『売買は金。バイバイは菌。日本人なら味噌汁だろ!・・・お茶漬けかも? ~♡』パコ崎ミャ子さんの日記

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パコ崎ミャ子 (東京都) 認証済

日記詳細

一杯のお味噌汁が持つ破壊力・・・いや、違うな・・・。

一杯のお味噌汁が持つ安定感♡ 浮足立った気持ちを地にドッシリと戻してくれる安定感♡

その持っている魔法の様に身体に沁み入る馴染みの良さは、気持ちを穏やかにしてくれて意識や思考の正常化を即してくれる♡

・・・有難いナリ♡

そんな、落ち着きを取り戻すと、あらためて「食べる」ことは「生きる」ことだと、しみじみと気づかされる。

・・・その意味と言うか、本質と言うか、実感的な馴染み方は私が今思っているコトより、やっぱり年齢の高い人の語る言葉に、より重みを感じたりもすると・・・ちょっと気が付いたりもする・・・。

当然、その言葉は生活環境の変化や時代の移り変わりの中で、身に沁みた言葉だからなのだろう・・・。

「食べる」ことは「生きる」こと。

先の大戦から78年経った今、戦中に生まれた人や戦後の混乱期を知っている人は、年々と減少して行く。
大なり小なり戦争体験を本土日本で経験した人の話の中には、「食べる」ことにまつわる話は少なくない。
なんなら「食べることは、生きること」に直結している話が全てであったりもする。

戦争の色が濃くその体験に刻まれ、戦後の急激な復興時代を知る人の「体感」にある「食べる」は、今の絶対なる選択の自由を謳歌出来る私の言う「食べる」とは、そのニュアンスは似ていて異なるモノだと・・・とくに「みそめぼれ」様で、お味噌を選んで食べる度に・・・感じる。


・・・。


「なに、ガリガリじゃん。何にも食べてないでしょ?」
『・・・今、お味噌汁と塩おむすび食べてる・・・けど・・・』

「アンタ、忙しくなると頭を冴えさせるために食べないって、ホントに身体に悪いよ」
『・・・うん・・・だよね。集中力が食べると切れるから・・・うん、ダメだよね、ホントに・・・』

「じゃ、最近、ちゃんと食べたのいつ?ナニ食べた?」
『えっ・・・。いつかなぁ・・・、2日か3日前かなぁ・・・お、お、お肉とジャガイモ・・・食べた』

「エライじゃん♡ スゴイじゃん♡ なに? ステーキと付け合わせにマッシュポテトとか?」
『・・・ぅぅん。・・・カルパスとジャガリコ・・・』

「・・・うん。分かった、とりあえず、「みそめぼれ」様のお味噌汁と塩おむすびを完食しよっかネ」
『・・・ぅい・・・』


・・・。


親友とは、ほぼ毎日、なんやかんやと電話で話す。
日本に居る時は、必ず仕事の合間を縫って週に2回以上は顔を突き合わせて食事する。・・・一緒にお酒を飲む方が多いかも。ははっ~♡

最近は、イロイロな情勢から私の都合で構えられた事務所にほど近い、

「みそめぼれ」様で、

週に一回、ほんの20~30分ほど、モーニングでもランチでもディナーでもない時間帯に、サッと会ってデータをお互いにupdateし合う・・・~♡


・・・。


「・・・まだ、アンタの出番はないんでしょ? ・・・解決方法とかドコから手をつける感じなの?」
『たぶん北の方は綺麗に無くなり、さらに壁は狭い南に移動。でも・・・それは、また同じ人達にまとまりを作り出すと・・・』

「どっちにも言い分はあるし、正しいか間違いかは現状を見た話でしかないし・・・。その前に、オレの先祖は親戚は親は子供は友達は知り合いは・・・向こうに・・・と、どちらも生死のやり取りを体験しているワケだし・・・」
『・・・うん。ドコに何を配置するか・・・。今までは鍛え抜かれた筋肉の暴力があれば、大抵は解決するとされて来たけど・・・。周りが干渉する力も無くなって、全てが静観を始めて、当事者二人だけに取り残される・・・人類の文明の移り変わりとされるのが、イイのかどうか・・・』

「結局、得か損かの延長で、奪うか奪われるか、それを受け入れるか受け入れられないか・・・」
『・・・多分、私が今回の依頼の交渉とは別のことを常に思うのは・・・、こんな時こそ、宗教の使い方なんだろうなぁ・・・と』

「宗教が始まりなのに?」
『・・・うん』


・・・。


「みそめぼれ」様で今日の私のチョイスは、京都「西京白味噌」に、なめこダブルトッピングのお味噌汁と「ひとめぼれ」の塩おむすび♡
実家では、赤味噌多めの合わせ味噌で育ってきたはずだが、甘くクリーミーな白味噌に出会ってからは、断然に白味噌派♡ 代々の東京モンとしては、あるまじき姿に豹変してシマっている。ははっ~♡

私の中で、「西京白味噌」なんて言う音を聞いてしまったら、勝手に脳内モニターには「最強白味噌」との字ずらに変換され、右往左往とカラフルpopに流れ出す♡

そんな、京都由来の「西京白味噌」で作られたお味噌汁♡

口当たりが、まんず滑らか~♡ 
塩味の笑顔が、立ち合いの気合がバッチリ合ったマッサージのように綺麗に馴染み、何よりもソノ「甘さ」が身体の硬化した部分を順次ほぐしてくれる。
汁の熱さを恐々とすすり、口の中に溜め込んだ流麗なる潤いをゴクリと飲み下した後に漏れる、

「ぁぁぁあぁぁ」

の吐息が、なんとも香しいほど「甘い」♡
身体に沁み渡る馴染み方は、耳に慣れ親しんだ音のようにスッと取り込まれ、香りの甘さ、味わいの甘さ、舌触りの甘さと、四方に散りそうになる甘さをちゃんと味噌としての塩味がまとめてくれている。
そこがなんとも魅力過ぎて、激烈に素敵♡

ダブルで入れた「なめこ」の渋滞具合もtensionがアがる♡
啜り込む度にブルプルと首をウネウネさせて、ドコドコと口に飛び込んでくる。

具材が多すぎるのも汁を楽しみたい気持ちの時は、ちょっとアレだけど、味噌汁を一食のメインとするならば、具はメタくそあって欲しい・・・アタイ♡ 
モグモグと食べる具沢山味噌汁の存在感は、顎の上げ下げがポンプとなり、疲れ切っている時ほど、脳に栄養を乗せた血液をドコドコ押し上げてくれる気が・・・勝手にする♡

そこに、なんのてらいも虚も突かない塩と「ひとめぼれ」米だけの・・・おむすび♡

日本人であることの有難さを食べるほどに、切々と感じる♡


・・・。


『・・・そもそもが超激安なタイ料理屋さんなのに、青いパパイヤのシーズンが終わったソムタムが、キュウリのソムタムになったから、「まけろ」と値引き交渉して100円値切って、出て来たソムタイを「得した」とニコニコと食べるって・・・』

「なにそれ? 東京の話? パパイヤのソムタムって、そもそもいくら?」

『590円』

「安っ! それを100円値引きさせた・・・良心的なタイ料理屋で・・・?・・・うん?・・・チョット待って、それって日本人の店ではなくて、タイ人の店での話?」

『シェフはタイ人みたいだけど・・・』

「そうなると100円どうこうの話ではないなぁ・・・。常連だとしても、どんな関係性だったとしても、江戸っ子だったら「まけろ」「値引きしろ」って食い物屋では言えないね。しかも・・・、格安のタイ料理屋では、それこそ絶対に言わない」

『値引きを交渉する文化圏で育ったとか、育ちがそう言う土地の系図なら、「まけろ」「値引きしろ」と習慣的に出る言葉なのかも知れないけど・・・なんか、チョット、生粋の東京モンとしたら、この街にはそぐわない。・・・なんか、「さもしい」感じヨネ・・・』

「普段から、フランス料理でも日本料理でもインド料理でも、どんなお店でも、食べて自分の金銭感覚に合わないお店では、強固に「まけろ」「値引きしろ」を言い放っているなら、・・・あぁ、そう言う生き方なのね・・・と、流せるけど・・・」

『・・・うん・・・。普段はドコでも言わないのに、急に距離感詰め詰めで、相手が良心的で格安のタイ料理屋で、しかも働いて作ってくれている人がタイ人だと・・・これ見よがしに言うっ・・・って。その人の人間性が出ているよ。しかも、まけさせたソムタイを「旨い」「得した」とニコニコで食べている・・・って・・・』

「作る側のシェフとか、お店の人の気持ちとか考えないのかな? 「まけさせた料理」をどんな気持ちでそのタイ人のシェフは作るのか? 「値引きさせた料理」をお店の人はどんな気持ちで提供しているのか? とか。どう考えたって、お店側の人なら普通の平常心では居られ無いよね。シェフも万金のスキル発動して料理を作れるかな?」

『感性が死滅しているんだね・・・。日本人として恥ずかしいよ。外国の人がどうのとか、上とか下とかじゃなくて、薄ら笑いで人を品定めして、自分の意見をぶつけるのってクソだね。人間関係が強固に構築されていたら、逆に言えない言葉を相手を見て平然と言う・・・その感覚が皆に嫌われている原因って気が付けないって、家畜にすら劣っている・・・』

「五感で味わうとかって、旨いまずいがドウのコウのとか言う前に、作ってくれた人への感謝の気持ちがあってコソ始まる話。・・・ホント、何にも見えていない・・・。そんなコトも・・・分からない奴の言うコトなんて、しょせん誰も相手にしないカラね」

『他国の誰も解決出来ない問題を憂いている前に、自分の腐った感性の「さもしさ」を嘆いたらイイのに♡』


・・・。


お味噌。
それを溶かした汁をススル。

素晴らしい発明品ナリ♡

・・・少しだけ、お味噌の話をしたいのだけど、切り口をドコにするか・・・正直、迷う♡

日本で一括りにお味噌と言っても、その種類は、多分、県と言うよりも市と言うよりも、町とか村とか言うよりも、本当は、その家々で違う味わいがあったモノ。
今は、お味噌を買って使う方が多いカモ知れないが、今だに家や地域単位で仕込んで食べる所もあったりする。

お味噌の文化とか、イロイロとひも解くと、発祥は中国説や韓国説やアジアの各国にあったりするようだ。

当然、日本発祥の説もあったりして面白い。


私は、日本のお味噌は、「作り方」は渡来してきたモノだが、
日本のお味噌自体は、日本が「発祥」だと思っていたりする♡


簡単に言うと、日本でお味噌を作るために使う、俗に言う「コウジカビ(キン)」、麹菌(コウジカビ属 黄麹菌)「アスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae)」は、日本にしかないモノで、それを使いそこからの発酵食品である日本のお味噌を作ってきた歴史は、日本にしかないものだから。


だから、日本のお味噌は、日本が発祥と♡


当然、アジアの多くの国で、お味噌の類は似たような「作り方」で製造されて来た歴史がある。
しかし日本固有の「コウジカビ(キン)」ではなく、多くは「クモノスカビ」を利用している。

日本のお味噌の菌は、「コウジカビ(キン)」もしくは「アスペルギルス・オリゼー」という麹菌。

この麹菌は事実上、日本特産♡

麹菌は、漢字で表記すると発酵に使われる微生物のことになるが、
「コウジカビ(キン)」とカタカナで表記すると、これはアスペルギルス属のカビを意味する。

この「コウジカビ(キン)」と非常によく似たカビに、「アスペルギルス・フラバス」という緑色のカビがある。
これはアジア全域にいるカビなのだが、肝臓障害を起こし、発がん物質となるアフラトキシンという毒をつくるヤバい奴。
そのため、東南アジアでは、緑色のカビは触ってはいけないとされている。

「コウジカビ(キン)」と、ヤバい「アスペルギルス・フラバス」は見分けがつかないほどよく似ている。

しかし性質は全然違い、「コウジカビ(キン)」は、危険なアフラトキシンをつくらない。
しかも、デンプンを分解する酵素をつくる力が3倍強く、胞子の中に核がいくつもあることで発芽が早く、安定性が良い。

まさに、「コウジカビ(キン)」は、ことごとく、日本人が行う発酵醸造にとって都合の良い性質を持っている。

こんな恵まれた能力を装備した便利なカビは、世界には無く、日本にだけ生育しているのである。

・・・とっても不思議な話である♡

いろいろと知る程に都合が良すぎることが逆に疑問になったりもする。ははっ~♡

どうして、そんな神の力を携えた「コウジカビ(キン)」が日本にだけいるのか?は、誰もまだ明確に説明出来てはいないのだが・・・。

学術の世界であっても、
「たまたま毒をつくらない「コウジカビ(キン)」を見つけた古代の日本人が、そのカビを飼い慣らし、増やしたものが麹菌とよばれるようになったのではないか」
と考えられている・・・そんな話がまかり通るところが、逆に神秘的な輝きを放っている♡

「コウジカビ(キン)」、日本では、古くから味噌や酒の発酵醸造に使われていた麹菌だが、自然界の中では生命力の強いカビではない。
広くアジアで行われた、穀物をただ室に入れておく方法では、他のカビに負けて、「コウジカビ(キン)」として繁殖することはマズ出来ないほどのminorityな存在。

日本人は、たとえその存在がminorityであったとしても、
「コウジカビ(キン)」のpotentialとPurposeに輝く光を感じ、その場を与え、
Majorityの地位を与えた。

見えているものが現状なのか、未来なのか、その見出す感性こそがすべて結果につながっている♡

ともしびの神に愛されている日本人の誇りとともに♡


ははっ~♡

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