2回
2025/10 訪問
焼き師の技術か、あるいは仕入れそのものが特別なのか、とにかく異次元の仕上がり
南青山の路地裏、看板も控えめで、初めて訪れる人には少し分かりづらい場所に「鳥匠いし井 ひな」はある。静かに引き戸を開けると、木の温もりに包まれたカウンターが現れ、そこには焼きの音とワインの香りが漂う上質な空間が広がっている。ここでは、ただ焼き鳥を食べるというより、「鶏」という食材のポテンシャルを最大限に引き出すための舞台を体験するような感覚になる。
まず最初に供されたのはシャンパーニュ「Henriot Brut Souverain」。繊細な泡が立ち上り、柑橘とブリオッシュの香りが心地よく広がる。ひと口飲んだ瞬間、これからの展開を予感させるような清冽な導入だった。前菜の鶏と野菜の和え物は、柚子の香りがふわりと立ち上がり、鶏の旨みと野菜の歯ざわりが調和する。素材の味を尊重しながらも、どこか品のある締まりがある。この時点で、「ああ、やはり他とは違う」と感じた。
焼き物が始まると、その違いはさらに鮮明になる。火入れが絶妙で、部位ごとに脂の融点と肉の弾力を見極めた焼き方。表面は香ばしく、中はしっとりとジューシー。もも肉の力強い旨みに合わせたのは、スペインのアルバリーニョ「A Cesteira」。潮風を感じるようなミネラルと酸が、脂を洗い流しながら旨みを引き立てる。まるでワインが焼き鳥の“余韻担当”になっているかのようだった。
続いての「Anjou Blanc」2022は、トリスタン・ブーディニョンによるシュナン・ブラン。蜂蜜や白い花のニュアンスを持ちつつ、骨格のある酸が印象的で、砂肝のコリッとした歯応えと見事にシンクロする。一般的に砂肝は硬さが残りがちだが、ここのものは驚くほど滑らかで、香ばしさの中に甘みがある。焼き師の技術か、あるいは仕入れそのものが特別なのか、とにかく異次元の仕上がりだった。
さらに、シャブリ・プルミエ・クリュ「Domaine de l’Enclos」や、プイィ・フュッセ「Famille Cordier」が続く。前者はキリリとした酸とミネラルが印象的で、せせりの脂に軽やかな切れ味を与える。後者のプイィ・フュッセは、熟した果実と樽の柔らかな香りが特徴で、鶏皮のカリッとした部分とのペアリングが至福の瞬間を生む。焼き鳥と白ワイン、という固定観念を超えた組み合わせがここでは自然に成立していた。
そして何より印象的なのは、「どの串を食べても、鶏の個性が際立つのに、全体として一本の物語になっている」こと。一本ごとに味の重なりとテンポがあり、まるでコース料理のような構成美がある。素材、焼き、塩加減、温度、ワインの流れ──そのすべてが緻密に設計されている。
「鳥匠いし井 ひな」は、単なる焼き鳥店ではなく、“鶏を通して美学を味わう場所”だ。仕入れ、火加減、酒との調和、どれもが職人の哲学に裏打ちされている。アクセスの分かりにくささえ、この特別な体験の一部に感じられる。わざわざここまで足を運ぶ理由が、確かにある。
2025/10/26 更新
鳥匠いし井ひなでの2回目の訪問は、前回の感動を確信へと変えてくれる、まさに“再訪する価値”を強烈に感じる時間でした。前回いただいた焼き鳥の味が忘れられず、期待を胸に伺いましたが、その期待を軽々と超えてくる一串一皿の完成度に、改めてこの店の凄みを思い知らされました。
まず一口目のスープから、旨味の層が違う。鶏の滋味深さと香りがまっすぐに立ち上がり、余計な装飾を一切感じさせないのに奥行きが深い。「あぁ、またこの店に帰ってきたな」と自然に身体が反応するような安心感があります。
串はどれも火入れが完璧で、部位ごとの個性を最大限に引き出している。ささみはしっとりとして繊維がほどけるように柔らかく、生姜の香りが繊細な甘味を引き立ててくれる。皮は香ばしさとジューシーさのバランスが見事で、噛むほど旨味が溢れる。砂肝はキレのある歯ざわりの後に広がる濃い旨味が印象的で、コースの中でしっかりアクセントになっている。
そして特に心を掴まれたのが、ねぎま、手羽先、そして野菜の串。ねぎまは肉のコクとねぎの甘味の一体感が素晴らしく、単なる定番の一本ではなく“技術がある店が焼くねぎま”の凄さが伝わる一串。手羽先は皮目の香ばしさと肉のジューシーさの対比が圧巻で、添えられた調味がそれをさらに引き立てる。焼きの香りが鼻に抜け、噛むたびに幸福感が広がる。
さらに印象深かったのは、間に挟まれる一品料理たち。蓮根の揚げ物はサクッと軽いのに旨味が濃く、食感が楽しい。にらやねぎなどの野菜串は、焼くことで甘味と香りがぐっと引き出され、鶏の旨味との心地よいリズムを作ってくれる。コースの流れが非常に美しく、まるでフレンチのような構成力を焼き鳥というジャンルの中で実現している。
締めの土鍋ご飯は、まさに「鳥匠いし井ひな」の象徴ともいえる存在感。蓋を開けた瞬間の香り、銀杏や里芋、鶏そぼろの彩りと滋味深さ、そして米一粒一粒の弾力と香り。贅沢なのに優しく、身体にすっと染み渡る味わいで、ここまでのコースを完璧に締めてくれる。
2回目の訪問だからこそ分かる、技術の高さ、味のブレなさ、そして店全体の“気”の良さ。焼き鳥という枠を超え、食体験として明確に一段上のステージにある店だと再認識しました。やはり、心の底から「おいしい」と感じられる名店です。次はいつ伺おうかと、食後すぐに考えてしまうほど魅力的な夜でした。