4回
2021/07 訪問
焦燥
西日がガンガンに当たって熱くなってるドアを引いた。
今はじまったわけじゃないが、おやっさんこんなに声しゃがれてたっけ?って思う。
たまにしか会わないから、それが分かる。
おやっさんの身体に刻まれてゆく時間を見るにつけ、
重くるしくシャッターを下ろしたまわりの飲み屋街を見るにつけ、
あと何回ここに来られるか?
そう多くはないように思うのだ。
夜の口開け、ほかに客はいない。
ロティがランチで売り切れていた。それなりの回転があるようでちょっと安心する。ナンをたのんだ。
速攻、チキン・ティッカがきた。
パッと見、唐揚げに見える。
マリネマサラに濡れそぼるアチチでウェットな状態。
うんまぁ!
ギュッと濃縮された鶏の味と歯ごたえが脳天に駆け上がっていった。
お次はパラック・パニール mild
ほうれん草とカッテージチーズのカレー。
ペースト状のほうれん草を牛乳でのばし、そこに針生姜、メティ、ねぎ。
乳製品なかんじが口いっぱいに広がっていった。
少ないパラック・パニール経験の中でもぶっちぎりの一杯!
も一つ、キーマ・ベイガン hot
アッという間にできてきた。
鶏の粗ミンチにひたひたのトマトベース。
荒々しいぃ!
荒れ狂うスパイスを生のトマトとピーマンがまぁまぁっていさめるかんじ。
ロティやナンの粉物と一緒に食ってこそ、しあわせを感じる。
「サイショ、マトンデヤッテタケド、臭イッテイワレタ!」っていう経緯がある。
チキンだろうがマトンだろうが、この人がやれば激旨なことうけあいなんだが、
そう聞くと、マトンも食ってみたい!
誰しもいつか引退する。
いつまでも…なんてのはない。
だから、この狭い店ごと噛みしめるつもりで食っている。
数えてみれば、まだ、たったの6回しか来ていない。
2021/08/14 更新
2020/10 訪問
この頑固ジジイにしか作れないインド料理がある
3年4か月ぶりだ。
俺にとっては神々しささえ覚える特別な店で、とっておいたら日が経ってしまった。
ひさしぶりに聞くアーナンドのおやっさんのしゃがれ声はさらにしゃがれ、
早口とヒンドゥー訛り独特の巻き舌も合わさるので、
元から何を言っているのか分からなかったのが、さらに分からなくなっていた。
そういうところに少なくない月日を感じるのだ。間違いなくお互い様ではある。
ワンオペだった。
元々マシンガントークの人が、厨房の端にひっこんでまったく話しかけてこない。
密に配慮してのことである。
きっとママにも…「あんたっ!」…こんこんと言われているような気がする。
未食のメニューの中からカラヒチキンとチャナチキン、ナン2枚を
「2ついっぺんにでなくていいから。」とオーダー。
中火で鍋を振り、プラボトルのスパイスを何度も投入して、年季の入った所作。
食う前から旨いと分かる調理風景だ。
初めてたのんだナンはここのロティとさほど違わない趣のクキクキ食感。
ちぎって料理を載せた。
うーわっ!
カラヒチキンはトマトの酸味がかったドライタイプ。
細かい腿肉があおられ、汁気が無い分、旨みと刺激が閉じ込められていた。
えぐりこまれるようだった。
チャナチキンのほうはヒヨコ豆が入るのでほっこりするグレイビータイプ。
見た目も意識してギー(精製バター)がたっぷり載せられ、
何とも言えない深みがある味わいだった。
同じチキンでも、こうやってバリエーションをかましてくるあたりに、
わかっちゃいるけど、改めて底力を感じるのだ。
このまま帰るのは水くさい。そう思った。
水を向けると、ついにおやっさんはマスクごしに喋り始めた。
このご時世、諸々苦労もあるのだが、健在ぶりが分かって嬉しい。
味もその強烈な個性も、俺にとって最もインドを感じられる人なのである。
(だったら、3年も置かずにもっと来い!今ならけっこうすいてるぞ!)
2020/11/05 更新
2013/07 訪問
この人にしか作れないインド料理がある
2013年7月3日(wed)
午後6時。
赤羽東口から線路沿いを北へ数分の当店の入り口に立つ…まだ入っていないうちに、初老のマスターに待ち構えていたような、いきなりの歓迎を受けた。
舌もなめらかなマスターに訳を言って、出身を尋ねてみる。
毎度のことながら、作る人がどこの人かで、チョイスが変わってくるし、仕様の注文もしてみたい…聞かないと始らないのだ…まったく困ったものである(笑)。
マスターはパンジャブの人だそうな。
メニューを見ながら、一応おすすめを尋ねれば、「心をこめて作ってるから、どれも旨しいよ。」!…この言葉、初めて聞いたかもしれない。
マトンマサラ、パンジャビダルタルカ、ロティ×2、生小、を注文。
席からはよく見えないが、カーテンの向こうの調理音を興味深々々で聞いてみる。
かなり長時間のマサラを作る炒音…やる気満々なのが分かる。鮮やかなスパイスの香が狭い店内に広がった。鍋の音が小さくなり、蒸し煮に入ったようだ。
20分で提供
マトンマサラ ¥950
白い陶器の皿とソーサーで供された。高級店で出てきても、おかしくない面持ちである。
たまねぎ・ニンニク・ヨーグルトベースのソースは、良い色で鈍く光り、もはやドライにも近い高粘度。大振の角切りマトンにプチトマトとピーマンが散らされ、何と
も色気がある。
まず、香るのはシナモンとニンニク。スパイスと食材一つ一つの粒立ちがはっきりしながらも、濃厚な旨みが心地良く包み込んでくるギュッとつまったリッチな印象。脂も塩も必要充分なこってり旨い北インドだ。
欲しかったものが細胞の隅々に補充されて行く気がした。
ああ、もどかしいっ この味を書く筆がついていかないっ…のである。
パンジャビダルタルカ ¥950
チャナ豆とレンズ豆のこちらも高粘度のドライに近いタイプ。
バター風味でクリーミーな印象だが、旨みは濃厚。肉を使わずにノンベジに負けない旨みを出せることが不思議でしかたがない。
ここの凄いところは、一皿ごとに味の仕上げがガラリと違うこと。これが本当なのだと認識させられる。
ロティ ¥300
褐色全粒粉使用の円形クリスピータイプ。
ソースにはあまり絡まないので、載せて食べた…芳ばしさとスパイスの相性が抜群。
ダール(サービス)
チャナ豆のサラサラタイプ。
塩分とニンニクがしっかりと利き、チャナ豆のほっこりとした食感が旨しい労働者が喜びそうな味だ。インドで一番日常的に食べられているカレーだそうな。
えらいこっちゃ!
今まで3年余りでインド料理を食べた経験をひっくり返される店に来てしまった。
「バランスが大事!」と言うように、特別な食材を使うわけでなく、香りと旨みを引き出す技術があるのだ。ムガール料理本寸法の人である。
おもろい個性派マスターで、尚且つ、凄腕ということは、天は二物を与え賜うたのか?…おちゃめだから!
ただ、商売ぬきになる帰来もあるので、そこだけが心配である。
北インドの旗店としたい。
2013/07/07 更新
6年前、アーナンドのおやっさんとバターチキンの話になった。
レシピのこととか、「トーキョージャ、ルソイ ト、ラージマハール!」とか、
いろいろ話してくれたが、
どーも、このおやじとバターチキンっていう料理が結びつかない。
ほんとに作れるんかいな?っていう気がした。
自然な流れとして、食わしてやろうか?っていう話になり、即予約。
が、当日…
台風接近で豪雨、JR不通となり、来られなかった。
後日、ロスのわびを入れに来たというイワクつきのカレー。
バターチキン自体、たのんだのが10年ぶりくらいでちょっとキンチョーした。
もちろん、ここでははじめてだ。
どうせだから、タンドリーチキンとナンも一緒にたのんでみる。
運ばれてきた瞬間から、ものすごい丸い香り。
牛乳ベースのシャバいソースはメティ、シナモンやらのスパイスの甘みを重ねた味。
うーん、スパイシい!
5感にうったえてくる。
こういうスパイシーもあるんだぞ!ってことを、料理で言われた気がした。
ナンはだいぶ小さくなり、かたちが丸くなり、食感がモチっとしていた。
はじめてたのんだタンドリーチキンは、
チキンティッカと同じウェットでゴリゴリに尖ったタンドリーマサラ。
メニューをしぼって営業していた。
「バターチキン ハジメマシタ」ってショートメールをよこすくらいだから、
厳しさは察せられる。
今日も、人間国宝が料理を作る所作を見れたことがよかったし、
「カオリナカッタラ、イミナイ!」っていうアーナンド節が、聞けてよかった。