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タイムマシンに乗ったら生命誕生前の地球だった

ルカはストロボがチカチカ光る複眼式サングラスをはずす。そして再び防火窓の外を観察する
天中には太陽。空はほとんど闇に近い厳かな群青色。太陽エナジーが降り注ぐ。莫大な光の流入が地表に影の存在を許さない。
エレーナも顔の半分以上あるストロボチカチカの複眼式サングラスをはずしながら彼の背後にやってくる。
「ルカ。薬の時間だわ」
記憶安定トランキライザー2錠と抗ゲシュタルト崩壊薬1錠をルカに渡して彼女も同じ量服用する。

ルカは複眼式サングラスをはずしたまま防火窓から外を観察し続ける。動いてるものはなにも発見できない。ただ唯一クレーターの隆起の向こう側の空が赤、ピンク、オレンジと混じり合いながら少しずつ淡く変化しているのが見える。まるで彩色イズムの画家が壁に幻燈を投影させているようだ。
エレーナはソファーに膝を斜めに揃えてまるで高貴なご婦人のごとく座っている。だがその姿は他人が見たら、この世界に彼ら以外の他人がいたらだが、かなり異様にうつるだろう。彼女はフライ複眼式サングラスにパオパオノーズを顔に装着している。

パオパオノーズは３年前に保健安全省からエレーナ宛てに支給された。医療器具だろうがルカは彼女が身体的になんらかの治療行為を必要としているかどうかは認識していないしその器具自体も彼はあまり関知していない。ある日エレーナがいない間1度だけパオパオノーズに触れたことがある。ポークピンク(豚肉桃色)の表面はまるで収穫直後のナスのようにぷよぷよとしていてどこかポルノチックな官能性を発散していた。

ルカは再びフライ複眼式サングラスをして防火窓から外を観察する。目の前は岩が灰に覆われた櫟地が広がりその先には地上5メートルほどのクレーターが隆起している。太陽は西に移動している。エレーナは相変わらずフライ複眼式サングラスとパオパオノーズを顔に装着したまま優雅に足を揃えてソファーに座っている。彼女の視線がどこに向いているかは見えない。もしかしたら眠っているのかもしれない。ルカは動いているものはないか外を眺める。風も音もない。彼は太陽の光が照らし作る影だけがじわじわと暗黒を拡げ動いていくのを知る。

暗黒の世界からの帰還。

僕は沼地から四輪駆動車を走らせて海に戻る。７月のある日。悪路をひさしく進むと消波堤の先に空色の空と穏やかな海が見える。沼の不気味な沈黙から解放された僕はラジオを再びつけてみる。
太陽エナジーがフライ複眼式のサングラスをつけた彼女が蜜蜂になって夏の花々を飛び移るのを後押しする。
ラジオはふたつの見解を伝えた。
「四日後の土曜日は雨です」
「これはテロリズムではない。単なる私刑だ」
軽快な音楽とともにコマーシャルが流れる。
♪あなたの思い遣りがあなたの優しさ
私達の思い遣りが私達の優しさ
愛と平和と協調のためにお祈りしましょう
国家情報統制局からのお知らせでした♪
CMが終わる。ラジオからの情報は全て国によって管理統制されている。
「国家情報統制局提供の星占いの時間です。皆さんはこの星占いが100%当たるものにするために必ず本日の行動でこれを実践しなければなりません。今日は7月○日乙女座から。ラッキーカラーはスモークグレー。ラッキーワードは自助協力。 ラッキーアイテムはピン。乙女座のあなたは職場では笑顔で上司に接しましょう。……」僕はラジオのボリュームを下げ消波堤が波しぶきを上げる舗装された道路を進んで行く。海と原野のあいだを街に向けて四輪駆動車を走らせる。
ラジオから流れるカエターノのアレグリアアレグリアのメロディが消え緊急放送の警告音。
「こちらは保健安全省警察局です。汚染地域から非汚染地域に許可なく移動した2名のIDを公表します。この2名に心当たりある方はすぐに警察局に連絡すること。90125。911…」僕はラジオのボリュームを下げる。

街のクラブにて。

僕はコロヴァミルクを飲み座っているとホステスがやってきた。彼女はバナナ生地に空豆色水玉模様のコビッタンブーツを履き顔全体を黒いショールで覆い隠していた。店内はチャイコフスキーのアンダンテカンタービレが静かに流れていた。
「アランドロンは死んだ」彼女が早口で言う。
「映画の話しか?確かジャンヌモローは生きている。愛人を見殺しにして。君は記憶形成トランキライザーは持ってるか？」僕は彼女に尋ねると僕に錠剤を手渡した。
「あなたはパオパオノーズしていないけれど無断越境者?警察局にみつかったらかなり厄介よ。無期限隔離か下手したら公開処刑よ」
ホステスは顔を覆っているショールを少しめくりポークホワイトのパオパオノーズをちらりと見せた。僕は今、無限の自由なるものを思い浮かべることができるだろうか？僕は短く歌を歌った。
「君、ドロンは何で死んだんだ」僕は言った。
「彼は愛とか信頼に肩を寄せすぎたのよ。殺し屋なのに拳銃の弾倉を空にして現場に行った」
僕は彼女が顔をショールで隠しているのでどんな表情でしゃべっていたかはわからなかった。

沼に引き返す。

この沼は遥か昔氷河期に海が干上がって海から切り離されてできた。海から取り残されたもの達は生き伸びその後どこかに通じる水路のようなものを通り抜けてどこか違う世界に行ってしまったのだ。ラジオの音量を上げる。「今日の最強の運勢は双子座のあなたです。家族や友人に親愛の情を示しましょう。きっと良い…」音量を下げる。しばらくすると何かが近づいてくる音が聞こえてくる。後ろの沼地の反対側から。おそらく今までとは違う肌合いの暗黒が。その暗黒の息使いが忍び寄る。
別の暗黒の世界から元の暗黒の世界への帰還。

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