1回
2025/12 訪問
焼き鳥を極めた、凛とした銀座の小宇宙
銀座鳥乃
2025/12/06
森宮さん様
このたびは当店のおまかせコースを丁寧に味わってくださり、心温まるご感想をお寄せいただき誠にありがとうございます。
前肴から各串、そして名物の手羽先や〆のお食事・甘味に至るまで、ひとつひとつの味わいを深く感じ取っていただけたこと、私どもにとって何よりの励みでございます。
火入れや素材の表情を大切にしている当店にとって、お客様のお言葉は大きな支えとなります。これからも季節ごとに変わる食材と真摯に向き合い、心に残る一串をご提供できるよう努めてまいります。
またのご来店を心よりお待ちしております。
2025/12/04 更新
十一月の終わり、銀座の夜は思案するように薄い雨を降らせていた。夕刻のネオンはまだ色を定めきれず、濡れた舗道に揺らめいている。傘を打つ音は控えめで、むしろ街の沈黙を際立たせる。舗道に映る灯りは、雨に滲みながらも輪郭を失わず、行き交う影を淡く照らしていく。
銀座駅から数分歩けば、通りの喧騒がふっと途切れるようにして小さなビルが現れる。エレベーターで5階に上がると、二十一席の空間は、人の気配がほどよく溶け合い、カウンター越しの火の揺らぎまでもが一つの景色になるという。土佐備長炭が放つ熱は、銘柄鶏の串をゆっくりと昇華させ、旨味を芯まで引き出すと聞く。さらに、焼き鳥を核にしたコースには、杯を重ねるほど表情を変える酒が寄り添い、味わう者の感覚を静かに研ぎ澄ませる。銀座らしい凛とした空気が流れ、特別な一夜を預けるにふさわしい場だと感じさせた。
●鳥乃おまかせフルコース
◇季節の前肴三趣
・かぼちゃの胡麻豆腐
・むね肉韮醤油
・ささみざく
かぼちゃの甘みをそっと抱き込む胡麻豆腐が、秋の静けさを一口に閉じ込める。続くむね肉の韮醤油は、香りの輪郭が鋭く、旨味を軽やかに跳ね上げる。ささみのざくは、その余白に澄んだ酸味を置き、三つの前肴が短編小説のように味覚を導いた。
◇せせりと檸檬胡椒の海苔巻き仕立て
弾力あるせせりに檸檬胡椒の鋭い香気が走り、海苔がその余韻を静かに包み込む。一口で輪郭が定まり、気付けば次の一巻きを求めている。
◇特選かしわ
火の通りは驚くほど精妙で、噛むほどに旨味が脈打つ。初手のかしわにして、この店の矜持が静かに立ち上がり、舌に確かな指標を刻む一串。
◇いぶりがっこ鬼おろし
いぶりがっこの燻香に鬼おろしの瑞々しさが重なり、香りと食感が小気味よく弾む。焼鳥の合間に最適な一皿。
◇ぼんじりねぎま
ぼんじりの脂が熱でほどけ、ねぎの清香と交わる瞬間に旨味が最も鮮やかに跳ねる。軽やかさとコクが一串の中で共存する、完成度の高いねぎま。
◇特製砂肝串
歯を受け止める確かな弾力に、鮮烈な旨味が瞬時に立ち上がる。火入れの精度が研ぎ澄まされ、砂肝の魅力が最短距離で舌に届く一串。
◇季節の炭焼き野菜串(れんこん)
炭にかすかに触れた香ばしさの奥で、れんこんの瑞々しさがほとばしる。噛むたびに層を成す甘みが開き、滋味を超えた清々しい余味を残す一串。
◇鶏雲呑スープ
鶏の旨味が澄んだ出汁にほどけ、雲呑は舌の温度で静かにほどけていく。輪郭のある香りとやわらかな甘みが寄り添い、思わず息を整えたくなる一杯。
◇もも西京焼き
大山どりのももは西京味噌の甘香に包まれ、噛むほどに旨みが静かに広がる。柚子胡椒おろしがその輪郭を引き締め、さつまいもの柔らかな甘さが余韻を優雅に継いでいく。
◇麻婆焼き茄子と万願寺唐辛子のあしらい
焼き茄子が麻婆の深い香りを吸い込み、舌の上で力強くほどける。万願寺唐辛子の穏やかな辛香が重なり、味の層が静かに立ち上がる一皿だ。
◇名物 特製手羽先
手羽先は皮が香ばしく、噛むと肉汁がふわりと広がる。内側に忍ばせた椎茸の旨味とネギの清香が合わさり、一口ごとに奥行きが増していく。力強さと繊細さが同居する、店の看板にふさわしい一本。
◇皮
皮は、炭の香りを纏った薄膜が軽やかな音を立てて弾け、すぐに濃密な旨味が追いかけてくる。脂は決して重くなく、むしろ透明な甘みとして舌に落ちる。香ばしさの頂点をひと口に凝縮したような、技の冴えが光る一串。
◇抱き身
だきみは、火入れの妙でふっくらと膨らみ、噛むほどに透明感のある旨味がじんわりと滲み出す。脂の甘みは控えめで、むしろ品のあるコクとして広がる。串の中心に据えたい“静かに強い”存在感を放つ一品。
◇食道
大将おすすめの食道。ひと噛みごとに独特の弾力が小さく跳ね、噛み進めるほど旨味が細い糸のように続いていく。脂は控えめで、香ばしさが輪郭を引き締める。派手さを纏わず、技術だけで魅せる“職人の証”のような一串。
◇ハツモト
最初の歯応えこそ鋭いが、ほどなくして旨味が流れ出すように広がる。そのコントラストが心地よく、噛むたびに香ばしさが輪郭を整える。力強さと繊細さが交互に訪れる、記憶に残る一本。
◇月見つくね
つくねは香ばしい焦げ目の下にしっとりとした肉の旨味を潜ませ、卵黄を絡めた瞬間、一気に輪郭が艶やかに変わる。濃厚さが旨味を抱き寄せ、まるで一皿の中に“小さな贅沢”が落ちるような余韻を残す。
◇〆の食事
・鶏の旨み凝縮 特製スパイスカレー
鶏ひき肉の旨味がスパイスの奥で静かに熱を帯び、ひと口ごとに深みを重ねる。派手さよりも余韻で魅せる一杯で、締めのはずがもう一度最初から味わいたくなる力を持つ。
・至高の卵かけご飯
艶やかな卵がご飯に絡み、鰹節の香りと特製醤油の旨味が静かに躍動する。一口で完璧な調和が舌に落ち、余韻まで贅沢に響く至高の〆。
◇甘味 鳥乃特製なめらか卵プリン
蘭王の卵が生み出す濃密な黄身の甘みが、滑らかな舌触りと溶け合う。一口ごとに余韻が広がり、卵本来の力強さと優雅さを存分に味わえる特製プリン。
串を重ね、汁をすくい、卵の余韻に浸った夜。銀座の街は光を淡く揺らし、歩くたびに足音が静かに溶けていく。冷たい風が頬を撫で、胸に残る満ち足りた余韻と混ざり合う。小さな店の灯りを背に、ただ、夜の静けさに身を委ねながら、ゆっくりと家路を辿った。
是非また伺わせていただきます。
ご馳走様でした。