この口コミは、ペスト・ジェノベーゼ星人さんが訪問した当時の主観的なご意見・ご感想です。
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昼の点数:4.3
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¥2,000~¥2,999 / 1人
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料理・味 -
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麺屋 失踪
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2025/11/26 更新
麺屋 吉左右の店主は、SNSをやらず、賞にも興味が無く、マスコミにも一切登場しない。
その理由について『ある噂』があるが、私はその噂を聞くたびに、消えてしまった友人Kのことを思い出すのだった…。
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私は今、吉左右の行列に並んでいた。
しばらくすると、常連の人だろうか、足を引きずりながら出てきた客がいた。
奥さんがその常連のために、行列客に声掛けをおこない、道を開けるようにお願いをしてまわっていた。
接客の良さで知られる当店。奥さんの客さばきを「見本にしろ」と言われる理由が、分かったような気がした。
その奥さんから「寒い中、お待たせしてすいませんでした。中へどうぞ」と言われ、私は入店した。
そういえば、友人Kが最後に訪ねて来たあの日も、このくらいの寒さだったな。
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我々が二十代半ばの頃だったろうか、凍えるようなある日。
雨が降り始めた深夜に、Kが突然、私を訪ねてきた。
私の部屋のガラス窓が叩かれ、それを開けた先にKはいた。
「どうしたんだ急に。まあ部屋にあがれよ、雨で濡れてるじゃないか」
「いいんだ、このまま濡れていたいんだ。それよりも聞いてもらいたい話があるんだよ…」
Kは学生結婚をした。
いや、正確に言うと、二十歳を過ぎてすぐに、付き合っていた彼女が妊娠をしてしまい、大学を辞めて働き始めたのだ。
「いま学校をやめてどうする」「あんな女やめろ」とまでいう友人がいたが、優しすぎる彼は彼女との共同生活を始めた。
奥さんとなった彼女は、彼が稼いだ金を、すべて子供のために使う。
彼の昼飯は弁当となり、タバコも辞めさせられたようだった。
小遣いももらっていないようだった。
あまり遊べなくなったし、「久しぶりに飲もう」となっても、彼の家庭で家飲みとなった。
家で飲めば安く済むからという、奥さんの希望からのようだった。
友人たちの足は自然に遠のいていった。
奥さんは子供の教育・習い事に懸命になった。幼児教育にプール、バレエ……。
彼の服はくたびれていき、顔からは表情が消えていった。あの印象的だった満面の笑みも、消えてしまった。
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私が店内の椅子に座ると、店主からの満面の笑みで迎えられた。
その笑顔はマスク越しでも分かる、心のこもった誠実な笑顔だった。
そして、なんて清潔な店内なのだろう。
■味玉つけ麺、トッピングチャーシュー、ヱビスビール小瓶などを注文
ヱビスの泡を喉に当てていると、つけ麺が登場した。
それではと一口すすると、私はあまりの美味さに気絶しそうになった。
この味なら、RDBやその他の媒体で、長年トップ争いするのも当然だ。
店主は、ラーメンを作る才能を神々から与えられているのだ。
吉左右の店主の修行先は、かつて西葛西にあった『麺屋 夢うさぎ』と噂されている(公表されていない)。
私が初めて豚骨魚介のつけ麺を食べたのは、夢うさぎだ。
しかし、吉左右の味は、夢うさぎをはるかに凌駕している。
青は藍より出でて…などというレベルでは無く、別物だ。
才能の差というものは残酷だ。
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雨に濡れた目の前のKは、以下のように口を開いた。
「僕が週刊少年ジャンプが大好きだってことは、知ってるよね?」
「ああ、もちろんさ。君に残された唯一の贅沢だもんな」
「僕の小遣いは今、ゼロ円なんだけど、ジャンプを買う金だけはもらっているんだ」
「そうだったな」
「そのジャンプなんだけど、来週から値上げするんだ」
「知ってるよ。業界でちょっと話題になった」
「妻にその値段交渉をしたんだけど、なんて言ったと思う?」
「分からないよ」
「『隔週で買えば?』だってさ」
「……」
Kはその日を最後に、我々の前から消えてしまった。
子供の手を引いた奥さんが、何度か私を訪ねてきた。
しかし、雨の雫が乾いて消えてしまったように、彼の足取りもきれいさっぱり蒸発してしまっていた。
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吉左右の店主が、表に出てこない理由。
修行中の夢うさぎから失踪し、不義理をしたからだと、ラーメンマニアの間では噂されている。
しかし、今の私なら、そのもう一段、奥の理由を推測することができる。
師匠を遥かに超え、もう学ぶことは無い。
しかし心優しい彼は、そんな理由を口にする事はできない。
誰にも何も言わず、消え去る。
他人を傷つけないで済む、唯一の方法。
Kがそうであったように。