2回
2013/02 訪問
辛く危険な香り
2013年2月
あなたとふたりで
危険なエレヴェーターに乗った
密室
という言葉が頭に浮かんだ
私の胸は急に早鐘のように鳴りはじめ
私はあなたの横顔を盗むように見る
あなたは階数が表示されるモニターを見あげているだけで
こちらを見ようとはしない…
そのうちエレヴェーターは5階に着いてしまった…
ドアを開けると、
ああ、なんかいい雰囲気だねえとあなたは言った。
私たちは小舟町の蕎麦屋で、いいだけ日本酒を飲んだあとだったけれど、
まだ話したかった。
いや、もっと一緒にいたかったのは私だけだったのかもしれないけれど。
ハイテーブルではお客さんと店主が楽しそうに談笑していた。
私たちは窓際の席に着いて、
白ワインをボトルでたのんだ。
あてのお勧めを尋ねると、壁のボードを指さしてあそこから選んでと言う。
店主がおなかすいてるの?と聞いてくれる。
いえ、あんまりと答えると、
じゃあ、お通しがわりとたっぷり出るから、それからつまみは考えたら?と良心的である。
〆鯖だけをたのむ。
陶器のグラス。
白ワインはよく冷えている。
お通しには、大きめの小鉢にたっぷりのマカロニサラダと、
スライスされた出来あいのたまご焼きが二片。
マカロニサラダが美味しい。
〆鯖もよくあぶらがのっていた。
冷えた白ワインともあう。
隣のテーブルには団体さんがにぎやかにやってきて、カレーとパンをつまんでいる。
あなたは、いいね、山小屋風だね、ここね…と言ってくれる。
私はそんなことが嬉しい。
あなたに会うのは9カ月ぶりくらいだったし、
あなた、という人に会えること自体が私には夢のようなことなのだった。
あなたの話に耳を傾ける。
そして、あなたの紡ぎだすものを懸命に手繰ろうとする。
一言も聞きのがさず覚えていたいと思う。
けれども、
こんなに近くにいるのにあなたはとても遠く、
これ以上近づくことは決して許されない。
あなたは、雲の上のひと。
私には計り知れない異能の人なのだった…
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2013年1月
その危険なエレヴェーターに乗ると、
既にスパイスの香りがした。
5階で降りて、ドアを開けると・・・
店内はお店でありながら、
なんとなく親戚のおうちに来たかのような、
不思議な懐かしさにあふれていた。
木のぬくもりのあるテーブルのせいだったのだろうか。
ふんわりと優しい感じの奥さんが、そちらへどうぞと窓際の大きなテーブルをさした。
私は椅子にかけて、奥さんの説明を聞いた後、
チキン、オクラとレンズ豆、トマトと茄子の3種を選んだ。
お水はどんとおかれたペットボトルに入って、
セルフでおかわりするようになっている。
このおおざっぱさがまたよいではないか。
店主はいかにも若かりし頃インドを旅行した人らしき風貌の方だった。
カレーはその店主が運んできてくれた。
トマトと茄子は酸味がきいていながらも、
深みのある味わい。
オクラとレンズ豆はよく煮込まれているせいか、
あまりもう豆の感覚がないくらいだった。
もう少し豆豆しさがあってもいいかなと思ったが、
すぐにこれはこれでいいのだと思いなおした。
カレーとしての渾然一体感がある。
チキンは一番辛いのだと言われたが、
辛いというよりは、かなりスパイスがきいているというのがあっているようだった。
これ以上スパイシーだと嫌味になる一歩手前で止めている感じ。
そしてどれもナンではなくごはんにあうように、とろっとしたカレーである。
次々とお客さんが入ってくる。
常連さんらしき人のほとんどが、
「こんにちは」と言って入ってくるのだった。
やはり、皆さん、なんだか親戚のうちにでも来たような感覚になるのではないかしらんと、
私は勝手に想像していた。
時折、ご夫婦の会話が聞こえてくるがとても仲がよさそう。
このあたたかい空気はご夫婦でつくりあげてきたものなのだな・・・と私は考える。
あたたかくて
やさしくて
野菜のカレーがたくさんあって。
またきっと来ようと、
私はスプーンを口に運びながら考える・・・
2013/03/01 更新
その危険なエレベーターは、名前を変えながらもまだそこで働いていた。
一瞬、あなたとこのエレベーターに乗った夜のことを懐かしく思い出した。
あの夜のように、エレベーターは5階でその扉をのろのろと開いた。
12時25分、店内はほぼ満席である。
ひとりです、というと、相席だが向かい合わなくてすむような端っこの席を案内してくれた。
女将さんはもともと足がお悪かったようだが、なお辛そうな歩き方だった。
この数年のときの重さを感じる。
厨房の店主は相変わらずひょうひょうとしている。
バイトさんなのか若い女性がいらした。
たぶん、ご夫婦二人でまわすには限界だったのだろうと想像する。
壁のメニューから、チキンカレーとキャベツのココナツ炒めカレーをダブルでお願いする。
店主は12時半を過ぎると、もうお客さんを断りはじめた。
ぎりぎり間にあってよかった…
たっぷり15分ほど待って、カレーが届けられた。
左に濃いブラウンのチキンカレー、真ん中にごはんとぶどうのピクルス、右にキャベツとココナツの白いカレー。
細かく刻まれたパクチーが入っている。
いただきます。
キャベツは甘くて、それだけで食べて美味しかった。
ごはんはさらっとした盛り具合なので、キャベツだけでいただく。
ココナツの風味とキャベツの甘み、時々鼻をかすめるパクチーの香りでスプーンがとまらない。
こんなカレーを作ってみたいな、と思う。
チキンカレーにはころんと胸肉が三つ。
こちらはごはんと一緒にいただこう。
少しだけとろみがあってスパイシーで、日本米にあう。
この味、懐かしいなあ…
山小屋のような店内に、女将さんの優しい声、店主のはりのある声。
なんとなしにあたたかな空気感が漂う。
帰りにはもうエレベーターは5階で止まったままで、皆お客は階段を下りて帰るのだった。
私はしばし止まったままのエレベーターを見つめた。
エレベーターはうんともすんとも言わず、仕事をやめてしまっていた。
エレベーターも、ずいぶん年をとったのだ…