『西日暮里、と或るそば屋にて/Take My Time』Jackie_mさんの日記

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東十条無頼/ランチ編

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「俺は自分の目で見たことと、自分でやったことしか信じない」
―― 全盛期のMr.Bikeのなかで 佐藤信哉さん 談 ――

以下は、私が自分の目で見た真実の物語である

【 挿入画/北千住 旧日光街道~荒川放水路 】

<H27.9.20>

北千住で映画を観る魂胆だが、ご飯を食べる為に西日暮里で途中下車した。
昨日から夏の陽射し復活の東京。今日はなんだかやたらと人が多いが、なんなんだろう。世間の動向にまるで疎(うと)い私の目には、妙にミステリアスに映る。

路地に入って営業中のお蕎麦屋さんをみつけたが、一旦やり過ごし、しかし町並みどんどん寂しくなって、情けなくも舞い戻ってきてしまった次第である

「西日暮里/某そば屋」

私 「おそば大盛りできますか ?」
おばちゃん、店全体に響きわたる声で 「大盛りは百五十円増しになりますけど !!」

―― おばちゃ~ん、そんな声で喚いたら俺が小銭ケチってるみたいに聞こえちゃうでしょ ~

向こうのお客さん 「海老天せいろ三つください」
おばちゃん、店全体に響きわたる声で 「天ぷらはぜんぶ海老なんですけどねぇ !!」
向こうのお客さん 「いやぁ、品書きにそう書いてあったから ……」
おばちゃん、店全体に響きわたる声で 「よけいなこと書かなきゃいいのにねぇ !」

―― よく分かんねぇ~、このおばちゃん (というか、おばあちゃんなんだけど) ……

“ざるそば 大盛り” 850也。

続いて三人様のあとに、今度は九人様来店。
席を移動してあげようと思ったが、私一人動いても八人までしか纏まらないし、何よりおばちゃんの腰がすでに引けているので(これ以上入店させたくないようなオーラ全開だったので)、よけいなことしてしまうようで、沈黙を守った。
そして私のざるそば一枚、未だ臨場せず。

「あの婆、今、俺たちのこと、勝手に入ってきちゃって、って言ってたぜ」

その大パーティは二手に分かれ、一方は私の隣のテーブルに着いたが、そのパーティーのうちの一人、見るからにガテン系のガタイの良い、イカつそうな感じの人の耳が、おばちゃんと厨房とのやりとりを嗅ぎつけたようで、当たり前の話だが、かなり気分を害している模様。
そりゃそうだと思った。
看板掲げて暖簾下げるってことは、業態違(たが)わずすべてのお店屋さんにとって、不特定多数のお客様を“受け入れ”、また均質なサーヴィスを提供します、って意思表示に他ならない筈であると、私も思っていたからだ。

その後更に、二人連れが来店。
「時間がかかりますよ !!」 と、おばちゃんは何とかして追い払おうとしたのだが、構いません、とその二人連れは着席。
ますます焦(あせ)るおばちゃん

で、二十五分ほど待ったであろうか。
ようやく私の前に舞い降りた蒸籠。手打ちのようで、且つ素性は悪くなさそう。東京人の目にはちょい太めに映る健康的なおそばで粒状感にも溢れ、汁に少しパンチが足りない気がするが、けっこうにまともなおそばであった。

そしてまたしても戸が引かれた。
二人連れのお客さんは、相当に時間がかかるとのおばちゃんの話を聞いて、後ろ髪引かれるように踵を返していった。私はおそばをやり終えて、お湯とお水が欲しかったが、とててもそんな状態じゃなかったので、席を立った。

私は元々、お年寄りを労(いたわ)るタイプではない。
労るタイプではないが、四階のベランダから突き落とすことも、今の私をとり巻く環境の範囲に限ってのことだが、しないだろう。今日が敬老の日の前日だとは、恥ずかしながら後から知った。

レジに向かうとおばちゃんが、「ちょっと待ってくださいねぇ」 と、九人パーティの一方のチームに、今頃お茶を持っていくところ。もう彼らが席に着いてから、確実に二十分以上が経過していると思う。おばちゃんの邪魔にならないように躯の置きどころを細かく調整しつつ、戻ってきたおばちゃんに千円札を一枚を手渡した。
お釣りを返してくれるおばちゃんを見たら、額に玉のような汗をかいていた

―― 確実にどっかでブチ切れんだろうな、あのガテン系の彼は ……

すべてのテーブルにあやをつけてまわるおばちゃんも珍しく、彼らの卓でも絶対になんか口滑らせちゃうと思うのだが、それ以前に、料理の提供に“時間がかかります”、ってその“時間”が尋常じゃないことになるだろうってことも明らかで、俺もそのおばちゃんの態度には、如何なものか以上のものを覚えていたが、あの額にうかぶ汗見ちゃったら可哀想になっちゃって ……

―― おばちゃん、なんの力にもなってあげられなくてごめんなさい ……

いたたまれない気持ち [注] で店をあとにした。
駅に近づくにつれ、喧騒をとり戻す街。
逃げるようにメトロに堕ちた

注) いたたまれない気持ち:
これから初めて「荒野の七人」を鑑賞するにあたり、“居ても立ってもいられない気持ち”になること
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