22回
2018/01 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】★30回以上訪問店。
2018/11/11 更新
2017/06 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
コレは、コレで、十分に美味しいと思った。
「昔のあの東池袋大勝軒を知る者」は、池袋には当然多い。
ラーメンの仲間などでもよく話題になる。
でも、いつの時代に行っていたかにより、認識は異なる。
僕は、昭和63年~平成5,6年頃がきっとマックスに通っていた時期だと思う。
その頃の大勝軒は、オヤジさんが1人になって、他に何人かの弟子がちょうど入り始めていた頃でもある。でも、基本的に、オヤジさんが鍋の前にいたように思う。
後継者分裂問題やネット社会になり、一部の弟子たちと同等の呼び方「マスター」などと活字にする人が多いが、その頃客側の立場で、そう呼んでいた男性客は少なかったし、「オヤジさん」ごちそうさま、とか、せいぜい「オヤッさん」ごちそうさま程度だった。
たまに、上品な女性客がマスターとは呼んでいたと思う程度である。
ネット社会は、つくづく歪だと思う。
今頃になって「マスター」とは…。
一番弟子と呼ばれる人に肩入れするつもりもないが、お茶の水に肩入れするつもりもない。
僕は、あの店は、あれで終わったのだから、あとは、自分の好みで選ぶだけだと思っている。
とは、言うものの、人間そう簡単には割り切れない部分もある。
頭では、そう言いながらも、どこか、やはり憧憬を引きずってもいる。
別のレビューでもさんざん書いているが、僕は、棲家から近かったから「麺屋 ごとう」にずっと通っていた。
今は、駒込に移転したので、度々しか行けないが、でも、少なくとも3ヶ月に2回の割合では訪問していると思う。
ここ5年程は、それ以外の東池袋大勝軒系の店には、あまり行かなくなった。
3年位前に「板橋 大勝軒なりたや」に行ったが、本気が伝わってこない感じで、それ以来行っていない。
もちろん、今の「東池袋 大勝軒」にも行ったコトはあるが、受け継いでいるのは、味や心でなく、カタチと商売である感じが拭い切れなかった。
まだ、レビューすらしていないが…。
さて、ようやくこの店である。
以前は「KING KONG」という一番弟子が別口で出した店だと聞いたが、ダメだった。
いや、僕にとってだが…。「トロフルつけ麺」も「中華そば」も、大勝軒の直接的な暖簾を離れて単に実験してみたかっただけだとしか思えない。今となっては…。
僕が通っていた当時、オヤジさんが、もっともキライだった、スープの濁りをあえて作り出し、フルーツ系との融合など実験でしかないように思った。また、オヤジさんが好きだった「中華そば」の原形を再現するなどと書かれていたモノは、逆にひねくり回され、現代のモノでしか無いように思われた。
その「KING KONG」が無くなったかと思えば、弟子つながりで「滝野川 大勝軒」を呼び戻したんだろう。という穿った見方しかできず、ずっと訪問できなかったが、この店にぜひ行きたいという池袋ラーメン会の友人と、2ヶ月位前に訪問した。
「もりそば」を食べた。まず、麺の量が多いのがイイ。「量も味のうち」とはよくオヤジさんが言っていたコトバだ。
しかし、肝心のつけ汁、つまりスープがやや魚介系の味わいと甘みが強すぎて、記憶のモノとは違うと認識した。
でも、美味しいのだ。魚介系の味わいの中のエグ味に似たモノを気にせず、独特の酸味も気にせず食べられるなら、美味しいと思った。麺は、のっぺりした雰囲気を醸し出しながらも、量に対してはイイ感じだ。コレ、少なかったら、味の評論にまで飛び火しそうであるが、量が納得を誘導する。
ちなみに、その魚介系の特徴は、主に鼻で感じる。次に舌奥で感じる。甘さはあるが気になるほどではない。むしろ、ソレが全体のバランスをとっているような気もする。
「煮玉子ラーメン+のりトッピング」(1,000円) ―― 前回は友人との意見交換のため「もりそば」に甘んじたが、本領はやはり「ラーメン」である。僕が愛する大勝軒のメニューでは、トップが「もりそば」になったコトなど一度も無い。もちろん昔の「東池袋大勝軒」でも「麺屋ごとう」でもだ。
なぜなら、もりそば屋でなく、ラーメン屋であるからだ。オヤジさんは、いとも簡単にそう言ってくれた。
このラーメンもビジュアルがイイ。麺が多い。チャーシューの部位とカタチが、泣けてくる。同じだ。ナルト、メンマ、小さな海苔、薬味ネギ。イイ感じだ。そして、トッピングした海苔は、100円で12枚ほどある。例の半分位のサイズだけど…。
前回のもりそばのスープで何となく海苔だと思った勘は的中した。魚介系の突出した味わいを同化させ落ち着かせる役割を果たすのが海苔なのだ。海苔巻で麺をつかみ口に入れると、イイ感じだ。ただ、このスープ自体は、やや濁り度が高い。
あの店でも、やや濁り始めた時期はあったが、しばらくすると澄んでくる。この店では、どうなのだろう。でも、醤油味を立たせ過ぎないためには、コレぐらいじゃないとバランスがとれないのかも知れない。
まぁ、そんなプロのコトは任せておいて、味だ。前回のもりそばの時より、数段イイ感じだと思った。
テーブルアイテムは何も使わない。豆板醤的なモノやニンニク、それに酢やブラックペッパーも要らない。
昔の憧憬で思い描くモノとは違うものだが、美味しいと思った。
ごちそうさまでした。
どこが、どの系列でなどと気にする暇があったら、味にもっと集中すべきであると思う。
いわゆる歴史的な弟子とは、意味の異なる弟子を多く輩出し過ぎた感はあるのだが、ソレを非難するのはどうかと思う。
不味い店は自然に淘汰されていくのが世の常である。
一番イケないのは、本店だからとか、直流だからとか、ソレを気にして頭で食べ、頭で語り、世論を誘導しようと画策する人間である。
メディアや、ラーメン本が正しいなどと信じきるのは、分別ある大人ならやめようではないか。
つくづく、そう思う。
(文責:京夏終空、2017.6.11)
2017/06/12 更新
何度も食べていると、何だか一番しっくりくる。
※追記:2018.3.21
この間、15回ほど通っている。久々に激通いしている店である。
今は、もうすでに、僕の好みの味をわかってくれていて、当初よりやや甘さ控えめでつくってもらっている。
以下、投稿時、本文。
「2回目」と表示されるが、5、6回目ぐらいである。
旧豊島区役所近くに用事があるコトが多く、昨年の6月から月に1度位のペースで訪れている。
結論から言えば、大幅に評価を上げた。
この店の濃くて甘い大勝軒のラーメンがクセになる感じで、何だかツボにハマってきた。
昨年2017年は、唯一長年通っている「麺屋 ごとう」以外の大勝軒まわりを再開した。
この店は、昨年の6月に訪問し『コレは、コレで、十分に美味しいと思った。』と感想を述べ「3.5」という評価をした。
その後、現在の「東池袋大勝軒」、その「南池袋店」。それに、「お茶の水大勝軒」、「大勝軒まるいち 赤羽店」「大勝軒まるいち 新宿東南口」「大塚 大勝軒」などにとどまらず、「永福町大勝軒」「飛田給大勝軒」ひばりヶ丘「サニー」大山「さい。」など、すべて昨年に再訪・訪問している。
仕上げは、「大勝軒 中野」「大勝軒 代々木上原」で、年末を〆た。
しかし、その間、池袋時代から長年愛用している「麺屋 ごとう」とともに、再訪を繰り返した店が、この「滝野川 大勝軒」なのである。
そのラーメンの、味わいの濃淡だけで言えば、全く対極にあるような2店舗だが、何だか、どちらもやめられないモノがあった。
今後、さらに評点を上げるかも知れないし、下げるかも知れない。
ただ、ここ数か月、今現在の偽りない感覚である。
「3.5」のまま、放っておくのが、心苦しくなった。
この店のファンは、T氏の人柄によるモノも大きいと思う。
各人、それぞれ好きな大勝軒があったりして、ソレはソレで自由だと思う。
しかし、大勝軒の後継者問題から分裂など、故Y氏とゆっくり話しすらしたコトない人間が、ああだこうだと書きまくっている。
そして、世論を誘導していこうとする勢力もある。
僕は、この店の前回レビューでもこう書いた。
『どこが、どの系列でなどと気にする暇があったら、味にもっと集中すべきであると思う。
いわゆる歴史的な弟子とは、意味の異なる弟子を多く輩出し過ぎた感はあるのだが、ソレを非難するのはどうかと思う。
不味い店は自然に淘汰されていくのが世の常である。
一番イケないのは、本店だからとか、直流だからとか、ソレを気にして頭で食べ、頭で語り、世論を誘導しようと画策する人間である。
メディアや、ラーメン本が正しいなどと信じきるのは、分別ある大人ならやめようではないか。』
と。
でも、昨年その後、大勝軒まわりをしていて、新たに見えてきたコトがある。
味わいは、基本的に、東池袋系に関して言えば、故Y氏の味わいが、どの店もど真ん中にあるコトは間違いない。
しかし、その具現化の仕方が様々で、商売っ気に走った店や、プライドに走った店や、カタチ格好を真似ている店や、味の忠実なる再現を求めている店などいろいろある。
この店は、故Y氏のコミュニケーション力の伝承という意味では一番抜きんでいている。
一杯のラーメンを食うのに「気持ち」なんて要らないと思う人に向けて言うつもりはない。
でも何故、あの店が、あれだけの人気で、あれだけのファンを持ちえたか?と振り返った時に、ソコには、絶えず「気持ち」があったからだ。
一杯のラーメンを食いに行くだけの人もいれば、一縷の気持ちの交流をしに行っていた人もいる。
とある地元の先輩が、「ホントは、家でメシ食ったから腹一杯なんだよ。でも、行っちゃうんだよ。」と言っていたコトバを思い出す。
この店には、間違いなくソレがある。
ソレの良し悪しを論じるつもりもない。
でも、心地良い憧憬、心地良いふるさと、心地良いひととき…。
そんなモノがある。
「量も味のうち」。そして、「気持ちも味のうち」。
(文責:京夏終空、2018.1.7)