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夜の点数:3.5
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舎鈴、伝説の店の後継者
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2026/02/01 更新
僕らは、目の前にある丼の「血統」について、あまりにも無頓着すぎる。
多くのサラリーマンにとって、舎鈴は「手軽に食べられる美味しいつけ麺屋」かもしれない。
しかし、僕が暖簾をくぐる時、そこには壮大な歴史の物語(サーガ)が見えている。
時計の針を少し戻そう。
かつて、東京・大崎に「六厘舎(ろくりんしゃ)」という伝説の店があった。
僕も一度だけ、その場所へ巡礼したことがある。あれは食事なんて生易しいものではなく、一種の「儀式」だった。
店の前には、絶望的とも思える大行列が伸びていた。
そして、当時のシステムは「総入れ替え制」。
前の組が全員食べ終わるまで、次の組は入れない。店内には張り詰めた緊張感が漂い、食べる側にも「残してはならない」「遅れてはならない」という無言のプレッシャー(圧力)があった。
並んでいる間に聞かれる「麺の量」。自分の胃袋の限界と相談しながら申告するその瞬間は、さながら入国審査のような厳かさがあった。
極太麺に、ドロドロの超濃厚魚介豚骨スープ。
それは「つけ麺界の産業革命」であり、間違いなく時代を変える味だった。
しかし、人間とは勝手な生き物だ。ハレの日のご馳走は、毎日続くと疲れてしまう。「美味いけれど、重い」という贅沢な悩みが生まれたのだ。
そこで、六厘舎の創業者たちは一つの答え(アンサー)を導き出した。
『毎日食べられるつけ麺を創る』
そうして生まれたのが、この「舎鈴」だ。
いわば、六厘舎が「緊張を強いるオートクチュール」なら、舎鈴は「日常を支える最高のプレタポルテ」。
あの行列も、入れ替え制の緊張感もない。
僕が今日ここに来たのは、単なる空腹を満たすためではない。この「最適化された歴史」を噛み締めるためだ。
運ばれてきたトレーを見てほしい。
艶やかに輝く中太麺。その横には、魚介と豚・鶏の動物系スープが、完璧なバランス(黄金比)でブレンドされたつけ汁が鎮座している。
そして、その中央に浮かぶ「ナルト」の愛らしさよ。
このピンクの渦巻きは、かつての戦場の記憶を癒やすかのように、昭和のノスタルジーと現代の洗練をつなぐ重要なアンカー(錨)の役割を果たしている。
僕は麺をひとつまみ、スープに潜らせる。
啜り上げた瞬間、六厘舎のDNAを感じさせつつも、決して暴力的ではない、優しく奥深い旨味が広がる。
小麦の風味が鼻を抜け、魚介の出汁が優しく胃袋を撫でる。
「これだ。この距離感だ」
毎日食べても飽きない味。それは、情熱的な恋人というよりは、長年連れ添ったパートナーのような安心感に近い。
ドロドロの濃厚さに頼らず、出汁の旨味で勝負するその姿勢は、成熟した大人の余裕すら感じさせる。
大判のチャーシューを齧り、メンマの食感を楽しみ、また麺に戻る。
このループには、何のストレスもない。入れ替え制のプレッシャーに怯える必要もない。
最後に「スープ割り」を頼み、ゆず粉をひと振りする。
柑橘の香りが、食後の余韻を爽やかに締めくくる。
歴史を知って食べる一杯は、味の解像度がまるで違う。
店を出ると、僕は少しだけ賢くなった気がした。
熱狂の時代を経てたどり着いた、この「平熱の日常」こそが、実は一番贅沢なのかもしれない。
そんな哲学的な思いを胸に、僕は午後のオフィス街へと戻っていく。