34回
2024/04 訪問
私が生きる意味
◆ブーダンノワール
◆ガスパチョ
◆しらすとクリームのクレープ ラクレット
◆朝霧高原豚のパイ包み焼 マデラソース
◆北海道産ホタテ アンチョビのソース
◆子兎のロニョナード マスタード風味
◆パイナップルゼリー
◆コニャックを効かせたパンナコッタ
◆ブーダンノワール
実家の味。
◆ガスパチョ
夏の先取り。
甘酸っぱさが活きたトマトの中で、セロリが爽快に弾け、玉ねぎがシャキシャキと響く。
◆しらすのクレープ
クレープ生地から香るバターに吹かれ、しらすがひらりひらりと口を舞うと、桜吹雪の風情漂う。
クリームに埋もれることなく、ラクレットチーズの塩気にも負けていない。
しらすが、しらすであることを誇った甘みが、次第に舌の上に積もっていき、心が掴まれる。
食いしん坊は、桜に心が動かないが、しらすには心揺らぐ。
◆朝霧高原豚のパイ包み焼 マデラソース
パイ包みがメニューにあると、分かりやすくテンションが上がる。
これは、朝霧高原豚のパイ包である。
サクッとナイフを落とせば、豚の滋味が湯気となって昇り、肉汁がソースへ流れる。
富士山麓でのびのびと育てられる朝霧高原豚は、脂が澄み切っていて、健やかで香り高い。
サラサラと流れ、マデラへと落ち、一つの川となって喉へと落ちていく。
残るのは、甘やかな余韻のみである。
◆北海道産ホタテ アンチョビのソース
実にマスキュリンなホタテである。
貝柱を噛むと、歯が吸い込まれていく快感があり、色っぽい海のエキスが顔を出す。
ひもはシコッと歯の間で弾み、卵巣には貝柱とは違った艶やかな甘みがある。
穏やかに見えるホタテだが、内面の強さはかなりのものである。
アスリートの様に、強靭なる精神と肉体を内に秘めている。
口の中に押し寄せる波間の潮騒に、身体がゆっくりと溺れていった。
◆子兎のロニョナード マスタード風味
自由奔放な子兎が、舌の上を駆け巡った。
背肉に歯が食い込むと、しなやかな筋肉の味が広がり、内臓には滾るような血の味があって、奥底から深い滋味が顔を出す。
大人になろうとする勢いと未熟ゆえの危うさがあって、なにかいけないことをしている様な感覚があって、胸が高まる。
下に敷かれたキノコとマスタードソースは、そんな子兎を優しく見守っていた。
◆パイナップルゼリー
なんてことない見た目をしているが、パイナップルの甘みが凝縮。
◆コニャックを効かせたパンナコッタ
パンナコッタなのに噛み締めていた。
なめらかだが、濃縮した乳の香りや甘みが奥底からググッとせせり出し、舌や歯茎に絡みついて離さない。
コニャックに陶酔した牛が、舌の上を身悶え、だらしない甘みが広がっていく。
2024/05/01 更新
2024/04 訪問
私が生きる意味
◆ブーダンノワール
◆豚レバーと野菜のマリネ
◆大山鷄と穴子の温製テリーヌ
◆プティポワ・ア・ラ・フランセーズ
◆スズキのロールキャベツ
◆仔牛のブランケット
◆バナナのアイス
◆ヌガーグラッセ
◆ブーダンノワール
実家の味。
◆豚レバーと野菜のマリネ
塩と酢だけのシンプルな構成で味がバシッと決まっている。
レバー特有のパサつきがなく、凛々しい鉄分に高揚する。
◆大山鷄と穴子の温製テリーヌ
日本にとって穴子料理といえば、煮ツメを引いた煮穴子。
絶対的な美味しさであるから、煮穴子か、それ以外か。
どうしても比較してしまう。
これは、豚の背脂で穴子を大山鳥を包み込み、キャラメリゼした温製テリーヌである。
口にした瞬間、舌にふわりと着地して消える煮穴子とは違う。
目が詰まった凛々しさがあり、むちっと筋肉質な大山鷄と張り合いを見せる。
噛めば、甘みが鶏の健やかな旨味と抱き合い、キャラメリゼのソースが煮ツメの役割を果たし、陶然という言葉が脳みそを埋める。
添えたアスパラガスは青みが太く、鮑は滋味深い。
テリーヌに寄り添い、陸海空の全てが共鳴しら響き合う。
新作というのに、遥か前から存在していたことを思わせる見事な調和である。
煮穴子か、それ以外か。
この2択に新たに加わる、傑作穴子料理であった。
◆プティポワ・ア・ラ・フランセーズ
"Petits pois à la française"
「バター香る、グリンピースのフランス風」
豆が主役の素朴な料理だが、歴史ある立派なフランス料理の一つである。
玉ねぎとベーコンをまとめ上げるグリンピース。
そこに、海老を詰めたモリーユ茸が加わり、春真っ盛りだ。
口に近づければ、
バターと玉ねぎの甘香がそよそよと鼻を抜け、グリーンピースのいなたい青味とモリーユ茸の滋味が細胞へと染み渡っていく。
温かな空気が胃袋に立ち込め、身体全体で春を感じ、そして癒される。
特別に旨いものではないが、これなしでは春を過ごせない、そう思わせる不思議な力のある料理なのだ。
◆スズキのロールキャベツ
キャベツに包まれた繊細なスズキをトマトの酸味がキリッと引き締める。
◆仔牛のブランケット
「肩の力を抜きなよ」
仔牛が耳元で囁いてきた。
環境が変化する新年度を迎え、目まぐるしく過ぎ往く日々に早くも徒労気味だったが、仔牛のブランケットに救われた。
サクサクと軽いパイを破れば、バターとソースが交錯した温かな空気に包まれ、身体の力がふっと抜けていく。
ほっくりと煮込まれた春野菜をソースに絡めれば、心が温まり、口元が緩む。
幼い仔牛をクリームのコクと甘味が盛り立て、乳香るゼラチン質が舌に沿う様に溶けていく。
バターライスを絡めて食べれば、野菜と仔牛が溶け合った甘美が米の甘みと重なり、笑顔を呼ぶ。
無論パイも器の中に落としてやる。
米とパイのW炭水化物で、血糖値を上げてハメを外す。
背徳感という調味料が加わって、美味のボルテージが上がる。
ブランケットに救われ、元気づいた。
明日も頑張ろうと思える食事は、尊いものである。
◆バナナのアイス
バナナ好きにはたまらないものがある。
◆ヌガーグラッセ
世界一のヌガーグラッセのエベレスト盛り。
2024/04/27 更新
2024/04 訪問
私が生きる意味
◆ブーダンノワール
◆ホワイトアスパラガスのブランマンジェ
◆野菜のエチュベ
◆車海老・鮑・雲丹のコロッケと椎茸
◆鰻のキャラメリゼ
◆オックステールの煮込み
◆チーズケーキ
◆ブーダンノワール
実家の味。
◆ホワイトアスパラガスのブランマンジェ
自立するギリギリで固まったホワイトアスパラガスのブランマンジェ。
スプーンで綺麗に救えるのだが、口に含んだ瞬間淡雪となって消え、幻になる。
生ハムの熟れた塩味とオリーブオイルのキレが良い酸味が、アスパラの純真に光を当て、甘やかな春が余韻として残り、たなびいていく。
◆野菜のエチュベ
セロリ、胡瓜、人参、カリフラワー、パプリカ、玉葱、ヤングコーン。
野菜一つ一つから、命の雫が滴り、舌の渇きが潤っていく。
清らかなハーブに細胞が洗われ、健やかな旨味が、寄せては返す。
静かな空間で、野菜達の合唱が響きわたる。
◆車海老・鮑・雲丹のコロッケと椎茸
コロッケにナイフを入れる瞬間、いつもドキドキする。
中の具材は何だろうか、想像してワクワクする。
フランス料理ないし高級店では、供されると同時に説明が入るので中身は分かってしまうのだが、具材の大きさや密度はナイフを入れないと分からない。
ザクッ。
快音が響けば、海老と鮑が勢いよく飛び出てきた。
コロコロではなくゴロゴロ、皿の上で地響きが鳴り響く。
想像よりも大きくて、思わず喉もグッと鳴る。
たまらず齧り付くと、旨味の爆風に吹き飛ばされた。
痛快な歯応えで海老は弾け、ほんのりと甘いエキスを流す。
鮑に歯が食い込めば、波間の潮騒が口の中に濃縮され、雲丹は熱されて空気を含んでいるかのように、ふわりと溶けていく。
その瞬間に流れる空気には、甘い香気があって、官能がくすぐられる。
魚介たちの逞しさやしぶとさが一つとなった、めくるめく味わいが口の中で爆ぜる。
タルタルもまた、楽しみの一つだ。
濃密か、はたまたあっさりか、酸味強めか否か。
このタルタルは、酸味弱めの優しいやつ。
濃密な雲丹に共鳴し、控えめな酸味が油の香ばしさを品よく引き立てる。
具材が上等なのだから、これぐらいがベスト。
やっぱり、コロッケは楽しい。
コロッケは、エンターテインメントだ。
◆鰻のキャラメリゼ
愛を感じる鰻である。
噛めば、皮が弾け、しっとりと優しい身に歯が抱き込まれる。
カリっと香ばしい皮目と、蒸された様に柔らかな身の対比は美しく、やがてまとわりついてくるゼラチンの濃い甘みが、生物としての逞しさを感じさせる。
焼かれてなお生きており、人間と一体になろうとする意識が在って、一噛毎に心が甘やかに溶かされていく。
五十嵐シェフといえば鰻、鰻と言えば五十嵐シェフ。
鰻を理解し敬った結果、鰻もまた手にかけられることを受け入れる。
食べられることを望み、ソースに寄りかからず、自らの味を主張する。
長きに渡って育まれた、相思相愛がここにある。
◆オックステールの煮込み
ソースの漆黒に映し出された、照明の満月を目にして、獣人と化した。
身の毛が逆立ち、奥底に眠っていた野性が目覚め、理性を失った。
尻尾のコラーゲンや滋味、太い酸味、ワインとフォンが交じり合った気高い旨味。
思わず、ナイフとフォークを手放す。
圧倒的な味の輝きに、我を忘れ、素手で屠る、屠る、屠る。
肉を引き裂き、骨をしゃぶり、最後の一滴まで余すことなく、ひたすらにがむしゃらに屠る、屠る、屠る。
こんな姿は、人には見せられない。
お一人様だけの特権である。
◆チーズケーキ
甘いものは別腹というが、ここまでくると別腹どころではない。
「好きなだけどうぞ」とホールで供されたチーズケーキを前にして、マダムに問うた。
「みなさんどれくらい食べますか?」
「1/3は軽く食べる方もいらっしゃいますね。」
まじか。
コースを一通り食べてから、1/3食べるのか。
正直、1/4でも十分である。
だが、負けたくない。
「1/3ください!」
食いしん坊のプライドが、自然とそう声を上げた。
スフレはもはや空気なので余裕だが、これはむっちりねっとりのハードなベイクド。
エスプレッソを間に挟みつつ、なんとか食べきったが、完全にやりすぎた。
もう、今年はチーズケーキを見たくない。
「おぉ、よく食べましたね」
「なんとか食べました、大満足です。」
「このチーズケーキが好きな常連の女性は、毎回1/3は必ず食べるんです。」
完全敗北。
女性の甘いものに対する熱量は、偉大である。
2024/04/22 更新
2024/03 訪問
私が生きる意味
◆ブーダンノワール
◆スズキのマリネ アンチョビ
◆ウニのウフブルイエ
◆春野菜のリゾット
◆甘鯛のポワレ
◆プーレジョーヌのロースト
◆ほうじ茶のアイス
◆ババオラム
◆ブーダンノワール
◆スズキのマリネ アンチョビ
◆ウニのウフブルイエ
「ウフブルイユ」
音感がそうさせるのか、口にしただけでなんだか気持ちが良い料理である。
口に近づければ、バターの甘い香りが鼻をくすぐって、「あぁ」と言葉を漏らす。
食べれば、鳥のフォンやバターのコクと空気を孕んだスクランブルエッグの穏やかな甘みが、とろんと舌にしなだれ、心を平穏にする。
そこに、雲丹の磯風がさりげなく抜け、目を細める。
昼下がりに食べれば黄昏を呼び、晩に食べれば1日を甘美に締め括る。
いつ何時口にしても、気持ち良くなる「ウフブルイユ」。
◆春野菜のリゾット
「ありがとう」
自然と声が漏れた。
「春野菜のリゾット」である。
ゆっくりと流れる米の甘みに、蛍烏賊がねっとりと絡み、野菜がサクサクとリズムを鳴らす。
米の慈愛に心が和み、蛍烏賊の呼吸に胸が焦らされ、春野菜の声に身体が洗われる。
一皿の中にドラマが在って、扇情が煽られる。
山と海が手を取り合った春の豊潤に、感謝の念が目覚めていった。
◆甘鯛のポワレ
甘鯛が笑っていた。
香ばしい皮目を破れば、淑やかな身がほろほろと崩れ、緩い甘みが顔を出す。
クリームソースは優しく寄り添い、甘鯛を温める。
トリュフを纏ったミルフィーユ状のキャベツは、トリュフが精妙で出しゃばっていない。
キャベツの凛々しい繊維を際立て、甘鯛に色香を灯す。
咀嚼し、味わい、喉へと落とすと、甘鯛が喜んでいるのが分かった。
◆プーレジョーヌのロースト
「鶏は人気が無いんです。」
高橋マダムがそう言った。
気持ちは分からなくもない。
鶏は庶民的で身近な肉だ。
故に、折角なら家庭では簡単に味わえない牛や羊を食べたい気持ちは分かる。
だが、このプーレジョーヌを食べてみてほしい。
パン粉を纏った皮目を齧れば、香ばしい火花が上がる。
ハリのある若々しい肉体に、歯がむっちりと抱き込まれ、旨味が爆ぜる。
脂は澄んでいるが、奥底に逞しい滋味があって、舌の上を力強く駆け抜け、命の鳴動を鳴らす。
そこへ、モリーユ茸とポルト酒のソースが寄り添う。
立ち昇る森の神秘と熟れた芳香が、プーレジョーヌの凛々しさをほぐし、色気が漂い始める。
食べ進めるごとに上気していく感覚がある一方で、官能がくすぐられ、身体が弛緩していく。
鶏は庶民的で身近な肉だ。
故に、このプーレジョーヌの感動は、ひとしおなのだ。
◆ほうじ茶のアイス
◆ババオラム
アレルギーを自称する程の下戸であり、美味しさが未だ分からない人間なので、基本アルコール類の摂取は避けている。
「本日のデセールはババオラムです。」
その言葉を聞いて、少々がっかりしたが、口にして目を丸くした。
ラムはしっかり感じられるが、シナモンや檸檬等を纏ったパイナップルの爽快で、アルコール特有の香りが和らいでいる。
クレームシャンティは、口内のどこにも引っかからず、乳脂の甘やかな余韻を舌に沿わせ、果実をまた引き立てる。
プリフィックスやアラカルトでは決して選ばないだろう。
コースだからこその予期せぬ出会いに、感謝の祝福を。
2024/04/19 更新
2024/03 訪問
私の生きる意味
◆ブーダンノワール
◆3種のカナッペ
◆ホワイトアスパラガス パイナップル
◆鰻の冷製テリーヌ
◆ヒラスズキの蒸し煮
◆フローマジュ・ド・テット マデラソース
◆フルーツのスープ レモングラスの香り
◆トマトソルベのグラタン
◆ブーダンノワール
実家の味。
◆3種のカナッペ
生ハムと卵
ロックフォールチーズ蜂蜜いちじく
大山鳥のテリーヌ
◆ホワイトアスパラガス パイナップル
茹でたホワイトアスパラガスに、パイナップルのソース。
生きたみずみずしさと、加熱されて膨らんだ香りや甘味が、噛むたびにエキスとして流れ出る。
甘くほろ苦いエキスが、パイナップルソースによって盛り上がり、舌に流れ込む。
オレンジの爽快を纏った濃密な雲丹とふくよかな海老は、それぞれが穂先の切ない甘味、真ん中の逞しさ、根本のミネラルと呼応する。
それは、地と海が手を結び合った、幸せのドミノだった。
◆鰻の冷製テリーヌ
新作にして、スペシャリテとして君臨する風格が既にあった。
鰻の皮目、身、煮詰めたフォンを固めたジュレを重ねた冷静テリーヌである。
プチッと弾ける皮目のゼラチン、しっとりとした白身、純度100のジュレ、三つの層を舌に乗せて歯で崩す。
甘やかなコラーゲンと筋肉の隆々さと黒々とした肝の苦味。
其々が個性を発揮し、魅力を競い合うが、同じ鰻故に収斂する。
そこへ八角の甘みが漂って来て、鰻の鰻たる甘やかな余韻を飾り立て、重箱いっぱいの鰻重よりも鰻を感じる。
2024/3/24
新たなスペシャリテが産声を上げた記念日。
◆ヒラスズキの蒸し煮
ヒラスズキは微笑んでいた。
品の良い甘味に満ち、隆々な肉体はふっくらと弛緩していた。
ほぐれた肉体に、滋味溢れる蛤のエキスや色灯ともす蛍烏賊、ほくほくとした空豆の穏やかな青味が寄り添い、喜んでいた。
そんなヒラスズキに、身体がゆっくりとほぐれていくのであった。
◆フローマジュ・ド・テット
食べた瞬間、豚になっても良いと思った。
皮のコラーゲンの甘さが目を細めさせ、頬肉が歯を抱き込み、脳味噌が心を溶かし、耳がコリっと弾む。
四角形の中に様々な旨味と食感が潜んでいて、歯や舌に訴えかけてくる。
その渾然一体を、マデラの典雅が盛り立て、食べ進める毎に豚のコラーゲンがソースに滲み出して色艶が増し、「もうやめて」と言いたくなってしまう。
フローマジュ・ド・テットになる前の豚の写真を見せてもらったが、桜色の鼻と長いまつ毛の美人だった。
このべっぴんさんと結ばれるなら、豚になっても構わない。
「旨い…ブヒ…。」
自然と口から声が漏れた。
◆フルーツのスープ レモングラスの香り
清廉なレモングラスの魔法によって、豚から人間へと戻ることができた。
◆トマトソルベのグラタン
「とっておきのデセールです、トイレは必ず済ましておいて下さい。」
高橋マダムから、そう言われて落ち着かなかった。
「トマトソルベのグラタン」である。
冷たいトマトソルベに熱々のサバイヨンを乗せたこの一皿は、供する時間から逆算して、塩を加えたトマトピュレを機械にかけてソルベにする。
ゆるすぎては味がぼやけ、固まりすぎてはサバイヨンとの一体感が失われる。
ゆるすぎず固すぎずの絶妙な一瞬を逃すべく、トイレは事前に済ませねばならないのだ。
ひんやりと冷たいトマトソルベは、舌あたりが滑らかで、口内のどこにも引っかからず溶けていく。
土から吸収した豊富な水分を抱え、塩によって引き立った甘味と酸味の均整が美しい。
そんなソルベがサバイヨンと抱き合う。
極端な温度の対比が味蕾を覚醒させ、トマトに卵の穏やかな甘味がしっとりと寄り添う。
バニラの芳香が抜けていけば、色気が漂い始める。
「人参のムース」にも言えることだが、五十嵐シェフは、主役級ではない素朴な食材に光を照らし、エレガントを広げる。
そこには豪華絢爛な食材をいただくのとは違う、日本的雅があり、感動があるのだ。
2024/04/15 更新
2024/03 訪問
私の生きる意味
◆ブーダンノワール
◆新玉ねぎのアイスクリーム
◆冷静カッペリーニ 蕨 筍菜の花甘海老
◆鰻のファルシー
◆平目、帆立、鮑のスープドポワソン
◆和牛頬肉のマデラ酒煮込み
◆トマトのゼリー
◆ミルフィーユ
◆ブーダンノワール
◆新玉ねぎのアイスクリーム
最近は野菜達に魅了されることが多くなった。
腸の調子を整えるためにビーツと人参のコールドプレスジュースを常飲しているが、効果は勿論美味しいのが嬉しく、毎朝の楽しみの一つになっている。
お気に入りのピッツェリアのサラダでは、スーパーには並ぶ事がない珍しい野菜が味わえ、野菜とは奥が深く、掘りがいのある魅力的な領域であることを教えてくれる。
この「新玉ねぎのアイスクリーム」も、また野菜の魅力に溢れた冷前菜である。
元々辛味が控えめで甘味の強い新玉ねぎだが、こうも柔らかく丸いとは。
キャビアとオリーブオイルのキックする塩気も相まって、バニラやキャラメルを思わせる程に甘い。
世の子供達よ。
お母さんお父さんにアイスばかりを食べていることを怒られたら、この新玉ねぎのアイスクリームを教えてあげると良い。
両親はきっと喜んで、食べさせてくれるに違いない。
◆冷静カッペリーニ
冬の名残が残る早春を感じた。
菜の花や蕨が呼び込む春の息吹に、トマトと筍が涼しく爆ぜるが、何より甘エビのねっとりとした甘味が、全体を包んで深く味わせる。
朝晩は冷え込むが、日中の日差しに春を感じさせる3月初頭。
出会いも別れもある情緒的な春はもう直ぐだ。
◆鰻のファルシー
五十嵐シェフのスペシャリテの一つ「鰻のファルシー」。
バターで炒めたワイルドライスを詰め、外はカリッと中はゼラチン質の粘着質を残した鰻に、上にポルト酒を、下にカレーソースを敷いた一皿だ。
カリッと爆ぜる外皮と歯茎に絡みつく身質の対比、奥ゆかしい肝の苦みとカレーに負けないワイルドライスの野趣。
我々日本人と土着的結びつきが強い鰻の良さを残しつつ、鼻を抜けていくポルト酒の典雅に仏的フェティッシュを感じさせる。
日本のフランス料理界において、鰻を扱わせたら五十嵐シェフの右に出る者はいないと思う。
◆平目、帆立、鮑のスープドポワソン
五十嵐シェフの魚料理が大好きだ。
的確な施しによって、食材の素質が目覚めているからだ。
平目は、ふっくらと優しいが、ぐっと舌に迫ってくる味わいに勢いがある。
帆立は、歯切れがよく、繊維から溢れる甘味に密度があって濃い。
鮑は、肉体に張りがあって、噛む喜びに満ちている。
アイオリソースは、ニンニクが出しゃばっておらず、柔らかに留まって三者に寄り添う。
別添えのスープを飲めば、凝縮した魚介の旨味が細胞一つ一つに染みわたっていく。
最後にスープと混ぜて口に運べば、あぁ、押し寄せる波に流されてしまうのであった。
◆和牛頬肉のマデラ酒煮
マダムが言うままに、皿の上で頬肉を崩してから口に運んだ。
あぁ、何たることか。
フォンとマデラ酒が境目なく溶け合った太い旨味に、繊維から滲み出る頬肉の滋味が浸透し、身体がゆっくりと沈んでいく。
食べ進める毎に皿の深度が増していき、身体が更に下へ下へと沈んでいく。
もう助けを呼んでも無駄だ。
いくら声を上げても、この深淵では何もが掻き消されてしまう。
私はただ頭を後ろに垂らし、茫然とするしかなかった。
◆トマトのゼリー
なんて、パフォーマンスの悪い料理であろうか。
フードプロセッサーにかけ、2〜3日かけてゆっくりと濾すことでトマトの水分のみを抽出したゼリーである。
グラス一杯で最低5つはトマトが必要。
なんて、パフォーマンスの悪い料理であろうか。
でもそれでしか辿り着けないトマトの真味がある。
コスパとタイパが蔓延り、効率性が重視される現代。
じっくりと時間をかけることでしか辿り着けない真実があることを、このトマトゼリーは教えてくれる。
◆ミルフィーユ
ギリギリまで焼きこまれた香ばしい軽やかなフィユタージュ。
歯茎や舌に絡みついて取れない濃厚で重厚なカスタード。
この対比がミルフィーユである。
前者は香ばしく軽ければ軽いほど望ましく、後者は濃く重ければ重いほど望ましい。
曖昧な点が微塵もなく、落差が大きいほど美しい対比が描かれる。
繊細なれど凛々しい「ル・マノアールダスティン」のミルフィーユ。
2024/04/01 更新
2024/03 訪問
我が有史以来、最大の衝撃
◆ブーダンノワール
◆鴨ハムメロン
◆人参のムース ウニとコンソメジュレ添え
◆ワカメを詰めたヤリイカのソテー ラクレットチーズとトマトソース
◆甘鯛のパイ包み焼き クリームと鰻のジュ
◆リードヴォーとマルチョウ マデラ酒のソース
◆青首鴨のラグー
◆ヌガーグラッセ
◆ブーダンノワール
初めの一口。これから始まる晩餐の序曲。
◆鴨ハムメロン
甘い汁を抱えた瑞々しいメロンを引き立てる鴨ハムの深みのある脂と微かな血潮の香り。
生ハムよりも遥かに好き。
◆人参のムース ウニとコンソメジュレ添え
「美味しい」の語源は「美し(いし)」。
元来、味に限らず兎に角何かを褒める時に使われた言葉だ。
足の細いガラスの中でムースとジュレが煌めく姿は、見る者の心を奪う美しさ。
口に含んだ瞬間、牛乳の甘味を抱き込んだムースの淀みない甘味に、粗野が削がれて動物の純真のみが残されたジュレと濃密な滋味を響かせる雲丹が重なり、液体となって甘やかに流れていく。
五十嵐シェフの代名詞でありスペシャリテ「人参のムース ウニとコンソメジュレ添え」には、「美し(いし)」という言葉が最も相応しい。
◆ワカメを詰めたヤリイカのソテー ラクレットチーズとトマトソース
ヤリイカに抱かれてしまった。
程よく加熱された痛快な食感と歯茎に絡みつく甘味が、粘着質なワカメとふくよかなホタテによってしぶとさを増し、剥がそうとしても剥がれない。
そして、ラクレットチーズが溶けたトマトソースはうますぎることなく、淡い旨味で、ヤリイカと私の抱擁を見守る。
この日、私はヤリイカと一生を添い遂げることを真剣に考えた。
◆甘鯛のパイ包み焼き
魚料理はパイ包み焼きと聞いてガッツポーズした。
そして、目前に供された瞬間、両拳を突き上げた。
「甘鯛のパイ包み焼き」である。
バターで照りに照ったパイ生地の輝きは、サングラスが必要な程に眩しい。
ナイフを入れれば、甘やかなバターと甘鯛の香りが鼻を抜け、筋肉が弛緩する。
ヒラリヒラリとパイが舞う中で、広がる甘鯛の柔らかな甘味が無尽蔵に膨らんでいき、クリームの中に忍ばせた鰻のジュが旨味のポケットを生んで、私を深淵へと引き摺り込んでいく。
思い出すだけで涎が出る、我が人生で一番のパイ包み焼きであった。
◆リードヴォーとマルチョウ マデラ酒のソース
嫌だ。終わらないで。食べ終えたくない。
フォークとナイフを手放し、天に向かって、そう乞うてしまった。
リードヴォーとマルチョウである。
危うい幼さと拙さが残るリードヴォー
踏んできた場数が目の詰まった旨味へと昇華したマルチョウ
極端に位置する両者が、典雅香るシックで奥行きのあるマデラ酒のソースによって互いを理解し、口腔内で熱い抱擁を交わす。
あぁ。食べた瞬間陶然となって、中空を見つめた。
味覚に自我が芽生えてから最大の感動である。
我が有史以来、最大の衝撃である。
この感情を真空パックに詰めて半永久的に残したい。
どんなに美味しいものも必ず終わりがある。
食事の残酷さをこれほどに憎く思ったのは初めてであった。
◆青首鴨のラグー
五十嵐シェフは、イタリアンも出来ちゃうのか。
青首鴨が煮込まれても隆隆としている。
血潮香る鉄分を誇り、強勢としている。
これを受け止めるには、太く逞しいタリアテッレが相応しい。
コースの終盤だというのに、強者と強者のインファイトに鼻息が荒くなってしまう。
もう、イタリアンに行かなくて良いじゃないか。
次は寿司でも握ってもらおうかな。
◆ヌガーグラッセ
『ポーションは小さく、感動は大きく』という格言があるが、食いしん坊は、ポーションも感動も大きいと尚嬉しい。
それが好物なら尚更である。
高橋マダムが『日本一』と豪語する五十嵐シェフのヌガーグラッセは、私にとっても『日本一』であり、大大大好きなデセールである。
通常のポーションでも少なくないが、もっともっと食べたい。
その願いが遂に実現した。
細やかな装飾が美しいオールドバカラに盛られた山盛りのヌガーグラッセは、過去一番の美味しさだった。
やっぱりポーションも感動も大きいほど嬉しい。
2024/03/24 更新
2024/02 訪問
豚足から分かる五十嵐シェフの凄さ
◆ブーダンノワール
◆ジャガイモとラクレットチーズ 生ハム
◆ニタリ鯨のカルパッチョ
◆ホワイトアスパラガス
◆蛤・エンガワのベニエと鮑のソテー
◆豚足のポルト酒
◆プリン
◆ヌガーグラッセ
◆ブーダンノワール
◆ジャガイモとラクレットチーズ 生ハム
ジャガイモとラクレットチーズは五十嵐シェフが好きな組み合わせ。
つまり私も好きな組み合わせ。
ほくほくのじゃがいもとチーズのコク、生ハムの塩気のバランス感が絶妙。
◆ニタリ鯨のカルパッチョ
ニタリ鯨のカルパッチョである。
紅が麗しい丁寧な下処理が施された一切れを口に運ぶと、途端に舌と一体となった。
生気感じる血潮が飛沫をあげ、威風堂々とした旨味が渦巻き、摩り下ろしたニンニクの香りが鼻をゆっくりと抜けていく。
あぁ、これは…
生レバーが簡単に食べられたあの時を思い出し、感傷に浸ってしまった。
◆ホワイトアスパラガス
バターの光に反射して艶めく麗しい白アスパラガスを目前にして、春の訪れを実感する。
繊細な命の萌芽の香りが漂い、大地の甘さをたたえた甘やかな汁が滲み出す大樹の如き太い一本。
拙い甘味と微かに差し込める苦味の光は春の陽気であり、冬色に染まった細胞を甘やかに解かし、やがて心の中のキャンディーズが歌い出す。
もうすぐ春ですね。
恋をする予定はありませんが。
◆ 蛤・エンガワのベニエと鮑のソテー
蛤は、人間の奥底に眠っている動物的本能を沸き立てる。
海底に宿り栄養を蓄え、はち切れんばかりに太りきった肉体は、「噛む」というプリミティブな動物的行為への熱情に満ちている。
サクッと弾ける痛快な衣を纏ったこの蛤のベニエは、飲み込むことを忘れさせる程に身体中に噛む喜びを満たし、私の鼻息を荒くさせたのだ。
◆豚足のポルト酒煮 大山鳥のムースキノコ
人参のムースと同じく五十嵐シェフの長年のスペシャリテである「豚足のポルト酒煮込み」。
足を開いて骨を除き、鳥のムースと茸を詰めたそれは、ポルト酒の甘い典雅を香らせ、「さぁ、食べて」と耳元で囁く。
歯や歯茎に絡みつきながら、厚い皮の中に宿したコラーゲンの甘味がじっとりと伸びていき、甘いポルト酒のソースと境目なく抱き合って溶けていく。
鳥と茸は、また豚足とは違った色艶に満ちた触りで、舌をしとやかに誘惑する。
咀嚼する毎に引き込まれ、やがて世界はうっすら霞んでいき、気づけば甘味と滋味が渦巻く深淵に、一人ぽつんと立っていた。
◆プリン
スプーンを押し返す弾力。
卵の純真を抱えたカスタード。
ビターなカラメル。
張り詰めているのに、舌に乗ると甘やかに消えていく。
これだよ、これ。プリンはこうでなくちゃならないんだよ。
「バケツ一杯にくださいっ!」
そう叫びたくなるプリンである。
◆ヌガーグラッセ
ばんざーい!君に逢えて良かった〜♪
心の中でウルフルズが叫ぶ「日本一」のヌガーグラッセ。
2024/03/03 更新
2024/02 訪問
全てがブッ刺さった最高の夜
◆ブーダンノワール
◆生ハムと鴨ハムとメロン
◆白子のムニエル
◆牛内臓の煮込みとマンステールチーズのラビオリ
◆ 鰆 太刀魚 甘鯛 鰻 帆立 海老の盛り合わせ 鰻を使ったカレーソース
◆蝦夷鹿のブレゼ
◆ほうじ茶のアイス
◆苺のクリームブリュレ
◆ブーダンノワール
◆生ハムと鴨ハムとメロン
◆白子のムニエル
これは普通のムニエルではない。
ソースにフォンとバターが境目なく抱き合っている。
ぷりっ、とろり、とろとろ。
熱々を口に入れると、いけない甘みがフォンとバターの純真と溶け合い、脳がゆっくり溶けていく。
あぁ、あぁ。
言葉にならない音が、自然と口から漏れる。
鏡を見ると、自分の顔が"カオナシ"になっていた。
◆牛内臓の煮込みとマンステールチーズのラビオリ
ふとした時に自らがちっぽけな存在であることを自覚し、虚無に至る瞬間がある。
その瞬間は大抵、眠れぬ夜や壮大な自然が織りなす風景を目前にした時にやってくるが、食事中に至ってしまったのは、これが初めてであった。
牛の内臓をマデラ酒で煮込み、アルザスの名産品マンステールチーズで包んだラビオリを添えた一皿である。
何故虚無に至ったのか。
それは、この一皿に宇宙を感じてしまったからだ。
口に運び、噛んでいくと、
ぷりっ、こりっと多彩な食感と内臓特有の香りと旨味。
つるんと触り、マンステールチーズの鼻をつくウォッシュ香を昇らせるラビオリ。
さりげない酸味を香らせるマデラ酒と妖艶なトリュフ。
各々に際立つ個性が在るこれら全てが喧嘩する事なく、渾然一体となり、「味の5大味」である甘味・旨味・苦味・酸味・塩味の全てが口腔の中で拡張していく。
それは、どうしたって言葉に形容し難い神秘。
頭をひねくり回し思考を巡らす程、己の無力さが突きつけられる。
ただ一つ頭に浮かんできたのは、"美味しい"という4文字のみであった。
◆鰆 太刀魚 甘鯛 鰻 帆立 海老の盛り合わせ 鰻を使ったカレーソース
極限に生に近しくそれでいて生ではない、ミキュイされた魚介達。
鰆には男性的渋みを、太刀魚には花弁の様な繊細を、甘鯛には女性的慈愛を、鰻には身体昂ぶる滋味を、帆立には心溶かす甘味を、海老には張り詰めた肉体を。
皿の上で一堂に会した各々の満ち溢れる魅力がカレーソースで一層輝きを放つ。
きっとこの魚介達は、海育ちではなく、このカレーソース育ちなのだろう。
そう感じてしまうほどに、ソースが自然と寄り添っている。
◆蝦夷鹿のブレゼ
ロースト以上に、煮込みには料理人の技術が問われる。
巷に溢れる"1日煮込みました!"ないし"48時間煮込みました!"といった謳い文句の様に、ただ時間をかけて煮込めば良いのではない。
余分な水分などを飛ばす"出す"工程と、味を染み込ませる"入れる"工程。
この2つの工程を、食材の声を聞く耳とここぞの一瞬を見極める高い解像度を持って為されなければならない。
この蝦夷鹿のブレゼは、正しくその見本である。
濃密な赤ワインでじっくりと煮込まれて尚、繊維の間に微かな冬の香りを鼻で感じ、広大な蝦夷の大地を駆ける逞しい野生の血潮が舌にググッと迫ってくる。
野生が持つ孤高の純潔とじっくりじっくり時間をかけて対話し、人間の元にゆっくりゆっくりと手繰り寄せ、鹿の生気を残しつつ人間に迎合させる。
これは、食材に寄り添う真摯な姿勢と培ってきた熟練の技術があってこそ。
五十嵐シェフが日本フランス料理界のレジェンドであると言われる訳は、この一皿を口にすれば絶対に分かる。
◆ほうじ茶のアイス
◆苺のクリームブリュレ
クリームブリュレは最速で食べないといけない。
あっつあつのカスタードと苺をはっふはっふ。
幸せの吐息漏らしながら食べないといけない。
2024/02/24 更新
2024/01 訪問
今年も宜しくお願い致します!
◆ブーダンノワール
◆野菜と鯖のマリネ 生ハム包み
◆フォアグラ・鰻・芋のテリーヌ
◆仔羊のラビオリ カレーと鰻のソース
◆魚介の盛り合わせとロワイヤル
バターでモンテ 鳥のコンソメロワイヤル
◆プーレジョーヌのロースト
◆チョコレートのスープ
◆バシュラン
◆野菜と鯖のマリネ 生ハム包み
人参や蓮根、大根など食感が楽しい根菜を中心とした野菜と鯖をマリネして、生ハム包みに。
品の良い酸味と生ハムの円熟した塩気の相性が○。
◆フォアグラとさつま芋のテリーヌ
新年一発目でフォアグラがいただけるのが嬉しい。
フランス料理を食べている感覚が体の底から湧き上がってくる。
ひんやりと冷たいテリーヌを舌に乗せると、淡雪のように溶けて芳醇で甘い脂がじっとりと広がり、最後にポルト酒が妖艶に香る。
添えられたドライフルーツのマスカルポーネクリームのフルーティーな甘味とグニッとした食感も、フォアグラの甘味に寄り添いつつ、幻の様な舌あたりを引き立ててくれる。
◆仔羊のラビオリ カレーと鰻のソース
カレーと仔羊の相性は言わずもがなだが、そこに鰻のジュを忍ばせるのが五十嵐シェフらしい。
カレースパイスの奥底に微かに感じる鰻の滋味がえも言われぬ深みを生んでいる。
ミンチにされた仔羊もしっかりと脂が残っており、旨味が後引く。
◆魚介の盛り合わせとロワイヤル
バターでモンテしたソースから漂う甘い香りに食べる前から思わずうっとり。
ソースを絡めて魚介を口に運べば、バターの甘味が華開き、魚介が一層甘味を増して笑ってしまう。
別添えのロワイヤルは鳥のコンソメを使用しており、合わせてやると海と陸が手を取り合い、人間を取り囲む自然の恵みが舌を包み込む。
◆プーレジョーヌのロースト
レバーやハツ、椎茸を肉と網脂で包み、皮目にパン粉を纏わせてローストしたプーレジョーヌ。
噛めば肉が弾け、柔らかで逞しい旨味が舌に滲み、続いてコッテリとした内臓が顔を出す。
ソースは出汁を使い、酸味を効かせたすっきりとしたもの。
一口でプーレジョーヌの全てが味わえる本日1番の一皿でした。
◆チョコレートのスープ
アバンデセールは、コニャックを効かせたチョコレートの冷製スープ。
カカオ本来のビターなチョコレートと芳醇なコニャックが境目なく溶け合っており、あと2杯は飲みたくなってしまう美味しさ。
◆ヴァシュラン
メインデセールは苺のヴァシュラン。
甘酸っぱい苺とバニラのコクのある甘味の均整は間違いない。
濃厚なチョコレートスープの後に頂いたからこそ、苺の爽快感がより一層感じられ、コース料理の醍醐味の一つである「流れ」の美しさに、思わず感嘆のため息が漏れる。
2024/01/30 更新
2023/12 訪問
2023納めに相応しい最高の一晩。
◆豚肉のリエット
◆ブーダンノワール
◆白子のムニエルと冬野菜
◆蛤と下仁田ネギのスープ
◆鮑と海老のパイ包み焼き ビスク
◆朝霧高原豚バラの骨付きロースト 八角
◆洋梨のジュレ
◆フォンダンショコラ
◆豚肉のリエット
いつもはブーダンノワールからスタートしますが、本日はリエット。惜しげもなくたっぷりとバゲットに塗りたくれば、豚の旨味がスムーズに伸びてきて幸せがやってきます。
◆ブーダンノワール
これはいつもの。一時期は鹿の血でしたが、今は安定して豚が使えてるとのこと。
りんごのジャムが豚を引き立てます。
◆白子のムニエルと冬野菜
冬の味覚である白子はムニエル。野菜達は鳥や牛のフォンで煮てカラスミをトッピング。
白子にカラスミを乗せて口に運ぶ背徳感が堪らない。カラスミの塩気が、白子のクリーミーな甘味を引き立てます。
野菜達もフォンの旨味が染み込み、甘みも引き出され光り輝いています。
◆蛤と下仁田ネギのスープ
立派な蛤を下仁田ネギとワンタンと合わせてスープに。一口飲めば、深みのある滋味や旨味が舌を通って細胞分子が喜びます。
艶めかしい肉体に歯を入れれば、旨味が際限なく溢れ出し、いつまでも噛んでいたくなります。
◆鮑と海老のパイ包み焼き
何を隠そう。私がこの世で最も好きな液体こそ海老のビスク。
それに加えて、パイ包み焼きというフランス料理で最も好きなルセットが合わさった私のための一皿と言っていい最高の逸品。
ナイフを入れた瞬間、パイから美味しい産声が聞こえます。
コリコリとした鮑、ぷりぷりとした海老。
パイの中でじっくりと熱が入り、いまにもはち切れんばかりの顎が喜ぶ食感と旨味。
それらに寄り添う海老のビスク。
言うことなし、文句無しの美味しさです。
◆朝霧高原豚バラの骨付きロースト
骨付きの豚バラをローストし、八画を効かせた甘いタレを絡めた一品。
焼豚?スペアリブ?どっちつかずだが、豚の脂が甘くてそんなことどうでも良くなります。
ぷりぷりの椎茸の苦味が混じった滋味も豚の甘味をしっかりと引き立てつつ、緩急を生み出して飽きさせない。
ポーションありますが、スルスルと胃袋に収まります。
◆洋梨のジュレ
さっぱりとした洋梨のジュレにイチゴのジャムを合わせた口直し。苺の酸味が豚の脂で支配された口腔の調子をしっかりと整えてくれます。
◆フォンダンショコラ
何を隠そう(2回目)。私の最も好きなチョコと言えばフォンダンショコラ。
熱々のビターなチョコレートと冷たくて香りの余韻が続くバニラアイスの蜜月関係を嫌う人はいないでしょう。
大好物が入っているだけでなく、いつも以上にコースの流れも良かった気がします。
2023年のマノアールダスティン納めに相応しい最高の晩でした。
2024年のフレンチ初めも五十嵐シェフ宜しくお願いします!
2023/12/29 更新
2023/10 訪問
初秋の味覚「雷鳥」を堪能。
「ル・マノアールダスティン」で雷鳥半羽。
今秋はじめてのジビエは、五十嵐シェフにお願いしました。
この日は雷鳥で5皿。ジュレ、ロワイヤル、パイ包み、ローストなどなど様々な角度から、雷鳥を思う存分楽しませていただきました。
中でも、白眉は「牡蠣の雷鳥ジュレ 岩海苔の生クリーム」。
なぜこのような合わせを思いつくのか。
「フランス料理の鬼才」と言われる五十嵐シェフが繰り出した当品にただただ感銘を受け、言葉を失いました。
◆ブーダンノワール
◆いちじくと生ハム
◆海の幸のサラダ
◆ブラウンマッシュルームとガルグイユ
◆牡蠣のポシェ 生海苔のクリームと雷鳥のコンソメジュレ
◆雷鳥のロワイヤル 胸肉
◆雷鳥もも肉 海老 網脂
◆雷鳥のパイ包み焼き 内臓 肩 ソースペリグー
◆雷鳥のロースト 栗 ジロール ニョッキ
◆ブランマンジェ
◆カボチャのケーキ
2023/10/27 更新
2023/09 訪問
全てがスペシャリテ。
◆ブーダンノワール
◆鰆とニタリ鯨のマリネ
◆鮎のガトー仕立て
◆魚介と松茸の土瓶蒸し
◆鰻のミラネーゼ
◆オックステールの赤ワイン煮
◆カスタードプリン
◆ 洋梨のコンポート
◆お茶菓子
◆ブーダンノワール
定番のアミューズ。豚ではなく、鹿なので味わいはすっきり。林檎の甘味とも良く合います。
◆鰆とニタリ鯨のマリネ
フレンチで、鯨は初めて。聞けば、五十嵐シェフは、故郷でニタリ鯨をよく食べていたとのこと。肉感的でいながら、魚っぽい独特な食感と凛々しい鉄分を感じる味わい。鰆は、脂のノリが良くて甘く、さっぱりとした酸味が引き立てる。
◆鮎のガトー仕立て
間に合って良かった夏のスペシャリテ。鮎料理の最高傑作だと思ってます。身のムース、切り身、肝のムース、エストラゴンの4層仕立て。ガトーならではの気持ちの良い舌あたりで、感じる旨味は、鮎そのものよりも濃厚。間に挟む胡瓜もピッタリと寄り添い、夏を感じさせる涼がある。
◆魚介と松茸の土瓶蒸し
フレンチでまさかの土瓶蒸し。
蓋を開けば、松茸の心地よい香りがふわっと漂う。松茸の滋味が染みた穏やかな汁の中には、甘鯛や鱧、海老、鮑がぎっしり。
ホックホクでそれぞれが甘く、松茸と調和して胃袋が穏やかに温まる。
◆鰻のミラネーゼ
鰻にパン粉とチーズを纏わせ、カリッと焼き上げ、ソースはトマトとオリーブオイル。
鰻は筋肉質で、脂が濃い。そこへ香ばしいパン粉とチーズのコクが絡み、鰻の旨味が膨らんでいく。トマトの優しい酸味、オリーブオイルの豊かな香りも、鰻の臭みをマスキングしながら、爽やかな余韻を生んでいる。
◆オックステールの赤ワイン煮
肉料理は、王道のオックステールですが、これが素晴らしかった。オックステールのねっとりとしたゼラチンと気品ある香り、赤ワイン煮の丸い酸味とまろやかなフォンが境目なく溶け合ったソースの見事な調和にうっとり。じゃがいものムースも、バターの風味が豊かで堪らない。赤ワイン煮は、コートドールが個人的に一番でしたが、当店のそれも並ぶ逸品でした。
◆カスタードプリン
小さなデザートは、プリン。「これだよ」と深く頷きたくなる昔ながらの固め具合が、ツボをついてくる。ほんのりと苦いカラメルと濃い卵のコクは、幸せを感じる王道の味わい。
◆ 洋梨のコンポート
これもとてつもなく美味しかった。肝はカレースパイスを練り込んだアイス。牛乳の甘味の奥から、ほんのりと舌をつつくスパイスの刺激が、洋梨の甘味を見事に引き立てています。コンポートは、特別に好きなものでは無いのですが、当品はまさしく傑作と言っていい素晴らしいものでした。
◆お茶菓子
2023/10/08 更新
2023/08 訪問
【伯爵とフレンチ#64】日本一の人参のムースとヌガーグラッセ。
◆蝦夷鹿のブーダンノワール
◆キウイと潤菜
◆人参のムース 雲丹 コンソメ
◆車海老 はまぐり
網で炙り、開いた瞬間にとりだした蛤は
海の香りを放出し、
まろやかなバターとフォンのソース
◆鮎と海老の豚バラ巻き タプナードと肝のペースト
◆仔羊
◆セロリのグラニテ
◆ヌガーグラッセ
◆お茶菓子
◆蝦夷鹿のブーダンノワール
五十嵐シェフのスペシャリテのひとつ。
蝦夷鹿なので豚よりもあっさりとしてないながら、野趣を感じる奥深い血の味わい。ほんのりと温かく、舌の上でふわっととろける。
林檎の優しい甘さもぴったりと寄り添います。
◆キウイと潤菜
夏の定番のアミューズ。とろっとした潤菜の喉越しとキウイの爽やかな酸味が心地よく、涼を感じます。
◆人参のムース コンソメジュレと雲丹添え
五十嵐シェフと言えばこれでしょう。琥珀色に煌めくジュレはまさに食べる宝石。口に運ぶと、純粋で奥ゆかしい旨味が広がる。
昔ながらのプリンの様に滑らかに舌を包み込む人参のムースは大地の甘さをたたえ、雲丹が磯の風味と滋味の余韻を添加する。当店に来たら毎度食べたい美しい一品です。
◆車海老 はまぐり
一口食べて「うふっ」と声が漏れてしまった。半生でしっとりと膨らんだ蛤、ぶちぶちっと歯切れ、甘味を滴る車海老、バターとフォンが溶け込んだ穏やかに甘いソース。
海の豊穣と動物の旨味が抱き合って生まれるふくよかな旨味が、エレガントで官能をくすぐってくる。下添えしたアスパラガスも瑞々しく、上品な土の甘さをたたえていて、素晴らしく美味しい。1番印象に残った温前菜です。
◆鮎と海老の豚バラ巻き タプナードと肝のペースト
三枚おろしした鮎に海老を詰めて、豚のバラ肉を巻いた魚料理。異素材を構築的にまとめ上げてこそフランス料理。川魚の澄んだ身質を海老の甘味と豚の甘い香りや脂が抱きしめる。そこに肝の深い苦味とタプナードのそそる風味が加わって、味わいが一層深みを増す。今年いただいた鮎料理で最も美味しかった。
◆仔羊
肉料理はトマトをベースに仔羊や豆と野菜を煮込んでチーズを乗せたものと、仔羊とキノコのフリカッセの2品構成。
トマトの穏やかな酸味に包まれた仔羊にチーズのコクが絡んで美味い。
フリカッセは、食欲をそそるエスカルゴバターが仔羊の香りやキノコの滋味とぶつかって、旨味が膨らんで堪らない。
◆セロリのグラニテ
爽やかな甘味で口の調子を整えてくれます。独特な青臭さが無いので、セロリ嫌いな子供に食べさせたら、セロリがきっと好きになるでしょう。
◆ヌガーグラッセ
マダムが日本一と豪語するヌガーグラッセ。
たっぷりのナッツにブルーベリーとフランボワーズが食べ応えを演出。ヌガーのコッテリとした甘味に甘酸っぱいベリーがベストマッチ。日本一と言っていい、素晴らしい完成度です。
◆お茶菓子
ホワイトチョコレートのムース、スノーボール、ギモーヴ、クッキー、ダックワーズとたっぷり。どれも美味しく、最後まで大満足。
どれも実直で説得力のある美味しいお皿で美味しい。ベテランの風格をひたひたと感じられた素晴らしいディナーでした。
10月からは雷鳥のコースも始まるとのことで次回が楽しみ。
2023/09/07 更新
死ぬまで通い続ける日本一のフレンチです。
2024/03/05 更新