Geric Planktonさんが投稿したオールドインペリアル バー(東京/日比谷)の口コミ詳細

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Seeking the Last Meal of My Life

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オールドインペリアル バー日比谷、内幸町、有楽町/バー

1

  • 夜の点数:4.2

    • ¥8,000~¥9,999 / 1人
      • 料理・味 4.2
      • |サービス 4.2
      • |雰囲気 4.2
      • |CP 4.2
      • |酒・ドリンク 4.2
1回目

2025/10 訪問

  • 夜の点数:4.2

    • [ 料理・味4.2
    • | サービス4.2
    • | 雰囲気4.2
    • | CP4.2
    • | 酒・ドリンク4.2
    ¥8,000~¥9,999
    / 1人

【人生最期の食事を求めて】運慶の圧巻、ライトの灯影、帝国ホテルの澄明な記憶。

上野の空は秋の色を孕みながらもどこか薄紗をまとい、光は静かに沈みゆく気配を帯びていた。
東京国立博物館の回廊にたゆたっていた厳かな気韻は、なお胸中に薫香のように留まり、運慶という稀有な天才が刻み込んだ筋骨の緊張と霊性の輝きが、いまも私の内奥で脈動していた。
あの諸像は単なる彫刻ではない。
こちらの魂の襞を剥ぎ取り、真性を問いただす“審美の試練”であったとすら言える。

昂ぶりを鎮めるべく銀座へ赴き、ビールを2杯、さらに琥珀色のハイボールを重ねた。
アルコールが血流に溶け、硬質な精神をゆるやかに解きほぐしてゆく。

私は有楽町駅高架下へと歩みを進めた。
そこはかつて煤けた蛍光灯の下、人生の疲労を抱えた人々が夜の片隅に溜息を落とす場所であった。
ところが、いまや洗練の衣をまとい、ガラス越しの灯りが夜気に金粉を散らすように輝き、人々の笑声が澄んだ鐘の余韻のように響いていた。

都市は、影を捨てることを選び取ったのかもしれない。
変貌の美しさはしばしば残酷である。
だが、その残酷さを許した瞬間、都市は“成熟という翅”を手に入れるのだ。
私はひそやかに戦慄し、そのまま秋風に押されるように帝国ホテルへと足を向けた。
否、導かれた、と言うべきだろう。
運慶の荘厳な余韻が、次なる舞台装置として帝国ホテルを選び取ったのだ。
あの建築には、かつてここに魂を刻んだフランク・ロイド・ライトの息吹が、深い水脈のように今も流れている。
石と木と光が織りなす静謐な均衡。
建築でありながら、ひとつの“精神”が宿る聖域──私はその名を心中でそっと唱えた。

若き日の私にとって、帝国ホテルのバーは遠望の星にも似た存在であった。
手を伸ばせば崩れてしまいそうな純白の花、憧憬という名の密やかな痛み。
文学青年の私には、あの扉を押し開けることすら冒涜のように思われた。
しかし社会へ出、やがてこの界隈のクライアントを訪ねる機会が増えるにつれ、私は幾度となく帝国ホテルの前を通り過ぎることになる。
聖域は少しずつ高度を下げ、かつて月光の彼方に咲いていた花は、やがて香りをこちらへ運びはじめた。私はようやく、その香気を吸い込むことを許されたのである。

初めて扉を押し開けた夜、私はウイスキー、とりわけアイラの潮騒の香と炭火の煤煙を孕む一杯を選んだ。
烈しさを飲むことで、自らの内側にも炎が宿ると信じたかったのだ。
若さという虚勢は、時に人を勇ませ、時に滑稽な仮面を被せる。
しかし、年月が精神を研ぎ澄ませ、私は透明な世界──ジントニックへと傾き始めた。
氷が触れ合う音は涼やかな鈴の音のように、ライムの翡翠色は杯に沈む小さな月。
泡は舌先で儚く弾け、人生の澱を一瞬だけ洗い流す。
過剰を削ぎ、必要な美だけを残す清澄──それは成熟の味わいであった。

今宵、オールドインペリアルバーのカウンターに身を沈めると、ライトの意匠が灯す淡い光が、過去と現在を一枚の薄絹のように重ね合わせた。
ここには、三島由紀夫、太宰治、黒澤明といった名だたる文化人たちがいくつもの夜を刻んだという。
若き日の私は、その逸話だけで胸を震わせ、胸元に秘めた憧れが熱を帯びたものだった。
華美な喧噪ではなく、グラスの底に沈む知性の光。
言葉より沈黙が尊ばれ、沈黙こそ豊饒であるという稀有な空間。
だが聖域も永遠ではない。

2030年──建替えに伴い、この姿を消すという報せが胸を締めつけた。
思い返せば、このホテルのティーラウンジで幾多の待ち合わせをし、打ち合わせを重ね、タレント事務所のマネージャーと困難を極めた交渉をした記憶がまざまざと蘇った。
喜び、焦燥、成功、挫折。私の人生のいくつかの頁が、このホテルの空気を吸って綴られたのだ。
都市は生き物である。
時代ごとに姿を変え、その度に私たちは“失われてゆく瞬間の美”を見送ってきた。
ゆえにこそ、今宵、ここに座している事実そのものが奇跡であった。
私はグラスを傾けた。
ジントニックの透明な味が、若き日の憧憬、働き盛りの昂揚、そして今日の静かな諦観を、一滴の中に溶かし合わせてゆく。
かつて遠く見上げた場所が、いまは私の内面の地図に温度を帯びた“一点”として刻まれている。
店を出ると、秋の夜風が頬を撫でた。私はふり返り、柔らかな灯を湛えた入口に静かに一礼した。
──間に合った。
この夜の一杯は、建替え後の未来にあっても、私の記憶の中で永遠に澄んだ光を放ち続けるだろう。……

2025/11/03 更新

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