3回
2025/03 訪問
地元で愛される佐野の庶民的かつ本物のラーメン店
「佐野の本物のラーメン店は、"佐野ラーメン"を名乗らない」…これは佐野ラーメンの創始者の一人の言葉である。本当に言ったかは知らない。
佐野ラーメンと聞けば、今やアウトレットやバイパス道路沿いに長蛇の列を作る「"佐野ラーメン"の店」が思い浮かぶ人も多いでしょう。しかし、その行列の中で供されるのは、看板だけ立派な張りぼての一杯かもしれない。平打ち麺の形だけ真似して、コクもキレもないスープをすすって「これぞ佐野ラーメン」などと悦に入っているのですから、なんとも味覚音痴で愚かとしか言いようがありません。最近は「佐野ラーメンのつけ麺」とか「佐野豚骨ラーメン」とか、トンチンカン極まりない便乗ラーメンまで登場する始末。まるで偽物の土産物に財布を差し出している観光客そのもの。可哀想な人たちとしか言いようがありません。
一方で叶屋さんは、佐野に昔からある地元仕様のラーメン屋さん。ここのラーメンは、一口すすった瞬間にわかる本物。透き通ったスープは鶏ガラ主体で雑味がなく、醤油の香りと出汁の旨味がバランスよく舌を打ちます。脂のしつこさがなく、最後まで飲み干せる清澄さがあるのはこの地の水のおかげか。この絶妙な塩梅が“観光客相手の佐野ラーメン”との決定的な違いです。麺はもちろん青竹打ちの平打ち縮れ麺。手打ち特有の不揃い感があり、つるつるとした喉越しの裏にしっかりとした噛み応え。スープをしっかりとまとい、すすればすすった分だけ香りが鼻に抜ける。これぞ佐野の歴史の真髄。見た目だけ平打ちの機械麺を食べてありがたがっている観光客とは、まさに天地の差です。
餃子もまた秀逸。大ぶりで皮が厚め、もっちりとした歯ごたえに、中からは野菜の旨味がじゅわっと溢れます。焼き目は香ばしく、皮の柔らかさとのコントラストが食欲を掻き立てる。これをラーメンと一緒に頬張れば、なるほど地元客が足繁く通う理由が腑に落ちます。
結局のところ、本物を見抜けずに行列に並んでいる観光客は、己の舌が貧しいことを自ら証明しているようなもの。叶屋の一杯を知ってしまえば、二度と観光用の薄っぺらな「佐野ラーメン」には戻れないでしょう。美味しかったので、また訪問したいと思います。ごちそうさまでした。
2025/10/13 更新
2023/07 訪問
佐野ラーメンの原点〜昔からの王道のラーメン
佐野市にある老舗「叶屋」さんでラーメンをいただきました。ここは、いわゆる“佐野ラーメン”という名前が誕生する前から地元で親しまれてきた、本物の味を提供するお店。最近では観光客相手の一見さん向け"なんちゃて佐野ラーメン"店も増えましたが、ここはそれらとは一線を画す、まさに歴史と伝統の味が詰まった一軒です。
スープは透き通った淡麗系ながら、鶏ガラと野菜の旨味がしっかり感じられ、余計な雑味がないのが特徴。油っこさとは無縁で、スルスルと飲めてしまいます。手打ちの青竹打ち麺は独特のコシがありながら、ふんわりとした優しい口当たり。スープとの絡み具合も絶妙で、これぞ佐野ラーメンの原点といえる食感でした。
チャーシューは薄めながらもしっかりとした味付けが施されており、スープを邪魔しない仕上がり。メンマも柔らかめで、全体的に食べやすい構成です。近年の“佐野ラーメン”のイメージとは異なり、派手なインパクトはないものの、一口ごとにじわじわと美味しさが広がる、そんなラーメンでした。
店内は地元の方々を中心に賑わっており、観光客向けの派手な演出は一切なし。ただただ、長年愛されてきたラーメンを静かに味わう空間が広がっています。やはり、こういうお店こそが本物なのだと実感しました。佐野ラーメンのルーツを知るなら、やはり叶屋は外せません。美味しかったので、また訪問したいと思います。ごちそうさまでした。
2025/03/03 更新
仕事で佐野にせっかく来たのだからと向かったのが「叶屋」。佐野の街に昔から根を張っている名店で、ラーメンと餃子(3個入り)をいただいた。店構えからして気負いがなく、妙に派手な看板や「名物」を過剰に主張する文言もない。普通のラーメン屋…という言い方が正しいのだろうか。この時点で、ああ、ちゃんとした店だなと感じさせる。
ラーメンは澄んだ醤油スープで、余計な演出は一切ない。だが、ひと口すすれば分かる。鶏ガラを軸にしたやさしいコクがあり、毎日でも食べられる落ち着いた味わいだ。手打ちの平打ち麺は、不揃いながらもしなやかで、スープをきちんと持ち上げてくる。この「均一じゃない感じ」こそが、昔からの佐野のラーメン文化そのものだと思う。
最近の佐野には、やたらと観光客向けに露出し、土産物やメディア対応に力を入れ、「佐野ラーメン」という看板だけを前面に押し出している店も少なくない。そういう店のラーメンは、記号としては分かりやすいが、日常の食べ物としては品位に欠けることが多い。その点、叶屋の一杯は、流行りとも観光とも無縁で、地元の時間の中で磨かれてきた味だ。
餃子もまた控えめながら印象に残る。大きさで驚かせることもなく、皮と餡のバランスが良く、ラーメンの邪魔をしない。主役を張ろうとしないが、確実に脇を固める存在で、こういうところにも老舗の技を感じる。
ここで食べて思ったのは、佐野のラーメンは本来こういうものだったはずだ、ということだ。わざわざ「佐野ラーメン」と名乗らなくても、土地と一緒に積み重なってきた味が自然とそこにある。観光のための料理ではなく、生活の中の一杯。その価値を、叶屋は静かに教えてくれる。美味しかったので、また訪問したいと思います。ごちそうさまでした。