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昼の点数:3.5
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~¥999 / 1人
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欲望という名のテーマパーク、すき家
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2025/12/21 更新
僕たちは日々、選択という名の重圧に晒されて生きている。
今日のランチをどうするか。それは単なる栄養摂取の問題ではない。午後からの自分のメンタルを決定づける、極めて政治的な判断だ。
そんな時、僕の足は自然と「すき家」に向かう。
誤解しないでほしいが、僕は他の牛丼チェーンを軽んじているわけではない。
「吉野家」という存在は、言うなれば「孤高の剣豪」だ。創業以来磨き上げられたタレと肉のバランス、あの一点突破の美学には背筋が伸びる思いがする。そこには「牛丼とはこうあるべきだ」という確固たる哲学があり、僕はそのストイックさに敬意を表する。
一方で「松屋」は「合理的な革命家」だ。味噌汁をデフォルトで付けるという慈悲深さ、そして定食メニューの充実ぶり。券売機の前で僕たちに「牛丼以外も選んでいいんだよ」と優しく語りかけてくる包容力がある。
しかし、だ。
僕が今日求めているのは、ストイックさでも合理性でもない。
もっとこう、混沌とした「祝祭(フェスティバル)」なのだ。
すき家の最大の功績は、牛丼を「完成された料理」から「キャンバス」へと変えたことにある。
高菜明太マヨ、とろ〜り3種のチーズ、おろしポン酢……。
そこには「牛丼」という枠組みを超えた、無限のエンターテインメントが広がっている。
特に「とろ〜り3種のチーズ牛丼」の破壊力はどうだ。
牛丼という日本の伝統食に、西洋のチーズをドロドロにかける。カロリーなどという野暮な概念を彼方へ吹き飛ばす、あの一瞬の背徳感。一口食べた瞬間に脳内麻薬が溢れ出し、濃厚なチーズのコクとタレが絡み合ってジャンクなシンフォニーを奏でる。あれはもはや、食事ではなくアトラクションだ。
……と、ここまでチーズ牛丼の偉大さを熱弁しておいてなんだが、僕が今日、目の前に置いているのは「牛丼(並盛)」だ。
トッピングなし。ノーマル。素(す)の牛丼である。
「なぜ?」と君は思うかもしれない。「フェスティバルはどうした?」と。
だが、聞いてほしい。派手なアトラクションを楽しめるのは、遊園地の地盤がしっかりしているからに他ならない。
僕は今日、あえてすべての装飾を剥ぎ取り、すき家の「素顔」と向き合うことにしたのだ。
一口食べて、僕は改めて確信する。
吉野家のキリッとした醤油のキレに対し、すき家のタレには「母性的な甘み」がある。
玉ねぎはクタクタになるまで煮込まれ、肉はホロホロと柔らかい。この独特の甘みと濃さこそが、チーズやキムチといった強烈な個性をすべて受け止める「包容力」の正体なのだ。
普段はチーズの海に溺れて気づかなかったが、このノーマル牛丼には、実家のような安心感がある。
「どんなにヤンチャな具材を連れてきても、私が全部まとめてあげるからね」
丼の中から、そんな聖母のような声が聞こえてくるようだ。
華やかなトッピングで着飾る日もあれば、こうして素材そのものの優しさに触れたくなる日もある。
この「振れ幅」こそが、僕がすき家を愛してやまない理由なのかもしれない。
僕は紅生姜を少しだけ乗せ、その計算された甘じょっぱさを噛み締める。
ああ、やっぱりここに来てよかった。
心の中でそっと合掌し、僕はどんぶりを持ち上げた。(下げ台はなし)