3回
2021/07 訪問
京都・衣笠、「等持院」。【1st】
続・京の時を感じる場所。
前回も前々回も書いたが、僕にとっては特別な場所。
食べログというサイトで、食の味わいの評価だけをするならば、特段の注目には値しないと思う。
ココで出てくるお茶菓子は、「芙蓉の月」というモノ。
本わらび餅で有名な「笹屋昌園」さんでつくられている。
昭和10年から、ココ等持院に納められていて御用達となっているというコトだ。
半月状の形をした、ふんわりした生姜味の生地にこしあんを包んだ京菓子。
(別名「広沢の月」、焼印は季節ごとに変わる。)
お茶は、抹茶が基本だが、番茶もある。
夏場は、そうするコトが多い。
喉が乾いているときなど、番茶のお代わり用のガラスポットごと出してくれる人もいた。
赤絨毯に座り、庭園を眺める。
いや、きっと、もう50回も100回も眺めている庭など、本当は眺めていないのかも知れない。
自らの心に向き合うための時間だ。
だから、「時感」でもある。
昔は生活に溶け込んでいたこの場所の時間も、今となっては、とっておきの贅沢な時間。
どうしても、譲れないモノを確かめたりも、…する。
(文責:京夏終空、2021.7.21)
(4件/3.13)
2021/07/21 更新
2015/10 訪問
京都・等持院「京の時感」。【1st】
京の時を感じる場所。
前回も書いたが、僕にとっては特別な場所。
12月、師走...雨の庭。一雨ごとに、寒さを増し、風も冷たくなってゆく。
自分の意志で頻繁に訪れるようになったのは高校時代くらいからだろうか。それから50回、いや100回位は来ているような気がする。今は京を離れ、観光客のようになっている自分がいるが、以前は生活の一部に溶け込んでいた場所でもある。思い悩んだ時や、歓喜に打ち震えた時、いつも僕に冷静さを呼び戻してくれる。「無」になれる場所でもある。一人で何気なく立ち寄ったコトもあるし、友人や大切な人を連れてきたコトもある。そして、授業を抜け出して、ここで佇んだコトもある。
回遊式の庭が広がる広間に座る。人間、喜怒哀楽、いろんな感情があるが、美味しい菓子を食べ、抹茶を飲む。日本人として、自分の誇りを取り戻すような、凛とした気持ちに立ち返る。
「食」に関する、この食べログで取り上げたのには、「食」には、そんな作用、一面もあるというコトが伝えたかったからだ。単にキレイな景色を見るだけでなく、それとともに、温かいものを口に含み、腹を満たす恩恵は、人間を内側から落ち着く状態にするのだと思う。東日本大震災直後の復興時にも、福島の小名浜漁港で痛感した感覚でもある。
この食べログに投稿される多くのレビューを読んでいても、たまに感じる感覚。多くの人が、満たされている。しかし、我々は、普段満たされているようで、気づかないコトもたくさんある。
ホントに、満たされていますか? ―― 時折、問いかけてみる。
※ 等持院、拝観料¥500。お抹茶(菓子付き)¥500。
(文責:京夏終空、2014.12.19)
(3.13/2018.1.21)
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旧タイトル「京の時感」(2013.9.1)
僕の人生において、一番心が和む場所。そして、一番心が和む時間。
赤絨毯に座り、庭園を眺める。ここでいただくお抹茶とお茶菓子は格別。
先日、しばらくぶりで京都に帰った。京に帰って必ずと言ってよいほど寄る場所がある。それが、ここ等持院。観光地でもあるので、観光客も当然来る。ただ、京の中では観光地としての知名度は低い方なのでツアー客は極めて少ない。それでも僕は、朝一番か夕方を選択する。なるべく静かな時間を求めているからだ。院の入口から入り、靴を脱ぎ、拝観受付で拝観料とお茶代を払う。先にお願いしますと声をかけて、誰もいない座敷に胡坐をかいて座る。庭を眺めていると、しばらくしてお抹茶とお茶菓子を持ってきてくださる。お抹茶をいただいて、目を閉じる。頬に緩やかな風がそよぐ。無音の世界に、池の水の音が心地良い。この庭に広がる四季折々の眺め。桜の木のある春の庭もいい。新緑の庭もいい。雨の庭もいい。鮮やかな緑に光り輝く夏の庭もいい。そして、もうすぐ来る紅葉の庭もいい。また、雪の庭もいい。昔は生活に溶け込んでいたこの場所の時間も、今となっては、とっておきの贅沢な時間。正月の八坂さん、お稲荷さん(伏見稲荷)以上に訪れている場所。
まさに、今の僕にとって、かけがえのない、贅沢な京の時感。
お茶菓子、「芙蓉の月」:本わらび餅で有名な笹屋昌園さんでつくられている。昭和10年からここ等持院に納められていて御用達となっている。半月状の形をした、ふんわりした生姜味の生地にこしあんを包んだ京菓子。(別名「広沢の月」、焼印は季節ごとに変わる。)
等持院:「臨済宗天龍寺派の寺院。足利尊氏の墓所として知られる。足利尊氏は1341年(暦応4年)に現在の京都市中京区の柳馬場御池付近に等持寺を建立し、その2年後の1343年現在の京都市北区等持院北町に別院北等持寺を建立した。尊氏の死後、別院等持寺は尊氏の墓所となり、その名前を「等持院」と改称した。霊光殿には足利歴代将軍の木像が安置されている。夢窓国師作と伝えられる庭園は、衣笠山を借景にした池泉式回遊庭園である。」(京福電鉄嵐電観光マップより抜粋、京福電鉄本社問い合わせ窓口引用了承済み。)
(※写真は、後日掲載。)
2019/10/11 更新
続々・京の時を感じる場所。〜「時感」
毎回書いているのだが、僕にとっては特別な場所。
食べログというサイトで、食の味わいだけを評価するならば、特段の注目には値しないと思う。
でも、そのモノを口にする場所って、物凄く重要でもある。
ココで出てくるお茶菓子は、「芙蓉の月」というモノ。
本わらび餅で有名な「笹屋昌園」さんでつくられている。
昭和10年から、ココ等持院に納められていて御用達となっているというコトだ。
半月状の形をした、ふんわりした生姜味の生地にこしあんを包んだ京菓子。
(別名「広沢の月」、焼印は季節ごとに変わる。)
お茶は、抹茶が基本だが、番茶もある。
夏場は、そうするコトが多い。
喉が乾いているときなど、番茶のお代わり用のガラスポットごと出してくれる人もいた。
赤絨毯に座り、庭園を眺める。
いや、きっと、もう50回も100回も眺めている庭など、本当は眺めていないのかも知れない。
でも、四季折々の姿に向かい合う。
そして、自らの心にも向き合うための時間が流れる。
だから、「時感」なのである。
昔は生活に溶け込んでいたこの場所の時間も、今となっては、とっておきの贅沢な時間。
いよいよ残り少くなった、自分の時間の使い方に思いを巡らす。
★ 百聞は一見にしかず。百論は一食にしかず。百食は一心にしかず。
(文責:京夏終空、2025.5.9)
(8件/3.07)