1年がかりで考えていたわけでは無い。(笑)
前回、徒然線㉜において「食べログのレビューとは?」というコトについて少々書いた。
そのとき書いたコトについての基本的な考え方は変わっていない。
食べログにおける「レビュー」とは、食べたコト(お店、雰囲気、接客、味等々)に対する「報告書」でも「感想文」でもなく、そのコトについての「評論文」であるべきだと思う。
また、多くの報告書や感想文を目にするが、「レビュー」の主体は、お店や味でなく、書いている本人であるべきだと思う。
どんな味だったか?
どんな店だったか?
で、どう感じたか?
で、どう思うのか?
その思いのほどを書き連ねる。
ソレこそが、レビューなんだと思う。
僕のレビューは、お店に直接関係ないコトを書くなと、度々食べログ運営サイドからお叱りを受け、下書きによく戻される。
関連性は十分にあり、文章全体を補完し、主旨の出し方の強弱などもコントロールしていて、ソコで書くコトに意味があると思って書いているのだが、ダメだと言われる。
運営サイドの言うコトもわからないではない。
評論である以上、起承転結の「転」と受け止めてもらえないコトが非常に残念ではあるのだが、「転」は、直接関係あるか?と聞かれれば、直接は関係ない。
食べログでは、起承転結で評論するコトはなかなか許されず、起承結で書かされるため、結論が独りよがりの暴論になりがちである。
他事象で例を挙げるコトによって、結論の意味合いを補完したいのだが、ソレが許されないケースが多い。
評論において「転」を書けないコトがいかにつらいか?わかってもらえない。
ガイドラインの1つである、伝家の宝刀の「関係ないコトは書くな」という項目が、僕の文を、より独りよがりなモノにしていく。
ならば、コチラに書いておこう。
そう、気まぐれで思ったので、書き留めるコトにする。
今まで書いたコト、これから書いていくコトに、賛否両論は、当然にあるだろう。
いや、暴論だと思われるかも知れない。
であれば、「賛否両論」でなく、「否々暴論」でイイ。
漢字の並び的には、「否否暴論」としたい。
本日現在ネット検索でも完全一致するコトバは見当たらない。
僕の特許でありたい。
また、三日坊主になるかも知れないし、続くかも知れない。
食べログでああだこうだと書く時間は、決して短いモノではない。
1日20分程度だとしても、1週間で2時間半を越える。1年では121時間、約5日分をまるまる食べログに捧げているのだ。
コレぐらい、許してもらおう。(笑)
京夏終空、2018.4.21