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備忘録:「巨匠」アラン・サンドランスに献杯!
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新生ルカ・カールトン
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アラン・サンドランス
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2018/04/07 更新
「サンドランスかロビュションか?」
1980年代、フランスではどちらがフランスを代表する料理人かという議論で盛り上がっていた。
私は初めてパリを訪れた80年代半ば、ちょっとした出会いから運良くロビュションの「ジャマン」に行くことができたので、その4年後のパリ再訪時には然るべきルートで予約をとり、アラン・サンドランスがシェフを務めるこの店に訪れた。
そのころの私は、仕事上で知り合った自称グルメの方々のグループのおかげで、フレンチに限らず都内の有名料理店を引き回されるなど、腕の良し悪しはまではわからないながら、少なくとも場数は踏んでいた。
また、今回の渡仏に際しても、三つ星を獲ったばかりの「ランブロワジー」をはじめすでに4軒の星付きレストランを食べ歩き素晴らしい体験をしてきたので、多少の事では驚かない自信はあった。
当時のサンドランスは、今でこそ珍しくなくなった「ワインペアリング」を初めて試行し、アラカルト主体のフランスのグルメ界で「ムニュ・デグスタシオン(コース料理)」が再脚光を浴びるきっかけを作った(その真逆を行っているのが今でもアラカルトだけで勝負している「ランブロワジー」)が、その一方で、アラカルトメニューにも「挑戦的」なメニューをどんどん送り出して話題をかっさらうなど、まさに絶頂期といえる充実ぶりだった。
コースかアラカルトか。時間をかけてメニューを眺めていた私だが、長い料理名の並ぶアラカルトの中に、シンプルに「Lapin」とだけ書かれた料理を見つけた。
私はあまり「ウサギ」は好きではなかったが、その表記にただならぬ思いを感じて、まるでいじめっ子の挑発に乗ってしまった子供のようにその料理を選んだ。
これでアラカルトに決まった。
連れのメインを決め、前菜は氏のスペシャリティのひとつであり、また、サンドランスが「ワインペアリング」を始めるきっかけになったといわれる「フォアグラのキャベツ包み」にした。
ワインはプティ・マンソン種の甘口のハーフボトル。
通りかかったサンドランスが「ベストチョイス!」と言ってくれた。
「フォアグラのキャベツ包み」は、当時フォアグラといえば「鵞鳥」のものが一般的だったのだが、この料理には「鴨(アヒル)のフォアグラ」が使われている。
今でこそ安価で飼育しやすいこちらのほうが主流になってきたが、ギャルソンによると、鴨のほうが滋味が強く程よく溶けてキャベツで包むこの料理でも味がハッキリするのだという。
妻は今でもこれより美味しいフォアグラ料理には出会ったことがないと言っている。
(ちなみに彼女はこの2年ほど前に京橋の「シェ・イノ」で同じ名の料理を食べているはず…)
ワインに関しても、私はそれまで甘口のワインは好きではなかったが、気が付けば最初のボトルはいつもプティ・マンソン(高い)やドイツのリースリングを探すようになってしまった。
そしてメインの「ラパン」。
ひと皿の上に3種類の料理が盛られている。
ひとつは骨付きのロースト。薄い味付けでまるで鶏料理のような優しい味わいだった。
ひとつはメダイヨン。肉自体もソースの味も濃くてジビエの雰囲気を演出していた。
そしてハンバーグ風。様々な具材と交じり合ったことでウサギの別の顔を表現しているようだった。
いやはや、すごい料理に出会ってしまった。
この時もサンドランスが現れ「どうだった?」と訊かれたので「パーフェクトだ」と答えたのだが、サンドランスは「もっとコントラストを付けたいんだ」と言っていた。
それはまるで学者が研究をしているような表情だった。
恐らくこの料理が基で後に「鴨のアピシウス風」ができたのではないかと勝手に思っている。
さらに、デザートの「チョコレートスフレ」がこれまた秀逸。
外はふわっと表面はカリッとした中に、中心に少しだけ濃くて柔らかな部分を残し、リキュールの入った大人の味ながら、食べやすく飽きの来ない深い味に仕上がっている。
これも、この後ここを上回るものには出会っていない。
私はすっかりサンドランスに魅せられた。
それから数年後、仕事でも度々パリに訪れるようになった私は、毎回欠かさず「ルカ・カールトン」に通うようになっていた。
といっても、2005年に5度目の訪問を試みた時点で店は閉店してしまった。
後日、現地スタッフから、店は改装して「サンドランス」という名で再開したが、サンドランス氏はセミリタイヤ状態で、メニューも雰囲気もカジュアルなものにガラッと変わったと聞かされた。
それでも私はその後2度ほど「サンドランス」に行った。
正直言って「ルカ・カールトン」時代とはすべてが違うが、ワインペアリングは健在というより進化していたようだ。値段も半分以下で楽しめる。
それでも、またすぐにミシュランで二つ星を獲得した。
2013年の2度目の訪問の時にはサンドランスに会えて、「ルカ…」時代の2度目の訪問時に食べた「オマールのバニラ風味」を作ってくれないかと言ったら快くOKしてくれた。
味は全く変わっていない。レシピを残しているとはいえ確かな旨さだった。
でもこの時がサンドランスとの最後になった。
彼はこの3か月後に突然完全引退して店も手放してしまったのだ。
ちなみに、今年の3月にお店に行ったら店名がまた「ルカ・カールトン」に戻っていた。
私たちは飛び込みで食事をしたが、さすがにオープン2年目で一つ星を獲得しただけあってなかなか良いものを出していた(ワインペアリング中心で、あの「フォアグラのキャベツ包み」も提供していた)。
シェフのデュマ氏とも話したが、彼は「サンドランスの料理が食べたければ言ってください。いつでも作ります」と言ってくれた。
心のどこかでホッとしている自分がいた。
この訪問から3か月後の今年6月、サンドランス氏が亡くなったと聞いた。
メディア露出が少なかったために日本ではあまり知られていないが、フランスでは、ワインペアリングの確立や、数々の挑戦的メニューで物議を醸し、またシェフとして携わった二つの店でトータル30年以上三ッ星を保持し、フランスを代表する「巨匠(ムッシュ)」と呼ばれたアラン・サンドランス。
その夜私は妻と共に、やはり彼が提唱して論争を巻き起こした「チーズと白ワイン」で彼を偲んだ。
※この記事は、まとめ「グールマンの名店備忘録」に集録してあります。