3回
2021/03 訪問
鮨屋探しをやめた朧月の夜 ☆ 鮨太一
『鮨屋探しをやめた朧月の夜』
まさに今開催されている春の高校野球になぞらえるなら
2年ぶり2回目の来店というところだろうか。
地方を拠点に生活をしている身としては
東京で食べる食事のウェイトは日常のそれとは比べ難いくらいに貴重な機会。
ましてや
緊急事態宣言明けの一瞬を狙った上京なら尚更だ。
本来なら食べたことのない未知の味を求めたいところだが
心に棘が刺さってなんだか思考がまとまらない。
それまでもその棘が刺さったまま
2度、3度と上京しては他所で酒を呑んではみたが
どうやらその棘はこの店に再び足を運ばないと抜けないらしい。
17:30の予約でガラリと木戸を開ける。
最初はビール。
そこに出された平目のお造りがふた切れ。
続いて鮑に味噌漬けの肝。
過不足のない鮑の後に肝をつまむ。
苦みと引き換えに身に付けた味噌との融合味が舌にジワリと残る。
ダメだダメだ。
これをビールで飲んでは勿体ない。
私がもし教師ならテストでこの組み合わせを書いた子には点数をやらない。
すかさずキレの良い日本酒をとお願いする。
間にシラウオ、のどぐろ、平貝の過不足ないつまみを挟みながら
甘海老は殻と頭で取ったソースを纏わせ濃厚な装いに変身し、蛍烏賊は何も言わずにこの日1番日本酒を連れて行き私の心に残る。
とん。
と置かれた一巻目は細かい包丁さばきが生きる蕩ける中トロ。
銀座にあってコスパ抜群のこの店は
ネタの格ではなく仕事で鮪を蕩けさせる。
シャリは赤酢でやりすぎてない硬さがあり
中トロの蕩けに合わせてシャリも解けてくれるいいシャリだ。
もしかしたらこの日の今日イチはこの一巻目だったかもしれないが
広島、青森、新潟の日本酒をお供に煮蛤、青柳、煮穴子が最後のお代わりの候補に残っていく。
気風のいい大将のかえしも健在で掛け合いがやけに楽しい。
可愛らしいお弟子さんの天真爛漫な人柄も微笑ましい。
なるほど棘が刺さっていたのには理由があるんだな。
よし決めた!
東京で鮨屋はもう探さない。
他所の飛び切りのネタだが飛び切りに高い値段の店を
滅多に行けないからと
必死になって予約しようとしても全く予約が取れない
そんな幻のような店を追いかけるのは馬鹿げてる。
こんなに気持ちよく酒が呑める鮨屋が見つかったのだから
ここがあればそれでいい。
いやここが好きだな。と2年越しの棘を抜いて
改めて心に杭を打ち込んだ銀座
朧月が綺麗な夜。
2021/03/29 更新
2019/12 訪問
粋と野暮 ☆ 鮨太一
『粋と野暮』
鰯の旬はいつ頃ですか?
今食べた鰯がアッと驚くほど美味しかったので
舌の答えあわせをしたくなり大将に聞いてみた。
今年は何時もの時期より遅くなってます。
恥をかかさない配慮か、時期を知っている前提の答えをもらい
それで今は旬ではないことをなんとなく知る。
そうなのか、じゃあこれ以上話は広げずにおこうか。
でもこの鰯は美味かったな〜
と心の中で呟く。
土曜に銀座の昼鮨。
ビールから日本酒に変わる頃には
この店の居心地良さと
硬めに炊いて粒が立ち
ホロリ解ける黒酢のシャリと
必要以上に飾らない寿司のスタイルと
なにより気風のいい大将に酔い始めている。
おっ!これは美味いな。
私が感想を言う前に大将がボソリと呟く。
なるほど
なるほど
穴子好きの私も目を見張るふっくら炊かれた穴子の旨さだ。
ツメは気持ち付ける程度にチョンと刷毛を落とし
魚の味をツメで抑え込まない。
握ると分かるんですか?
ええ。
握っていると手に吸い付くような感覚のネタがあるんです。
そんなネタは美味いんです。
さっきの鰯とかこの穴子とか。
旨い穴子を食べれた喜びと
時間差で答えあわせの回答が正解だった事を知った喜びを
田酒の杯をあおって加速する。
それにしてもいい気分で呑める店だ。
銀座に在りながらどことなく町鮨の情緒を感じるのは
気をてらわず驚かさない真っ当な鮨と
粋な大将の人柄のおかげか。
すこぶる居心地がよく12時の口開けから
最後の客になるまで飲み続ける野暮をやってしまった。
どうやら大将が粋だとつい楽しくて
客が野暮になるようだ。
2019/12/12 更新
平目のお造りから始まる肴は前回と同じ。
ビール党の私が
鮑の肝の味噌漬けに堪らず
日本酒に切り替えるタイミングも前回同様だ。
コロナに負けずこの店に帰って来れた喜びを噛みしめながら秀一な味噌漬けの肝を舌で転がし日本酒をキュッといく。
蒸し鮑の出汁に浸した雲子。
芝海老は高知の酒盗に浸けられ鰹のチカラを借りて
正統な酒の肴に昇華する。
堅実な旨味の連携プレーに思わず頬がゆるむ。
次は一転、素材の旨味そのものの
牡蠣のうすごろもの
レアな唐揚げに感心をしていたら
蕩け包丁を入れた鮪がトンと置かれる。
ほろり
と解けるシャリが相変わらずのいい塩梅で
大将を見ながらニヤリとほくそ笑む。
飛び切りエースなネタは居ないが
それぞれのネタが堅実に仕事をこなして
いい流れを作っていると思う。
そしてなにより大将の
カウンター前7人の客との絶妙な距離感の保ち方と
飾り気のない江戸っ子気質な物言いが心地よくて
店を出た後に
また来たいと思わせてくれる。
ここはそんな鮨屋だ。
今夜もまた気持ちのいい酒を呑ませていただいた。
やっぱりこの店にして良かったと思える
鮨始め
睦月、銀座の夜。