4回
2025/02 訪問
一品の妙、隠れた楽しみ
「えんや」。店の名を聞けば、炭火の香ばしさとともに、あの味が思い浮かぶ。焼鳥はもちろんだが、それだけではない。一品料理の妙味こそ、この店の奥深さを物語っている。焼鳥屋でありながら、それだけにとどまらない。だからこそ、ここに足が向くのだ。
席に着くと、まずは「せせりクミン」。弾力のあるせせりに、スパイスの香りがじわりと広がる。噛むほどに滲み出る旨味が、日本酒の一口と共に余韻となる。そして、もう一品。「季節のフルーツの白和え」。今の時期は苺。豆腐のまろやかさに、苺の甘酸っぱさが重なり、驚くほど調和がとれている。どちらも、ここに来れば頼まずにはいられない。
そして、串が一本ずつ焼き上がる。おまかせの五種、月見つくね、ねぎみ。焼き台から直接運ばれてくる焼鳥は、まさに職人の技の結晶だ。絶妙な焼き加減と塩の塩梅に、思わず目を細める。
気づけば、腹はほどよく満たされていた。〆に親子丼や中華そばも魅力的だが、それはまた次の機会にとっておこう。次こそは、最後までたどり着けるだろうか。そんな余韻を残しながら、店を後にする。ここはただの焼鳥屋ではない。いつでも変わらぬ味と温もりで迎えてくれる、帰るべき場所なのだ。
2025/02/07 更新
2025/01 訪問
帰還の一杯
久しぶりに「えんや」に足を向けた。ビル設備の問題で一時休業していたこの店は、ここ数年、自分が最も頻繁に訪れた焼鳥屋だ。扉を開けると、変わらない木の温もりに包まれると、胸の内に懐かしさと安心感がじんわりと広がる。まるで、時間を超えて迎え入れられたかのような感覚だ。
カウンターに腰を下ろすと、変わらない店長の笑顔が目に入る。その親しみやすい表情に、久しぶりの再会の喜びが込められているのを感じる。一方で、ホールスタッフの顔ぶれには変化が見られる。それもまた、この2か月という時間の流れを物語る。
焼き台の前では、店長が備長炭を操り、串を絶妙な加減で焼き上げている。その光景は、変わらない職人技の象徴だ。おまかせ5種と月見つくねといった焼鳥とせせりクミン、鴨ロース等とを注文し、日本酒とともに味わう。串の香ばしい匂いと舌を包む濃厚な旨味、そして酒の柔らかな余韻。短い時間ながら、全てが濃密で、この上なく贅沢なひとときだった。
帰り際、ふと見上げた店の暖簾は、かつてと同じ場所で揺れている。変わらない味と空間、そしてほんの少しの変化。それらが調和したこの場所は、日常に欠かせない“帰るべき場所”なのだと、改めて感じた。「また来よう」と口にした言葉が、自然と足を軽くする。焼鳥屋「えんや」は、今日も変わらず自分を迎えてくれた。
2025/01/27 更新
2024/10 訪問
煙に揺れる一瞬 ~職人たちの静かなる闘い~
夜の焼鳥屋は、喧騒の中にも独特の緊張感が漂っていた。満席の店内では、焼き台を囲むカウンター越しに立つ職人たちの姿が見える。白い煙が立ち上り、その中で次々と飛び交うオーダーの声が、焼き鳥の串が焼かれる音と共にリズムを刻む。焼き鳥屋の夜は戦場だ――そんな緊張が、店全体を包み込んでいた。
そこに、不意に舞い込んだのは、珍しい一品料理のオーダー。ホールのスタッフは「喜んで」と笑顔で答えたものの、その一言がキッチンの空気を一変させた。瞬時にシェフの顔が鬼のように険しくなる。「今この時にか…」と心の奥でつぶやくが、その感情は一瞬で消え去る。彼の背筋はピンと伸び、冷静な目でキッチンの二番手に指示を送った。その穏やかな表情は、まるで何事もなかったかのようで、長年の経験と職人としての誇りが静かに漂う。
指示を受けた二番手は、即座に動き出し、手際よく料理の準備を進める。すべてが無駄のない動きで、まるで一つの舞台が展開しているかのようだった。そして、絶妙なタイミングで仕上がった料理がホールのスタッフの手によって客席に運ばれる。客はその美味しさに思わず目を輝かせた。
その瞬間、焼鳥屋の喧騒は、戦いを終えた者たちの安堵に包まれた。そして、また新たなリズムが刻まれる。まるで何事もなかったかのように、夜の焼鳥屋は再び次のオーダーに備えて動き出していた。
2024/10/18 更新
連休の喧騒を避け、あえて選んだのは静かな夜と、あの店――「えんや」。久々に暖簾をくぐれば、紀州備長炭の香りと木の温もりが、何も言わずに迎え入れてくれる。ここは数年来、もっとも多く通った焼鳥屋。場所ではない、空気が記憶を呼び覚ます。
この夜は、焼鳥を軸にいくつかの一品を組み合わせた。まずは「ヨーグルトソースのサラダ」。わやらかな酸味が口内を静かに洗い流し、次の一串への導線をつくってくれる。たかがサラダ、されどサラダ――流れを知る料理だ。
続いては「河内鴨ロース煮」。ゆっくりと火を入れられた肉は、噛むたびに滲む脂が言葉を失わせる。そして日本酒がそれをやさしく追いかける。炭火の香り、肉の甘み、酒の余韻。全てが静かに調和していた。
そして、〆に選んだのは「昔ながらのほろ苦プリン」。やや固めの舌触りに、卵の素朴な甘さと焦がしカラメルの苦味が静かに重なり合う。焼鳥屋で出会うには、あまりにも完成された余韻。
遠出をせずとも、満たされる夜がある。喧騒の外に、こういう“GW”があってもいい。そう思える場所があることこそ、何よりの贅沢なのかもしれない。