『うな』ForestSpringWaterさんの日記

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前略うな。舞台を通じて、たくさんの言葉を交わしてきたつもりだった。

だから、ずっと当たり前に伝わっているものだと思い込んでいた。

でも実は全然伝わっていなかったのかもしれないと今更ながらに改めて思う。だから文章を書くことにした。

うなを初めて見たのは、うながデビューをしてちょうど1年半の週。2005年3月の若松だった。うなは上手でポラを売っていた。大先輩だらけの香盤にも関わらず、臆することなく振る舞う姿に強い印象を受けた。

2005年5月から僕自身はちょうど1年半程、お休みしていて、活動を再開するようになって、渋谷で初めてあなたの舞台を目にすることになった。早いもので、もう9年余の月日が流れた。

その時の第一印象は(ああ、この人は舞台の神様に愛されている。)

その印象は初めて舞台を拝見してから、今日という日まで、ずっと変わっていない。

偶にしか、お目にかからなくても、それこそ何年も会うことがなかったとしても、きっと色褪せることのない気持ち。

北は北海道から南は小倉まで、全国津々浦々を旅し、その才能と情熱で舞台の灯を守り続けてくださる天才。僕はそんなあなたを心から敬愛していた。

正直後悔はたくさんある。10月の布施、11月の金銀銅杯、2月の池田町、2結の渋谷、3中の小倉、(なぜもっと・・・)という後悔ばかり。

その時点では、引っ越しの準備をしていたり、新しい仕事に慣れるため、時間にも心にも余裕がなかったりと「伺えなかった理由」は沢山あるのだけれど、それでも後悔ばかりが先に立つ。

もし何も感じていなかったのなら、きっとここまで後悔はしていない。

予兆を確かに感じていた。11/20は出番を繰り上げて、その日のうちに帰京されてしまったし、池田町でも渋谷でも、どことなく元気がなかった。何かに悩んでいるような気配を感じていたのだ。

けれど、その違和感を重く捉えていなかった。東京に行くことになり、新しい仕事にも慣れてくれば、多くの時間を取れるようになると吞気に考えていた。

うなの呟きに気づいたのは、既に日付が3/21に変わってしまった頃。その時は本当に頭が真っ白になるというか、事実を事実として理解することができなかった。実は未だにどこかで現実感が持てない。

うなに「またあした」って当たり前に言える日々が、日常ではなくなろうとしているというのに、心のどこかで、きっとまた、いつかどこかで逢えるんじゃないかって思っている。要は気持ちの整理が全くついていない。

今の正直な気持ちは酒に呑まれることなく、平穏な気持ちできちんと、なるべく長い時間、うなの姿を見ていたい。

それが正しいのかは、正直よく分からない。でも激情にまかせて酔いつぶれてしまうのだけは、どうしても避けたいのだ。大和でも新宿でも広島でも昏倒してしまったし、何よりも最後の最後まで、うなの姿を目に焼き付けておきたいから。

かといって、全てが悲しみと後悔に塗りつぶされているかと言えば、必ずしもそうではない。特にこの渋谷では、うなの才能に圧倒されているから。その凄まじさを最後の最後の週で見せつけられているから。

かつて渋谷を代表した三人娘たち。丘乃のダイナミックな躍動感、藤繭の舞台でストーリーを紡ぎ出す能力、岬ゆうらの舞台映えする華やかさ。うなはそれら全てを1人で手にしている。それを改めて思い知らされている。

15年弱、恐らく千人に近い演者に出会ってきたのだけれど、それらの能力をこれほど高いところでバランスさせている方を、僕は知らない。だから僕のような凡人には、ただ見ていることしかできないと思うのだ。

初日の鶴の恩返し、月うさぎ、2日目の卒業、3日のオペラ座の怪人、5日目の夏祭り、6日目の狐 等々と印象に残っている作品を挙げだすと本当にキリがない。

鶴はうなが姐さんを超えようとした作品だから、間違いなく一番心に残っている作品の1つ。

うなは本当に何でもできる子。そして、その類まれなる天賦の才と情熱で、あらゆる姐さん達を超えていこうとしていたのだということを、自分の記憶の糸を辿っていく程に改めて痛感する。

Day6:余命5日。
6日の狐も凄かった。
心技体が完全に一致して踊る姿は「人にアラザル者」を観たような気さえする。あの舞台を拝見できたことを本当に誇りに思っている。

きっと舞台の神様はうなを見守り、育て、そして、うなはそれに応えるかのように、最も美しいピークをこの最後の週で見せてくれているのだと感じざるをえない。

Day8:余命3日。
今日はまた違う感情がわいてきた。最終回の月うさぎを見ているうちに、あと8ステージという悲しい現実があるというのに、何だが幸福な気持ちになってしまった。うなが今まで見たこともないくらい満ち足りた表情をしていたから。

Day9:余命2日。
凄いものを見てしまった。
最終回の演目は何と「八百屋お七」
焦がれし想い人にただ一目会いたいとお七は町に火をつける。自らの命を引き換えにすると分かっているのに、彼女は鐘を鳴らす。その直前に笑うのだ。愛しさと切なさが、喜びと悲しみとが、溢れだすような表情。彼女は現実世界の紅天女なのかもしれない。

Day10:命日
うなが最期に選んだ作品は鶴だった。鶴は恩を返すため、文字通り命を削って、機を織り続ける。ラストシーンで鶴は織り上げた反物をサッと広げ、三つ指をつき、深々と頭を下げ、そして舞台は闇に包まれる。

この演目は死を想起させる。別れのニオイがベッタリを張り付いているのだが、それでも、僕はこの作品がうなの最高傑作だと思っている。彼女の身体能力の高さ、舞台でストーリーを紡ぎ出す能力、舞台、空間を支配する存在感、彼女の強み、美点をこの作品は、最もvividに感じることができるからだ。

実は、ずっと、最後の最後は鶴を選んで欲しいと思っていたのだ。

最後にこの作品を選んでくれてありがとう。。

うな、この夢のような世界に生まれおちてくれてありがとう。うなと共有した時間と空間は、ただただとても幸せだった。

卒業して新しい道に進むのだね。きっと、現実世界の日常はこのキラキラとした舞台に比べれば、平板で色褪せたものだと思う。

でもあなたが、この舞台で見せてくれた才能を、その熱意をもって進むのならば、きっとどんな状況でも道は開けていくと信じているよ。

うなの未来が輝きと幸せに満ちたものであってほしいと心から願っている。
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うなとお別れをして数日が経過した。自分の中の大事な何かが抜け落ちてしまったような感覚。あまりにも陳腐だが、まさに喪失感そのもの。

彼女は最後に「やめるのやめるかも」と口にしたような気がした。今はその言葉が現実になってくれることを心から願っている。

だって、唯一舞台だけが、僕とうなとを強く強く繋いでくれるものだから。

<ラスト週に来られていた方(敬称略)>
千堂あやか、仁豊、日吉亜衣、青井りんご、チナツ、葉山瑠菜、永瀬ゆら、華月蓮、ゆの
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