2回
2024/12 訪問
大宮大勝軒のチャーシューワンタン麺と生玉子
その日、大宮駅を降り、商店街を抜けると、「大宮大勝軒」の白い暖簾が遠くに揺れているのが見えた。その暖簾の揺らぎは、まるで誰かが昔から知っている秘密の場所をそっと教えてくれるようだった。開店したばかりのはずなのに、店の中はすでに満席で、店内には静かに待つ人たちの列ができていた。その列には、不思議な秩序と緊張感があった。どこか、正確に刻まれるメトロノームの音を思わせた。
店外には煮干しの香りが漂っていた。それはただの香りではなく、時間と空間を一気に飛び越えるようなものだった。幼い頃、台所の奥から聞こえた鍋の音、祖母が静かに注いでくれた温かいスープ、そんな記憶の欠片が浮かび上がってくるような感覚だ。僕は、久しぶりにチャーシューワンタン麺を頼むことに決めた。そして、熱々の麺を生玉子にくぐらせる喜びを思い出し、生玉子も追加した。
大きな器がテーブルに置かれた瞬間、その重量感と存在感が空間全体を支配した。器の中のスープは、まるで静かな湖面のように表面が美しく輝き、その上にカメリアラードの油膜がきらきらと踊っていた。それはただのスープではなかった。熱量、味わい、時間の結晶。それは、人生の中で出会う一瞬の輝きのようだった。
レンゲを手に取り、スープをひと口すする。それは単なる熱々ではない。熱々熱だった。煮干しの出汁が舌に触れた瞬間、まるで何百年も閉じ込められていた感情が一気に解き放たれるような衝撃が走った。そしてその後、優しく、深く、そして圧倒的に穏やかな余韻が残る。それは、一つの物語を丸ごと飲み込んだかのような体験だった。
麺をつかみ、生玉子にくぐらせる。その動作は、まるで精巧に設計された舞台の一部のようだった。もちもちとした麺が玉子の滑らかな膜をまとい、スープと絡み合う。それは、ジャズセッションの最高潮に訪れる即興の妙技に似ていた。すべての要素が完璧に調和し、同時にそれぞれが独自の個性を輝かせていた。
黒豚チャーシューはしっとりとした肉感と香ばしさを持ち、メンマは控えめでありながらその存在感を主張する。そしてワンタン。少しまとまっていたけれど、熱々のスープにほぐされると、まるで硬く閉じた花が春の陽光に誘われて開くように柔らかくほどけていった。
ラーメンを食べ終えた頃、汗が額を伝っていた。器の大きさ、レンゲの形状、水の冷たさ、氷の透明感。すべてが一つのシステムとして機能し、この一杯を完全なものに仕立て上げていた。それは、ただのラーメンではなく、一つの完成された哲学だった。
暖簾をくぐり外に出ると、冷たい空気が肌に触れた。それはまるで、熱い湯に浸かったあと冷たい水をかけられるような鮮やかな感覚だった。冬の日差しは優しく、遠くで誰かの笑い声が聞こえた。それは、人生においてたった一度だけ訪れるような、完璧なバランスの瞬間のように感じられた。僕は深呼吸をし、心の中でそっと呟いた。「また来よう。」
#大宮大勝軒
2025/01/01 更新
今朝、目が覚めた瞬間から僕の心は永福町大勝軒に向かっていた。煮干しの香る熱々のスープ、もちもちの中華麺、大きな丼。まるで長年連れ添った恋人のように、その味の記憶が僕の中に染みついている。けれど永福町の行列はいつだって長く、冬の北風は冷たい。だから今日は大宮大勝軒にすることにした。イズムをしっかり受け継いだ、素晴らしい一杯を食べるために。
大宮駅を降り、雑多な街並みを抜けて歩くうちに、ふわりと煮干しの香りが漂ってきた。ああ、もうすぐだ。視界に店の暖簾が現れると、体の芯がじんわりと温まる気がした。扉を押し開け、席に座る。ビールを頼み、運ばれてきた瓶を眺める。永福町にはない、ここだけの選択肢。それが嬉しい。グラスに注ぐと、泡がきめ細かく立ち上り、心の隙間に染み込んでいくようだった。
ビールのおつまみにはしいたけがついてくる。素朴な味わいがしみじみと美味しい。きっと出汁を取った後のしいたけなのだろう。それをただ捨てずに、こうして酒の肴にするなんて、なんだかサステナブルじゃないか。箸でつまみ、ゆっくりと噛みしめる。出汁を取られた後でも、なお深い味わいを残している。まるで何かを失った後に、初めて気づく大切なもののように。
やがて、大きな丼が運ばれてきた。その存在感に毎回圧倒される。人間の顔よりも大きな丼に、たっぷりと注がれた琥珀色のスープ。その上に浮かぶラードの層が、まるで薄い氷の膜のように表面を覆っている。レンゲですくい、一口すする。わかってはいたけれど、やはり熱い。舌の上でじんわりと煮干しの旨味が広がる。香りが鼻腔を抜け、遠い昔の記憶を呼び起こす。これは単なるスープではない。寒い冬の日に母が作ってくれた味噌汁のような、心に直接響く味だ。
スープばかり飲んでいると、麺になかなか辿り着けない。でも、そろそろいこう。箸で持ち上げると、もちもちとした麺がしなやかに揺れる。ツルッとした喉越しが心地よい。この優しいスープとよく絡むのが、永福町大勝軒系の特徴だ。夢中で食べ進める。途中、生玉子にくぐらせると、まるで柔らかな絹をまとったように滑らかな舌触りになる。これはたまらない。
気がつけば、丼の底が見え始めていた。外は相変わらず寒いはずなのに、食べ終えた僕は汗だくだった。心も体も満たされ、ゆっくりと席を立つ。外に出ると、冷たい北風が頬を撫でた。でも、もう寒くはなかった。きっと、体の内側に小さな太陽を宿したからだろう。
#大宮大勝軒
#永福町大勝軒