2回
2024/12 訪問
【さすらいの食微禄】本店ならではの良質を貫く心意気。
いくら異常気象だの、気候変動だのと言われつつ、
雪が降っては消え、降っては消えても冬は訪れる。
肌の感じる寒さは真冬そのものである。
しかも11月から突如として襲われた寒暖差アレルギーのせいで、ポケットティッシュは欠かせないアイテムになってしまった。
寒暖差アレルギーとは、厳密に言えばアレルギーではなく血管運動性鼻炎とされ、7度以上の温度差がある場合に発症しやすくなるという。
街を歩くにしても12月の外気は私の鼻をくすぶり、夥しいほどの鼻水とくしゃみをもたらす。
地下街に潜ってもコートを脱ぎたくなるほどの暖房もまた鼻をくすぶり、ポケットティッシュが容易く消えてなくなる。
夕刻の地下鉄に乗り込むと、すでに帰宅ラッシュの様相だった。
なのに、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた会社員が実に多いのはなぜだろう?
私はそのまま終点駅まで乗り続けた。
南北線の終点駅である麻生駅に降り立った。
麻生と書いて“あさぶ”と読む。
終点駅らしく、駅前にはバスターミナルや全国チェーンの飲食店が集いながら、路地裏に入ると静かな住宅地が集積している。
これといって特徴のあるわけではなく、むしろ静かな街ゆえに住宅を求める人々には最適なエリアなのだろう。
一直線に伸びる仄暗い車道に忽然と焼肉店が現れる。
中央区すすきの、西区琴似、白石区南郷という札幌市内の主要エリアに展開しているが、実はここ北区麻生が本店であることを知った。
窓辺のテーブル席に案内された。
営業をスタートしたばかりだというのに、店内は優しく穏やかな温もりに満たされていた。
私の寒暖差アレルギーはまだ落ち着くことはなかったが、すぐさま注文した生ビールをひと口飲み込むと、不思議と落ち着いていった。
まずは、お通しの「牛煮込み」「キムチ」「もやしナムル」が運ばれてきた。
その中でも牛煮込みはお通しのレベルを超え、これだけでもビールは消えてなくなる勢いだった。
ビールを追加すると、全身に光沢を纏った「ハツ刺し」が訪れる。
胡麻油と塩がハツの光沢をいっそう潤して食する。
ハツ独特の歯応えを感じる幸福とはこういうことだ。
そして、鮮度の高さと臭みのない風味が体内を駆け抜けてゆく。
すると、ハツ刺しとは異なる鮮烈が置かれた。
上牛タンと並タンのコンビネーションである。
が、その外貌には差異は感じられない。
並タンを先行して焼き、頬張る。
上タンを追って焼き、頬張る。
食べ比べれば、肉厚や脂の載りこそ上タンのほうが圧倒しているが、仮に比較することがなければ並は並を超えている。
そんな印象であった。
店内がざわつき始めていることに気づいた。
若い家族連れが増え始めていた。
さすが住宅エリアだけのことはあると思っていると、「シマチョウ」と「上ミノ」が訪れた。
角ハイボールに切り替え、私はホルモンと向き合った。
強烈な焔が吹き上げ、身をよじるホルモンはまるで未知なる生物だ。
その身はハイボールと実に相性が良い。
やがて訪れた「上レバー」は、まるでマグロと見紛うほどの美しさを装っている。
レバーも上質ともなると、これほど目を奪うものなのか。
いよいよ佳境に入ることを「ブリスケ焼きしゃぶ」が語っているようだ。
そうして「和牛ハラミ アツ」が堂々たる風情で眼の前に現れた。
私は思わず瞬きを忘れてしまうかのように肉を凝視し続けた。
それは、まさしくこれまで食べてきた肉との格の差を無言のうちに語り尽くしている。
気がつけば「冷麺」に辿り着いていた。
不思議と不快な食べ過ぎ感に襲われないのは、肉の良質ゆえなのだろう。
すぐ横には、ひとり焼肉を楽しむ男性客や女性客が寡黙のうちに肉と向き合っている。
家族連れやひとり客がそれぞれ焼肉を楽しむという光景は、住宅地ゆえかもしれない。
すべてを食べ終えてコートを着用した。
寒暖差アレルギーが落ち着いた私の鼻先に、不思議と肉の匂いが襲いかかってこないのはダクトの強さのおかげだろうか?
外はいっそう冬の寒さを増していた。
私は思わずくしゃみと鼻水に目を潤ませながら、再び急ぎ足で地下鉄に乗り込むのだった。……
2025/07/15 更新
札幌都心部において、ジンギスカン店の急増が目に余るほどとなったのは、決して気のせいではない。
ある統計によれば、2023年の1年間だけで、その数十店舗に及ぶ新規開店を数えるという。
老舗の再構築にとどまらず、新規参入の奔流は止まることを知らず、大通、すすきのを徘徊すれば、通り過ぎる度に新たな暖簾と遭遇する有様である。
コロナ禍がもたらした飲食業界の一時的退潮は、皮肉にも優良立地の空白を生み、それが新店の受け皿となったのは必然であった。
ジンギスカンは構造的に簡素である。
限られた食材、最小限の調理、客自身の手を煩わせるその様式は、感染症対策下においても理に適っていた。
観光の回復も手伝って、その需要は再燃し、夜の街には長蛇の列がふたたび現出した。
私はその繁盛ぶりを横目に、すでに1年近くジンギスカンには近づかぬままであった。
理由は単純である。
混雑が甚だしいのである。
20時前という頃合いに、私は何気ない衝動に駆られて、地下鉄南北線へと足を運んだ。
車内には、仕事を終えたばかりの会社員たちの沈黙が、都市の1日を象徴するように沈殿していた。
やがて終点「麻生」駅に到着すると、乗客たちはまるで決壊した水のように車両から溢れ、改札を目指して歩みを速める。私もその流れに抗わず、改札を抜けた。
目指す先は、以前訪れた一軒の焼肉店であった。
ジンギスカンのような通俗性から距離を置き、ただ焼肉という一語に矜持を託す、質実な店である。
繁華の中心を離れたこの地、地下鉄の果て、住宅街の深部にその店は佇んでいる。
主要道路から一歩踏み入ると、初夏の夜風にたゆたう暖簾が、控えめながら毅然とした風格を放っていた。
店内は賑わっていた。
だがその賑わいは、都心にありがちな喧噪とは異質である。
地元の若者たちが、静かに、しかし確かにその味を求めて集っている。
それが肌でわかる。
記憶を辿れば、前回の訪問は2024年12月、初冬を迎えた底冷えの中であった。
私の脳裏に刻まれていたのは、寒さではなく、皿の上の赤身が放っていた美の記憶である。
今夜もまた、まずは生ビールを頼む。
冬にはない解放感が、喉を潤す一口に宿っている。
前回と同様に、牛煮込み、白菜キムチ、もやしナムルが供され、私は箸を動かしながら肉の登場を待った。
まず現れたのが「赤身カルパッチョ」であった。
テーブルのライトを浴びて皿に載ったその姿は、まるで新鮮なマグロのそれに近く、だが味わえば、より豊かでありながら控えめな脂が舌に静かに広がっていく。
肉の旨味とは、こういうものかと唸らされる。
次に供されたのはユッケである。
大皿の中心に凝縮されたその姿は、神殿の聖物のような風格すら帯びていた。
まろやかな黄身と交わった肉が、粘着的な舌触りを残して喉奥へと消え、その余韻は長く確かなものだった。
追加の生ビールが置かれると、「上タンと並タン」が揃い踏みする。
皿の上には、つつじ色から朱色へと移ろう繊細なグラデーションがあり、それが七輪の炭火によって褐色へと変貌を遂げるさまは、視覚におけるひとつの芸術である。
タン特有の芳香が鼻腔を満たすとき、私はこの地が放つ確かな文化の存在を感じ取っていた。
そして、皿の上に突如として現れた「イチボ」に、私は言葉を失った。
牛の臀部に位置するその希少部位は、赤身でありながら脂の芳しさをも備える、まさに両義的な存在である。
焼きすぎればその本質を失い、生すぎれば肉の持つ意志に触れることができない。
だからこそ、焼き加減にこそ神経を研ぎ澄まさねばならぬのだ。
さらに「上レバー」である。
その照り、その質感、その鮮度。どれもが前回の記憶を超えていた。
「シマチョウ(牛ホルモン)」が続き、焼肉の締めくくりである「焼きしゃぶ」が無言のうちにその店の真価を証明する。
肉は語らずとも、口に入ればすべてを語る。
最後に供された「冷麺」は、上品さの極みであった。
抹茶アイスのひんやりとした甘さが、肉の記憶をそっと包み込み、夜の静けさの中へと送り出す。
私は静かに店を出た。ジンギスカンの文化が都市の中心に華やかに咲くのならば、この焼肉店はあえて住宅地に咲く一輪の孤高である。
その孤高さゆえに、美しく、貴い。
すすきのを避け、わざわざ麻生まで足を延ばしたことの正しさを、ここにおいて確信するのだった。
空席の目立つ地下鉄に揺られながら、私はそう思った。
「すすきの」駅に降り立つや否や、夜空に懸かる月の光は、まるで天上より私を見つめる微笑として柔らかく降り注ぎ、その静謐なる白光が、喧騒の都市にあってなお、一種の荘厳を帯びて私の歩を迎え入れるのであった。……