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〈ミトミえもん、インスタもやってるよ!「@mitomi_emon」〉
薪窯を中心としたコース仕立てのピッツェリア『PER TE』に、特別な二日間が訪れた。
ミシュラン二つ星のメキシコの名門「Pujol」で腕を振るったヘソス・デュロン氏と、日本一の称号を持つピッツァイオーロ・鈴川充高氏。この二人が同じカウンターに立ち、火とスパイスと技を掛け合わせる限定コラボイベントだ。国や文化の枠を軽々と越えて、料理同士が響き合う。その瞬間に立ち会うだけで胸が高鳴る。まさに一期一会の食体験が赤坂で花開いた夜。
「PER TE」が掲げる理念は明確だ。薪窯を中心に置き、火の力で素材の本質を引き出し、ピッツァをガストロノミーへと昇華させること。そして今回のコラボで、その主軸にメキシコの豊穣なスパイス文化が加わった。デュロン氏が大切にしてきた、季節性、素材への敬意、香りのレイヤーという哲学と、鈴川氏の「火 × 粉」の美学が、驚くほど自然にひとつの流れとなって皿の上に現れる。まさに互いの料理観が、同じ窯の前で共鳴していたのだ。
最初の一皿「薩摩芋 コルンダ」。ミチョアカン州の伝統料理を薩摩芋で再構築した一品で、優しい甘味の奥からスパイスが静かに顔を出す。滑らかなピュレにハーブオイルが流れ込み、その香りだけで深呼吸したくなる。コースの始まりとして、これ以上の一口はなかなかない。
続く「マグロ トスターダ」は、生の魚とトルティーヤが出会う美しい交差点。トスターダとは、トルティーヤを香ばしく揚げたり焼いたりして作るメキシコの“ぱりっとした土台”のこと。このクリスピーな器が、刺身文化の象徴であるマグロをしっかり受け止める。分厚く切られたマグロの透明度はまさに日本そのもので、そこにライム、香味野菜、スパイスのニュアンスを重ねることで、軽やかさと野生味が同時に立ち上がる。
「蟹の包み焼」は、定番である季節のピッツァを、そのままコースの文脈に落とし込んだ一皿。ここでは旬を捉えたピッツァをリストランテの料理のように仕立てて出すのが当たり前になっているが、そのスタイルがヘソスの料理とも見事に共鳴する。薄く伸ばした生地の内側で蟹の甘さが蒸気となってふくらみ、ナイフを入れた瞬間にふわりと香りが立ち上がる。レタスの瑞々しい食感がアクセントとなり、まるでサラダのように軽やかに仕上がっているのが面白い。蟹の旨味をそっと引き立てる構成。
「ハマグリ ヘリカーヤ」は、メキシコ版の茶碗蒸し。蛤の滋味深い出汁に卵がふんわりと寄り添い、スプーンを入れるとゆっくり揺れる柔らかな質感が現れる。和の茶碗蒸しのような優しい口当たりなのに、香りの奥にはしっかりとメキシコのニュアンスが息づく。蛤の旨味がすっと広がり、その静かな余韻に身を委ねていると、いつの間にかスプーンの往復が止まらなくなる。
「鶏肉 ピーナッツのモレ」は、主役級の存在感を放つ一皿。濃密なピーナッツの香りとスパイスの柔らかな立ち上がりが、鶏肉の旨味に深みを与え、ひと口ごとに味が広がっていく。ここで面白いのは、付け合わせのトルティーヤが登場することで、一気に語り口が“PER TEのピッツァ”へとつながること。粉を土台にしながら、ソースが世界観をつくる──そんな構造がふっと重なり、両者の相性の良さを自然に再認識させられる。
そして、この夜の主役を飾ったのが二人のコラボレーションで生まれた「舞茸 ケサディーヤ(ピザ仕立て)」。本来ケサディーヤとは、トルティーヤにチーズや具材を挟むメキシコの定番料理。その“包む・受け止める”という構造を、ここではピザ生地に置き換えて表現している。粉が具材を抱え込み、組み合わせの自由度を無限に許容するという点で、トルティーヤとピザは驚くほど近い。
噛んだ瞬間に立ち上がる舞茸の香り、窯をくぐった生地のほのかな甘み、チーズの熱がつくる一体感。そして仕上げにまとわせた白トリュフが香りの層を一気に引き上げ、皿全体が別次元の高まりへと移行する。トルティーヤが担うはずだった役割を、ピザ生地がよりしなやかに、より立体的に受け止めることで、旨味が波のように押し寄せる。
そして鈴川氏の代表作「マルゲリータ500」。これはもう説明不要。日本でこの一枚を超えるマルゲリータを探すのは至難の業だと思う。小麦、発酵、火入れ、トマト、モッツァレラ。全要素がピークで手を取り合っている。何度食べても涙腺が緩む。
終盤を静かに整える「墨烏賊 サルサヴェルデ」。バスクの料理を思わせる澄んだ出汁に烏賊の甘味がふわりと溶け、ニンニクのやわらかな風味とイタリアンパセリの青さが輪郭を描く。華やかさではなく、研ぎ澄まされた清らかさで魅せる皿で、ここまで積み重ねてきた熱量を一度リセットするように、コース全体の呼吸を整えてくれる存在だ。
締めの「モンブラン」は、構成そのものが少し異国の香りをまとっている。シューの中にはジェラートが忍び、その味わいにはメキシコのフルーツ“ビクスル・マメイ”の種の中身を使った、香仁を思わせる独特の香りがふっと立ち上がる。上にはマルサラ酒を効かせたクレームシャンティが重なり、最後にマロンクリームがたっぷりと流れ落ちる。
二人の料理人は出自も文化も違うのに、不思議と同じ方向を見ている。「素材の声を聴くこと」「季節に従うこと」「火を尊ぶこと」。この根にある姿勢が、国境を越えて同じカウンターで呼吸を始めた瞬間、料理は単なる“コラボ”を超えていた。メキシコの豊かな食文化と、PER TEが磨いてきたピッツァの世界。その二つは衝突ではなく、自然な重なりとして現れ、皿の上で未来の景色をそっと提示してくれた。ピッツァの可能性はまだ広がるし、火と粉と香りがつくる世界も、もっと先へ進める。そう確信できた夜。ご馳走様でした。