春の18きっぷを使った行き先については、当初、岩手県の花巻、遠野だけを計画していた。
しかし、東日本大震災の3.11が近づくにつれて、三陸の被災地域にも足をのばすことを考えるようになった。
普通列車を乗りついで花巻まで行き、その日は宿泊。
花巻を基点として遠野を巡ることを第一の目的としていたが、
次の候補地として北に行くか、海側に行くか決めかねていた。
宿のご主人に伺ってみたところ、
震災直後しばらくは大変だったが、今は三陸の被災地の方も徐々に落ちついてきている。
色々な人に来てもらいたいと思っている方も多いので、
足を運んであげると励みになると思いますよ。
・・とのこと。
ニュースではまだまだ復興が進まない地域が多いと言っていた。
そんな中に訪れるのは気が引けると、ずっと思っていた。
しかし、このご主人の言葉を聞いてふん切りがついた。
レンタカーで遠野を通り、向かったのは最も甚大な被害を受けたと報道されている“陸前高田”。
この日は朝から霧が発生し、気温も低かった。
市街地に入ると、これまで報道されている通り・・街並みが無い。
幹線道路は整備されているが、市街地の嵩上げのための土砂を運ぶベルトコンベアのタワーが建ち、
ダンプカーがひっきりなしに走り回っている。
実際に自分の目で見ると、その凄さにただ驚くばかり。
奇跡の一本松の近くで、JRのBRT(高速輸送)バスの停留所となっている“一本松茶屋”の駐車場に車を停めて徒歩で一本松のある所まで行く。
一本松は枯死してしまい、今あるものは防腐措置を施したモニュメントということだが
崩れたユースホステルの建物の前で佇む姿を見ると熱くなるものがこみ上げてくる。
震災直後の瓦礫が散乱する状態は、悲惨すぎてとても見られない、見たくないと考える人が多いかもしれない。しかし、このように復興に向けて進んでいく様子は、見ておきたいと思う方も多いと思う。
昨年は仙台空港の前にある“千年希望の丘”を訪れた。
街並みがあった所はすっかりさら地になって片付けられた後であった。
それでも、そこに街があったことが伺われた。
今の陸前高田を訪れると、奇跡の一本松をはじめ倒壊した建物や、破壊された堤防などが目にできる、
まだ震災のすごさを感じさせてくれるモノがたくさん残っている。
奇跡の一本松には犠牲者のための献花台もある。
献花すべき花も何処で求められるかわからなく、持っていけなかったのが残念である。
陸前高田の状態もすごかったが、さらに北上して山田町まで行ってみた。
途中で通った小さな港町などは、堤防が崩れたまま、家屋も無残な姿で放置されている所が多い。
殆ど手が付けられていないことが伺われるような所もあった。
やはりとてもカメラを向ける気がおこらない。
釜石はこの辺りでは最も大きな街である。
JR釜石駅のある所から山側に向けては海抜があるせいか、津波の被害を殆ど受けていない。
釜石の海辺に近いごく狭い地域は低海抜の平地であり、そこに集っていた施設やお店はことごとく壊滅した。すぐ山が迫っているような地形なので被害を受けた範囲は小さくて済んだのだろう。
海岸線から三角州のように低海抜の平地が広がっている陸前高田、大槌、山田などは、津波の到達範囲も広く、被害も全域にわたってしまったようだ。
3.11の報道映像を見ると、まるで本当に起きたこととは思えないような壮絶さがある。
しかし、4年前、実際にこの地で起こったことである。
復興の途中とはいえ、報道で見るのと現地に足を運んで自分の目で確かめるのでは大違い。
たくさんのことを考えさせられた気がする。
心より復興をお祈り致します。