【 挿入画/平成27年7月某日 新宿 】
呑んで帰ってシャワーを浴びた。
残り少なくなった髪を乾かそうとドライヤのスウィッチを入れると、ぽんこつ車のエンジンのように息苦しくちょっと回り始めたと思ったら、すぐにモータがロックしてしまった。
もう二、三年経つであろうか、私は一度、このドライヤに焼き殺されかけたことがあった。コンセントにプラグを突っ込んだら派手に火花を弾き、着ていた化繊のスウェットの毛羽立った表層を炎が波のように伝ってくるのを、やけにきれいなもんだと客観的にぼぉっと見つめていた記憶が鮮やかに蘇る。
生地そのものが燃えなかったから良かった。そのときは、ちょっと焦げ臭い思いをしただけで済んだのだ。
その明くる日、被服が破けたコード(その部分でショートしていたのだ)を詰めようと、ボルト & ナットの隠れたディザインとなって久しい最近のドライヤの取っ手のラヴァ部を軽快に剥いでゆき、瞬く間に修理は完了したが、しかしさすがに今回はもう ……
形あるものはいつかは必ず元の形を失い、命あるものにはいつか必ず死が訪れるということを、私は知っている。
今回はだからもう、安らかに永遠の眠りにつかさせてやることにした。というかそもそも、中国製かどっか知らないドライヤのファンモータの軸受交換など、私の手に負えるところではないし ……
<その翌日>
夕方になってやっと布団をたたむことが出来た。
私には今日中にこなせばならぬことが、ふたつあった。午後五時にまだ達していない。随分と空が暗くなってきたなと思っていたが、外に出ると雨がぽつぽつと降りだしていた。
王子まで出て、何故だか浴衣姿の女の子たちが私の家に帰る方向の停留所の前でバスを待っているようである。そういえば出掛け、今日の花火大会は決行するのだとの覚悟のスピーカー・アナウンスがどこからともなく聞こえた気がしたが、このバスに乗っても荒川と隅田川の中洲のなれの果てに着くだけだ。怪訝に思いながらも銀行へ寄るために目の前を通過したら、なんと前方でカメラ小僧が二人ほど、一眼レフキャメラを正眼に構えて都営バスを撮影しているではないか ……
さすがに薄気味悪くなってバスを振り返れば、バス正面のディスプレイには今まで見たことも無い表示、「千住桜木(花火)」との往き先が。
―― ああ、臨時バスなんだこれ。どこの花火か知んないけど ……
で、一つ目の目的である“床屋”という荒行を発狂しそうになりながらも無事に終え、上野のヨドバシカメラにやってきた。
こうしてずらり並んでいるのを見ると、ヘア・ドライヤというのもけっこうぴんきりのようである。千数百円のものから一万数千円のものまで。正直、どんなのが良いのかまったく見当がつかなかった。しかしコーナーを場違いな中年男が何周もするわけにはいかない。
そもそもドライヤなど、ニクロム線のコイルで熱せられた空気を後方に設けられた軸流ファンで吹き出すだけの、至ってシンプルな構造の器具のはずである。
“マイナスイオン”とかいろいろ謳われてるけど、そんなのは日常的に大気中を飛んでいる放射線なんかと同じような、有名無実のものなんだろう。
要は“どれでも同じ”、私はシンプルにそう結論付けた。
適当なところで、ディスプレイされているサンプル商品の形式と、下の棚に並んでいる在庫の箱の形式とを照らし合わせて(この作業がけっこう面倒くさかった)レジスター・カウンターに向かうと、中国人の店員さんが丁寧に応対してくれたのだが、三千数百円のものを掴んだつもりが何故かレジスターの表示で二千数百円、さらにお店のカードに溜まっていた僅かなポイントを使ったら、千数百円となった。
―― なんか狐に摘まれてるみたいだ ……
見上げるれば雲も上野松坂屋の壁面も、オレンヂ色に光っていた。
何か得体の知れない神々しさを感じた。御徒町のホームにあがったら、東の空に大きく鮮やかに、大きな虹がかかっている。どこからともなく、あのハードロック界の北島三郎、御大の熱唱が聴こえてくるような気がした。
伴奏は無論彼所有、伝説の100Wマーシャル。
全六弦の振動をもろに受け止めて、ラージヘッドのストラトキャスターのアルダーボディが軋む。そしてその目一杯歪んだ爆音は、百戦錬磨の天才ギタリストでさえコントロール不能な領域に突入していった ……
私たちは石の塔を建てる
この血肉を削って
彼が飛ぶ姿を見るために
だがその理由は分からない
ああ、俺たちはどこへ往くのだろう
あなたの星はどこに在ったのですか ?
それは遠かったのですか ?
私たちは何時(いつ)旅だったのですか ?
信じていた、信じていた、あなたを信じていたのです
虹があがる、地平線の遙か向こうに !
俺はもう帰る
俺はもう帰る
俺はもう帰る
どこに ?
このドライヤぶらさげて、東十条のどっかの飲み屋だぼよよよよ~ん !!!
(悪ふざけ過ぎたわよ、今夜も ……)