2回
2024/10 訪問
もう何十年も前の話…
神戸の南京町の広場に面したビルの1階に、コム・シノワというフランス料理店がありました。一緒に行った女の子が予約してくれたのですが、テーブルには、“Mademoiselle 〜”と予約者の名前をフランス語で手書きしたカードが…。その文字がなんともこなれた筆致で書かれていて、なんてお洒落な店なんだろうって、地方出身の若造はすっかりびびってしまいました…
どんな料理を食べたのか、残念ながらよく思い出せないのですが、とにかく魚料理がとても美味しくて、人生初のお気に入りのフランス料理店となったのでした。その後も関西を離れるまで、2、3回、通ったかと思います。
そんなわけで、食べログでこちらの山口シェフのご経歴を見た時には胸が震えました。予約当日はとてもソワソワしながら、うかがいました。
アミューズの根セロリのムースとトマトジュレ。一口食べて湧き上がるのは、「今日の食事は素晴らしいものになる」という期待と安堵の思いです。こちらのお料理、どの皿にもこけおどしがなく、それでいて素材の風味の新鮮さや、思いがけないスパイスの使い方などでちょっとした驚きが与えられます。
家内は鰆の燻製の皿が1番気に入ったそうです。焼き茄子のピューレと鰆の薫香の相性が抜群。柚子胡椒ではなく酢橘胡椒、それにクミン。このスパイスも意外ですが、とても理に適っています。美味しい。
私は白甘鯛が気に入りました。鱗の処理がとても丁寧で滑らかで均一。インカのめざめとポロ葱からとったソースの甘味と酸味が、絶妙に松笠状の鱗の香ばしさによく合います。もう一皿、おかわりしたいほどです。
メインの仔牛の火入れ加減とソースもとても繊細。食欲が減衰しません。恥ずかしながら、私は1人でパンを4つも食べてしまいました。
帰り際に少しシェフとお話しして、お互いの時系列を確認させていただきましたが、私たちがコム・シノワで頂いたのは、まず確実に若き日のシェフのお料理だったようです。まさか40年近く後に、同じメンツで同じシェフの料理をいただくことになるとは…
こんなことが起こるのですね。長らく空いてしまいましたが、また伺わせてください。
2024/10/22 更新
前回の懐かしい初訪から一年。もっと早く再訪したかったのですが、結局、一年たってしまいました。
サービスプレートの淡い色合が素晴らしい。器が美しいのはもちろんのことだが、なによりも柔和な色調が、お店の雰囲気と料理の性格に見事にマッチしている。
カトラリーはクリストフル。安定感をもたらすほどよいボリュームと、料理の邪魔をしないデザインと光沢。
料理が始まる前に、シェフが「本日のメインのサルセルです」と旭川産の小鴨を見せてくれました。メニューには小鳩と書いてあったので少し混乱しましたが、はち切れんばかりに丸々と膨らんだ小鴨のローストの美味そうなこと!こちらの期待と食欲も、開始前からはち切れそうです。
素晴らしいディナー。構成が見事だと思いました。小カブのムースにトマトのジュレの皿からスタート。まずは爽やかな酸味を印象に残して、次の野菜のエチュベで酸味に少し油を追加。
この後に、以下の魚介料理が4皿続きますが、球速がぐいっぐいっと一皿ごとに上がっていき、旨味や脂味はより濃厚になっていきます。
薫香が食欲をそそる小ぶりなサワラの背身と腹身…
ウニが蕩けるように被さった毛蟹のリゾット…
バターが香ばしい白子のムニエルに秋トリュフ…
キンメのポワレにクミンが香るクリームソース…
まさに圧巻です。
ここでクライマックスの前の小休止。淡い上品な甘味のカボチャのスープですが、添えられた白い泡の風味はなんとレモングラス!メインに向けて口の中が爽やかに整えられます。
サルセルって、もしかすると一番好きな野禽かも知れません。肉の味が濃いこと、皮の下の脂の美味いこともさることながら、なんといっても肝が美味い。
こちらのサルミソースには、その肝の風味がバスドラムのようにズドンと効いていて、メインの重責を担うに相応しい風格を感じさせます。
このサルセルを愉しんでいる頃から、背後のカウンターキッチンからボウルを撹拌する音が絶え間なく響いてくるようになります。
スフレショコラの準備が始まったようです。シェフの気迫が伝わってくるようです。それにしても完全手作業の音。シェフが腱鞘炎にならないか心配になります…
出てきたスフレの見事なこと。完全に均等に膨らみ、凹みやしぼみがありません。美味しくいただきました。
昨年も感じましたが、とにかく角が取れた丸みを帯びた柔らかい風味の料理がとても印象的。見た目やインパクトだけを狙ったような皿はなく、とても和やかにそれでいて深い満足感を覚える時間を与えてくれる素晴らしいレストランです。