「必要最低限の手を加えて、素材の持ち味を引き出す」
耳にタコが出来る程言われている言葉ではあるが、未だにこれ程難しいものも
ないと感じる。
最近鹿肉を分けて頂く機会が多いが、ワインと塩コショウ、バターとサワー
クリームでオーブングリルをする料理は間違いの無い物で、オーソドックスな
洋食として食べ応えがあり、かつ脂の少ない鹿肉なので重さもそれ程ない。
残ったバターソースでピラフをすればこれまた美味いものだ。
ただ、そうは言っても毎回そうするのも飽きが来る。なので、鹿餃子、BBQ、
竜田揚げ、ハンバーグ等色々と試してはきた。そうするとやはり料理として
当たり外れが出てくる。
そうした中、ド素人なりに感じるのは、やはり素材の状態が良い物であれば
ある程、なるべくアレコレ必要以上の手を掛けない方が良い、という事。
良い時期・状態の鹿肉、特に小鹿のロース肉は、少し寝かせた後は塩コショウ
とオリーブオイルをまぶす程度にし、後はじっくり焼くだけで食した方がその
旨味が一番届く。ニンニクさえ不要と感じる。
良い生昆布が手に入れば、甘っからい醤油味で炊くよりも、出汁を取った
おでんに入れて一煮立ちで食した方がその真価が味わえる。
良い里芋が手に入れば、茹でて皮をむき、おろした生姜と醤油だけで食す。
シンプルだがこれが一番間違いなく美味く食せる方法だ。
以前にも書いたが、良い状態の釣り魚、特に鯛は、やはり塩焼きが十全にその
美味さを堪能出来るし、釣り魚のアラは水、昆布と必要最低限の酒、或いは
味醂で一度サッと煮立たせたら弱火でせいぜい20~30分。味付けは塩と白醤油
少々。これで充分美味い潮汁が出来上がる。長い時間煮れば良いというもの
でもない。
白エビやガスエビの新鮮で良い状態のもの。白エビは塩と片栗粉を少しだけ
まぶして軽く揚げるだけ。これが結局一番美味い。余ったら茶漬けにしても
最高だ。ガスエビなら皮むきをして刺身。頭は素揚げ。
上記で言う必要最低限とは、=「最適の処理、手数」という事である。
どういう方法で、何でもってどの程度まで必要最小限の手を加えるか。それが
素材の持ち味を引き出すという事であり、料理の最適解を生む事になる。
その意味では、15分程度煮込む事が正解の料理もあれば、1時間半必要となる
料理も当然出てくる訳だ。
怖いのは「手数や調味料類の少なさと料理法の難易度は、全くイコールでは
ない」という事。
だからこれ程難しいものもない、と感じるのである。
これは芸術事にも全く同様に通ずる事で、タイトルの「無為の為」とは、ある
尊敬する音楽家が漢学から導いた言葉であるが、言ってみれば「あからさまな
作為であれこれ手を加えて芸術たらしめんとして創作を進めても、それは既に
真の芸術から遠ざかっている」という意味合いであろうか。
但し「無為」=何もしない、という事では勿論なく、不自然さ無しに最適と
思われる作業を行い得た時、即ち必要な事を必要なだけ行い、無駄を全て削り
得た時、そこに真の芸術が完成する。
優れた調理・料理というものも、正に同様であろう。
「大味必淡」も、結局はこれと通ずるものである。
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