昨晩は、総勢20人での会食を、飯倉片町の老舗中華「新北海園」にて。
それがハネた午後10時過ぎ。
それから二次会に向う仲間たちと別れ、ぼく一人はタクシーで品川方面へ。
その会食の予定が入っちゃったせいで行けなくなった、定例のスカッシュ練習会の仲間たちが練習後に囲む打ち上げ会に顔を出す為に。
タクシーを降りたのは、京急「新馬場」駅前。
こう書いて「しんばんば」と読むそうだ。
知らなかったなあ。
東京の地名もまだまだ捨てたもんじゃないね。
実際に口に出して云ってみれば、ほら、なんとも柔らかく味わいのある名前ではないか。
...と思ったら、あらまあ、なんと。
その町名はもはや実際には使われておらず、その名は駅名に残るのみ。
今やここいらの町名は「北品川○丁目」という住所表示になっている。
そう云えば、例えば新宿区には、そんな味わい深い昔の町名が今なおけっこう残っている。
例えば、以前4年ほど過ごした四谷の住所は、新宿区「坂町」だった。
その名の通り、周辺には小さな上り坂や下り坂が多く、大通りから一歩引っ込めば昔ながらの街並みを今に残す、なんとも風情のある良い街だった。
そうそう、酒豪の女傑ばかりの友人3人がたまたま揃って住む神楽坂界隈にも、その手の古い町名がまだまだたくさん残ってたっけ。(4枚めの地図参照↑)
それが今や巷では、こうした古い町名がどんどん「西○○○5丁目」等のなんとも区画整理的(?)で無機質な町名へと変わって行っているらしい。
まあ確かに、その方が、都市ガバナンスや郵便行政上は便利で好都合なのかも知れないが、一方で、実は「失われてしまうもの」もとても大きいような気がしてならないのだが。
だって、そうだろう。
そんな新しい呼び名に変わってしまった街で、たまたま出逢ったおじいちゃんやおばあちゃんから
この辺りはねえ、昔は○○町って呼ばれててさあ、それにはこんな面白い由来があってね...
なーんて話を聞くと、出来ればそれは「昔話」としてじゃなく、今なお町の名前に残る歴史と文化のエピソードとして聞きたかったよなあ。
っとか、思いません?
でも、コレってやっぱり
オレも歳とった
ってことなんでしょかね...(T_T)