2回
2023/07 訪問
木山の夏夜、涼やかな酔いに包まれて
京都の夏の夜は、じっとりと暑い。
けれど、木山の暖簾をくぐった瞬間、その暑さがふっと溶けてどこかへ行った。
店の中はひんやりしていて、蝉の声も届かない。
ただ静かで、空気が澄んでいる。
ひと皿ごとに、季節の影が揺れる。
鮎は川の優しいしぶきを思わせ、すっぽんはとろりと甘く、鱧はまるで絹。
暑さを忘れるというより、暑さすら肯定するような、優しい料理たち そこに美しい夏が閉じ込められていた。
そこに添えられるシャンパーニュがまた、実にいい。
泡が静かに弾けて、料理の余韻をさらっていく。
ロワールの白ワインは舌の裏にすっと入り込み、知らない夏の景色を見せてくれた。
ソムリエは情熱的でまたその手つきに詩がある。
グラスを差し出す角度ひとつ、注ぐときの一瞬の間合い。どれも静かな芸だった。
そして、主人。
所作が静かに、端正で、澄んでいる。
話し方もやわらかく、言葉がまるで水のようにこちらに届く。
料理だけじゃない。あの人がいるから、木山は木山なんだと思った。
気品と情熱。すべてが息を合わせて、夏の夜にひとつの景色をつくっていた。
涼やかで、しんと澄んだ、京都の夏の夢。
あれは、ただの食事じゃない。
きっと、心のどこかにずっと残る、「夜の出来事」だった。
2025/05/29 更新
暖簾をくぐると、外の喧騒がすぅっと消えて、そこには別の時間が流れる 木山
お店のBGMは鰹節を削る音のみ
出汁 これがもう、とんでもない。口に含んだ瞬間、言葉が消えた。味というより、風景がひろがる。山の湧き水みたいな透明感があって、じんわりと身体の奥に沁みてくる。昆布と鰹がどうとか、そんな分析はどうでもいい。ただ、うまい。静かに「うわぁ……」と呟いてしまうやつだ。
料理はどれも、静かな気品に満ちている。
季節ものはこちらの感覚をぴたりと掴んで離さない。たとえば、シンプルに出汁を塗りながら炭火で焼く筍。
噛むと、土の香りと春の陽射しが同時に口の中で跳ねる。そんな感覚。
散らばらせた木の芽がもうたまらなくいつまでも続いて欲しい。
店内もすごい。光の入り方とか、空気の動きとか、すべてが計算されているのに、それを感じさせない。時間がふわっと伸びて、気づけば自分もその風景の一部になっている。
そして主人。寡黙かと思いきや、話しかけるとこれがまた、やわらかく、言葉を選ぶように丁寧に話してくれる。語尾には京のやさしさがにじんでいて、こちらの緊張をふわっと溶かす。そして、ふと見せる笑顔が実にいい。なんとも人間味のある、あたたかい笑顔。あれを見ただけでも、また来たいと思ってしまう。
料理、空間、そして人。全部がちゃんと調和していて、あれはもう、料理屋というより、ちょっとした異世界だった。昼下がりに、魂ごとゆっくりと煮出されるような体験だった。木山、恐るべし。