので気にする必要はない。
【向】かわはぎ
【向】かわはぎ
【向】あおりいか
愉しいひととき
【冷】ひたしまめ
【冷】えびと柿 胡麻だれ
【早寿司】〆あじ握り
【焼肴】いさき 塩焼
【鍋物】かき 土手なべ
【煮物椀】牛肉と葱と牛蒡 鋤焼
【煮物椀】牛肉と葱と牛蒡 鋤焼
【焼肴】だし巻
自家製糠漬け(京人参、カリフラワー)
【飯】天むす
生ビール(キリン)
品書き
品書き
店主・花市銀蔵
2017/01/17 更新
2015/09 訪問
原点回帰は、いつもここから
毎日書かれる品書きの番号は、七千九百六十五番となっていた。
創業32年の重みだ。
「九千までいけるかなって話してるんですよ」と、かなり寂しいことを女将がさらりと言ってくれる。
この日も六つしかない座席は、五時半の開店と同時に五人のお客で埋められた。
二組五名が今日の客のようだ。
隣の女性三人組の客は、なんと埼玉県から通うという20年来の常連。
「交通費の方が高いわよ」と豪快に笑いながら話す。
妙齢になったら女性の方が断然元気だ。
二本の赤ワインを空けながら、楽しげな女子会は続く。
向にいわしと書かれている。
珍しくないかと尋ねると、
「最近、いいものが出てるので使わせてもらってます」
とそつなく女将が応える。
そのいわしとこち、新いか、それに生ビールを注文。
30年来の定番となっている"かくや"も合わせて注文する。
九月も中旬となれば、そろそろ茗荷の季節も終わり、ひたし豆へと移り変わる頃だ。
「そうですね、もうそろそろ終わりですね」
いいものが出ていると女将が言うくらいだから、どんな鰯が出てくるのか楽しみにしていたら、思ったより随分小振りの鰯が登場してきた。
色目も鰯と言うには綺麗すぎるほどだ。
ところが、これがいい。
脂はしっかりあるのに、特有の香りもなく、鰯とは思えない風味と味わい。
いいんだろうな…と期待していたのだが、その期待をあっさりと超越してくれるところが相変わらず心憎い。
こちは安定の食感、"新いか"は、一番消費される海産品である烏賊を、それでも尚、ほお…と声が漏れる程度には驚かせてくれる。
おろしたての山葵が過ぎゆく夏の余韻を惜しむかのように香をそえる。
まだ季節には少し早いのでは…と思った海老と柿 胡麻だれ。
こちらも、もうかなり長い間、スタンダードの地位を占めている秋の定番だ。
「少し早いですけど、もう良い物が出てきたので」
なるほど、いつもより少しだけ胡麻だれの甘みが強い。
柿の甘みも思ったほど早いわけではなかったが、それでもほんの少しだけ甘味を立たせるのが仕事。
茹でた海老のはじけるような食感と賽の目に切られた柿の柔らかい食感との対比が面白く、それを胡麻だれが上手に包み込む。
かくやと海老と柿 胡麻だれが品書きに並んで登場する。
まさに夏から秋へと移り変わる季節を実感させる。
海松貝と烏賊下足にアスパラとパプリカを合わせ、酢みそで和える。
シンプルな料理だが、目にも鮮やかな色目が楽しいし、それぞれが一番良い茹で加減で供されるので食感が楽しい。
広東の佳店などでは、野菜などをチャオ(炒)する時、それぞれの食材が一番良い歯応えで供されて感心することがあるが、和食のそれは、さらに繊細な気がする…とまで言ってしまっては身贔屓か。
里芋の煮ころがしには、零余子が使われるのが定番だったが、この日は何と栗。
晩秋から出まわる零余子には少々早いため、代用の栗なのか、真意はわからないが、これはこれで面白かった。
煮ころがしといえば、里芋もしっかり存在感を放っているのが一般的だが、こちらの里芋の煮転がしは、里芋は体をなしていない。
煮くずされた里芋が調味料を吸い、その中に食感のある栗が隠れている。
里芋特有の粘りの中に甘辛い味が染み渡り、栗の食感と風味に馴染む。
なるほど、零余子の食感も面白いけれど、味わいの深さとしてはこちらの方が楽しめるかも知れない。
新いかと干しいも 天ぷらは、同伴者が烏賊が好きだというので注文。
烏賊の天ぷらは、まあ、外見も烏賊なのだが、干し芋は予想だにしない形だった。
一センチ四方の断面をもつ長方形。
干し芋といえは、芋の形のまま薄くスライスされたものしかイメージできない。
思わず自家製なのか聞いてみると、こういう形で売られている干し芋があるらしい。
ほぼ薩摩芋の原型のままで干されているということなのか、半分くらいに切って干されているものなのか、少なくない興味はあったが、それ以上に舌と鼻腔を楽しませてくれる天ぷらを味わうことの方が大切だった。
もちろん、天つゆなどというややこしいものは添えられず、煎り塩がついてくるだけ。
ふと気が向いて頼んだ早寿司も、酢飯の固さが丁度よく、〆鰺と白板昆布との相性も良い。
再び、品書きからはんぺんが姿を消したのは残念だけれど、
「最近はなかなか良い白身が手に入りにくくなって…」
という女将の言葉を真に受ける程、お人好しにできていない。
きっと、また銀蔵氏特有の美学によるものだと納得しておく。
またいつか、何かの折りにでも復活してくれることを期待して。
こちら以外では出会うことのない、食感と風味だけで味わうだし巻も、これまた旬を迎えた茹でた落花生もいいアクセントになった。
実は、10年以上前から危機を迎えている焼き餅。
というのは、この蓬餅を拵える老夫婦がいて、その方がご高齢のため、そろそろ引退するので、そうなったら品書きから消えると言われ続けて早10年以上。
東海地震か蓬餅かと言われるほど、エックスデイを引っ張られているのだが、いまのところ、品書きには健在。
ということは、蓬餅名人のご夫婦も、まだまだご健在なのだろう。
それでも、
「夏場はしんどいからっていうことでお休みされるんですよね」
という女将の上手な勿体つけにほだされて、メタボが気になる下腹をみないようにしつつ、つい頼んでしまう。
〆は、常連に「宇宙一美味しい」といわれている天むす。
名古屋名物として知られるようになって久しいが、確かに日本にしかない食べ物なので、必然的に世界一、ということは宇宙一という論法らしい。
天ぷらにつけられたつゆの味で食べさせる十把一絡げのような天むすより、わずかな塩加減で味わいを引き出す花市銀蔵特製天むすの方が奥は深い。
今日も最後まで堪能させてもらった。
九千番といわず、蓬餅ご夫妻のように頑張って、是非一万番を目指してほしい。
【向】こち
【向】いわし
【冷】酢みそ(海松貝、げそ、アスパラ、パプリカ)
【冷】かくや
【揚物】新いかと干いも 天ぷら
【冷】えびと柿 胡麻だれ
【早寿司】〆あじ 握り
【煮物椀】栗とさといも 煮ころがし
【焼肴】だし巻
【冷】ゆでた落花生
【飯】やきもち(よもぎ餅)
【飯】天むす
【煮物椀】味噌粕汁
品書き
品書き
内観
店主と女将
店主・花市銀蔵
2017/01/17 更新
2012/04 訪問
料理とは何かということを常に考えさせられる希有な存在
この店の主・花市銀蔵との出会いは四半世紀前になる。
現在の場所に店を移す前、古くからの下町である上名古屋(名古屋市西区)で、店舗兼用住宅といえば聞こえはいいが、同じような造りの古い木造家屋が何軒も並ぶいかにも昭和情緒あふれる店に出向いたのが最初。
木製のカウンター席のみで6人も座れば満席。
多くの常連に恵まれ、当初は掛けられていた暖簾もいつしか取り外され、一見お断りになった。
原則として常連の紹介が必要になったのは最初からだったか途中からだったか。
まだ20代前半のくせに生意気だったので、「一番美味しいものを出して」などと失礼なことを口にしたものだ。
で、出てきたのが画像にもあるかくや。
茗荷が旬となる時期にしか品書きに登場しない。
茗荷と胡瓜、それに沢庵を刻んで水にさらしただけの極めてシンプルな料理だった。
からかわれたのかと思いながら口にしたことを憶えている。
ところが、次に訪れた時には、「こないだのください。」
美味かった。
最近は別人かというほど温和になったが、若い時の店主は話すと損をするとでも思っているのかと聞いてみたくなるほど無口だった。
その頃、定番だったのがはんぺん。
中部地方では薩摩揚げのことを“はんぺん”と呼ぶ風習がある。
注文を受けると下拵えされた練った白身に葱と牛蒡の笹掻きを加え、空気を混ぜるために練り直して揚げる。
外はカリッと香ばしく、中はトロトロのはんぺん(薩摩揚げ)。
ところが、ある時期を境に品書きから消えた。
理由を聞くと無口な銀蔵さんが珍しく答えてくれる。
「V9当時の川上監督(巨人)に新聞記者が聞いたらしい。どうやったらそんなに勝てるのかって。そうしたら川上監督が、王と長島がいないと思って作戦を立てればいいんだって答えたらしい。」
聞いたのは、はんぺんが品書きから消えた理由だったのだが。
それ以上の説明はなかったので、推察すると…要ははんぺんが人気メニューになってしまったと。多少他の料理で減点があっても、はんぺんさえ食べればお客が納得してしまうようなメニューになったからやめた…ということなんだろう。
人間は自分が住んでいるところから七里(約28㌔)の範囲で収穫できる物を食べるべき…という理念で、海産品は三河湾、野菜も地物(胡瓜名人とか茄子名人とか名人がたくさんいる)。
昔から地産地消を当たり前にやっている。
書き出したらキリがないけれど、簡単に書けなかった店。
いまや住宅街の一軒家然として、暖簾どころか店としての構えもない。
一見お断りどころか、知らなければ絶対にたどり着けない店になった。
四半世紀前からご夫婦で切り盛りし、弟子は一切取らない。
勿体ないと思うけど、伝承できるものとできないものがある…とザックリ。
絵画や書に造詣が深く、これ程の腕前を持ちながら、料理は生きるための糧とさらりと言われてしまっても、納得させられてしまう。
この店を知らずして名古屋を語ることなかれ。
【向】太刀魚
【向】まだか
【向】さより
【向】ほうぼう
【向】赤貝
【向】やりいか
【冷】かくや(夏季限定)
【冷】ひたし豆(冬期限定)
【冷】蝦蛄
【冷】蕗の胡麻和え
【冷】海老と椎茸の空豆和え
【冷】北寄貝のぬた
【冷】えびと貝柱 霙酢
【冷】蝦蛄
【冷】山東菜おひたし
【焼肴】やりいか西京焼き
【焼肴】鰆塩焼き
【焼肴】ゆば煎餅
【焼肴】だし巻き
【煮物椀】えびしんじょとわかめと麩の吸物
【煮物椀】土筆と菜の花
【煮物椀】あなごと万願寺唐辛子
【早寿司】〆あじ握り
【飯】天むす
第七千二百十二番
第七千四十九番
2017/01/17 更新
作り手側の理屈が当たり前のようになりつつある昨今、名古屋市西区で30年以上、本当の意味での割烹を貫いている佳店。
2018/11/12 更新