4回
2025/12 訪問
しみぺディア 上野
年内最後の富士吉別館は、
なぜかクリスマスだった。
世の中はケーキだ、チキンだと浮き足立っているが、
こちらはただ静かに、
「今日は食べる日だ」と決めてエレベーターに乗る。
店に入れば、もう説明はいらない。
空気も、間も、火の入れ方も、
すべてが“いつもの富士吉”。
この安定感は、もはや技術というより信頼だ。
特上ロース。
噛む前に、脂がほどける。
カルビは言わずもがな、
肉を食っているという実感が、
背中の奥まで届く。
派手じゃない、だが一切の無駄がない。
そして〆。
牡蠣バタービビンバ。
これがまた反則だ。
海の旨みとバターの罪、
それを米が全部受け止めてしまう。
腹は満ちているのに、
箸が止まらない。
1年ありがとうと伝えお会計だ。
店主からカレンダーを手渡される。
その紙切れ一枚に、
この一年の信頼関係が詰まっている気がした。
来年の予約を入れて、
何事もなかったように店を出る。
通っているのではない。
もう、戻ってきているのだ。
「焼肉屋に通う理由は味じゃない。ここに一年を預けられるかどうかだ。」
2025/12/26 更新
2025/11 訪問
しみぺディア 上野御徒町
平日の夜、エレベーターの扉が開くと、
いつもの“富士吉 別館”の空気が胸の奥にすっと入ってくる。
何度も通ううちに、この店の匂いは、妙に落ち着く匂いになった。
常連――そんな言葉を自分に当てはめるには照れくさいが、
席に通される時の、店員のほんの小さな笑みが、それを肯定してくれる。
じゅう…と肉の声がひとつ落ちる。
今日は特上攻めだ。
ロースは赤身の筋が艶やかで、
タンはこの店らしい“噛む喜び”を持っている。
そして恒例のミノ刺し。
この皿だけは、初めて食べた日の衝撃がずっと薄れない。
歯ざわりの快感と、旨みの芯が、毎回こちらの気持ちを正す。
焼ける音、煙、脂の跳ね。
無骨で、飾らなくて、うまさが全てで。
平日の夜だというのに、疲れがどこかへ消えていく。
焼肉は理屈じゃない。
人間のいちばん原始的な部分を、まっすぐ満たしてくれる。
富士吉の夜は、そのことをいつも思い出させてくれる。
2025/11/22 更新
2025/09 訪問
しみぺディア 上野・御徒町
上野の灯りが闇を躱すころ、焼肉乃 富士吉 別館の扉をくぐる。
“毎月来る焼肉屋”として背筋がすっと伸びる場所。
まずは 恒例のミノ刺し。
厚みがあって舌に触れた瞬間に弾むような弾力。
脂の甘みとほんのりした血の旨み。
串肉屋では味わえない内蔵に宿る真実。
コウネの焼きしゃぶ。
薄く広がるコウネを軽く炙れば脂が溶けて滴る。
上タン。
厚切りで存在感があり、焼き加減が腕で決まる。
焦げと肉の境がくっきりして、それでいて噛み込むたびに旨みが滲む。
上ロース。
脂と赤身のグラデーションが美しく、タレが絡む度にご飯を誘う。
夜風の匂いと、鉄板の香りを共に運んでくる。
最後は 〆のかきバタービビンバ。
熱した器にバターが溶け、牡蠣がぷりんと顔を出す。
飯に混ぜれば、海のコクと肉の余韻が輪唱となって口の中に残る。
しみる田の一言
ミノの弾け、コウネの甘み、焼きの答え。
別館の夜も、肉の詩を刻む灯りがある。
2025/09/29 更新
東上野の雑踏から階段を上がると、
そこにはいつもの灯りがある。
“別館”という言葉が、
正装でも気負いでもない、
“いつもの夜”の扉になっている。
扉を開けると、
顔馴染みの空気が迎える。
馴染みの温度でそこにある。
まず、ミノ刺し。
皿にただ置かれているだけなのに、
その透明感は別格だ。
噛んだ瞬間、弾力と清潔な旨みが立ち上がる。
これは“丁寧”という言葉が、
職人の手を越えて体に届く瞬間だ。
特上もの。
その名前があるだけで、
店の自信と歴史が背中で語りかけてくる。
脂の甘み、肉の深み、
噛みしめるほどに、
ここに来る理由が腹の底から湧いてくる。
酒はいつものペースで。
グラスに泡が揺れ、
話は自然と静かになる。
ここは喧騒の外側、
音を拾う場所じゃなく、
味を深める場所だ。
会計のあと、
次の予約の日付だけを伝える。
説明はいらない。
言葉は最小限、
信頼は最大限。
安定、というのは
飾りじゃなく、
積み重ねた信頼のことだ。
安定は味ではなく、約束の深さだ。