『4/2 祝満10年』胃を切った男のグルメ日記さんの日記

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胃を切った男のグルメ日記 (60代後半・男性・神奈川県) 認証済

日記詳細

忘れもしない10年前の朝、僕は手術台に向かう準備をしてた

前夜は妻と息子と「胃あり人間」最後の晩餐。もしかしたらもう食べられなくなるかもしれないと勝烈庵のヒレカツを食べてから、別れに涙ぐむ息子と妻を横浜駅に残して一人病院へ向かったんだな

その夜、それまでは実感の湧かなかった癌と言う事実、病室で夜中一人涙した

神様仏様、もう人を押し退けてまで生きる人生は止めます、俺様主義も止めます、人には優しくします、優しく良い人間になります、から、せめて息子が結婚する頃までは生かしてください、平凡な日々をください、と願い祈った

全身麻酔で意識が無くなる前にチラッと見た手術室の時計は9時前だった。このブログをアップしている時間だ

胃の全摘、脾臓、胆嚢も摘出、胃周囲リンパ廓清には予定よりも時間がかかったらしく、手術室からなかなか出てこない僕を待っていた妻を慌てさせたそうだ、が、思ったより腹の脂肪が手術の邪魔をしたそうだ(^^;

それから10年、色々と失ったものは多いけど、失った最大の物は、今にして思えば人との交流

体力も気力も衰え、癌ですっかり痩せ細り衰えた姿を見せるのも嫌、訳が癌、なんて言えない、言いにくい、僕が悪い訳ではないのに、なんか後めたい

第一に、全くまともに飲食できない、外食ができないから、ちょっとメシでも、と言う機会が無くなったのが大きい

前のブログで書いた昔の愛弟子、術後に当時の仲間たちと会う機会はあったのだけど、そんな訳で僕は避けていたのだね。弱々しくなった自分を見せたくなかったんだな

他にも理由はある。この10年間で、可愛がってくれた叔母さんが二人、叔父さんが一人、金沢の妻の祖母、従兄弟が他界、従兄弟二人、ライダー仲間二人、僕の英語の先生だった方も海の向こうで他界、近しいガン友さん二人、近しい友の、僕も良く知っていた20代の娘さん、を失った

叔母さん叔父さん、祖母はまあ加齢だから順番かな。従兄弟一人は癌、ライダー仲間もなんと癌で逝き、妻の従兄弟はツーリング中野事故死、英語の先生も癌、20代の娘さんはこともあろうか自死。僕をガン先輩と慕ってくれたガン友は治療よりも潔い死を選んだ

そして特に生きたいと願って36歳で志ざし半ばに倒れたまだ若いガン友女性の死には打ちのめされた

まだまだ明るい未来はこれからと言うのに

この10年間で親しい人を沢山失った。これらが僕が人を遠ざけるようになった大きな理由なんだと思う。もう悲しい思いは懲り懲りだったのね

その彼女と僕には、たぶん日本には数百人もいるかいないかと言う珍しい趣味の共通点があり、特別な絆で結ばれていた

やりたいこと、未来を語っていた彼女、実に前向きであったが、医師からの余命1ヶ月宣告、もうダメだと分かってからはやはり取り乱していた。そこからわずか一週間もたたないうちに逝ってしまった

これは2019年の秋のことだから、2年半ほど前の話だが、そこからだと思う

悔しかったろう、無念だったろう、もっと生きたかったろう

そしてふつふつと僕に芽生えた

生きなきゃな、もっと前向きに生きて、彼女の分も生きなきゃ

と強く思い始めたのは

ひとの死には慣れ、死の感覚が麻痺し始めていた僕はだが、なぜか自分でもよくわからないのだが、もの凄くショックだった

そして彼女から頂いた手作りの小物類などは全部しまって

かわりに「ちゃんと」生きる、勇気を頂いた

もう悲しい過去は振り返るまい、と思った

逃げ口上に使っていた酒も止め、再起を誓うべく、岐阜のご実家に一周忌のお線香をあげに行ったのは2年前の2020年の夏であった

この時の金沢バイク帰省の旅は術後初の長距離ツーリングで、気力、体力,もつかな… という不安をよそに、これが楽しく達成できたことはその後の僕のバイク人生に深く刻まれました。疲れたら途中で野営しよう~という心の余裕もありましたしね

もう一つ忘れられないツーリングは、2021年春、ご近所さんのバイク友との山中湖~富士山一周であった。これが術後初の中距離日帰りツーリングで、これも楽しく疲れずに走れたことが、日帰り中距離の大きな自信となり、今では山梨日帰りなんて楽に走れるようになりました

体重も体力も無くなり、もう重いのは無理と大型から2013年に乗り換えたDuke号でのバイクリハビリは順調に進み

新たな一歩は昨年2021年の伊勢、名古屋ツーリング。金沢帰省の時ほど気負わずどこまで行けるんだろう、と西に向かい、ここであらたな出会いが生まれた

僕が人を避けていたことが嘘のように気楽に接してくださったバイクブログ友っていいな~と思えた瞬間でありました

10年前、絶望のどん底にいた僕はもいいません

僕をいつも支えてくれた妻、好きだったトマトが皮が固くて消化できずに食べられず、その皮を剥いて出してくれた妻、そして僕の宝物、可愛い息子、金沢と僕の家族、親戚、友人、そのほかの大勢の人に励まされてここまでやってこれました

この場を借りて、ありがとう、みんな

これで80まではバリバリで行くぜぃ!

仏様は、人生とは悲苦だと説いた

生きていると言うのは辛い事も沢山あるが、楽しい事だって幸せな瞬間だってある。やっぱり生きている事は素晴らしい

どうせ、人はそのうち死ぬんだから、それまではせめて儚い人生だが楽しもう

そして、先に逝った方々、もう悲しまないよ、またきっとあの世で会えるから ^_^
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